第4話

 永峰の言葉が俺の中でフラッシュバックする。俺は一つの可能性を感じ、ひざまずいていた状態からゆっくりと立ち上がった。


「……あのさ、瑠花」

「ん?」


 俺が立ち上がったのを見て、瑠花は不意をつかれたように笑うのをやめる。


「お前、本当はこの写真の中の女子に情報を教えてもらったんじゃないのか? それで、わざわざあんなところで張り込みを……」


 俺が言うと、瑠花はしばし目をパチクリさせた後に、プッと吹き出して言う。


「あはは、悠くん。それはないよ。だって私、まだ入学して数週間なんだよ。この女の人が誰だかなんて分かんないよ。……まあ、ものすごく美人で可愛らしい人だけどね」


 むむむ、と何故か眉間みけんしわを寄せながら写真を見つめる瑠花。


「……悠くんが夢中になるのも分かるよ」

「だからそんなんじゃないって」


 慌てて訂正するものの、俺は内心では戸惑っていた。

 瑠花が言っていることは間違いではない。入学して数週間しか経っていないのに、永峰と瑠花が接触しているというのも変な話だ。でも、そうだとすると、永峰の言ったことがまた当たってしまったという嫌な事実が浮きりになってしまうのだ。

 俺が少しうつむいて考え込んでいると、瑠花がキョトンとした顔をして俺のことを見ていた。


「どしたの、悠くん? 目つき悪いのにそんな顔してたら余計に恐いよ?」

「余計なお世話だ」

「あ、目つきが悪いというより、やる気がないというかそんな感じだよね」


 言っていることが伊勢谷と一緒だな……。何故か考える気が無くなった俺は、頭を上げる。

 そして目の前には、爛々らんらんとした目つきを取り戻した瑠花が立っていた。


「でさ、悠くん」

「うっ」


 瑠花が勢いよく俺の方に迫ってくる。


「私、悠くんに手伝ってほしいことがあるんだよね」

「て、手伝ってほしいこと……?」


 俺はかなり嫌な予感がして、一歩ずつ後ずさりする。しかし、それを逃すまいと瑠花は、さらに詰め寄って俺のことを壁際かべぎわまで追い込んだ。


「何でもするって言ったよね?」

「…………はい」


 もうこうなってしまえば、俺はあらがすべを失くしてしまっているとしか言えなかった。


   ▽


 翌日の放課後、俺は国語科教室に呼び出されていた。もちろん、瑠花によってだ。

 昨日は散々な目にあった。いきなり従兄妹である瑠花と高校にて再会したかと思いきや、俺と永峰のツーショット写真を撮影していて、それをおどし文句に自分の活動の手伝いをさせるという邪知暴虐じゃちぼうぎゃくの行いに苦しめられることとなった。


 なのにその「手伝ってほしいこと」を瑠花は昨日のうちに言ってくれなかった。「明日のお楽しみ」などと言って、けむに巻いてしまったのだ。別に俺は楽しみにしてない、と主張しても無駄だった。結局、あれやこれやと言っているうちに、春絵や姉貴が帰宅し、流れで夕食まで食べていくことになって、有耶無耶うやむやになってしまっていたのだ。


 だが、国語科教室などという一度も行ったことのない教室に連れられて、一体何をすればいいというのか。昨日の時点で何も知らされていない以上、とりあえず指定された時間に指定された場所へと向かうしかない。まさかと思うが俺に、マスコミ部などという部活に入部しろなんて言わないだろうな……。

 そんな嫌な予感を胸に抱きつつも、俺は国語科教室のドアをノックする。中から「はーい」という女子の声。この何とも甘い声は間違いなく瑠花だろう。


「入るぞ」


 そう言って教室のドアを開く。俺が教室の様子を見渡すと、意外にも瑠花の他に男子が三人座っていた。

 そして、机の配置が男三人と瑠花が対面の形になっている。瑠花の横の席が空いていることからも、そこが俺の席なのだろう。

 そのことから何となく想像がついた。


「悠くん、こっちこっち」


 嬉しそうに手招きする瑠花の横の席に座った俺は、対面にいる三人の男に「ども」と挨拶する。見たことはないが、バッジを見るに三年生なのだろう。


「おい瑠花、インタビューなら昨日の時点で言ってくれてもいいだろ」


 俺は小声で瑠花に言う。この対面型の席配置は、おそらく瑠花がどこかの部活にインタビューをするということだったのだろう、と俺は予測を立てたのだ。


「まあまあ、とりあえず悠くんはインタビューの内容を記録しておいてほしいんだ。それが私の手伝ってほしいことだよ」


 何だ、そんなことか。そんなことならお安い御用だ。俺は、小さく頷いて瑠花からメモ帳とペンを貰う。


「えー、文芸部の皆さん、お待たせしました。それではこれよりインタビューを行いたいと思います」


 瑠花が三年生三人に向かって話し出す。どうやらこの三人は文芸部員らしい。へえ、文芸部なんてあったんだ。どうりで国語科教室なわけだ。

 ……って、文芸部? 俺はその部活について、少し前に何か聞いたような気がする。


 俺の目の前に座る三人。一人は、眼鏡をかけた仏頂面ぶっちょうづら。だが、椅子の横に置かれている鞄には何やらアニメのキャラクターのフィギュアがたくさんついている。……少し狂気を感じた。

 隣にいるのは、ちゃらんぽらんしてそうな細い男と、良く言うと体格の良い男。細い男の方は、スマホをいじりながら口笛を吹いていた。……こんな状態で、インタビューができるのか。


「ちょっと待ってくれ」

 三年生のうちの一人、眼鏡の仏頂面ぶっちょうづらが手を挙げて瑠花が話すのを制止する。俺も思わず顔を上げた。いきなり何だ。


「どうしましたか? 神沢かんざわさん?」


 名前までちゃんと把握してるのか。さすが情報収集のプロ候補。神沢と呼ばれた男は、名前を呼ばれたことに少し驚いたような態度を見せるものの、気を取り直して言う。


「君は、この前の段階では新聞部と言っていたよな? だが聞いた話では、新聞部は人数不足で廃部になったと聞いている。それはどういうことだ?」


 そういえば、瑠花はマスコミ部を作ると息巻いていたものの、それはまだ正式には創設されていないのであった。新聞部にも結局入ってはいないみたいな感じなので、実質のところ瑠花は無所属というわけだ。


「ええ、だからマスコミ部に名称変更するんです。この人と二人で新聞部をやり直すことに決めたんで」


 営業スマイルを全く崩さずに瑠花が言う。……え、この人今何て言った?


「ちょっと待て」

「悠くんは黙ってて」


 俺が異議を申し立てようとするものの、食い気味にさえぎられてしまう。


「いいから、とりあえず私の言うことに合わせて。……あれをばらいてもいいんだね?」

「ぐっ……」


 そこを突かれると弱い。俺は、渋々「分かったよ……」と言って大人しくする。だけど、断固として入部はしないぞ。俺の生活の平穏は絶対に守る、それは絶対厳守だ。

 二人でコソコソと話していたせいか、三年生三人は少しいぶかし気に俺たちのことを見ていたが、やがて、そのうちの一人、ちゃらんぽらん男がニヤリと笑って口を開く。


「あれ? お二人さん、仲が相当よろしいみたいですけどもしかして」

「違います、従兄妹です」


 今度は俺が食い気味に反応する。そこは絶対修正事項だ。そして紛れもない事実だ。


「あ、ああ……、そ、そうか」


 俺が少し不機嫌そうに先ほどの発言者を睨むと、すごすごと引き下がった。こんな所で目つきの悪さが役に立つとは。

 コホン、と瑠花が軽くせき払いする。


「えー、ということでよろしいでしょうか。改めてインタビューを始めさせて頂きますね。インタビュアーは一年六組、マスコミ部の大類瑠花です。で、記録・補助がこちらの人です。よろしくお願いします」


 俺の紹介がいささか雑だったような気がするが、まあそこはどうでもいい。


「ああ、まあ新聞部だろうがマスコミ部だろうが、俺たちのことを記事にしてくれればそれで構わんよ。俺は文芸部部長の神沢だ、よろしく。で、俺の隣にいるのが鴻池こうのいけ。その隣が倉田くらただ」


 神沢に続いて、二人も軽い挨拶あいさつをする。先ほど俺たちに茶々を入れてきた男は鴻池というらしい。

 それにしても、記事にする、かあ。文芸部なんてネタになるのだろうか。かなりの情報通である瑠花が、ネタに困るようなことがあるのか。まあ、入学して間もないし、とりあえず集められるネタは集めておきたいのかもしれないが。そう思っていると、瑠花が話し出す。


「記事にするかどうかは、あなたたちのお話がそれに値するかどうかによりますので。もちろん、どれだけ大きな扱いにできるかもそこによるので、そこはご了承ください」


 なかなか恐ろしいことをニッコリとした営業スマイルで言い切ってしまう我が従兄妹に、少々恐怖を抱いた。だが、神沢はひるむことなく受け答える。


「ああ、構わないよ。でも、君だって少しでも多くの情報が欲しいと思っているところだろう? だったらこのような機会を逃す手はないと思うんだけど、どうかな?」


 かなり自信がありそうだな……。机をへだてて、瑠花と神沢の二人が火花を散らしている……ように見える。

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