第6話


   ▽


 その後、小説「終わりの始まり」についてインタビューを終えた俺たちは、文芸部の教室を出る。


「よし、それじゃあ悠くん、これからのことについて作戦を練ろうか」

「……作戦って何だよ」


 俺はメモをしっかり取ったつもりだ。話の要点は逃がしていないはず。だから、後の作業としては、瑠花がそれを記事として仕上げるだけの作業だ。まさかそこまで手伝えと言うのではないだろうな。

 それに、先ほどの国語科教室内でのやり取りを思い出す。


「しかもお前、俺の事を勝手にマスコミ部だとか紹介しただろう。俺はマスコミ部になんて入るつもりはないぞ。そこは譲れないな。義兄ぎけいとして」

「そこで義兄ぎけいを持ってくるあたりが卑怯だよね、悠くんは……」


 何とでも言えばいい。俺はどんな手段だって用いるぞ、時には強硬手段ですら。


「ま、さっきのはその場しのぎというか、そういうもんだから。悠くんには在籍だけしてもらって、時々手伝ってもらうという感じになるのかな」

「やっぱり在籍はしないといけないのか……」


 在籍しているという事実だけで、瑠花は俺のことをとことん利用しそうな気がしてならない。それは是非とも避けたいところである。

「まあ、暫定部員だよ。人が集まったら辞めればいいし。もちろんその人集めも手伝ってもらうけどね」


 瑠花はふふ、と意地の悪い笑みを浮かべる。全く、たった一枚の写真でどうしてこんな扱いを受けないといけないんだ……。サスペンスなら、瑠花はもう殺されてもおかしくないレベルだ。


「その話は、とりあえず置いておこう。で、これからの作戦ってどういうことだ。普通に文芸部のことを記事にするんじゃないのか?」


 俺が言うと、瑠花はキョトンとした表情を浮かべる。


「え、誰があんなくだらないことを記事にするなんて言ったっけ?」

「お前だよ……」


 おお、我が従兄妹いとこよ。あれだけ熱弁を繰り返していた神沢のお話を、「くだらない」とバッサリ切り捨ててしまうあたりは、ある意味尊敬の念を覚えるよ。


「ともかく、ここじゃなんだし、場所を移そうか」

「お、おう……」


 何か瑠花のペースに巻き込まれている気がするが、こんな所(国語科教室横の階段)で話すよりもいいだろう。


   ▽


 そして、俺たちが行きついたのはやはり、喫茶「東雲しののめ」であった。


「おお、ここが例の熱愛現場! 熱愛現場に記者を連れて行くなんて、悠くんやるねえ」

「熱愛現場じゃない。ここは、普通の喫茶店だ、俺の行きつけの」


 なんでそういう風に捉えるのだろうか、この子は……。


「でも、この光景をあの女の人が見てたらどう思うかな? 自分だけがこの喫茶店に連れて行ってもらったと思っていたのに、数日後には別の女を連れてくる……。あぁ、愛憎あいぞう入り乱れる悲劇の始まりかもしれないね!」


 悲劇なのに何でそんなに嬉しそうなんだよ。大体ここに連れてきたのは、要するに永峰の時と同じだ。無用なうわさは避けるに限る。


「あのな、永峰と俺はそういう関係じゃないし、話さないといけないことがあったから、この喫茶店に連れてきただけだ。大体、あいつがここを見張っている訳が――」


 とまで言って、俺は少し周りを警戒する。そして、入り口の方を見やる。


「どうしたの?」


 瑠花が不思議そうに俺のことを見ている。まあ、流石さすがに「後輩に気を付けろ」などと言ったからといって、窓の外で見張ってるなんてことはないよな……。そうなったら、最早もはやホラーでしかない。


「いや、なんでもない。気のせいだ」

「ふーん……?」


 何かまだ気になっていそうな瑠花であったが、丁度注文した珈琲こーひーが届いて、注意がれる。心底ありがたかった。


「おおー、これが専門店の珈琲こーひーか」


 俺はいつものブレンド、瑠花はウィンナを選択していた。「一番甘いやつ」と言われたからこれにした。その辺の嗜好しこうはまだお子様なようで、何故か安心を覚える。


「クリームが乗ってるから、甘いぞ」


 いつも通り、砂糖とミルクをしっかり入れながら言う。生クリームのたっぷり乗った珈琲こーひーを口につけて、瑠花は満足そうにしていた。


「で、何だよ作戦って」


 あまり長引かせたくない。さっさと本題に入ってしまおう。俺が話を振ると、満足そうにほほを緩ませていた瑠花の顔つきが少し変わったような気がする。


「あのね、悠くん。さっきも言ったけど、あんな話を記事にするつもりは毛頭ないんだよ。それより気になったことがあったでしょ? そっちの方が記事になりそうなんだよね」

「ああ、お前が途中で気になっていたことか」


 ビンゴカードを手に入れた「独自のルート」とやら。だけどあれは、本人たちによれば正規のルートで入手をしているらしい。非常に疑わしいのだが。


「うん、それもそうなんだけど。そっちは流通経路について口を割らせない限りは、手詰まりなんだよねぇ」


 あの、「口を割らせる」とかそういう怖いことを平気で言うのはやめようね……?


「じゃあ、他に何かあるのか」

「もちろん。なんであの文芸部みたいなやる気のない部活が、今年になって急に宣伝をしようとしたかってこと」


 本当に失礼だな、おい。


「そりゃ、文化祭なんだから祭りの熱気にてられたとかそんな感じじゃないのか」

「あの人たちがそういう人に見える?」


 見えるか見えないかで言われると見えないのだけれど、そんなの分からないだろ……。


「何が言いたいんだ?」

「要するにね、あの人たちがわざわざ自分たちの部誌を宣伝して、ビンゴカードまで付けてたくさん売りたがっているのには理由があると思うんだよ、私は」


 理由、か。確かに不自然ではある。そこまでして、部誌をたくさん売りたい理由。


「部誌をたくさん売れば、もちろん経済効果は高いよな」

「うん、だけど部誌を多く売ったからと言って、それがそのまま自分たちのお金になるわけじゃない。むしろ、部誌を多くって売れ残ってしまったら大赤字になってしまうよね。元々文化祭用にてられるお金はそれほど多くない。多くの部数をろうと思ったら自分たちの部費から出す必要がある」


 金券システムだからこその不自由だ。稼ぎが自分たちのものになるわけではないというのは、モチベーションに影響してしまう。


「でも、多く売ることができたら来年度の予算に繋がるんじゃないか?」


 そういう話を伊勢谷に聞いたことがあったような気がする。


「だけど、あの部活はみんな三年生。来年度に新入生が入ってこなければ即廃部。入るか分からない新入生のためにあの三人が頑張るとは到底思えないし、そもそも文芸部ってそんなに予算を必要としているのかなぁ」


 確かに言われてみればそうだ。


「まあもちろん、最後の文化祭に思い出を作ろうと思ってやっているだけなのかもしれないけれどさ」


 そう。その可能性がある限りは、推測の域を出ないのだ。この議論もここまでだろう。俺はそのように思って、珈琲こーひーをすする。


「だけどね、もう一つ気になってることがあって」

「まだあるのか?」


 俺は肩をすくめる。こいつの好奇心には本当に敵わない。


「うん。正直なところさ、今回の小説も、前回の小説もあの三人が書いたと悠くんは思う?」


 瑠花に言われて、言葉に詰まる。俺も気になっていた所ではあった。

 「終わりの始まり」は、神沢の言った通り、喜劇的な要素の入った読みやすい青春文学だった。卒業旅行に出かけた五人の高校を卒業した者たちが、旅行先で迷った末に不可思議な現象に見舞われ、三年前へとタイムスリップするというお話。それぞれ高校生活において心残りがあったという五人が、文化祭で一致団結し、一花咲かせようという笑いあり、涙ありのお話になるらしい。「らしい」というのは、読んだのは冒頭だけで、残りは話で聞いただけだからだ。


「今回のは、話だけ見るとかなり読みやすい。けど、それなりに文学に精通している人間じゃないと書けないような書き方ではあった、な」


 どこか小慣れた書き方というか、そのような印象を受けたのだ。少なくとも今回のが処女作ではない。


「そう。ちなみに悠くん、去年の作品を読んだことはある?」


 去年の作品、というと……。


「あれか、『Kの消失』」


 印象的なタイトルだったので、さっき見ただけではあったものの、覚えていた。


「読んだことがあるの?」

「いや、ない」


 大体俺には、文化祭を隅から隅まで楽しもうなんて発想はない。伊勢谷は、何やら色々と楽しんでいたようなので知っているかもしれないが。


「まあそりゃそうかぁ。悠くんが知ってるわけないよね……」


 だから、ちょっと失礼な言い方だよな……。まあ、身内だから許すけれど。


「じゃあお前はあるのか?」


 少し挑発気味に聞いてみるが、瑠花は珈琲こーひーに口を付けながら、あっさりとうなずく。


「あるよ。だって、文芸部に取材しに行くのなら、それなりに情報とか得とかないといけないじゃん。その時に読んだんだよ。『Kの消失』をね」


 あるのか……。というか、取材準備のためにわざわざ去年の部誌を読むなんて、本当に熱心というべきか何というか……。


「で、どうだったんだ」

「うん……、そうだね、『終わりの始まり』と物語の作り方というか、書き方は似通ってる。ただ、作風が全く違うんだよ」

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