第三幕 それは、混沌たる終焉の序章

第1話

 物事には、始まりがある。だからこそ、終わりもある。逆に言うと、終わりがあるからこそ、また違う始まりを生む。


 全ての物事は、終わることも始まることもないままに続いていくことは有り得ない。万物ばんぶつ流転るてんすると言うが、色々な事情だとか、人と人との関係だとか、そんなものは少しのきっかけを以て終焉しゅうえんを迎えることもあるということだろう。少しのきっかけで壊れてしまうようなほころびがそこにはあるからだ。


 ここにもほころびがあったということか。だけど、そのほころびが何だったのか、俺には分からない。

 それでも、始まってしまったのだろう。そのほころびをきっかけに、この物語は終焉しゅうえんへと向かっていく。皮肉にも、似たような話を創作ではあるものの、俺は最近聞いていた。板尾いたおの『終わりの始まり』だ。


 俺は、自身のスマートフォンの画面を見ながら息をついた。どちらにせよ、俺たちが秘匿ひとくしていたこの件については、次の動きが生まれてくる。だが、俺にはそれが『終わりの始まり』である気がしてならなかったのだ。

 スマートフォンの画面を見ながら直立不動の状態である俺を、春絵はるえが不思議そうにながめているその視線を感じて、俺は画面を切って自身の部屋へと向かった。


 さて、どうするか。……いや、どうなるのか。

 やるべきことは決まっていたのだが、どうにも気が進まない。


 どちらにせよ、学校に行けば新しい動きがあるのは明白だ。ならば、今のうちにやっておくのが吉だろう。

 そう思い、俺はスマートフォンからメッセージアプリを起動し、「大類瑠花おおるいるか」のトーク画面を開いた。


   ▽


 いつも以上に重い足取りで学校へと向かう。

 学校はいつもの喧騒けんそうに包まれている。いつもならそんなことは気にならない性質たちなのだが、今日に限っては一つ一つの会話が、自分自身に関係がある会話であるかのように錯覚してしまう。そのせいか、いつも以上に学校がにぎやかで騒がしいような気がしてしまう。


 二年九組の教室で俺を待っていたのは、非常にけわしい表情の伊勢谷いせたに……、なのだと思っていたが、意外にも伊勢谷は俺のことに気付いていないのか、友人たちと話し込んでいるようだった。

 ……俺が過敏に反応し過ぎたか。そう思って着席するものの、瞬間、俺は嫌な視線を感じて思わずに目をやってしまう。


 永峰瑞希ながみねみずきもまた、普段通りであった。俺のことを気にするでもなく、楽しそうに朝のおしゃべりにきょうじている。そういえば、瑠花と共に文芸部に関する謎へと挑戦していた際、永峰は全く関与することはなかった。それが当たり前なのだけれど。

 どうにも俺の感覚がおかしくなっているようだ。これが普段通り、通常営業であるというのに。


 だが、これで何もないということは有り得ないということもまた、分かっていた。伊勢谷が俺に話しかけ辛いということも分かっていたのだ。

 実際、自宅を出る前に送った瑠花へのメッセージに対して、反応はまだない。だが、既読であることは、アプリが知らせてくれている。なのにそれに対する返事はなかった。


 今までが過干渉であったというのに、急にそれがくつがえってしまうとどうにも違和感を覚える。かばんから取り出し、右手に握りしめたエナジードリンクの缶をギュッと握りしめながら、思う。


 全ての謎は、文化祭にまつわることであった。その文化祭は、残り一ヶ月半までに迫ってきている。

 五月頭の長期休暇を挟んで、文化祭準備は一層加熱するはずだ。各部活動、そしてクラス単位でも、模擬店やもよおし物の準備が活性化する。


 模擬店は、いわゆる飲食物販売系とアトラクション系、そして展示物系の三つに分かれる。催し物は、バンド活動やステージにおけるクイズ大会など、一般的な文化祭と大差はない。

 しかし、視聴覚室という名の広いホールにおいて行われる演劇はその限りでない。新高祭あらこうさいの特徴は、この演劇のレベルが非常に高いことだ。演劇部の行う劇の他に、クラス演劇が存在する。


 普通、クラス演劇なんて飯事ままごとレベルのものだろうと想像できるが、新高あらこうでは演劇部がわざわざ演技指導につくほど、このクラス演劇にも力を入れている。

 その理由は演劇部の創設時にまでさかのぼるらしいが、ここでは関係ないので省くことにしよう。


 ともかく、この文化祭において俺たちは何かに巻き込まれることが予告されているのだ。もちろん、冗談の可能性が高いのだけれど。

 それも、伊勢谷の文芸部へのアプローチによって鎮静化ちんせいかしたはずだった。だが、それは文芸部が犯人であるなら、という前提に基づくものだ。

 そして、今回の件によって、いやおうでもこの事件が何らかの進展を迎えるものだとばかり思っていた。そして、この件に関わっている一人として、何か新しい謎が俺に降りかかってくるのだと思っていた。


 ……そういうのはやめにしたはずだったんだけどな。

 そう思うと、俺はエナジードリンクの缶を開ける。プシュッ、という小気味いい音と共に、俺のスマートフォンが振動するのをポケットの中で感じる。

 瑠花からの返事かと思って画面を見るが、そこに表示されていたのは違う人物からのメッセージであった。


   ▽


「……教室じゃなくていいのか」

「まあ、もうその必要がなくなっちまったからなぁ」


 昼休み、俺が呼び出されたのは生徒会室であった。中心に鎮座する大きな机に座る俺と、その対面に座る生徒会副会長、伊勢谷拓いせたにたく

 そしてその机を囲むようにして、数々の生徒会役員が俺たちに視線を向けていた。

 ……何これ、尋問じんもん


「確かに、あの一件は明らかになった。あの教室でお前が俺に話しかけ辛いのも分かる。だけどどうしてこんな……、何ていうか……、圧迫感にあふれてるんだ?」俺は、周囲を見渡しながら言う。

「そいつは、自分の胸に問いかけてみるんだな」


 伊勢谷が言うが、全くもって心当たりがない。


「……本当にどういうことだ?」

「おいおい、何も知らないとは言わせないぞ。マスコミ部、部員NO,2さんよ」


 言われて一瞬何のことかと思ったが、そのことによって思い出してしまった。自身が瑠花の魔の手によって、マスコミ部の暫定部員にされていることに。


「ちょっと待て。確かに俺は瑠花によってマスコミ部の一員だということになっている。だけど、あの件に関しては俺の全くの無関係だ。実際、どういうことなのか本人に聞いているが、返事がないんだよ」


 そう言って、伊勢谷や周囲を見渡すも、相変わらず疑惑の目は晴れない。ああ、冤罪えんざいをかけられた人ってこんな気持ちなんだな……。

 だが、伊勢谷は肩を落とし、はあと息をついて言う。


「まあ、悠人はるとのことだしたぶん嘘は言ってないだろ。……それにしても、どこから漏れちまったんだろうな……」


 信じてもらえたようで何より。俺は少し力を抜いた。


 この前の謎解きの後、マスコミ部は無事に承認されてしまった。残念無念である。

 マスコミ部の初の活動として、メールマガジンの配信が決まった、と瑠花から聞いたのはマスコミ部承認後、一日を待たずしてだった。試験導入らしいが、準備はほぼ万端ばんたんらしい。

 そして今日は、そのメールマガジンの配信第一回だった。朝の七時に配信されるというメールマガジンに、俺も登録をさせられている。まだ試験段階ではあるが、瑠花の人脈によってそれは広まっており、登録者も相当数いるとのことだった。


 試験段階であり、最初の記事だ。内容としてもかなり一般的な、簡単なことを述べるだけにとどまるのだろう。そう思っていた俺は、朝の七時に配信されたそのメールマガジンを見て、驚愕きょうがくしたのだった。


『新高文化祭に激震!? 謎の予告状、生徒会に届く!』

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