第8話

 明くる日の火曜日、クラスは異様な空気に包まれていた。


女子達は何かを狙うように虎視眈々と目を光らせ、男子はその視線を受けないように肩身の狭い思いをしながら身をすくませる。

そして俺はと言うと、その裏事情を知っているため周囲に変探りを入れられないように席について気配を消した。


自分の席について、鞄をおろし頭を下げて目だけを動かす。

 周囲の雰囲気はどことなく空気が悪く、ピリピリと緊張している様に見える。


 俺はそんな中で周囲に悟られないように辺りを見分し、出来る範囲で情報を集めた。


「ごめん!マキ昨日は休みだったのに遊びいけないで」

「 ふーん、まあ仕方ないんじゃなーい。若菜はバイトだったわけだし。」


 あの退屈そうにポチポチと携帯をいじっているのが、長瀬の言っていたバスケ部の笹栗か。

凪沙がお嬢様なら、笹栗は女王様といったところか。


 そして、その前でヘコヘコ頭を下げている若菜と呼ばれているのが、そのお付きの加藤だ。

 「その、ホントごめんね。マキも今は大変だって言うのに……」

 「若菜、今はちょっと黙ってよっか。」

 加藤の不用意な発言によって、笹栗がそこに威圧をかけた。

 こえーーー


女子のそんな恐ろしい一面を垣間見て、俺は目をそらした。

 会話の内容はそれはもう恐怖でしかなかったが、おかげで長瀬の情報の信ぴょう性も上がったしまったようだ。

 残念ながら。


 「はあ」

 ため息がこぼれる。

 ここにきて急激にクラスの雰囲気が変わっている。

 それも金曜の遠足をを見据えて、女子達が本格的に動き始めた証左だろう。



 凪沙には悪いがかなりの面倒事に巻き込まれたものだといまさらな感想を抱いていると朝礼ギリギリで教室の扉が開いた。

 僅かな間、静まる教室に入ってきたのは凪沙と長瀬。

二人は仲睦まし気に話をしながら、それぞれの席に向かい最後に笑顔で手を振って別れた。


 いやまだ学校あるでしょとそんな突っ込みを入れていると長瀬が一瞬だけ冷ややかな視線を教室に向けてきた。

 自分が凪沙と仲が良いことを女子達にアピールして周囲をけん制しているのだろう。


 それに加えて、時間ギリギリの登校。

 声を掛けようにも話しかける時間を与えない。

今話すタイミングを見失って苦い顔をしている何人かの女子の顔を見ると長瀬の思惑は成功したらしい。


 ただでさえ緊迫した教室にさらに重い重圧が圧し掛かり、俺のデコは皺で覆われるのだった。


 朝礼の長瀬の宣戦布告を機に静かな抗争は時間が経つごとに、露骨になっていった。

そしてそのたびに長瀬が横やりを加え、お茶を濁すのだった。

 例えばこんなふうに

 「凪沙さーん、今日の放課後よかったら、」

 「あ、あの……」

 「そう言えば凪沙さん、昨日の約束、放課後に校区を案内するって話だけどどうかしら?」

 「……」


 また別の空き時間。


 「凪沙さん、この後なんだけど……」

 「次は移動教室だから早めに行きましょ、凪沙さん。」

 「は、はい。」

 「……」


 果ては昼休み。


 「凪沙さん、お昼まだだよね。うちらと食堂に…」

 「わ、私、お昼は……」

 「ご飯買ってきたわよ、凪沙さん。それじゃ一緒に中庭で食べましょ。」

 「ちょっ、何勝手に……」

 「い き ま しょ」


 凪沙が別の女子の声を掛けられるたびに長瀬が口を挟む。

 もちろん、その度に非難の声を浴びせられるが長瀬はそんな外野の言葉には耳を貸さず、その場を逃げ出すように凪沙を連れまわした。

 そのあまりにも強引な引き去り方は傍から見ても反感を呼びそうで、実際に凪沙を誘っていた上位カーストの女子達は不機嫌そうに長瀬への愚痴を垂れている。


 「ちょっと、あれ何?」

 「流石に引くんだけど。」

 「チョーシ乗り過ぎじゃないの。」

 と言った典型的な陰口だ。

あそこまで露骨だとそう言われても仕方ないのかもしれない。


 並の女子がやれば真っ先に、女子社会の中で孤立するであろうがそれを恐れないのが長瀬の恐ろしい所だ。

 長瀬は顔も頭もよくクラスでも学級委員という目立つ立場だ。

その上、数こそは少ないが他クラスにいる有力な女子とのパイプを持っているためこのクラスの女子も突き合わせて文句を言えないのだろう。


 それに何より長瀬自身、女子内でのカーストを意識した交友関係を卑下しているため権力闘争に凪沙を巻き込もうとするような連中の視線などは歯牙にもかけていない。

これは一重に長瀬の私生活が生み出したある意味での達観が原因の一つであろうが、それでも俺は心に僅かばかりの心配を覚えた。


 長かった一日がようやく終わり、クラスの空気も幾何かは穏やかになった。

というのも今日は放課後には部活生集会が控えているため、クラブの主力メンバーは早々に教室を後にしたのだ。

だから、今の教室に部活生はほとんどいない。


 俺はともかく長瀬も部活生なのだから、ホントはそれに出なくていけないのだが今日は凪沙の事もあるため今日は欠席することにしたらしい。

二人が帰路につくのを見送って、俺は集会が行われる体育館へと向かった。

 校舎から伸びる渡り廊下を歩き、館内に足を踏み入れるとそこには騒々しい空間が広がっていた。

多くのジャージ姿の生徒がステージの前に腰を下ろし、何事かを姦しく口にする。


 今日ここで行われる部活生集会は今週から始まる一年生向けの仮入部期間の説明がメインのため、どこも集合の具合は良い。

俺もその中で、自分のクラブの列に並び人知れず床に腰を落ち着けた。

 間も無く、壇上に生徒会長と体育科の教師が列を連ね座っている生徒たちも徐々に口を閉ざしだした。


 「それじゃあ、新学期部活生集会を始める。」

 体育教師の号令と共に集会は始まった。

 集会と言っても形だけのこの集まりに実質的なあまりさほどない。

なんといってもそのほとんどが聞き飽きた注意事項や連絡のため、誰もまともには聞き入っていない。


 そんな不真面目な生徒の一人である俺もまた、この集会に出たのは別の理由だ。

 「それでは、集会を終える。全員解散。」

 終礼と共に腰を上げる生徒の中で俺はある一人の人物を探していた。

 その人物とは噂の行徳君、例の三角関係のその渦中の人間が所属する野球部の別の部員だ。


 そう言うことで俺は首を回し、体育館内を見回しすうに一際大きな集団の中にその人間を見つけた。

 しかし、野球部の面々はというと集会が終わったばかりだというのに、すぐにその場で集まりだした。

 その雰囲気はかなり厳かだ。


 その中にもちろん俺も探している人物もいたため、結局俺は声をかけることも許されずそれを見送ってしまった。

 ふむ

あの空気はただ事ではないな。


 そこに妙な緊迫感を感じ取った俺は野球部の内情を鑑みる。

何かで揉めているのか……

 実質的に得るものこそはなかったものの、俺は何かを小さな手がかりを見つけたようなそんな気がした。

体育館を出て校舎に戻りふっと一息。


 明日からもっと忙しくなりそうだと、直感的にそう感じた。

 

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