魔女と騎士④

「おれにも、ちゃんとわかる言葉で説明しろ」

 当然の声だと思う。ロベルトはブレイヴがまだ苦痛に喘いでいるそのあいだに、殺された仲間のもとへと行っていた。

 銀色の軍服は氷狼騎士団の証、少年騎士たちがただ偶然に異形の者たちと出会ったのだとしても、その怒りは抑えきれないように彼の声は冷えていた。

 ブレイヴはようやく立ちあがり、少年騎士たちを見る。彼は敬虔なヴァルハルワ教徒ではなかったので、勇敢な騎士たちを弔うための祈りの言葉が要る。はたして、聖職者たちはここへと来てくれるだろうか。

「ああ。俺はそのつもりだよ。最初から、そう言っているじゃないか。ロベルト」

 ブレイヴは少年騎士たちの前で祈りの所作をする。息苦しさもなくなり痛みも消えたのは、奴らがここからいなくなったためなのか。そして、あの人も。 

 乾いた唇から声が出てくるまで、すこしの時間が必要だった。

 それでも、一度外へと落ちた言葉は、するりとつづいてゆく。まるで、他人事みたいだとブレイヴは思う。ガレリアからアストレア、サリタへと追われたこと。それからラ・ガーディアにグランに、ルダに至るまでのすべてを話した。偽りも誇張も、なにひとつとしていなかった。

 イレスダートの子どもたちはちいさい頃にお伽の話をきかされる。母の胸のなかであるいは祖母の膝の上で、ブレイヴは幼なじみたちと夜こっそりと昔はなしをした。あのときはまだ、どこか遠くの自分たちとは関係のないところの話だと、そう思っていた。いまはちがう。あまりに近くにありすぎる。

 ロベルトはただ黙ってブレイヴの話をきいていた。

 相槌すら返ってこないのがなんとも彼らしい。呼吸も落ち着いていて、だから彼がそれほど驚いていないのがわかる。やさしいひとだ。自分のことのように感じているのかもしれない。久しぶりに再会した友の声を、それも聖騎士という大罪人の言葉を、疑いもせずに受け止めている。ロベルトはそういうひとだ。

 元来た道へと戻るにはすこし苦労した。

 小径から逸れて入り組んだ森のなかを進んでいたのを、いまさらながらに思い出す。足跡をたどってゆくのにそう苦労をしなかったのは、知らずのうちにそれなりに気が高ぶっていたからかもしれない。茂みは歩行の邪魔をするし、木々のあいだを通ってゆくのもなかなか大変だ。

 途中に声が詰まってしまうのもそのせいで、しかしそれだけが理由でなかったのは、ブレイヴが幼なじみに関することを避けて話そうとしているからだ。仔細まで事細かくでなくとも触れなければならない。彼の信頼を失いかねない。ロベルトはやはり無言だった。それも、彼のやさしさなのだとブレイヴは思う。

 やがて、開けた場所へと出た。その向こうにはロベルトの砦が見える。

 話が終わったのと認めて、ロベルトはブレイヴを置き去りにする勢いで進んでいく。彼は早く戻りたいのだろう。そういう立場にいる人であるし、なによりあそこはまだ混乱している。

 城門を抜けると最初に会ったのはロベルトの扈従こじゅうだった。

 扈従は長いこと主を待っていたみたいに、肩で安堵の息を吐く。ブレイヴは扈従と一緒にいるはずの彼女の姿がないことをまず不審に思う。

「彼女は? ……レオナは?」

「ずいぶんとお疲れの様子でしたので、勝手ながらも一室をご用意しました。お付きの方も一緒ですので心配には及びません」

「そうか、ありがとう」

「いえ。礼を言うべきはこちらです。随分と助けられましたので」 

 ブレイヴは目をすがめる。どうやらあの炎は消えているらしい。術者がそこから離れたためだろう。しかし怪我人は多数いて、幼なじみは自身の力を惜しまずに使った。彼女はいつも自分を犠牲にしようとする。それが、使命であると思い込んでいる。

「ところで、ベルク将軍に客人が見えておりますが、いかがなさいますか?」

 ロベルトは眉間を抑える。疲労が一気にきたようだ。火事の後始末もまだ終わっていないし、炎と煙は消えてもここから先の方がもっと苦労する。

「見てのとおりだ。丁重に、」

「いえ、そういうわけにもいかない方ですよ」

 扈従は目顔でブレイヴとロベルトのふたりを導く。ブレイヴは思わず瞬いていた。

「オルグレム将軍……? なぜ、あなたがここに?」

 鷹揚な足取りで老将軍が近づいてくる。それも、麾下きか白髯はくぜん禿頭とくとうの騎士が傍にいるのだから間違えようもない。

 かの将軍はムスタールにいたはずだ。

 黒騎士団の兵力だけでも厄介なのに、ムスタールには他にも騎士団がたくさん存在する。そのひとつ、ムスタールとの国境を任されているのはヘルムートの従兄弟だった。ブレイヴはそこを攻略するためにオルグレムにセルジュを託した。軍師がまだ合流していないのに、どうして先に老将軍がいるのか。

「なに、交渉が必要だと思ってな」

「交渉、ですか?」

 オルグレムの視線が彼へと向かう。ロベルトはそれが客人などと認めずに、ただ迷惑が増えたと言う顔をしている。

「ベルク将軍。まずはこの度の火災お見舞い申しあげる。我が部隊もまもなく到着するだろう。遠慮なく使ってほしい。それから食料や物資の支援も致そう。なに、遠慮することはないぞ。我々は、共にイレスダートの騎士なのだからな」

 ロベルトよりも先に扈従が反応した。しかし、ロベルトは扈従を制して、ひと呼吸を置いてから紡いだ。

「あなたの利点はどこにある?」

 オルグレムは笑みを見せたものの、彼はふたたび唇を閉じた。

「なに、そう身構えなくともよい。氷狼騎士団には迷惑を掛けんよ。しかし、協力はしてもらおう。我々にこの砦を貸す。それだけでいい。簡単だろう?」

 これが恫喝だったなら、彼もきっと抗えたはずだ。 

 災害によって疲弊した騎士団を武力によって制圧するのは容易く、だがそれでは本当に叛乱軍のする行いだ。ブレイヴが行っているのは侵略とはちがう。沈黙はそう長いことつづかずに、ロベルトはまたひとつため息を吐いた。

「すこし、考えさせてほしい。はっきり言って混乱している。おれは、あなたたちみたいに賢くはない」

 その逆だと、ブレイヴは思う。

 ロベルトは考えすぎているのだ。オルグレムの突然の声にブレイヴ自身も戸惑っていたのも事実、ブレイヴは老将軍の耳元で囁く。

「……しかし、私たちはそれほど多くの物資を持ちません」

「なあに。それは聖騎士殿の軍師殿に頼るしかないだろうが、案じることはない」

 したたかな老人だ。苦笑するブレイヴの肩をたたいて、オルグレムはそのまま行ってしまった。ロベルトがどういう答えを出すのか、もう決まっているかのように。

 いったい、何を企んでいるのやら。

 勝手なことばかりされてはさすがに困る。否定的なつぶやきが零れそうになったのも、それだけ疲れていたせいかもしれない。

 物言いたげな視線を送ってくるロベルトにブレイヴは応えずにいる。彼にしてみれば厄介者は増える一方で、これから離れていた部隊も皆ここへと集結する。氷狼騎士団の砦を借りるだなんて都合の良い言葉では終わらずに、これは占拠するに近い。軍師とまだ合流も果たしていないのに、セルジュに何の相談もなく事はもう動いてしまった。

 何度目のため息だろうか。そうしたいのはこちらだと、ブレイヴは思う。

 上手く言い訳ができるだろうか。ブレイヴには自信がなかった。

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