第3話

「どうしてお前が知ってるんだ」振り向きながら俺は答える。

「そりゃ、瑠花ちゃんの立場になってみれば分かることじゃん。メッセージも返ってきてないでしょ?」

「どうしてお前がそれを……」言って俺はしまったと思う。

「言ったはずだよ、シノハルくん。私にはこうなることも分かっていたんだって」


 そう、この返しがされるというのは分かっていたこと。だからコイツには基本的に何を言っても要領を得た答えは期待できない。

 だが、それでも永峰とは一度話しておかないといけない。


「……まあ、それはとりあえず置いておこう。ちょうどお前と話したいと思っていたところだからな」

「私も、そろそろシノハルくんが私と話したくなる頃だと思ってたよ」ニコニコと永峰が返す。

「……シノハルくん言うな」


 俺としてはこのまま永峰の言う通りに動いてしまうのもしゃくではあったが、このまま動かない訳にもいかない。


 結局袋小路に突っ込んでしまっていた俺は、永峰と共に喫茶「東雲しののめ」へと足を運ぶ。ここの店主は老父であるが、日によっては若い夫婦が切り盛りしていることもある。娘夫婦とかだろうか。どうにせよ、日替わりで連れてくる女子が変わっている男のことが話題になっていないことも切実に祈る。


 ……いや、まあここに来るまではもちろん別行動で来たんだけれども。


 ちなみに俺はいつものブレンドコーヒー。永峰の本日のチョイスはキリマンジャロ。先に到着していた永峰が俺の分の注文も済ましていたので、俺が到着してすぐに珈琲こーひーが届いた。


「いや、だってこれ飲んだらキリマンジャロを制覇した気分になれそうじゃない?」


 届いた珈琲こーひーを味わっている永峰をいぶかし気に見ていると、このように返される。お前は登山でもするつもりか。珈琲こーひー飲んでどうしてキリマンジャロ制覇できるんだよ。


「まあどうでもいいけどさ……。ともかく、話をさっさと進めるぞ」

「どうでもよくないよー。大体シノハルくんみたいに無個性かつ無難な選択ばっかりしてると、人生おもしろくないよ?」

「おい、ブレンドに謝れ。今すぐに」


 ブレンドにはその店の特徴が出ているんだぞ。配分とか変わってるんだぞ。いや、まあ味なんて分からないけど。


「でもね、やっぱりメニュー表は制覇すべきだと思うんだよ、私は。シノハルくん、このメニュー表のうちどれだけのメニューを頼んだことがある?」


 ぐ、そう言われるとブレンド以外では頼んだことがあるのは数種類だけ……、


「って、全く関係ないだろ、今は」


 危うく永峰のペースに嵌りかけた俺は、話を戻そうと珈琲こーひーの話を断ち切る。


「いやいや関係あるよ、シノハルくんの人生がこのままだと面白味のないものになっちゃいそうだからね」

「余計なお世話だ」

「でも、これからシノハルくんがどういう風になっていくか、私には分かるんだよ?」


 唐突に話の核心を自ら語り出す永峰に対し、俺は少々面食らってしまう。


「わざわざこんな所に来てまで、私と話したかった理由ってのもそれが原因だしね」


 こいつは本当にどこまで分かって物を言っているのだろうか。


 本当に俺の行く末が分かってしまっているのだろうか。


「……別にそんなことはない」


 違う。俺は否定する。俺の行く先は俺だけが決める。他の人間なんかに分かってたまるか。


「ふーん、そっか。まあそれはどっちでもいいんだけどね」


 例え永峰が何を言おうとも、全て俺が決めた行動だ。その一つ一つをあらかじめ分かっているだなんてそんなはずは有り得ないのだ。


「ま、ともかく瑠花ちゃんと色々あったんでしょ? 私が警告した通りに、ね」

「あるにはあった。でもお前は『後輩に気を付けろ』としか言っていないんだ。完璧に分かっていたわけじゃない」

「苦しいね、シノハルくん。おおむね合ってるんだから、完全に分かっているのとほぼ同義だよ。あの場面でわざわざ『従兄妹いとこに気を付けろ』なんて言ったら色々問われそうだったしさ」


 確かにそこは言う通りではあるがどうにも腑に落ちない。俺は自然と、永峰の言葉のどこかにほころびがないか、突破口がないかを探してしまっているのだった。


「大体なんでお前が瑠花のことを知ってるんだ。しかも親しげに『瑠花ちゃん』なんて呼んで。お前たちが裏で結託してたとしか思えないぞ」


 そもそもの疑問だ。瑠花の口ぶりだと永峰とは知り合いではなかったということになる。だが、永峰のこの感じからは瑠花と知り合いだとしか考えられないのだ。

 俺が考えた、というよりも誰しも思うことだろうが、永峰と瑠花は何らかの形で知り合いになり、永峰が生徒会に届いた予告状のことを瑠花に漏らした、という風に考えるのが自然の流れなのだろう。


 だから、今瑠花がいないということも永峰には分かった。そう考えるのが自然なんだ。

 そして同時に、。だから、真実ではない。真実に見せかけた虚構なのだと、俺は感じる。あくまで直感的にではあるが。


「私が瑠花ちゃんのことをどう呼ぶかは私の自由でしょ。あの子のことを知っているかどうかとは話が違うよ」あっけらかんとした口調で永峰は言う。

「じゃあ瑠花とは面識がない、と。そういうことなんだな」

「それは教えられないね」


 俺はできるだけしかめた顔つきで永峰を見る。何なんだよ、話にならないじゃないか。


「そーんな変な顔しなくたって元々おもしろい顔なんだから」

「だから余計なお世話だ」そろそろ人権侵害で訴えるレベルだぞ。


 永峰は珈琲こーひーに口をつけてフフッ、と小さく笑う。


「さっきも言ったけど、瑠花ちゃんの立場になってみれば明らかなことなんだよ。だってさ、瑠花ちゃんは記事を書いた。だけどその記事を公にすることをシノハルくんは知らない。だったら、瑠花ちゃんはシノハルくんに対して後ろめたい気持ちになる。そりゃあ、既読スルーもされるし、教室を訪ねられる前にさっさと帰っちゃうよね」


 言われて俺は、自分が身じろいでいることに気付く。


「……お前、本当に瑠花とは面識がないんだな?」


 でなければ、俺が既読スルーされていたことを知っていたという説明がつかない。


「だーから、教えられないって」


 穏やかな表情で言う。あくまで永峰の姿勢は変わらない。これでは堂々巡りである。


「……はあ、やっぱりお前に何かを聞こうと思ったのが間違いだったよ」


 俺はそう言って席を立とうとする。


「えー、もう帰っちゃうの? ほら、私まだ珈琲こーひー飲み終わってないんだけど」永峰はコップの中身を俺に見せつけながら言う。

「じゃあ俺の分の代金は置いて行くから勝手にしとけよ」

「そこは男の子がさり気なく二人分置いておくもんじゃない?」

「知るか、そんな気遣い」


 何で男が多く支払わないといけないんだ。何とも世知辛い世の中だ。男女平等という言葉を拡大解釈してはいけない、マジで。


「そんなんだから女子に嫌われるんだよー、シノハルくん」

生憎あいにくだが、嫌いだと断言されたのはお前が初めてだ。残念だったな」


 まあ好きだと言われたこともないが。それはいいや、それは……。


「そうなのかー、それじゃさぞかし私に嫌いだと言われて傷ついただろうね……」

「おう、そう思うか。そう思うなら嫌い嫌い連呼しないでくれるかな?」


 ついに心の声が漏れ始めている。これは悪い傾向だ。相手のペースに飲まれていらないことまで口走ってしまいそうである。

 ふと永峰を見ると、何やら不敵な笑みを浮かべている。キミの心中は分かっているよ、とばかりに。

 いやいや、永峰の態度にだまされてはいけない。ともかく、自身のペースを乱さないことが大事だ。


「……はあ、とりあえず帰る」


 今度こそ俺は立ち上がり、五百円玉を置いて行く。本当に自身の飲んだ分の額だけだ。

 永峰は二度俺を引き留めることはせず、ただ黙っている。店を出る際にチラと後ろを振り返ると、俺の置いた五百円玉を掴んで、もの不思議そうに眺めていた。

 それを確認した俺は「東雲しののめ」を出る。本当に無為な時間であった。


 ヒントらしきものは得られたが、何一つ確実なことはない。情報としてはあやふやで曖昧なものばかりで、全く信用などできない。

 ともかく永峰と瑠花の間に面識があるのかどうかはこの際どうでもいい。しかし、永峰がこの件に一枚噛んでいるとして、それを立証しようにも証拠がない状況ではどうにもできない。

 そもそも俺は、永峰が怪しいとしか思えないこの状況を疑っているのだ。だから、人の言うことや伝え聞いたことなどではなく、自分で掴んだ情報、そして確証だけを頼りにしなければならない。


 ……要するに、話を聞かないといけない人間は永峰ではなかったということだ。

 俺は、もう一度スマートフォンのメッセージアプリを起動させる。その画面は、相変わらず俺のメッセージで止まったままであった。

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