第9話

 それならなぜ、作品ごと持っていかずに、自分が関わっていない部誌に自分の作品を掲載することを許可したのか。そこに対しての答えは明確だ。自分の作品を世に出したかったからなのだろう。おそらく、物書きとしては、自分の書いた作品が世の中でどのように評価されるか、ということは重要な価値を持つはずだからだ。

 ではどうして板尾は文芸部から離れてしまったのか。ここからは推測ではあるが、文芸部が何か「良からぬくわだて」を起こしているのかもしれない。


 昨日のインタビューの中で出てきたビンゴカードがその鍵を握っていると俺は考えている。もちろん、板尾がビンゴカードをおまけにするような部誌の販売方法を嫌ったということも考えられるが、それだけで部を辞めてしまうだろうか。いや、もしかしたら板尾が本当にそういうことが許せない人間なのかもしれないが、そうだとしても自身の作品への関与を完全に否定してしまうことはないだろう。やはりここは、文芸部が何かをたくらんでいる、それもかなり悪い方向に、という可能性を考えた方がいいのだと思う。


 つまり、板尾は先輩たちのくわだてには参加しない。だが、かといって先輩を告訴するようなこともせずに、部誌が売り出されるのを外部の人間とて傍観するということだ。そして、その作品に対して与えられた評価を、自分のものとして噛みしめる。

 これは俺の推測だ。文芸部の「良からぬたくらみ」が何かを知らない限りは憶測のいきを出ないものである。そして、憶測のいきを出ない不完全な推理を披露するというのはきょうぐものだ。


 ならば最後を詰めないといけない。だが、その点がどうしても分からない。

 文芸部のたくらみとは何か。数か月後には消滅する可能性のある文芸部。自身の利益とならない文化祭。じゃあどうして文芸部はビンゴカードをおまけにしてまで、瑠花に記事にしてもらおうとしてまで部誌の部数を稼ごうとしたのか。

 俺は壁の前で立ち止まり、じっと考える。すると横を女子が二人、するすると横切っていく。怪しげな目線を俺に送っていた。そりゃあそうか、壁の前で考え事をしている奴なんておかしいか。


 少し移動して、掲示板に張られているポスターでも見ているふりをしながら考えようと思い、俺は手近なポスターの前に移動する。だが、俺はそのポスターの内容に思わず目を引かれてしまった。

 そして俺は、ポスターの内容を見て頭の中で何かが弾ける音がする。その瞬間、俺の中で何かが繋がったような気がしたのだ。

 俺は考えるのをやめ、その足である場所へと向かった。


   ▽


 俺が向かったのは二階のとある教室である。俺がその場所のことを覚えていたのは、つい最近訪れたからである。それに、中にいる人間に関してはよく見知っているのでまあ大丈夫だろう、と思いドアをノックする。


「はい」中から声がする。

「失礼します」


 生徒会室は、異質な光景であった。中央に置かれた大きい机の上には書類が山のように積まれており、それとにらめっこする数人の生徒がいる。そして教室のはしではノートパソコンをカタカタと打ち込んでいる女子。ほとんどが入ってきた俺には目もくれずに作業を続けていた。

 その中の一人、生徒会副会長の伊勢谷は顔を上げて来客者――つまり俺だが――に目を向けた。


「ああ、悠人か。珍しいな、お前がここに来るなんて」

「ちょっと野暮用やぼようでな」


 だが、どうにも取り込み中のようだ。急ぎでもないし、改めても構わないと思い、俺はそのことを伝える。

 しかし、伊勢谷は手を止めて、笑いながら言った。


「いいよ別に。ちょっと休憩しようと思ってたところだしな。……それにお前がわざわざ来るなんて、大したことがないってことでもないんだろう?」


 こういう所で微妙に察しがいいのに、頭の方は残念だ。どうしてだろうか。


「まあそういうことかもな。……あのな伊勢谷、表に貼ってあるポスターについてだが」

「ポスター?」


伊勢谷は不意を突かれたように目をパチクリさせる。


「そう、ポスター。あれに書いてあることだけど、整理すると『文化祭において、災害被害にあった地域への募金活動に参加する模擬店を募集する。参加希望の模擬店は生徒会室まで。この企画に参加した模擬店は、文化祭の当日に募金箱を模擬店においてもらい、募金を呼びかけるようにする。文化祭終了後、各模擬店の募金箱を回収して、それを集計する』、ってところだな?」


 俺が手短に話すと、伊勢谷はゆっくりとうなずく。


「ああ、おそらくそういうことだけど……、秋山あきやま、そうだな?」


 秋山と呼ばれた男はおう、とだけ返事する。だが、よく見ると他の生徒会役員も手を止め、俺と伊勢谷の会話を傾聴けいちょうしているようだった。


「じゃあ、もう一つ聞きたいんだが」


 俺は秋山に向かって尋ねた。そして、その問いに対しての答えを聞き、伊勢谷に向き直って言う。


「……分かった。伊勢谷、一応これは助言として言っておく」


 そして俺は、生徒会に対してある「助言」を行った。これがどのように出るかは分からない。もしかすると、全くの無意味かもしれない。

 だけど、俺には自信があった。この「助言」が事態を変える一手に成り得るということに対して。


   ▽


 翌日、放課後。俺の教室に現れたのは、非常に不満そうな顔をした我が従妹いとこであった。


「何だよ、そんなふくれっつらして」


 俺が言うと、瑠花はだって、と前置きした上で事態を説明する。


「だって私の方は今日も板尾さんを問い詰めようと思ってたのに、そして文芸部を追い詰める一手にしようとしてたのにさ。肝心の文芸部の方が、記事にするのをやめてくれって言いだしたんだよ。何でも、ビンゴカードの話は無かったことになったって言ってた」


 なるほど、そりゃあ瑠花も不満を持つわけだ。


「驚いたな。まあでもこれで文芸部をインタビューする意味も、板尾を追いかけ回す必要もなくなったわけだ。大体そもそも、ビンゴカードを手に入れただなんて嘘だったんじゃないのか」


 そう言って俺は教室を出る。どちらにしてもこれでもうこの件はおしまいだ。瑠花が調べたがっていたことも、結局は嘘だった可能性が高いのだ。


「まだだよ」


 教室を出た俺のことを追いかけてきながら、瑠花が言う。


「私にはまだ気になってることがあるんだよ。本当にあの二つの小説を書いたのは板尾さんじゃなかったのか。そうだとしたら、なんで板尾さんは自分が書いたってことを黙っているのか」

「……それは記事になるのか」


 俺の問いに、瑠花は首をゆっくりと横に振る。


「あんまりならないかな。でも、ただ単純に私が知りたいの」


 ああそうか、と俺は納得した。瑠花は、マスコミ活動をして自分の記事が名声を得るということを望んでいるのではない。ただ単に、知りたいことを知りたい。それだけなのだろう。

 そういう点では、彼女と同じなのかもしれない。


「……というかさ、何やったの、悠くん」

「何……とは?」


 チラと瑠花を見ると、半眼で俺のことを見ている。


「とぼけないで。悠くん、文芸部の狙いとか、大体分かったんじゃないの? 悠くんが何かしたから、文芸部は急に記事にするのをやめてほしいだなんて言ったんじゃないのかって私は思ってるんだけど」


 力のこもった目つきで俺のことを見る瑠花に対し、これ以上とぼけることもできそうになく、俺は降参といったニュアンスで小さく息をついた。


「……はあ、しゃあないな。じゃあ、本人さんに会って確かめてみるか」


 俺はそう言うと、二年三組の方向へと身体を向ける。おそらく今なら、まだ掃除中だろう。問題なく本人にも会えるはずだ。


「やっぱり悠くんが一枚噛んでたか」


 俺についてきながら、瑠花が口をとがらせる。


「そういう言い方するなよ……。俺だってあんまり大っぴらにしたくはなかったんだ。板尾に確かめて、お前を納得させたら終わりにするさ。それ以上広めるようなことはしないし、お前にも記事にすることを禁じる」


 分かった、とうなずきながら瑠花は言葉を続けた。


「悠くんはどこまで分かってるの?」

「どこまで、というと具体的にはどういうことだ?」


 瑠花はうーん、と考えつつ、人差し指を立てて答える。


「だからさ、例えば板尾さんが二つの作品の作者だっていう証拠は見つかったのかってこと」


 それに対しては、ああ、と俺は生返事をする。


「そりゃあもう、そっちに関しては明らかだ」

「分かったの? あの文芸部の三人へのインタビューと、板尾さんとの話の二つだけで?」


 まあ、と軽くうなずく。これに関しては昨日俺が家に帰ってから考え、結論を導いたことだ。これまでの話を総合し、違和感を覚えた部分を引っ張り出して行けばおのずから答えが出る。


「嘘、どうして。私ずっと考えてたのに、全く分からなかったよ」

「まあ、瑠花には難しいかもな」


 素直な感想を述べると、瑠花はむすっ、としてしまう。失礼だな、とか言っているがおそらく普段の君の方がよっぽど失礼だからな。


「ともかく、これから話してやるよ。ちょうどお帰りのようだしな」


 俺が向ける視線の向こうには、今まさに帰ろうとしている板尾の姿があった。瑠花は小さくおっ、と言う。俺たちの姿に気付いた板尾は絵に描いたようなしかめっつらをして見せた。


「……何か御用ですか」


 あからさまに嫌そうな態度を取っている人間に対して、ちょっと話を聞いてくれというのもなかなか難儀なものであるが、そこはどうしようもない。


「昨日の話ならこれ以上何も言うことはないですよ。あんまり付きまとうのなら、こっちだって何か考えないといけません」


 何を考えるのだろう。少し怖い。俺は少し気後れしてしまうが、表情を変えないように努力して言う。


「そのことなんだが、お前が文芸部を辞めた理由を黙っていないといけない原因が取り除かれた。要するに、もうその件に関して無理に口を開かないでおく必要はなくなったし、もっと言うと、お前が文芸部を辞める直接の原因が取り除かれたんだ」


 言うと、板尾と、隣にいた瑠花も目も丸くする。


「……どういうことですか? 君は……、まさか全て分かっているのですか?」


 俺は小さくうなずく。


「まあ、お前の言う全てってのがどこまでなのかは分からないが、少なくともお前が文芸部を辞めた理由と、それを黙っていないといけない理由、そして、どうして自分が『Kの消失』と『終わりの始まり』の作者であることを黙っているのか、は分かった」

「……それ、全部ですね」板尾は小さくつぶやく。

「どういうことなの?」瑠花は待ちきれないとばかりに矢継やつぎ早に反応する。

「まあ、ここじゃなんだし、場所を変えよう」

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