役者と種明かし①
先ほどからずっと医務室が騒がしい。
場所を考えればそろそろ誰かが止めるべきかもしれない。しかし、ここにいるのはなじみの顔ばかり、口論する二人にしても喧嘩というよりはただのじゃれ合いみたいに皆は思っている。
「だーかーら! 大丈夫だってば!」
「いいから、きちんと診てもらいなさい!」
成人した息子にいつまでもあれこれ口煩い母親みたいだ。声にすればもっと怒らせてしまうので、レオナはただ二人を黙って見守っている。
「ルテキアは大袈裟だなあ。もうちっとも痛くないし、このとおりちゃんと動けているし」
「頭を打って失神したのでしょう? よくそんな呑気なことが言えるわね」
「それはそうだけど、だからって別に……」
これ以上、何か言おうものならば説教が長くなるだけと、さすがにレナードも察したらしい。その隣でおなじく座らされているデューイは大欠伸して、自分には関係ありませんみたいな顔でいる。シャルロットはずっと黙ったままで、もしかしたら少女も怒っているのかもしれない。
無理もないと、そう思うけれど。
レオナだって、幼なじみと長いあいだ離れていたらおなじ声をする。怪我としたときけば、きっといてもたってもいられなくなる。癒しの力で傷は治せても、治療までに時間が空けば後遺症の心配もあるだろう。だからこそルテキアは二人をここに連れてきた。二人とも、ちょっと目を離すとすぐ怪我をする。それなのに、レナードもデューイも大丈夫だと繰り返すばかりで、ちっとも言うことをきいてくれないのだから、彼女たちが怒るのも当然だ。
「レナード。終わったら、お医者さまにきちんと診てもらいましょう? 元気そうに見えるけれど、みんな心配していたの」
「姫様が、そういうのなら……」
レナードはきまりが悪そうに頭を掻いている。元気そうには見えても念のためだ。
昨日まではこの医務室も人でいっぱいだった。アストレアで治癒魔法の使い手はそう多くはないので、重傷者以外は医師や助手にまずお世話になる。城下街から女たちも駆けつけて、ここはすぐに消毒液のにおいで充満した。
こういうときのために、自分の力はある。レオナはそう思う。
レオナとシャルロットは重傷者に力を使いつづけて、気がつけばもう朝になっていた。遅れてきてくれたのはクリスで、彼は城下街で自分の仕事を終えたあとだった。やっといま、ゆっくりと休めているだろう。
「まったく、あの人は手加減というものを知らない」
「いいや、あれでよかったんだよ」
ルテキアが怒っている理由は他にもあるようで、しかしレナードはぜんぶ自分のせいみたいに言う。
「だけど……!」
「いいんだ、本当に」
作り笑顔ではない表情は、ただ意地を張っているようには見えなかった。
「俺が騒いだりすると、せっかく色々考えていたのがぜんぶ台無しになるところだった」
「そうそう。大人しくしてて、正解だったろ?」
「お前はなにもしていなかっただろう!」
「いや、でもさ。こいつの言うとおりだよ、ルテキア。デューイが抵抗していたら、どうなっていたかなんてわからないし」
「狭い納屋に閉じ込められたけどな。丸一日放置されていたときは、このまま餓死させるつもりじゃないかった、焦ったけど」
「ああ、それ。あいつ、そういうとこあるよなあ」
レナードとデューイが笑い合う。すっかり怒る気をなくしたのか、ルテキアはため息だけで返した。
「でも……、ほんとうによかった」
つぶやいた少女に皆の視線が集まる。
「そうね、ロッテの言うとおりだわ」
レナードは内乱の最中に軍を離れて単独行動を取った。アストレアのためにも、これからのためにも必要だったと思う。それなのに、レナードは自分の為し得たことがなにもなかったみたいに思い込んでいる。それはちがうと、そう言ってあげたら騎士の心は軽くなるだろうか。きっと、その逆だ。
「モッペルさんね、二人にすごく感謝していたのよ。それにね、喜んでいたわ」
ふとっちょの料理長にはちょうどシャルロットくらいの歳の娘がいるから、たまたま大台所を通りかかった少女は、焼き菓子をたくさんわけてもらったらしい。
「あの人、ほんとやさしいよな。怒ると熊みたいにこわいけど」
アストレア城内が混乱していたとき、レナードとノエルに大台所の人たちが守られたのは事実で、すべてが終わったそのときに疲れて帰ってきた騎士たちがあったかいスープを飲むことができた。
もっと誇ってもいいと、レオナはそう思う。騎士の仕事は戦場で戦うことだけじゃない。
「あれっ? まだここで騒いでたの?」
ノックもなしに入ってきたのはノエルだ。レナードとルテキアのやりとりは外にもしっかり届いていたようで、ノエルの声は呆れているしちょっと面白がっているようにもきこえる。
「レナード。セルジュが呼んでる。早く行かないと、怒られるんじゃない?」
そういうノエルは先に呼ばれていたようで、けれども叱責されたあとには見えなかった。
主君と軍師の声に逆らったノエルは、それなりの処罰が下されている。それなのに、ノエルはどこかすっきりした表情だ。これからレナードも事情聴取を受けるところ、彼は先の内乱で脱走兵として
「あれえ? 俺、は?」
「デューイは蒼天騎士団じゃあないからね」
「さいですか」
自分を指さすデューイにノエルはちょっと冷たい。
「ああ、でもあとで多分呼ばれるんじゃないかな? ……別件で」
「ばれてましたか」
ぺろっと舌を出すデューイにはどうやら前科があるようだ。ぶつぶつと言いわけを考えるデューイを無視して、ルテキアがレオナへと向き直る。
「私たちもまいりましょう。エレノア様がロッテに会いたがっています」
「エレノアさまって、ブレイヴのおかあさま?」
ルテキアがうなずき、レオナがにっこりする。
「そうよ。とってもやさしい方なの。ロッテもきっと、すぐ好きになるわ」
エレノアが香茶の用意をして待ってくれている。円卓にはふとっちょの料理長が作った新作のお菓子がたくさん並べられているだろう。
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