第3話

「うーん、用はあるのかないのか何とも言えないところなんだけどね」

「何だよ、その微妙な言い方は」

「ほら、ちょっと聞きたいことがあってだね」


 聞きたいこと、ね……。そういえば、昔からこいつは好奇心旺盛おうせいというか、色々なことを詮索せんさくしたがるタイプだった。


「会長のことか?」


 今日の話の流れからすると、そうなるだろう。あの話の途中で、俺が無理矢理とも言っていい形で話の流れをさえぎってしまったからだ。物事をキチンと知りたがる瑠花が、あの話を放っておくとは考えづらい。


「違うよ」


 しかし、やけにあっけらかんとした声が聞こえて、俺は思わず目を丸くする。違う、だと?


「違うのか?」だとしたら何を聞きたいというのか。

「うん、だって会長さんのことも気になるけど、そんなのすぐに調べはつくしね。別に悠くんに聞く必要はないじゃん。だからさ……、単刀直入に聞くけど、悠くん、彼女とかできた?」

「は?」


 何だよこいつ、やぶから棒に……。もっと真剣な話かと思ったのに、そんなどうでもいいことを。……いや、こいつ俺のことからかってんのか?


「ほらー、私にならいいでしょ。ユー、言っちゃいなよ」


 いや、そんなノリで来られてもこっちもそれに乗っかるテンションではないのだけれど……。いや、というか事実を述べればいいわけで。


「できてない」


 と悲しい事実を述べるのしかなかったのです。


「ホントに?」

「ホントだ」

「従兄妹にまで嘘つく必要ないんだよ?」

「別に相手がお前だろうとそうでなかろうと、答えは同じだ」

「後出しでやっぱりいましたー、はナシだからね?」

「後出しするメリットがどこにある」

「じゃあこの写真はどういうことかな」

「おいちょっと待て」


 俺は血の気が引いていくのを感じる。それもそうだろう。目の前には、一枚の写真を右手にかかげて、証拠は押さえたと言わんばかりの笑みを浮かべている従兄妹の姿があったのだから。

 しかもこの子、いつの間にか左手にメモ帳とか準備しちゃってるんですけど? 何だか目がキラキラと光ってるんですけど?


「どしたのー?」

「ちょっとさ、その写真について色々とお聞きしたいことがあるのですけど」


 何故だろう。ひどく下手に出ている気がするが、ここはそんなプライドは捨てないといけない。


「この写真? なんだろうねー、この前たまたま駅近くで悠くんのことを見かけたからついて行ったらたまたま撮れちゃった写真なんだけどねー」


 それは全くもってたまたまではないと思うのだが……。


「あの、そのメモ帳は何なのでしょうか?」

「そりゃあ、ちゃんと言ったことを記録しておかないと。ほら、言った言わないの水掛け論とかになったら面倒でしょ?」


 そんな話をしていて、ふと思ったことがあり、尋ねてみる。


「そういえばお前、部活どこに入ったんだ?」


 尋ねる側から突然尋ねられる側になり、少し不意をつかれたような表情を見せるものの、すぐにいつもの小悪魔的な笑みを浮かべる。


「よくぞ聞いてくれましたね、悠くん。マスコミ部ですよ、マスコミ部」

「……マスコミ部?」

「そそ、マスコミ部」

「そんな部活、あったっけ?」


 俺はとことん学校内のことに興味がないのだが、流石さすがにマスコミ部なんて部活があったら存在くらいは知っていると思う。そして、全く存在すら覚えのない部活に、従兄妹が入ったとなれば少し心配になる。


「そりゃ聞いたことはないよ。だって私が作った……、作る予定なんだもん」

「作る、予定?」

「そうなんだよ。というか、本当は新聞部に入ろうとしたんだけどさ、新聞部自体が去年の先輩の卒業で人がいなくなっちゃったみたいで廃部になっちゃったらしいんだ」それは伊勢谷に聞いて俺も知っていたことだ。


「で、私が一人、入部しようとしたわけ。でも、私、思ったんだ。これまでと同じ活動をしていて、果たして部員が寄ってくるのかと」

「出版社とかそっちの業界に興味がある奴なら寄ってくるんじゃないの」


 俺がそう言うと、瑠花はズイッ、と一歩前に踏み出す。自然と顔が近くなり、俺は思わず仰けってしまった。


「甘い! 甘いよ悠くん!」

「甘いのか……」

「そう! 今時何もしないで待っていたって獲物は現れない! 自ら行動あるべしなんだよ!」


 どうしたんだろう。やたらと熱弁してくるな。


「それでどうしたんだ」

「私は、新聞部という名前がもうこの時代に合っていないんじゃないかと思ったわけ。だから、新聞部の名称をマスコミ部に変更して、もう一度再建を果たそうと思ったの」


 ほう。まあ確かに理屈は通っている。今時、情報伝達手段にわざわざ新聞を選ぶ人間の方が少ない。


「それで、新設部としてマスコミ部を作れるように掛け合っているわけ」


 まあ、マスコミ部を新設したところで、部員数が増えるかは分からないが、瑠花の情報収集欲がまた増進されているということは理解できた。


「でも、新設部を一人で立ち上げることなんてできるのか?」


 よく聞く話だと、何人か以上でないと、部を立ち上げることはできないとか聞くのだが。

 そこで、俺は嫌なことに気付いてしまう。まさか、部員数が足りないから、幽霊部員としてでいいからマスコミ部に所属してくれとか言い出すんじゃないだろうな。

 俺の嫌な予感を察したのか、瑠花は苦笑いを浮かべて言う。


「あー、大丈夫だよ。色々調べたんだけど、うちの学校、そこに規約はないらしいから。今先生たちの間で協議してもらってるんだけど、もしかすると一人の部活は却下されちゃうかもしれないよね」


 そこには微妙に、俺に所属してほしいみたいなニュアンスを含んでいるような気もするのだが、そこはスルーする。


「ええと、活動方針とかはちゃんと書いたのか?」

「もちろん。『近年の大衆伝達、いわゆるマスコミュニケーションについての認識を深め、それを実践することで、より良い情報伝達の方策を学び、これからのマスコミの在り方をとらえ直すこと』って活動理念のところに書いておいたよ」


 何というか、こういう所はちゃっかりしてるんだよね、この子……。


「そうか。ならまあ、なんとかなるんじゃないか。これからもがんばってくれたまえ、ハハハ。おっと、もうこんな時間じゃないか。そろそろ帰らないと家の人が心配するぞ。そろそろおうちに帰りたまえ」


 それにうちにもそろそろ春絵が帰ってくる頃だ。やはり家族の団らんの時間は大事だと思うんだ、俺。


「……悠くん、そうやって写真の件を水に流そうとしても無駄だよ。さて、そろそろ答えてもらおうかな。この写真に写ってる人と、何を話してたのかを、ね?」


 俺の目の前で一枚の写真をかかげる下級生の女子。その写真には、俺と永峰瑞希が、喫茶「東雲しののめ」から出てくるその瞬間がバッチリと写っていた。

 こうなることを恐れていたんだ。だから、わざわざ時間差をつけて行動したというのに。よりによって、従兄妹によってこの現場を押さえられてしまうとは……不覚を取った。


「……じ、事実としては別にそういう関係ではございませんよ?」


 そしてまた、何故か敬語に戻ってしまう。


「ふーん……、じゃあ、わざわざ駅から離れた喫茶店で、放課後に二人きりで、そこそこ長い時間、何を話してたのか、教えてほしいなあ?」


 俺としては、その間君はどこに隠れてずっと俺たちのことを監視していたのかを教えてほしいなあ。


「あのですね、わざわざ駅から離れた喫茶店を選んだのは、俺がその喫茶店をよく利用しているからっていうのと、面倒なうわさを避けるためであって、別にやましいことがあったわけではないですよ?」

「だーかーら、何もないって言うのなら、何を話してたのかくらい教えてくれたっていいじゃない」


 瑠花が爛々らんらんとした目つきで俺のことを見ているのに対して、どのように答えるべきかと俺はほとほと困ってしまう。生徒会室に置かれた予告状のことは、俺と永峰と伊勢谷の間での秘密事項となっているし、おまけに永峰に聞かされた話は到底信じられるものではなく、瑠花に対して聞かせてやれるような話でもなかった。

 だから、ここはもうひたすら嘆願たんがんするしかない。俺は、全てをかなぐり捨てて瑠花の前にひざまずく。


「瑠花、その写真を頼むからばらくようなことはやめてくれ。色々と面倒なことになるんだ。お願いします……、何でもしますから!」

「えー、どうしよっかなー」


 瑠花は、写真をヒラヒラさせている。本当に楽しそうだ。

 大体こんなことになったのは永峰のせいだ。あいつが散々俺のことを振り回した結果として、こんなことになってしまっているのだ。どうにか責任を取ってもらわないと困る。


 そこまで考えて、俺はふと思い出す。この前、喫茶店の前での別れ際、永峰が言っていたことを。


『シノハルくん、今年入ってきた下級生には気をつけた方がいいと思うよ』

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