イスカの獅子王とイレスダートの聖騎士②

 先に攻撃を開始したのはブレイヴだった。切っ先がスオウへと届く前に弾かれる。なんて力だ。受け流しただけでこの威力、両足にもしっかり力を入れておかなければ力負けして尻餅を着きかねない。反撃が来るかと思えばスオウはつづけての攻撃を待っているようだった。試されている。聖騎士を名乗ったのはブレイヴ自身、憤りを感じる必要はないだろう。

 二撃目、三撃目と繰り返しながら、どれもスオウの剣に阻まれた。それこそ、ブレイヴの狙ったとおりだ。そのうち無聊ぶりょうを持て余したスオウが攻撃に回る。反撃を喰らうよりもあちらの攻撃を躱してわずかな隙を見つけ出す方が、危険ははるかに少ないと、そうブレイヴは見ている。ブレイヴは背後を見た。目が合った軍師はブレイヴに対してうなずいた。

「どこを見ている!」

 やはり、思ったとおりだ。

 普段は温順なたちであるスオウもイスカの戦士には変わりない。親しい友を喪い、イスカの王城から戦士たちを率いてここまで来た。平静であろうとしても戦いのなかでどうしても血が滾る。さらにはイレスダートの聖騎士まで出てきた。スオウはブレイヴの背後に控えたセルジュを見ただろうか。おそらくは、否だ。ことすら気づいていない。 

 ウルーグもイスカも、両軍とも固唾を呑んでこの戦いを眺めている。

 蛮族と揶揄やゆされたイスカの戦士たちだが、しかし彼らも騎士道精神とおなじく、神聖なる戦いに水を差すような真似をする者はいないのだろう。イスカの戦士たちは獅子王を信じているし、ウルーグの騎士たちも他国の聖騎士に己が国の未来を託している。なんて重いのだろう。ブレイヴはそう思った。たぶん、スオウもおなじだ。このままスオウの大剣を受けつづけているだけで手が痺れる。それに体格差、スオウに比べると小柄なブレイヴが不利なのは明らかで、どうしても先に体力が尽きてしまう。

 それこそが狙いだ。ブレイヴは唇に笑みを描く。獅子王の目が見開かれる。ブレイヴは剣を握り直し、攻撃もこれまでと動きを変えた。一瞬スオウの受け身は遅れて刃は肩へと届いた。血が噴き出しているにもかかわらず、スオウはうめき声のひとつもあげずに、また動きも鈍らなかった。その機を逃さずブレイヴは攻撃を繰り出していく。

 幼い頃から教わってきた騎士の剣技はやめだ。これは異国の剣士に倣った、クライドのような自然に沿った動きだった。間近で見ていたブレイヴだからこそ、いまなら試してみるべきだと思ったのだ。

 我慢比べがはじまった。相手もまた人間である。こちらの体力が尽きるが先か、スオウが倒れるのが先か。呼吸を整える間もなく、ブレイヴは連続攻撃へと変える。最初の一撃は受け止められようとも構わない。ブレイヴは笑みを崩さずいる。戦場に狂った聖騎士。相手は狂気を感じているのかもしれない。それでも、スオウはけっして手を緩めない。

 本当に強い王だ。ブレイヴはそう思った。

 後の歴史には、まさしく死闘であったと記されるだろうか。この戦いのなかでブレイヴは奇妙な感覚を抱いていた。ラ・ガーディアの大地に愛された王と異国の聖騎士、決して交わるはずのなかった二人が剣を交える。これが戦場ではないどこかならば生まれはちがっても年齢はちがっても、あるいは友情を育めたかもしれないと、そう感じさせるほどの魅力をスオウは持っていた。

 スオウが大剣を片手に持ち替えた。ブレイヴが与えた傷は彼の筋を傷付けていたようだ。攻撃力は落ちるものの、攻撃は止まらない。スオウは真正面から剣を振り下ろした。ブレイヴがそれを受け止めるのをわかっていながらのあえての攻撃、おかしいと思ったときにはもう遅かった。

 掌底が胸へと放たれる。激しく咳き込みながらブレイヴは血を吐いた。直接押し込まれた胸よりも脇腹や背中の方に激痛が走る。どこかの骨をやられた。傷を庇う間もなく、大剣がブレイヴを襲いつづける。そのとき、誰かの声がブレイヴの耳に届いた。

 それは二人の戦いを見守るセルジュやエリス、またはここにはいないはずの幼なじみたち――レオナやディアスの声にもきこえた。負けてはならない。自分から言い出した戦いだ。ブレイヴはうしろへと飛びさがって間合いを取った。目と目が合い、それは長く付き合った友に向ける目にも似ていた。

 次が本当に最後の攻撃となると、ブレイヴは悟った。

 焼ける喉に唾を押し込んでブレイヴはもう一度、敵を見据えた。先に動いたのはスオウだ。重い、重い一撃だった。ブレイヴは押し負ける方を選んだ。刹那、勝利を確信したスオウの笑みが見えた。ブレイヴもまた笑む。身体の力を抜いて体重を左へとずらし、相手の剣を地面へと打ち込ませる。体勢を崩したスオウの腕を斬りつければ、王はついに剣を手離した。その隙は、おそらくもう二度とはない機だった。

「なぜ、殺さない!」

 静寂は数秒とも持たず、イスカの王は怒りを露わにした。ブレイヴはスオウの喉元に剣を押し当てたまま、動かなかったのだ。

「あなたの命を奪うことを、彼女は望んではいない」

 翡翠色の双眸がこちらを見つめていた。エリスはしっかりした足取りで近づいて来る。

「スオウ、お願いです。これで終わりにしてください。私たちは、」

「ここで剣を収めたところで、イスカはウルーグを憎みつづける」

 はじめからスオウはこの戦いで自身の命を捨てるつもりだったのだろうか。いいや、そうじゃない。獅子王もエリンシアとおなじく、抗いながらここまで来たのだ。それならば、もう戦う必要もない。ブレイヴがスオウから離れようとしたそのとき、頭上から降ってきたのは若い男の声だった。

「敗者は、勝者に従うべきだろう? ちがうのか?」

 イスカの獅子王とウルーグの王女、それから異国の聖騎士。誰も介入できなかったその場に現れるのはまさしく相応しいといった人物だった。またこれ以上ない絶妙な間ともいえる。ブレイヴは肩の力を抜いて、エリスは思わず相好そうごうを変えた。しかし、スオウはそうはいかない。

「フォルネのルイナス。やはりウルーグに介入していたか」

「私が否定の言葉を落としたとしてもお前は信じないのだろう? 目に見えるものだけを追うのは、為政者としていかがなものかな?」

 この挑発もまた演出のつもりだろう。ルイナスは薄い笑みをする。周囲は次第にざわめきはじめていた。無理もないと思う。これまでウルーグともイスカとも一切の関わりを断ってきたフォルネの王が突然現れたのだ。どちらの味方ともならないのならば、あるいは敵として認めるしかない。ところが、ルイナスは想定外の声をつづけた。

「双方ともここまでだ。互いに剣を収めよ。これ以上の戦いなど必要がない。……いや、最初からするべきではなかったのだ。この戦いは」

「なにを、おっしゃっているのでしょう? ルイナス様、私たちは己が国を守るためにこれまで戦ってきたのです!」

 エリスが憤るのも当然だ。自分よりも若い王女にルイナスは落ち着くように目顔で諭す。

「はじめから仕組まれていた。そう言えば納得するか? それには場と時間が必要だな」

「お前はいつも回りくどいやり方をする! フォルネもイスカの敵と見做されたいか!」

「まあ、待て。落ち着いてもう一度よく考えろ。ウルーグとイスカ、フォルネ。それにそこのイレスダートの聖騎士。この他にも関わった存在がいただろう?」

「なに……?」

 スオウが声を低めて、ブレイヴもまじろぐ。あの白の少年のことを言っているのだとしたら平仄ひょうそくが合わない。ルイナスはあの子どもを知らないはずだ。遅れてきたからにはそれなりの理由が要るのはたしかで、フォルネの王へと向けられている視線はどれも猜疑に満ちている。

「やれやれ、困ったものだ。落ち着いて話もできないとはな。……しかし、どうやら頃合いのようだ。役者もそろった」

 ルイナスの視線に導かれて、ブレイヴも南を見た。亜麻色の馬、そして黒馬の集団が駆けつけてくる。エリスは弟の名を叫んで、スオウは己の連れ合いの名を口にした。

「なるほど、貴様も一枚噛んでいたというわけか」

「その様子では本当に戦うべき相手がわかったようだな」

「ルイナス様。私たちは真実を見極めるためにここに来たのです。ウルーグもイスカも、これ以上兄弟国同士が傷つき合ってはなりません」

 黒髪の女戦士がシオン。本来なら敵であるはずの相手と一緒に現れたのがウルーグの鷹だ。誰も理解しがたいこの状況でわかっているのはひとつ、これ以上血が流れる必要などないということだ。極度の疲労と傷の痛みからその場に座り込みそうになったブレイヴは、自分がここにいるのはどうにも場違いではないかと、いまさらながらにそう思った。

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