第13話

 




 放課後になり、俺は体育館の渡り廊下の前で腕を組んでいた。ある人物を待つためだ。

その人物とは、これからの俺の計画の中でも最重要人物となりうる人間、いわばキーマンだ。


 「人間関係を、破壊する」とキメ顔で言い放ったものの、単に色々と縛りが多いためこうすることになったというのが正しい。

 まず、俺のカーストランクでは8,9といった上位カーストの連中に太刀打ちできないということ。

それは例えるのであれば、初期装備でラスボスに挑むようなもので万が一俺があの輪に介入したといても良くて俺が自爆するか、悪くて凪沙も巻き添えを喰らう……といったところだろう。これでは犬死どころか、ただのトラブルメーカーで終わる。まずこれが一つ。

 さらに、そもそも俺にそんな度胸がないというのがもう一つ。

 そして最後は、凪沙がそんな方法での解決を望んでいないというのが大きい。

上位カーストの一員である長瀬のパワープレイの結果をみた凪沙は、俺に暗にそれをしてほしくないという意思を見せた。だとしたら、俺は長瀬とは別の方法で事を解決したくてはいけない。それが俺の立場で出来る凪沙への唯一の信頼関係の築き方だと思っている。

その結果考慮したのが 「人間関係を、破壊する」という方法だ。

 行徳とその他二人の関係を一度清算して、事を有耶無耶にするという訳だ。

 しかし、そのためにはあのグループの一人と関係を持つ必要がある。もしなんとか説得してその人間をこっちに引き入れれば、かなりの武器になる。


 そのためこいつだけはどうしても俺から直々に手を出しておく必要がある。

体育館内で活動する部活が練習を切り上げ、中から終礼の挨拶がこだました。

そのまませきを切るようにそれぞれの更衣室へと駆け込む部員の中で、浮かない顔をする一人の女子生徒と目が合った。


 「よう」

 出来るだけ冷静に、なおかつ若干の威圧を加えるような声音で話しかける。

 「あっ、うん…」


話しかけられた女子、バスケ部の加藤は驚きと困惑の混じった顔で一瞬それとない返事を返した。

今まであまりまともに会話をしたことはないためか、俺からの話に加藤はややたじろぐ。

しかし今はそれに付き合っている暇はない。


「話は後だ、着替えが終わったら校門に来い。待ってるから」

 それだけ言ってバックを肩に掛け、廊下を歩く。上位カーストの中でも一番尻に敷かれている加藤(7)はもともと同じクラスであったというのと、こいつの風見鶏に似た性格からやや威圧的に声をかけた。そんなおおそれたことを出来た自分に少し驚きつつも……

背後からは、まだ視線を感じるがそれには一切気を向けず俺はただ黙々と歩を進める。

 その態度は自分でもゾッとするほど寒々しいものだった。



自転車に乗った生徒や、鰯のようにワラワラと群がる人の流れを視線の端から端へ流しながら俺は加藤を待つ。

だがバスケ部は着替えの後に顧問との終礼やミーティングがあることを考えるとここに姿を表わすのはまだまだ先になるかもしれない。


勿論事態は急を要するがこればっかりは焦っても仕方ない。

今はとにかく加藤の事を待つ。

そんな中でふとあの時の長瀬の顔が目に浮かんだ。


怒りと悲しみと、そして空虚。

死んだ魚の目なんかよりもはるかに無機質で冷え切ったその目は長瀬と初めて顔を合わした時のことを思い出す。




長瀬の家庭は父親と母親の三人家族だ。

父親は何でも機械関係の仕事をしており、母親は近くの病院で看護師をしているいわゆる共働きの家庭で、少し変わっていることと言えば二人の結婚と母親の出産も早かったせいで両親が今でもまだ三十代という若いカップルというくらいだ。


それでも長瀬はその二人の間で、特に不自由もなく成長し両親のことも非常に好いていたという。

決して広くはないが三人が住むにはちょうどいいくらいのアパートの一室に住まい、休日はよく三人で外出をしてテーブルを囲めば笑顔と会話が絶えなかった。

家庭環境は誰が見ても円満と呼べるもので、そんな生活がずっと続くものだと長瀬は信じていた。


しかし、その不和はある日なんの脈絡もなく訪れた。

 それは長瀬がちょうど中学に進学し、部活や学校生活に精を出すようになってからのことだった。


 部活で帰りが遅くなり、いつもより遅い時間の帰宅をした時、居間で両親が盛大に喧嘩をしていたという。

今まで、軽い口喧嘩をすることは度々あったがその日は大声で怒鳴り合うような激しい喧嘩だった。

その内容までは長瀬には分からなかったが、とりあえず長瀬はその時ひどく動揺した。


 少なくとも自分の目にはあれだけ仲睦まじかった二人の喧嘩はまだ何も知らなかった長瀬にとってはショックで仕方なかった。

大人同士の本気の怒気をむき出しにした諍いは、見たことない子供には大きな影響だったのだろう。


とりあえず長瀬はこの二人の喧嘩について触れないでいようと思った。

子供が親の喧嘩に口を出さない方がいいと幼い長瀬は子供なりに理解していたし、何よりも二人が怖かったからだ。


 自分は下手に口をださずに知らないふりをしておこうと、見て見ぬふりをしようと……

 そうすれば二人もいずれ何事もなかったようにまた笑顔になるだろうと…そう信じて。 

しかし二人の関係が改善されることは無かった。

むしろ日を過ぎる毎に悪化していく一方だった。


 二人の間からは徐々に会話はなくなり、それに伴って家族間での会話も少なくなってく。

もちろん長瀬はそれを良しとするはずがない。自分があの時すぐに二人の仲を取り留められなかったことに責任を感じた長瀬は無言の食卓の中で必死に会話を繋げた。


 学校であったことや部活の事、はたまた身の回りのどうでもいいことなど話題に挙げ、場を盛り上げようと必死だった。

それでも両親は自分に話かけることはあっても互いに話をすることは無かった。

まるで目の前にはいないこのように振る舞い、互いが互いを無視し合ったという。


 それに長瀬が気づいても、彼女は決して口を開くのをやめなかった。親の前で無邪気な笑顔を作り、ただ闇雲に言葉を発する。

おそらく、このころから長瀬の中の歯車は少しずつ狂っていったのだろう。

家で笑顔を作る分、学校では笑顔が消え、自分以外の人間が急にあさましく見え始めていた。

そんな事を三年以上も続け、高校に進学し俺と出会った時の長瀬はとても同じ年のクラスメイトには見えなかった。


 顔にはいつも不機嫌と退屈を滲ませ、話し方や態度は誰に対しても素っ気なく淡泊だった。特に女子が好きな恋愛事にはひどく冷たく、まるで下手な飯事だとも言う程だった。

その時のことを後の長瀬は「達観したつもりのマセた子供」だといっていたが、そんな自己評価の程を俺に測ることはできない。

そしてこの時期に長瀬にとって大きな変革があり、俺もその件に関わることがあったが今はその話を割愛する。

別に大した話でもないし。


 そんなこんなで俺と長瀬で一悶着あったせいで今の長瀬の家庭は暫定的ではあるが平穏を取り戻し落ち着き見せ始めていた。だがそんな矢先での笹栗の一言だ。

長瀬にとって家庭の話とは彼女の大きな闇であり、そして侵しがたい聖域だ。

そんなデリケートな問題に迂闊であったとはいえ、易々と踏みこんでしまったのだ。

 長瀬がああなるのも無理はないのかもしれない。




 とそこまで思い直していると校舎の方から見知った影が寄ってきた。

 「ごめん、遅くなって」


 加藤はやや怯えたように上目遣いで謝辞てきたが、今はそのあざとさに悶絶している場合ではない。

そもそもこいつは何をビビッているのだろうか、一応俺よりこいつの方がクラス内の地位は高いというのに……


 「行くか」

 動揺を悟られないように短文で応じて、声が届くか届かないかぐらいの距離で歩き出す。

あまり周りから変な誤解を招くようなことになりたくない。


 スタスタと足を進め、俺達は手近な公園で親しみを感じないような距離で向かい合った。

 ここからの話は部外に漏れると非常にまずいため、この木とベンチしかない墓場のような公園がおあつらえ向きだ。

なんせ、公園としての魅力を感じないため人がほとんどいない。

本当にここが公園なのか疑う程だ。

とりあえず俺は石造りの座り心地のすこぶる悪いなんかの石造の台座に腰かけ、加藤は木製の古びたベンチに座った。


 「あの…それで…」

 俺の威圧?に怯えてか加藤から口を開く。

 「行徳の話だ。俺から一つ提案がある。」

 その名前を聞いて加藤の肩がびくりと震える。

長瀬の事を言われるのかとでも思っているのやしれないが、それは本題ではない。


 「提案ってどういうこと?」

 恐る恐るといった調子で聞き返す加藤に俺は出来るだけ事務的に、そう長瀬のようなしゃべり方で説明を始めた。

 「笹栗と望月は今、野球部の行徳で争ってんだろ?その話だ。」

 「そ、それは分かるけど…じゃなくて、案野は知ってるの?」


 これまた今さらな質問だが、確かに普通なら上位カーストの話は上位カーストの中でしか共有されないものだから

それを俺が知っているのは不自然だろう。


 「まあな、長瀬から聞いた。」

 だから隠し立てはする事無く、真実を告げると加藤は目を見開いた。

 「嘘…長瀬さんも知ってるの…だったら…」

 「安心しろ、長瀬も又聞きらしい。だから知っているのはクラスでもほとんどいない…と思う。」


 とよからぬ勘違いをしそうな加藤に早々に訂正を入れる。

 人の口には戸が立てられないというが人の噂、事に上位カーストの噂はクラスを超えて広まり易いため確実なことは言えないがこの案件についてはその兆候はまだない。


 それにしても加藤のこの慌てようとみるとやはり行徳のことは、グループ内でもトップシークレットに位置付けされているのだろう、だとしたらなおさら話がしやすくなる。


 「だが、このままにしていればいずれ噂は広がる。」

 「そ、そう、だから…」

 「だから金曜の遠足で片を付けるつもりなんだろ、だったらやめた方が良い」

 俺の先回りに加藤は開いた口が塞がらないといった感じだ。

この話も長瀬が仕入れたものだが、説明は省いて続ける。


 「それだったら、多分笹栗と望月は二人共傷ついて終わる。」

 そして、今まで以上にあいつらの溝は深まるだろう。

断言するようにキッパリと言い放つ俺に疑問と焦り浮かべて聞き返す。

 「…それってどういうこと?」

 「そいつに答える前に俺からも質問だ、正直な所、加藤はあの二人のどっちが行徳に選ばれると思う?」


 質問に質問を重ねられ、怒りをあらわにすかとも思ったが、加藤は気にすることもなく頭を抱えるように唸った。

 「うーーん、うちにもそこまでは……分からないかも。だってうち、行徳君の事よく知らないし、マキの相談に乗っていたらいつの間にかこんなことになっていたっていうか」


 どこか申し訳なさそうにそう言いながら、苦い顔をする。

その言い方からは、自分もこの状況が不本意だと暗に示しているようだ。

 「でも強いて言うなら望月さんの方かな。」

悩みながらも加藤は意外にも相手派閥の名前を上げた。その理由はというと

 「確かに最初に付き合っていたのはマキだけど、でもマキって行徳君の誕生日も祝ってないし、クリスマスも一緒に過ごしてないらしいよ。

それで一番ひどいのは前のバレンタインの時にクラスの人に義理チョコと友チョコは渡しておいて、本命は渡さなかったんだって。

さすがにあれはきついと思う。」


 とたんに加藤は饒舌なりだし、聞いてもない事をペラペラと話し出した。

いや、この娘色々漏らし過ぎでしょ。噂が漏れるなら絶対お前がソースだろ。


 そんなことも考えながら俺は加藤に昨日小板橋から授かった決論を述べた。

 「行徳はどちらも選ばない。」

 俺が何を言っているのか分からないのか、加藤は急に黙りだしポカンと俺の顔を見つめる。

 「は?」

一拍だけ置いて期待通りの反応を示す加藤は少し怒ったように答える。


 「案野、うちはこれでも真剣に考えてるんだけど」

 まあそうなるよな。

バカにされてると感じたのか、ムッとした表情で眉をひそめる加藤に俺は宥めるように答えた。


 「良いから聞け、ちゃんと説明するから」

 そう言いながらガサゴソとポッケをいじりケータイを取り出す。

ここから今日のうちに手に入れた証拠と小板橋の話を組み合わせて説明していく。

 「行徳がどっちも選ばないってのは、つまりはあいつが笹栗と望月じゃない別の人間を選ぶってことだ。」

 ますます怪訝な顔をする加藤を他所に俺は話を進める。

 「これは、行徳が入っている野球部の奴から聞いた話なんだが、あいつには高校に入学する前から付き合っていた一つ下の女子がいたらしい。

そいつが今年、うちの高校に入学してきたそうだ。」

 「待ってよ、それって行徳君が入学する前の話じゃないの?」

 「確かにそうだが、今でも繋がりは切れてないみたいだぜ。

その女子はもうすでに野球部のマネージャーとして行徳とも頻繁に会っている。」

 「で、でもそんなぽっと出の子が行徳君に選ばれるとは限らないでしょ。

一応、マキは今まで付き合っていたわけだし望月さんも行徳君とイイ感じなんだよ。

それに行徳君が心変わりして今はその子の片思いってことは…」


 俺も最初に聞いたときはそう思った。

中学の話など、高校の今にしては過去の話だしなによりこの話が正しいなら行徳は三股をかけていたことになる。


 この時点でかなりとびぬけているが、なんにせよ誰を選ぶ云々よりもそのことがすでに俺のやる気をそいでいた。

掘れば掘るほどこの男の粗がでるというのにこれ以上掘ったら一体どんな恐ろしいのがでることやら。


 「それに、その話だけじゃマキも多分なんとも思わないと思う…」

 そこだ、この話で最も欠落しているのは確証がないということ。

今までの話はあくまで俺が間接的に聞いたことで、どこに間違いがあるか分からない。

そんな戯言にわざわざ耳を貸すような連中はいない、なるほど加藤の言うことは最もだ。


 だから俺はケータイを差し出した。

 この画面には加藤の言いたいことを全てを解決するものが写っている。

俺のケータイを受け取った加藤はたちまち表情を変え、一言。


 「これ……まじ?」


 疑うような目を向け、もう一度画面を食い入るように見つめた。

 そこには行徳と見知らぬ女子とのお熱いイチャイチャシーンが映っている。

とても友達とか親しいとかそんな言葉では済まないような全く持って不愉快かつ冒涜的なものだ。


 そう、この映像は以前に長瀬が俺に見せた恋人たちのキス動画の一種だ。

もちろんあの時見たサイトとは別物だが、内容は大凡同じもので見るに堪えない。

 昨日野球部が集められ、その時の二年生が不仲に見えたのはこれが原因だ。

そもそもこの行徳の一年生問題自体は春に入って野球部の中だけで知られた話でその行徳が笹栗と出来ていたことも当時有名だったため野球部員たちは、その素行の悪さに癖癖していた。


 さらに行徳が一年からレギュラーを張るほど有力選手で、今年から二年生になったということもあったため新たに入ってくる新入部員の事を考え、野球部はこのことを徹底的に隠ぺいした。


 長瀬がこの一年生の存在を知りえなかったのはこれのためだ。

それとは裏腹に行徳は望月というもう一つの爆弾を抱えていて、これは逆に野球部には知られていなかった。つまりは行徳本人を除いて誰も真実を掴んでいなかったのだ。


 二つのピースが重なって事実が浮き彫りになった今、俺はこうしてそれを伝えているのだ。

 「これって…」

 「行徳で間違いないだろ、投稿したのはその一年生で下に貼ってある投稿日は三日前だから最近のものだとは思う、実際野球部はこれが原因で注意を受けているし。」


 とまあ、ペラペラとお題目を並べるがこの動画自体が一体いつ撮影されたのかは正直ハッキリはしない。

 行徳の風貌は気持ち、幼く見えないこともないがそれを判断できるのは当事者だけだろう。

ただ、投稿されたことも野球部がそれで折檻を受けたことも事実である以上、説得力は十分にある。


 だから俺はこの調子でさらに畳み掛ける。

 「多分、その一年生が俺らのクラスのごたごたを聞いて自分の立場を主張してるんじゃねえか?

 わざわざ顔まで公開してアピールしているし投稿したタイミングも嫌に良いしな。

 なんにせよ、もし今の状況でこんなのが拡散でもしたらあの二人も立場がなくなるだろうな…」


 最後の方はこんな問題に関らずには負えなかった怒りを含めて、かなり神経を逆なでするような言い方になってしまった。

が今はこのくらいでちょうどいい。そしてもう一つ、泣きのひと押し。


 「それとお前も聞いただろ、遠足で行徳は二人に話すって。」

 「うん……」

 「おかしいと思わないか?

どっちかを選ぶのになんでわざわざ二人同時に言う必要があるんだ。そんなことをすれば確実に行徳たちの関係はあれるだろ。」

 これは俺のかねてよりの引っかかりだった。


 「でも、それは行徳君なりの誠意で…」

 「ならお前がもし笹栗の立場で、そして万が一自分が選ばれなかったらどうだ?」

 「……嫌かも。」


 その嫌は単なる嫌ではないはずだ。

目の前で自分以外の人間を選ばれ、そのまま謝られでもした日にはもう学校には顔を出せないだろう。恋愛事に疎い俺でもそう思うくらいだ。笹栗みたいな、あるいは望月のような女子達であれば十中八九は心を病む。


 俺のそんな考察を前に加藤は腕を組み、難しい顔で押し黙った。

理由は葛藤か、単純に事態を飲み込めていないだけなのか

 どうであろうとも、加藤にはここでこの話を鵜呑みにして笹栗に伝えてくれなくては、この作戦は失敗に終わる。

 公園には暗がりが広がり、俺と加藤以外の姿は見当たらない。

そこに冬の残寒がびゅうと吹き渡る。

 学ランでなければ身震いの一つでもしていたかもしれない。

加藤はその間も、ピクリとも表情を変えず時間が止まったかのようにただ静かに思案していた。


 「案野は……」

 先に声を上げたのは、加藤だった。

 「案野はなんでその話を私にしたの?」

 窺うような視線を浮かべて上目で聞いてくる。

 「別に、大した理由はねえよ。単にお前が笹栗と良くつるんでいて、それで俺が話せる奴がお前だけだったというだけだ。」


 もちろん、本人に直接言うというのも選択肢にあるがこれは俺にはハードルが高い上に笹栗が真に受ける可能性も低い。

 そもそも今回は話が内々だったというのもあるため、この話の全貌を把握している者も少ない。


 「ハハハ、うちしかいなかったか……なら仕方ないか」

 乾いた笑いはどこか迷いを取り払おうとする意図が見える。

 「それにしても案野って、思っていたよりも良くしゃべるんだね。……すこしびっくりしたかも。」

俺だって、しゃべりはする。

ただ今は相手がいないだけで。

 「仕方ねえだろ、先生の命令だから。」

 「ハハハ、案野って意外と真面目系?なんか一年の時もあんまりしゃべってなかったから、結構怖い系の人かなって……」

 それは、あれだ。

俺が、人間関係を怖がっていたからな。

 「まあ、つまりはそういうわけだ。」

 「そっか……」

 といって加藤は再び目を伏せた。

やや少しの気まずい沈黙が流れ、最後に泣きの一言でも吐こうかと思ったそんな時、

 「うん、分かったよ。今からでもマキを説得してみる、うちもあんまりこういうのはよくないと思し、うん」

 そう言ってウンウンと頷く加藤は少し吹っ切れたかのようだ。

俺の予想通り、こいつは流されてあの場にいたのだろう。なら、話はまだ通じる。

続けざまに加藤は申し訳ないなさそうに続けた。

 「それでさ……その長瀬さんなんだけど……」

 やっぱり気にはなるか。

長瀬のあの態度を見たことのない加藤にとっては今後の先行きも不安になることだろう。


 「あいつには俺からなんか言っておく。まあある程度はフォローはしてやるから。」

 長瀬の機嫌をどこまで改善できるかは分からないが、その間くらいなら取り持てるかもしれない。

 「そっか、ありがとう。」


 これで話はついた。

 別段嬉しいとも感じないが、とりあえずこれでやっと話が進展する。

ようやく帰れると鞄をからい直すと加藤が尋ねかけてくる。


 「そういえば案野、望月さんの方にはこの話してないの?」

 勿論既に手は打ってある。

今頃は、こちら側の人間が俺と同じ手法で望月側の人間を説得していることだろう。


 上手くいってるといいが……

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