デューイの報告
しばらく姿を見ないと思えば、ダナンに潜入していたらしい。
デューイは一仕事終えた顔をして、カウチにふんぞり返っている。
「結論から言う。ダビトってやつは、ダナンにいない」
グラスに入った炭酸水を一気に飲み干してから、デューイはそう言った。ブレイヴとセルジュは顔を見合わせる。まだここに集まっていない者を待っているあいだに話は終わりそうだ。
「いない、だと?」
クライドだ。遅れてきた彼はなぜデューイまでナナルにいるのかと、そう問いたげでもある。デューイはにやっとした。
「教徒のフリをして何度か大聖堂に通った。祭儀はいつもどおり行われているけど、どうにも物々しい。流行病のせいで、司祭たちはてんやわんやというわけだ」
「それは知っている」
いいからさっさとつづきを話せと、クライドの声は険を含んでいる。
「なら、わかってるんだろ? 教会はダビトを抱え込む余裕なんてないんだ」
「教会がダビトを見捨てたと……?」
問うたブレイヴにデューイは一拍置く。
「どうかな? 内部に簡単に潜り込めたけど、怪しい奴も要人を匿っているような気配もなかった。たぶん、すでに去ったあとなんだと思う」
「だとしたら、どこに?」
デューイが肩を竦める。そこまではさすがに調べ尽くせなかったらしい。
「あんまり探って、またどじ踏んじまうのはごめんだからさ」
ブレイヴの横からため息がきこえた。セルジュも相当苛立っている。
「ダビトって奴がやばいってのはわかったよ。そいつはクライドのところだけじゃない。月光石の採れるところはほとんど抑えているし、他の弱い村だってぜんぶ自分のものにしてる」
「それほど多くの協力者がいるのか?」
「そういうこと。教会もそうだけど、貴人や商人たちも絡んでる。旨みがあるからだろうな。そうだよ。ほしいのは月光石だけじゃない。占領した集落では奴隷も手に入る」
今度は舌打ちだ。半分血の繋がった兄弟だから余計に許せないのだろう。クライドはいますぐにでも飛び出して行きかねない。
「まあ、最後まできいてくれ。ダナンは流行病だけでなく、奇妙な事件が広がっている」
「奇妙な事件?」
相槌を打つブレイヴに、デューイは身を乗り出しながらつづけた。
「そう。妙なんだよ。こんなに人間がごった返している街で人が消えるなんてのは、よくある話だろ? でもそうじゃない。いなくなったのは若い娘ばかりだし、それもここ一ヶ月で急にだ」
どこかできいたような話だ。視線を感じてブレイヴは隣を見た。セルジュがうなずいた。
「一年前に、王都マイアで起きていた事件と似ている……?」
「そう思って、俺も調べてみたんだよ。だけどちがうのは、本当に人がいなくなるんだ。死んじゃいない。遺体は見つかっていないからさ。人攫いなんてよくあるだろ? どこか他の国に売られたにしても、二十人は多すぎる」
それだけじゃない。ユングナハルの法はそれを見逃しているようでも、イレスダートや西のラ・ガーディアでは人身売買は禁じられている。
「異なる点はもうひとつあります。王都マイアでは、行方不明の後に遺体が見つかりました。しかしその身体からは心臓が抜き取られていた」
逡巡するブレイヴに向けてセルジュが言う。先に反応したのはデューイだ。
「うへえ。それって、関わっていたのは
大袈裟に両腕を擦ってみせるデューイを無視して、それぞれ考え込んでいる。ブレイヴも自分の記憶を辿る。王都マイアの行方不明者は六人、そのうち五人の遺体は確認された。ただ一人、いまも見つかっていない人間をブレイヴは知っている。
白騎士団のカタリナ・ローズ。ブレイヴとおなじ聖騎士だ。もう一人の聖騎士であるフランツ・エルマンは、彼女の生存を諦めていなかったが、痕跡を追うのはむずかしい。デューイの言うとおり、あのときは
「王都とダナン。ふたつの事件を結びつけるのは早計かもしれないな」
ブレイヴはそうつぶやく。イレスダートだけじゃない。マウロス大陸の各地を混乱させているその裏には、竜族の存在があった。けれども今回もそうだと決め詰めるのは間違いかもしれない。
「ともかく、そんなこんなでヴァルハルワ教会もダビトに構っていられないってわけさ」
「だとしたら、ダビトはどこに?」
「もしくはすでにナナルに入り込んでいる、か」
ブレイヴはクライドを見た。夕べは
「むしろ好都合ではありませんか?」
「セルジュ」
「宮殿に潜り込むのは容易ではありませんし、それなりの兵力も持っているように見えます。女王はあそこから出てきませんので、宮殿にいれば安全です」
女王の傍付きとしてあそこにいるルテキアにこれを知らせる。これでイグナーツもダビトの動きを把握できるにしても、悪戯に怖がらせるだけではないかと、ブレイヴは思う。平然とのたまうセルジュにクライドはむずかしい顔をしたままだ。
どうにも思わぬ方へと流されている気がする。
他の意見もききたいとブレイヴは部屋の外を見たが、未だジークは姿を現さない。そういえば昨晩からいないのはレナードもおなじだ。
「ところで、ロッテはどこだい?」
「ああ、ロッテはクリスたちと一緒だ。この時間は大聖堂に行ってる」
皆まできくまえにデューイは席を立っていた。迎えに行くようだ。
「長いことほったらかしにしてるからな。ちょっとは機嫌を取っておかないと。約束だってあるし」
「約束……?」
デューイは片目を瞑ってブレイヴの声を躱し、そうして部屋を出て行った。その入れちがいに部屋に入ったのはジルだ。乗り込んできたという方が合っているのかもしれない。その顔は見るからに怒っていた。
「ちょっと! あの子はどうしたのよ?」
「あの子?」
ブレイヴは首を捻る。正直にわからない。
「とぼけないでよ。赤髪のもう一人の子よ。今朝からずっと姿が見えないんだけど」
「それはもしかして、レナードのことか?」
「そうよ!」
それならこっちがききたい。助けを求めるべく隣を見たがセルジュもクライドも姿を消していた。面倒に巻き込まれる前に退散するとは、なんとも薄情な二人だ。
もう一人といえばノエルもだが、ブレイヴの言いつけどおりに律儀に守っている。ただしジルを止められなかった気まずさからか、ここに入ろうとはしなかったが。
だいたいジルは誤解している。レナードもノエルもとっくに成人を迎えた一人前の騎士である。二人とも小柄で童顔のせいか、ジルとはおなじくらいの歳だと思われているらしい。
「あの子の荷物も消えているそうじゃない。どういうつもりよ?」
「どうと言われても」
そんなに捲し立てられても困る。ブレイヴも何も知らないのだ。レナードたちにはジルの護衛を頼んだ。目を離すなという意味を込めてだ。二人とも余程のことがない限り、命令には背かない。それならば余程のことがあったというわけだ。
ジークだな。ブレイヴは口のなかで言う。
「知ってるでしょ? ガエリオにあたしは監視されてるの。ちゃんと守ってくれなきゃ困るわ」
「ノエルがいる」
「でもあの子、弓騎士でしょ? 剣が得意じゃなければ意味がないわ。ね? 聖騎士サマが守ってくれるんでしょう? あなたが相手なら一晩くらい付き合ってもいいわよ」
逃げようとしたブレイヴの腕を絡み取って、ジルは胸を押しつけてくる。もういい加減うんざりだ。多少乱暴でも致し方ない。ブレイヴは無理やり少女の手を解いた。
「ウンベルトに失礼だと思わないのか?」
それでもまだジルは纏わり付こうとする。
「なによ。説教のつもり?」
「そう思われてもかまわない」
守るべき対象の子どもだからこそ、ジルもウンベルトもガエリオから守ってやるつもりだった。けれど、どうだろうか。二人とも大人のつもりでいる。恋人ごっこでも二人が真剣ならばそれでも良いと思った。大人のふりをつづけるなら、自分の身は自分で守るべきだ。
「レナードもノエルもれっきとした騎士だ。俺となにも変わらない。きみは聖騎士を何か特別なものと勘違いしているようだが、俺は普通の人間だ。それに……きみの行動には感心できない」
「なによ、それ」
「誠実ではないと、そう言ってるんだ。ウンベルトは本気できみを愛している。それなのに、どうして彼にちゃんと応えない?」
「そんなの、あたし」
「わかっていない。彼を信じていればこんな軽率なことはできない」
身体を差し出すような必要なんてない。そんなものを誰が望むだろうか。この少女を一途に思っているウンベルトがあまりに気の毒でならない。
「はっきり言われなければわからないのなら、言う。俺も迷惑なんだ。これからレオナを迎えに行く。幼なじみを悲しませたり誤解されるようなことは、けっしてしない」
気の強いジルだ。この説教の倍の声が返ってくる。ブレイヴはそう覚悟していた。しかし、少女はしばしブレイヴを見つめたあと、黙って部屋を出て行った。紫紺の瞳は潤んでいなかったか。それももうどうだっていい。
「すみません、公子。止められなくて」
それはレナードのことだろうか、それともジルか。なんとも後味の悪い思いをしたのはブレイヴだけでなく、ノエルもだろう。
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