第3話

 放課後、昨日と同じように俺は教室に呼び出されていた。ただ、昨日と違うのは、昨日は一度教室を出てから戻って来たものの、今日はそのまま教室に残っていたということだ。


 昨日は、一応それなりに気をつかって一度外に出たのだが、ハッキリ言って無用な気遣きづかいだった。それでも昨日と比べて機嫌がいいのは、もちろん昼食が春絵のお手製弁当だったからだ。昼休みになって、ニヤニヤと弁当を広げていると(一人で)、あの伊勢谷に気味悪がられた。

 自分の席でスマホをいじりながら、エナジードリンクを補給していると、伊勢谷が教室に入ってくる。


「お待たせ、悠人。……また、エナジードリンクか」

「おう、朝に飲んだ分が切れたからな」学校にも俺の愛飲あいいんしているものが売っているのだ。

「あれ、高いだろ?」

「ああ、でもその分効用はバッチリだ」


 例え内容量の割にお値段が高くても、それに見合う効果を発揮するならば、むしろそちらを選ぶ。だがそんなことより、


「で、何だよ話って」


 俺は問う。この場所もいつまでも開けておくわけにもいかないし、さっさとくだらない話を聞き流して、帰って夕飯の準備をするとしよう。


「そうそう、それがよ悠人、聞いてくれ。この学校でとんでもない事件が起きようとしてるんだ」

「……は?」


 俺を襲うのは本日三度目の既視感。もしかして無限ループの世界にでも入り込んでしまったのだろうか。

 途端に昨日のことを思い出してしまい、苦々しい気持ちがよみがえってくる。


「うおっ、ただでさえ悪い目つきが余計に悪くなってやがる。目つきが悪いっていうかやる気がないのか」


 伊勢谷に言われて、その気持ちが表情にも出ていたことに気付く。しかし、コイツは一言多いな……。


「余計なことは言わんでいい。目で人を判断するなんてお前には百年早い」


 聞いた話によると、会社の面接担当の人なんかは目を見ただけで人間性が分かるというらしい。何それ、怖すぎる。


「確かにそれは言えてる。だけど実際やる気ないじゃん、悠人の場合」

「あーそうですよ、俺はやる気ありませんよ。……とりあえずさっさと話さないと、帰るぞ」


 横道にれすぎだろ、コイツは……。早いとこ本題に入ってくれないと困る。ただ、話題的に本題に入っても困るのだが。


「あーそうだったな。じゃ、話すぜ」


俺は手近な椅子に腰かけ、伊勢谷の話を聞く。


「ご存じのように、俺は生徒会の副会長だ。もちろん生徒会室も利用している。で、今日の朝のことだ。俺が所用で生徒会室を訪れたところ、机の上にこんなモノがあったんだ」


 そう言って伊勢谷がかばんから取り出したのは、一枚の紙。そこにはわずか数行ではあったものの、活字が印刷されている。


「……ん? 何書いてるんだ、これ」

「おお、読み上げるから聞いておけ。『親愛なる新和戸高校生徒会諸君。私は正当なる手段を用い、簡潔かつ刹那せつなのうちに、きたる六月に開催される文化祭を失敗させることをここに宣言する』、……というわけだ」


 俺は流し気味に話を聞いていたが、一通り聞いて、話を聞いたこと自体を後悔する。大体宣言するって何だよ、選手宣誓か?


「馬鹿馬鹿しい」

「おいおい、そんなに簡単に決めつけるなよぉ。なんでそんなことが言えるのさ」

「言うまでもないだろ」

「いやいや、そんなこと言ってもさ、ほら、俺にはちょっと分からないことが多いしさ。ここは一つ、俺のためだと思ってこの犯行声明文が意味するところと、誰がこんなの書いて置いたのか、考えてくれよ」


 考えてくれ。昨日も似たようなことを頼まれた。ちなみに昨日のやつは考えても分かるはずのないことだ。あと君、今自分がバカって認めたよね?

 まあここはこのバカを納得させて、さっさと退散願おう。


「あのなぁ……、大体、こんなことして得する奴がどこにいる? 生徒側からしたら楽しむものである文化祭を崩壊させて、何が面白いってんだ。普通に考えて、面白がってなんかの推理小説の真似事まねごとをしてみただけだろうよ。それに、生徒会室にこれが置いてあるだけなら誰にでも犯行は可能だ。この文書だけなら、犯人を特定することなんてできやしない。誰か先生にでも報告しておけばいいだろ」


 そう、普通に考えるならばこれは愉快犯の仕業だ。もしそうでないにしても、これだけでは犯人を絞ることすらできない。従って、実際に犯行が行われるまで、手を出しようがないのだ。

 俺の反論に対し、伊勢谷は待ってましたとばかりに口を開く。


「そう、悠人ならそう言うと思ったよ。だけどな、生徒会室の鍵はキチンと閉まっていたんだ。何者かが侵入した形跡けいせきもない。これがどういうことか分かるか?」

「誰かが鍵を借りて、その紙を置いてから生徒会室を出て、鍵を閉めてからそれを返した。以上」


 俺の答えに、伊勢谷ははぁ? とバカにしたような目つきを向ける。おい、だからそういうのはイラッ、とくるからやめなさいって。


「悠人ぉ、お前さんが興味のないことにはとことん関心がないってのはよく分かってるんだけどさ。職員室での鍵の管理くらいは知っててもおかしくないと思ったんだよね、もう二年生になるんだしさ」


 この、何とも回りくどい言い回しは本当にイラッ、とするな。素直にウザい。


「うるせぇ、知らないもんは知らないんだよ。鍵の管理なんてもんに興味はないんだし」

「はぁ、しゃーないな。ウチでは鍵の管理は担当の先生、総務部長の岩田いわた先生がいて、岩田先生の机の上にある『鍵貸出表』っていう紙に借りる鍵の種類、時間、用途を記入して誰か先生にサインしてもらう必要があるんだ。返却の時にも時間を書いて、サインをもらわないといけない」

「へぇー、初めて知った。随分とややこしいんだな」

「それだけ無関心でいられるのも逆にすげえな……。まあ、大体用途のらんに書くことなんて適当だし、形式上って感じだけどな。それでも、誰が、いつ、何の鍵を借りたかはバッチリ記録される」


 なるほど。どれだけその貸出表やらの存在が形骸化けいがいかしていようが、鍵を借りたという証拠はそこにきっちりと残されてしまうということか。それは、つまり。


「要するに、昨日鍵を閉めてから今日お前が鍵を借りるまでの間に、生徒会室の鍵を借りた人間はいなかったというわけなんだな?」

「イエス、ザッツライト! いやー、理解が早くて助かるよー」


 いちいち英訳すんな、ウザい。ついでに親指立てて、ウィンクするな。妙にさまになってて余計にイラっとくる。


「それに、これはたぶん俺しか分からないと思うんだが、特別教室の鍵はまとめてキーボックスの中で管理されてある。そしてそのボックスにはダイヤル式の暗証番号が設定されていて、勤務が終わると、岩田先生がキーボックスを閉じてしまうんだ。要するに、岩田先生が帰った後の犯行はほとんど不可能に近い」


 俺は感心半分、あきれ半分といった感情で伊勢谷のことを見る。


「お前、本当に意味分からないこと知ってるんだな……」

「まあね、気になってちょっと岩田先生に聞いたことがあったんだ。その時、岩田先生は『まあ、暗証番号は俺を含む一部の先生しか知らないけどな、ガッハッハ!』って言ってたぞ」


 俺はふーん、と相槌あいづちを打つものの、岩田という教諭がどんな人物だったか思い出せないので、頭の中でイメージが湧かない。

 しかし、そうなるとこの状況は一見すると不可思議なものになる。鍵を入手することができないのに置かれていた一枚の紙。その紙に書かれていたのはいかにも物騒ぶっそうな犯行予告文。


 さらに俺には、看過できない出来事が昨日、一つあった。それを伊勢谷にも伝えるべきか否か、と思案していたところ、ズイッ、と興奮気味の伊勢谷の顔が接近する。


「まあ、つまりこれは密室トリックだな! これぞ王道! 超ワクワクしてきた!」


 いや、まあ確かにそうだけどさぁ……。

 俺は、様々な感情を通り越してあきれを覚えてしまい、まともに言葉をつむぐことができなかった、というよりしたくもなくなった。なんでこんな状況なのに、こんなに楽しそうなんだよ……。付き合ってやってるこっちの身にもなってみろ。


 だが、そんなところにさらなる刺客しかくは現れる。ガララッ、という教室のドアが開く音と共に、威勢の良い、俺にとっては忌々いまいましい声が聞こえてくる。


「話は聞かせてもらったよ!」


 かのうるわしき美少女にして、俺のことを正面切って嫌いだと宣言した悪女、永峰瑞希がそこにはいた。

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