第4話
非常にややこしいことになっている。それが俺の唯一絞り出せる感想と言ってもよいだろう。
「……なんでお前までここにいるんだよ」
俺は、恨めしげに
「失礼だなー、私はただ単に忘れ物をしたから取りに帰って来ただけだよ、そしたらキミたちが何か話してるのが聞こえちゃってね。シノ×タクとかもしかしたら需要あるところにはあるんじゃないかと思って音声を録音しようかとも思ったんだけど」
「何やってんだよ!」思わず噛みついてしまう。
「だから、思っただけでやってないって。大体私は全く興味ないしね」
はあ、そうですか……。というか興味がないならそういうことをしようとするのもやめてもらいたい。どうやら永峰は、今朝まさに俺が想像していた最悪の方向へと思考をシフトしてしまっていたらしい。呼称が微妙に違うけど。
「で、これを取りにきたんだよ」
そう言って、永峰は自分の席からペンケースを取り出す。忘れ物、というのは本当だったらしい。
「家に帰って宿題しようかと思ったら、ペンケースが無くてびっくりしたよ。……で、ごめんね。二人の話、聞いちゃった」
永峰は伊勢谷の方に向き直り、バツが悪そうに小さく笑う。なんてことない
「ふむぅ、この話を聞かれていたとは少し遺憾ではあるが……。まあしかし、三人寄らば
伊勢谷は、グッと拳を握って言う。おい切り替え速いな。というか俺以外の奴に聞かれても別に困らないのなら、わざわざ俺に頼まないで欲しかったんですけど……。
「ところで何で密室なのさ?」
永峰が問う。いや、別にそこはどうでもいいんじゃないですかねぇ……。
「だって、全く侵入された
うん、まあ言いたいことは分かるんだけど、別にそこはどうでもいいんじゃないですかねぇ……。
「なるほど~、賢いねぇ」
「いやいやいやいや、それほどでも」
言いつつ、嬉しそうな伊勢谷。あー、やっぱ顔か。顔なんだな、コイツ。世の中ね、顔かお金かなのよ。
「……で、シノハルくんはこのトリックをどう思うの?」唐突に永峰が俺の方に顔を向けて言う。ただし呼び方を間違えている。
「シノハルくん言うな。……ま、とりあえず確認しときたいことがいくつかあるな。それによってはもう少し状況が見えてくるかもしれない」
永峰の態度は
それに、永峰はこの事件を予期していたことになる。未来に起こることがなんとなく分かる、とかいう
それでも、どんな小さな事件でもそれが起こることを予期できるのは、本当の未来予知でない限り、この可能性が最も高い。
永峰がこの事件の犯人、もしくは犯人の関係者ということだ。
「その確認って?」
永峰が問う。コイツの意図は読めないが、とりあえずその疑問は一旦置いておくことにする。
「伊勢谷、本当に生徒会室の鍵はお前が借りる前は誰も借りていなかったんだな?」
俺の問いに、伊勢谷は熱心に頷く。
「おう、もちろんだ。昨日も俺が鍵を返したんだけど、その後誰も鍵を借りたということはないことは貸出表からも明らかだった」
「ちなみに、それは何時頃の話だ?」
「昨日は十八時くらいに鍵を返して、今日の朝は八時頃だったかなぁ。その時には既に紙が置かれていたぜ」
ということは、その間が犯行時刻だったということか。
「じゃあ次に聞くけど、教師が鍵を借りるのにも、貸出表への名前の記入は必要なのか?」
その問いに対しても、伊勢谷は即答する。
「必要だ。俺たちのようにサインまではいらないんだが、誰がどの時間に鍵を借りたのかはハッキリさせておく必要があるから、名前と時刻だけは記入されている」
なるほど。何度も貸出表に目を通している伊勢谷だからこそ分かることだろう。
「あとは、生徒会室の場所だ。伊勢谷、生徒会室って何階にあるんだっけ?」
俺が尋ねると、はぁ、とため息をつきながら伊勢谷が肩をすくめる。
「お前、一回来たことあるだろう、悠人。生徒会室は二階だよ。窓とか他の場所から侵入されたことを考えてるんだろうけど、それは有り得ない。窓の鍵もちゃんと閉めて帰った」
誰のせいで生徒会室に行く羽目になったと思ってるんだ。まあ、言い方はムカつくが、知りたいことは大体知ることができた。
「なら、鍵を使って侵入した場合、考えられるケースは三つだ」
「三つ?」
永峰は興味ありげに俺の顔をしげしげと見つめる。俺のことを試しているような態度にも見えるが、これは俺の偏見かもしれない。
「まず一つは、教師たちの知らないところで鍵が盗まれていたケースだ。これならもちろん、貸出表に犯人の名前が
「でもそれだと、鍵を返す必要もあるんじゃない?」永峰が首を傾げる。
「そう、だからこの可能性は限りなく低い。わざわざ鍵を盗んで、それでいてバレないようにそれを戻すなんてことをする意味はないだろう。この可能性が成り立つとすれば、昨晩学校に誰かが侵入したということになる。だけど、さっきの伊勢谷の話を踏まえると、生徒会室の鍵はキーボックスの中に入っていて、それを開けるには暗証番号が必要だ。その番号を知っているのは、岩田って先生を含むごく数人だけ。仮にその先生たちを犯人から除外するのなら、岩田教諭の帰宅後、もしくは勤務前に鍵を盗むのはほぼ不可能だ。まあもちろんその先生のうちの誰かが犯人であるという可能性は否定できないがな」
俺が言うと、伊勢谷はしかめ面をしてみせる。
「先生がこんなことしたってのか? 何のために」
俺もすかさず反論する。
「一応の可能性を指摘しているだけだろ。大体、先生には報告してないんだろう? 盗難の可能性もあるんだから、さっさと相談すればいいものを」
俺の言葉に、伊勢谷は首を振る。
「お前の意見を聞いて、どうしてもそれしかないって言うのなら先生に相談するのだけど、盗難の可能性は薄いっていう段階ならなんとか自分たちの手で解決したいんだ。文化祭の開催にも関わってしまうからな」
どうやら伊勢谷の頭の中には、文化祭を残したいという何とも青春を
そんな若々しい発想、俺にはないのだが、生徒会副会長さんの意見だし、少しは尊重してやるか。
「……しゃーない、分かったよ」
「すまんな」珍しく素直に謝る伊勢谷に、俺はしぶしぶ
「それで、あと二つのケースってのは?」
俺たちの会話に間ができたのを見て、永峰が問うた。
「一つが、ピッキングっていう手法。鍵を特殊な工具で開けるっていうアレだ。しかしまあ、そんな特殊な工具を持っていて、それを短時間にやってしまうなんて特殊な技術を持った人間がどれだけいるのか、ということを考えるとあまり現実味はない。生徒や職員のいない夜間に忍び込んでやるにしても、今時機械警備があるから、すぐに引っ掛かってアウトだ。とりあえず一旦、可能性としては保留した方がいい」
「でも可能性はあるんだ?」永峰が返す。
「うーん、でも最終的に施錠されていたんだろう?」
「そうだな」と伊勢谷。
「ピッキングっていうのは普通、物盗りが家などへの侵入の際に使う手法だ。それをわざわざ閉めていくなんて面倒なことをするとは思えない。人に見られるリスクがありながら、わざわざ手間のかかることをするはずもないだろう」
俺の推理に二人も頷く。
「生徒会室は階段のそばにあるから、先生や他の生徒が近くを通ることも多いしな。そんなことをわざわざするとは思えない」
伊勢谷が俺の推理を補強したことで、一旦この可能性を消去することとして俺は続ける。三つ目のケースだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます