第5話

「それもそうですね。それじゃあ、自信があるというそのお話、聞かせてもらえますか?」

「いいとも。我々文芸部は文化祭において、昨年の部誌発行に引き続いて今年も部誌を作成しようと考えているのだが、その話についてだ」


 神沢が言うと、瑠花はほほう、と身を乗り出す。


「文化祭のお話ですか。それなら興味のある生徒も多いでしょうね」


 俺としてはまた文化祭か……、という感じなのだが。


「去年のもなかなか好評だったんだぜ」


 鴻池がいらぬ情報を付け足す。隣で倉田もうんうん、と頷いていた。


「部誌に何か秘密が?」

「昨年の部誌は、取り立てて目立つ特徴があったわけではない。ただ、一本の短編小説を掲載しただけだ。それが、なかなか好評だった、というだけだ」


 神沢はそう言いながら、鞄の中から冊子を取り出して、俺たちの方に差し出す。随分ずいぶんと用意がいいな……。瑠花がそれを受け取り、俺は横からそれを覗き込んだ。


「……何とか体裁ていさいは保ってるみたいだね」


 瑠花の一言はなかなかに失礼だが、言われてみれば装丁そうていもしっかりしていて、文学冊子としての体裁ていさいは保っていると言える。この三人が生み出したとはとても思えない。失礼だが。


「まー、表紙とかは美術部に頼んだんだけどな」


 ああ、道理で。鴻池があっけらかんと言うのを、隣で倉田がうんうん、とうなずいている。


「残念ながら、俺たちの中にその手の才能を持った人物はいなかったからな。中身もまた読んでみてくれ。進呈しんていしよう」


 あー、そいつはどうも。だけど、この三人が生み出す短編小説ってどんなのだろうな……、と少し気になり、俺は冊子を手に取る。

 表紙をめくると、目次になっている。例の小説は……、


「……『Kの消失』?」


 思わずタイトルを呟いてしまっていた。中身を見るまでは何も言えないが、どこか文学作品的なタイトルは、この三人からは意外とも言える印象を受けた。

 もちろん見た目から受ける印象なんて全くの参考にはならない。この三人のうち、誰かが文学作品を書く才能に長けているのかもしれない。そもそもここは文芸部なのだから、そういう活動をしていて然るべきなのだ。

 俺が小さくつぶやいたのを目ざとく見つけた神沢が俺の方を見る。


「どうだい? 興味あるかい? でもねえ、今は時間がないからインタビューの後にでも見てくれたまえ。また今度、感想を聞かせてくれよ。あ、そっちの記事で紹介してくれても」

「あー、ごめんなさい。流石さすがに去年の部誌の小説を掲載するっていうわけにも、ねぇ」


 瑠花がさえぎる。さえぎられた方は、少し不満気な表情を見せるものの、すぐに先ほどまでの微笑びしょうを浮かべて言った。


「そうかい。それじゃあ、今年の分なら大丈夫だろう? 今年も一つ、部誌に小説を掲載する予定だ。それも、昨年の倍のボリューム。中編小説くらいの分量はあると見ている。さらに、ペンネームまで作った」


 そう言って、神沢は俺に向かってチョイチョイと人差し指を動かす。何のことかと思ったが、彼の目線の先はどうやら俺の持つペンとメモ帳にあるらしい。


 それを差し出すと、神沢は何かを書いて俺の方に返してきた。隣で瑠花がのぞき込んでくるのを横目に、メモ帳に書かれてある「神田鴻基」という名前を眺める。


「……かんだ、こうき?」


 俺がつぶやくと、チッチッチ、と神沢が首を振る。


「全く、君は風情ふぜいが無いねぇ」


 何で普通に読んだだけで風情ふぜいが無いなどと言われなければならないんだ。納得いかない。


「じゃあ、何と読むんですか。普通に考えれば、神沢さん、倉田さん、鴻池さんの苗字から一字ずつ取って名前にしているのだから、読み方もそれに習って『かんだこうき』になるはずでしょうが」


 俺が言うと、おっ、と神沢は声を上げる。


「俺たちの苗字を一字ずつ取ったところには気付いたか。少しは見どころがあるようだ。……これはな、実は『かみたこうき』と呼ぶんだ」


 どうしてこうも上から目線なのだろうか。まあ、確かに年上だが。


「それのどこに風情ふぜいがあるのですか?」


 瑠花が口を挟む。君はどこまでも歯に着せぬ言い方をしますよねぇ……。


「まあ、君たちとは風情ふぜいの価値観が違うのかもしれないね。要するに、物事をありのままにしか捉えられないような人間は俗物でしかない。色々な見方ができてこそ、分かることもある……のだよ」


 神沢は宙を見つめながら、一つ一つの言葉をみしめるかのようにはっきりと言う。そこに、俺は小さな違和感を抱いた。


「はぁ」


 納得したような、納得していないような表情を浮かべる瑠花。


「新作のタイトルは『終わりの始まり』だ。前作とはまた少し一風変わった喜劇調の作品になっている。こいつの宣伝なら、入れられるだろう?」


 瑠花は、少し肩をすくめて言う。


「……まあ、内容次第ですけど。というかこれ、インタビューじゃなくなってませんか?」


 確かに言われるとそうだ。さっきから神沢が一人で楽しそうに喋っているだけで、瑠花から発せられる質問がないのだ。


「ああ、そうだったな。済まない。よし、それじゃあ何か聞きたいことはないか?」


 何故かふんぞり返る神沢。俺はもうどうしようもないぞ……。


「ええと、まさか『今年の文化祭でデカいことをやるから、是非とも記事にしてほしい』と言ってきた割に、その内容が新作小説の宣伝だけ、なんてことはないですよね?」


 いいぞ、瑠花。こんな男にもおくせず減らず口を叩けるのはお前の長所だ。短所でもあるけど。


「ハハハ、そんな訳ないだろう。俺たち文芸部は、去年とは一風変わったことを文化祭で行おうと思っている」

「一風変わったこと?」


 瑠花の目つきがやや変わる。この三人の存在自体が一風変わってるとは言わないでおこう。


「ああ、実は今年、文芸部は大大出血サービスを行う。期間限定、今年限りの感謝祭だ」


 何故か急に大安売りバーゲンセールみたいな口調になっているのが気になるが、とりあえず見逃しておく。


「ああ、君は一年生だから分からないかもしれないが、もう片方の君なら分かるだろう? 文化祭では毎年、最後の最後に大規模なビンゴ大会が行われる」


 言われてみればそうだった。去年も確か、ビンゴ大会をやっていたような気がする。ビンゴカードが手に入らずに、やらなかったのだが。


「それなら知ってますよ。何でも毎年なかなかの景品が出てるとか」


 流石にそこは瑠花。その程度の予備知識はあるようだ。何なら俺より知ってるんじゃないか。


「うむ、なら話は早い。そのビンゴ大会で使われるビンゴカードだが、金券の半券で貰えることは知っているな?」

「知ってます。確か一枚二十円で、十枚分の半券と交換でしたよね?」


 新和戸高校文化祭では、物品の購入であったり、模擬店もぎてんへの入店のために金券が用いられる。これは、実際の金銭を用いることによるトラブルを避けるための常套じょうとう手段だ。


 そして、どうやら今の二人の話だと、金券を使ったのちに、返却される半券、これを集めるとビンゴカードに変換されるらしい。道理で去年俺はビンゴ大会に参加できなかった訳だ。半券の使い道が分からずに、それを欲しがった伊勢谷に全てあげてしまったからだ。

 俺が一人で生徒会副会長へのうらみを沸々ふつふつとわかせているのを尻目に、二人の話は続く。


「そう。つまりビンゴカードは実質的に二百円の価値を持っているといえよう」

「まあ、使った金券の半券で交換できるとはいえ、実質的にはそうなりますね」

「そこでだ」


 神沢の目が光る。やけに不気味な光り方だった。


「俺たちは、このビンゴカードを今回の部誌に特典として付けようと考えている!」

「……は?」


 思わず声を出してしまった。


「あのお、ビンゴカードって半券と交換する形式なんですよね? どうしてそれをあなたたち文芸部が?」


 瑠花の言っていることが、まさに俺の思いを代弁していた。


「まあ、それに関してはこの鴻池が頑張ってくれたんだが」


 ふふん、と鴻池が鼻を鳴らして、どうだと言わんばかりの表情をこちらに向けている。どうしてここの人間はこんなにも自信家ばかりなのだ。そして倉田さん、あなたさっきからうんうんとうなずいているだけですけど、人形じゃないですよね?


「独自のルートで、ビンゴカードを大量に入手することができた。この部誌を大量に購入してもらうためには、やはり特典にも力を入れるべきだと考えたのだ。そこで一部お買い上げの方に、このビンゴカードを一枚、差し上げることにする! 部誌は一部二百円だ。もちろん半券も返ってくるから、ビンゴカード一枚分の得ということになる。どうだ?」


 どうもこうも、汚すぎやしませんかねぇ……。あの、部誌がオマケになってませんか、それ?


「あの、一つ気になるのですが」


 瑠花がズイッ、と身を乗り出す。


「ん?」

「独自のルート……とは?」


 あー……、こういうのに興味ありそうだな、この子は。普通に考えて、一つの模擬店もぎてんにビンゴカードのようなものを流通させることは考えにくい。従って、その「独自のルート」とやらは、正規ではないものである可能性が高いのだ。


「それはだな……、ってうへ!?」


 鴻池が話そうとしたのを、慌てて隣の倉田が抑える。図体ずうたいのデカい倉田が鴻池を取り押さえて、鴻池は赤子のようにジタバタしている。何やってるんですか、あなたたち……。でもまあ、倉田さんが初めて仕事して、俺は嬉しいよ。


「君が疑っているようなルートではないさ。キチンと文化祭実行委員を通している。ただ、入手先だけは明かさないでほしいと本人に頼まれているから、そこは秘密だ」


 あくまで動じない神沢に対し、まだ何か言いたげな表情の瑠花であったが、分かりました、と小さくうなずいた。


「ともかく、記事にしてほしいのは、そのビンゴカード付きの部誌、ということでよろしいでしょうか?」

「まあ、そうなるね。どうだい、今までにないこころみだ。記事にする価値はあるんじゃないか? 合わせて小説の宣伝もしてもらえると、売上部数にも繋がると思うのだが」


 ふむ、と何やら思案している瑠花。俺としては、汚いしせこいし記事にする価値もないんじゃないかと思って目線をらすのだが、それに反して瑠花は笑みを浮かべて顔を上げる。


「はい、それでは前向きに検討させて頂きます。これから、小説の内容についてのインタビューに移りますね」


 言うと、神沢の口角がややり上ったように見受けられる。そうなんだ……、人によって価値観はやっぱり違うんだね。

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