第14話
時間をやや遡って放課後。
帰宅部がぞろぞろと家路につく中、同じく帰り支度をする黒髪の少女にこれまた黒髪の美少女が話しかけた。
「あの望月さん…」
小鳥の囀りのような声に振り返るとそこには噂の転校生が立っていた。
「少しお話良いですか?」
思ってもいない呼びかけに望月は頭を瞬時に働かせ、応じる事を選んだ。
「いいけど……」
「それは良かったです。」
そして、その積極的な振る舞いに自分の目を疑った。
「あの…それで話って?」
連れてこられたファーストフード店で向かい合わせで座る凪沙が深刻な顔をしているのを見て望月は声を出さずにはいられない。
「はい、先日のホームルームで先生がおっしゃっていたことなんですか…」
「先生が?」
思い当たる節がすぐに見つからず、頭を捻っていると凪沙が携帯を差し出した。
「あのこの娘、私と同じマンションでちょっと気になりまして」
と言って見せられた映像には知らない女子が自分の片恋相手といちゃつく映像。
同じマンションというのは勿論嘘だが、ここはリアリティを追求という意味で含ませる。
目を見開き、画面にくぎ付けになる横で凪沙は淡々と続ける。
「それで彼女にこういうのは良くないって伝えたら、話の流れでここに写っている男子が、その…望月さんの片思いの相手だと聞きまして報告した方がいいかと」
あえて多くは語らず、知っている知識を少ないと思わせ相手のスキをつくる。
その一方で望月はショックのあまり凪沙がなぜ行徳の事を知っていることについて疑問を感じる余裕すらなかった。
「こ、これ……」
新ノ口が告げない望月に凪沙は言い寄る。
「それで、思い切って彼女に聞いたんです。トラブルにならないのかって、そしたら中学からの仲で同じ高校に進学したから今年から正式にお付き合いをするって。」
「うそ……」
「そのために明日の遠足でそれをハッキリさせるとも言っていたそうです。」
話に嘘と真実を織り交ぜ、思考を誘導していく。
ここまで行くと明日、自分が何を言い渡されるのかくらい容易に想像は出来るだろう。
「部外者の私があまり言うのもなんですが、望月さんは手を引いた方が良いんじゃないですか?聞くところによると行徳君は同じクラスの笹栗さんとも関係があるようですし、恋愛事をするには少し難しい人だと思います」
最後に凪沙が申し訳程度の助言を吐いて話を終えた。
望月は動揺を隠しきれないままに、無意識に口を開いた。
「ちょっと凪沙さん、うち、いまから大事な用事があるんだけど…」
「はい、分かりました。今日はこれで。」
凪沙がそう言うと、望月は途端に立ち上がって店を出た。
今から会うとしたら、気心の知れたお友達だろう。それで確認なり相談なりして今後の方針を決めるはずだ。
そう思ってすでに手は打っている。
今頃、野球部にほど近い所で練習しているソフトボール部の清水、つまりは望月のグループの一員である女子に事の次第を説明している。流石にもう一人の陸部の片平にまでは回せなかったがこれについては別の策を考えているため、いずれ嫌でも知ることになるだろう。
なんとか自分の仕事を終え、プレートの上の飲み物に触れるのも惜しんで凪沙は携帯電話を取り出す。
そのメールには達成感よりも本当に上手くできたのかという不安の方が色濃く出ていた。
デッドラインである金曜の朝には野球部を中心にあるラインが出回っていた。
行徳に関する一件、つまりは三股疑惑が学年中にひろがったのだ。
もちろんこれは意図してのことで俺は昨日までに手を打っておいていた最後の策だ。
野球部や凪沙、そして数少ない俺の交友関係をフルに使って情報を拡散させる。
昨夜、加藤に大事な話を終えた俺は携帯を取り出しある番号にコールをかける。
数回のコール音の後、電話の主はすぐに問いかける。
出たのは、野球部の小板橋。
「よう、どうだった?」
事の進展が気になったのかいきなりの質問。
「どうなるかは分からないが、一応伝えるべきは伝えた。
なんにせよ遠足は明日だ、それまでに加藤もどうにかしなければいけないかは考えるだろう。
あとのことはお前に任せた。」
「ああ…でも本当に大丈夫なのか?俺が野球部の連中にギョンが三股をしてたってバラしてしまって?」
厳密には三股ではないが、噂は話題性がある方が吹聴しやすいため、尾ひれをつけておく。
俺からしたら大して変わらないし。
「やるしかないな、出来るだけこの話を広めて行徳の悪名を轟かせる。じゃないと笹栗は行動を起こさないだろうし望月は愛想を尽かさない。」
そう、こうして出来るだけ噂を流すことで行徳の株を落とし女子二人に悲劇のヒロインというステータスを与えることで、二人の方から行徳を引き離すとういう俺の最後のダメ押しだ。小板橋は同じ部活の仲間が中傷されてあまりいい思いはしないかもしれないが、今回はちょっと熱めの灸を据えるということで手を打ってもらった。
周りの目を気にし行徳に対して積極的に動けなかった笹栗には引き際を与え、行徳に惚れこみその背中を追っていた望月も股をかけられた事実を周囲に知られ、周りから同情を誘われ心変わりをする図式を造る。
元来、上位カーストの人間は他の人間の目を強く意識するため、ここまで噂が広がってしまえばそれを無視するのは無理だろう。
それの終着点として、男の方、ここでは行徳に悪人になってもらい、女子二人に愛想を尽かされるという俺の筋書きに乗ってもらう。
まさに最後のダメ押しだった。
その成果もあってか、今やSNSや様々な部活のグループラインでは行徳の話で持ちきりになり大勢が揺らぎつつある。
このままいけば、それらの後押しもあって笹栗と望月も動きを見せてくれる…ことを祈る。正直、これ以上俺が介入するのは難しい、後はもう神頼みだ。
宵闇はとうに過ぎ、もはや夜としか言えない時分。そこにようやく顔を出した遅めの月はささやかながらに俺を照らしていた。
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