流砂の神殿①

 身体を揺すられて、レオナはようやく目を覚ました。

 何度も何度も名前を呼ばれていたのだろう。レオナの前で赤髪の少女はぼろぼろ涙を零していた。

「ファラ……?」

 少女はうなずいた。嗚咽を堪えるようにしても、込みあげてくる涙は抑えられなかったらしい。

「よかった……。ほんとうに……」

「ごめんなさい。わたし、ずっとねむっていたのね?」

 眠っていたあいだに、耳の奥で音がきこえていた。さらさらと流れていく砂の音。はっとして、レオナは身体を起こす。右向きで眠っていたせいか、下にしていた右腕が痺れていたし、冷えきっていた。

 まず目に入ったのは空洞だった。洞窟だろうか。暗くとも完全なる暗闇でなかったのは上からの光が差し込んでいるからだ。見あげてみると音の正体がわかった。はるか上から砂が落ちてきているのだ。流砂。レオナはつぶやく。

「ここは……?」

「たぶん、流砂の神殿」

 ファラはやっと泣き止んだようで、しかし声が擦れている。

「流砂の、神殿?」

「そう。きいたことがあるの。砂漠の下には神殿が眠っているんだって。そこには、炎の一族たちが、」

「つまりあたしたちはバケモノに攫われたってこと」

 レオナとファラは同時に彼女を見た。

「ジル」

 すこしだけ離れたところで、膝を抱えるようにして黒髪の少女が座っていた。ファラとちがって泣いてもいないし、どこか怒っているような顔だ。それきりジルは黙り込んでしまったので、レオナはもう一度ファラに視線を戻した。泣き疲れたのかファラはいつもの元気がなかった。

「そうだわ、アステアは?」

「あの、白い服着た男の子? ちょっと探索するって」

 ファラが目顔で左を教えてくれた。ぽっかりと穴が空いていて、それはどこかに通じている道のようだった。

「ともかく、みんな無事でよかったわ」

 レオナはファラの背中を撫でる。せっかく止まった涙がぶり返したのだろう。ファラはまた泣いた。だいじょうぶ。レオナはそうつぶやく。みんな無事だったのだ。この先のことはこれから考えればいい。

 炎の一族というのは、おそらく竜人ドラグナーたちだ。

 少女たちを怯えさせないように、レオナは声に出さずにゆっくり思考をつづけていく。そうだ。あのとき、レオナは黒い渦に呑み込まれた。魔道士の少年はレオナを止めようとして、でもレオナは間に合わなかった。しかしどうだったかわからない。たとえ魔法障壁が作れたとして、あの黒い渦に勝てたかどうか。

 レオナはちらっとジルを見た。彼女も無事だったということは、少なからずジルも身体に魔力を宿していたのだろう。ここには微力ながらも他の魔力を感じる。強い力に邪魔をされてうまく辿れないけれど、レオナたち以外にも人間がいる。

「ああ、よかった。目が覚めたのですね!」

 アステアが戻って来た。レオナは笑みで応える。

「すこし見て回ってきました。ここは砂漠の下の洞窟で、ずっと向こうに建物が見えました。きっとあれが神殿なのでしょう」

「アステア。わたしたちの他に、誰か見つけた?」

 レオナの問いに魔道士の少年はきょとんとしたものの、すぐ笑みを作った。

「さすがレオナですね。向こうに少女たちがたくさんいました。でも、見張りらしい見張りはいないようです」

「じゃあ、ここから出る手段が」

「それはどうでしょうか? 僕はまだぜんぶを見てきたわけではありませんが、ここはけっこうな広さです。それに、少女たちはすごく怯えていましたので、いっしょに逃げるのは困難かもしれません」

 それはダナンで消えた娘たちなのかもしれない。となると、ダナンで起きていた事件に関わっていたのは、やはり竜人ドラグナーたちだったのだ。

「あ、そうだ。これをどうぞ。お腹空いていますよね?」

 アステアは白の長衣ローブのポケットをごそごそすると、ジルとファラとレオナの順にひとつずつ渡してくれた。それはこぶりの林檎だった。

「こんな地下に果物……?」

「こっちは杏子みたい」

 ファラの手の平には杏子が、ジルはどこか警戒しながらも梨を受け取っている。

「むこうで分けてもらったんです。一日に何度かフードを被ったおじいさんが来て、果物やらパンやらを置いていってくれるそうです」

 レオナは目をぱちぱちさせる。こんな砂漠の地下で手に入るような食べものではなかった。でも、竜人ドラグナーたちは攫ってきた少女たちを殺すつもりではないのだ。

 隣で林檎を囓っているアステアを見て、レオナはすこし安堵した。だいじょうぶ。口のなかでもう一度言う。もらった林檎を食べてみると、酸っぱかった。アステアと顔を見合わせてくすっと笑う。お腹が空いていたので、あっというまに食べ終わってしまった。

「ごめんね……、私のせいで……」

 ファラがぽつりとそう零した。

「あなたのせいじゃない」

「でも、私を追ってダナンに来なかったら」

「わたし、炎の一族に会ってみたかったの」

 言うなりレオナはすっくと立ちあがった。本当の気持ちだ。このユングナハルにも竜人ドラグナーたちがいるのはわかっていた。レオナは同族たちを恐れない。でもそれは内緒にしておくべきだと、アステアが目顔で訴えている。

「さあ。もうすこし、探索してみましょうか? アステア、いっしょに来てくれる?」

 もちろんです、と。アステアが微笑む。

「ふたりは待ってて。それに……、他の子たちもいるのなら、いっしょにいた方がいいのかもしれない」

「でも、こんなところに助けなんて……」

「ううん、助けを待つんじゃないの。わたしたちだけで、ここを出ましょう」

 レオナが片目を瞑って見せると、ファラはちょっと驚いたような顔をした。さっきからずっと視線だけを送ってくるジルは、目が合う前にそっぽを向いてしまった。どうやら、まだ仲直りはしてくれないらしい。

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