第6話

「分かりやすく言えば、クラス内での階級だと思えばいい。

会社で言う社長とか部長とか課長とかそういうの、あるだろ?」

「それは、その人の役割と言ったものですか?

例えば人をまとめるのが上手い人は学級委員になってクラスを束ねたり、サポートが上手い人はその補助をしたりとか…」


説明をする俺に容赦なく質問を重ねる凪沙。

俺達は活発な問答を繰り広げていた。


「間違ってはいないが、何もそんな表向きだけのこととは限らないし、別に学級委員であればクラスでの立場が高いと言うわけでもない。現に俺がそうだし…まあつまりは発言力を持っていると言えばいいのか?」

「えっと、発言力っていうのは?」

「なんて言うか影響力っていうのか」

「それはどんな影響力でしょうか?」


うーん、そうくるか。

その説明は中々の難航っぶりだ。

 俺の言いたい影響力とは、上位カーストであるという意味なのだが、そもそもカーストを知らない凪沙にはそれでは説明にならない。


 そもそも今までカーストの云々なんてまともに考えたことがないのだ。

説明しろと言われてもそうそう上手くできるものでもない。

そしてその説明が上手く伝わっていないのか相も変わらずよくわかっていない風の凪沙に、俺は説明の仕方を変えることにした。


 「なら、少し話を変えるか。」

 一息呼吸をおいて俺は凪沙に一つの質問を投げかけた。


 「凪沙、お前理系か文系か?」

 「え?」

 凪沙は一瞬だけ戸惑いながらも、すぐに答えを出した。

 「えっと、今のところは理系にしようと思っています。」

 「分かった、ならこう言おう。

  今から1から10まで数字を設定してそいつをクラスの奴ら一人一人に当てはめていくんだ。」

 「数字を…ですか?」

 「そうだ、数字だ。1から10まで数字をある決められた基準に則って割り振っていく。」

 「その基準とは?」


 ふふん、乗ってきたようだ。

この調子で話を続けよう。


 「その基準っていうのが、さっき言った発言力とか影響力とか引いてはスクールカーストの優劣につながる、それは…」

 食い入るように聞く凪沙と、目だけをこちらに向け盗み聞くような態度の長瀬を前に俺は大仰に答えた。

 「それは、そいつが誰と関わりを持っているかだ。」


 本日最高のしたり顔でそう言うも、思いのほか外野の反応は薄い。

なんなら、共感と勧取でむせび泣く程の感動の拍手をされるくらいのリアクションがあると思っていただけに俺は冷や汗をかいた。


 「えっと、あれだ。要は付き合いのある友達でそいつがどのくらいのレベルか分かるって話で……」

長瀬ははぁっとため息をこぼし、凪沙は困惑したように言う。


 「あ、案野君、それってお話するお友人が多ければ良いという意味ですか?」

 「いや、多いっていうよりも…」

 ここで俺もようやく気がついた。


 スクールカーストはその人間が如何なるカーストの人間と付き合っているかで判断すると言いながら、その相手の人間のランクが分からない。

 つまりは彼女にはカーストを測るための基準がないのだ。

 これでは堂々巡りだ。


 アホと声には出さず、口の開きだけでそういう長瀬はあきれ顔だ。

 いかんな、ちょっと自分の常識にとらわれ過ぎた。

 だったらもっと具体的に言ってみるか…


 「おほん、まあさっきのは忘れて話を続けようじゃないか。」

 「あのその前に質問なのですが、えっと…何で人の評価がその当人の関わっている人で決まってしまうんですか?」


 それは、むしろ俺が聞きたい位の質問だが今は答えを俺が用意しなくていけない。

 実を言うとこれについてはもとより俺の考えがあったため、その答えは淀みなく出てきた。


 「理由は簡単だ。人はひとりで生きることは出来ず、その人間の質なんてものは集団の前で無価値に等しい。その時、ただ一つ自分を守れるものは、何物でもなく人の繋がりだからだ。出来るだけ強力な人間関係を築いて発言力を持ち、存在を誇示できる者が生き残ることが出来る。」


 これを自覚し始める頃を人は思春期と呼ぶ。

そして、ここからを境に子供は大人への階段を昇っていくのだろう。

俺があまりに大げさな言葉を使ってしまい息を呑んで聞いていた凪沙に対し、今度はやや口調を緩めて話した。


 「まあ、と言っても今のはあくまで心理学みたいなもんで、誰もそこまで考えては生きてはいない。俺も含めてな。」

 「……」

 「少し話が逸れたがさっき言ったことを踏まえると今のが答えに近い。学校において人が関係を求めるのは言うなれば、学校生活を円滑に送るためだ。」

 それでもいまいち顔の張りが抜けていない凪沙に俺はごほんとせき払いをする。


 「要はみんな、ちやほやされたいんだよ。」

 「え?」

 「は?」


 話の緩急についてこれないのか、素っ頓狂な声を上げる二人。

 「まあ聞け、よく考えたらそうだろ。身内に高学歴の奴がいたらそれだけで何か誇らしいし、知り合いの知り合いにアイドルとかいたら無駄に画像検索かけたりするもんなんだよ。繋がりの中にインパクトがある奴がいるとそれだけで鼻が高くなる。これもそれの延長だ。」

 「それは、あんたの実体験じゃないの…」


 と呆れ顔の長瀬、

 「でも、確かに分からない話でもないわね。」


 しかし、それでも賛同を示したからには思い当たる節でもあるのだろう。

そして目の前の凪沙もようやくしっくり来始めたらしい。

 「なるほど。私も妹がピアノの賞を取った時、すごく誇らしかったのを覚えています。それと同じなんですね。」

 んー、当っているようで微妙に違うような…

まあ、ここまで話が理解できれば今は及第点か。


 「それでここからの派生として出てくるのが、スクールカーストやらヒエラルキーとかだ。まあ、自分の周りが華やかになれば自分も輝いて見えるように感じるのと同じで、見た目が良かったり、話が面白かったり、運動が出来るとそいつらは互いが足りない物を補うように集まって自分たちがイケているんだと勘違いする。」


 青春とは勘違いなのかもしれない。

等身大の自分から目を背けるために仲間内で徒党を組んで、自分を飾る。

学生時代の友人は一生の財産だと言うが、俺にはそんなお飾りがとてもそうには見えなかった。張りぼての友情で青春を謳い、今が一番だとうそぶく。

 それで一体、何が残ると言うのだろうか…。

その問いの答えは結局最後まで見つかることがなく俺は、そんなウソに見切りをつけた。

 失うものは多いと分かっていながら、後悔もしながら…


 と変なことを思い出し、若干ブルーになった心境を洗い流すように話題を変えた。

 「そこで、さっきの数字の話に戻る。あれはいわゆるバロメーターみたいなもんでそいつの言動とかで大体の格が分かる。」

そう言って俺はポケットの中からペンを取り出し、テーブルの上の紙ナフキンに文字をつづった。


 1…不登校者、そもそもランクに付けようなくどんなにルックスが良くてもクラスの中では浮いてしまい、話す相手がいない。判定外。


 2…実質最下位、ルックスもコミュ力も冴えなく交友関係もないに等しい。オタクや帰宅部に多い。


 3…2が集まったもの、メンバーが弱小のためグループとしても各は低い。あまり多くで群れることは無く、いつも同じメンバーで集う。


 4…やや交流している数は少ないがそれなりに人脈がありクラスの中でも、低いながらも地位を確立している。主に文化部が多い。


 5…一般的な立場でその占める数は最も多い。最も多いだけに輪の中心に立つことは無く、いつも誰かの影にいる。


 6…5に毛が生えた程度で中堅グループの中で中心的な立場をとることもある。今いる自分の立場にある程度、満足しており目立つ行動はあまりとらない。


 7…ここから上位カーストに分けられる。顔やトーク力にある程度の自信があり、いつも何らかのグループに顔をだしている。むしろ一人でいるのをあまり見ない。上昇意識が高い。


 8…上位カーストの中でも中堅で交友関係も多岐にわたる。だが基本的に自分のテリトリーを優先して守り、7に比べておとなしい。


 9…実質最上位、学年レベルで名を馳せている。グループ、引いてはクラスの中心的な存在で顔やコミュ力も高い。周りから人が寄ってくる。


 10…学校に一人いるかいないかの逸材。全校レベルで名を知られ、公のメディアに出ていたり、スポーツや芸術においてプロに域に達している。規格外。


 あくまで俺の主観満載だが、一応はこれを軸に人間を見ていればその人間のある程度の立場や関係性は分かる……と思う。


 そもそも人をナンバリングするなんて…と思われるかもしれないが、別におかしな話でもないと思う。

テストや競技スポーツでは点数や記録と格付けはされるのに、学校なんていう恐るべき競争社会で格付けがない方が俺はおかしいと思う。

 いや、本当は誰もが無意識にしているがそれを自覚していないだけなのかもしれない。

 俺の持論を聞いた長瀬はまるで腐った果物にたかるハエを見るかのような目を向けてきた。

 腐った果物とハエで二倍おぞましいのか俺は…


 「なんであんたが先生に目を付けられたのかが良く分かった気がするわ。」

 ボソッと何か言ったようだが今は置いておこう。

こいつの俺への人格批判は今に始まった話ではないし。

 「……分かりやすく話せばこんなもんか」

凪沙は口元に指を当て物思いに更けていた。

 「ちょっと、さすがにあれは偏りすぎでしょう」

 隣の長瀬が小言を吐いてくるが、こればかりは俺も説明を求められたから答えたに過ぎない。

あくまで持論だし百パーセント正しいとも思わない。だから最後にこう言い添えていた。


 「とはいっても、こんなのは単なる物差しの一つに過ぎない。人が人を評価するなんて土台から無理な話だしことにスクールカーストについてなんかは正解なんてない。

 ただ人が平等でない以上、確かにそこに差はあるかわけでそれは区別した方がいいのかもな。」



 ひとしきり話を終え、ふと凪沙の方を見やると口元を何か言いたそうにもごもごしていた。

池の鯉みたいだ。


 「あの…こういうことを聞く私ってやっぱり変でしたか?」

 俺たちがひそひそと話しているのをどうやら誤解してしまったようだ。

 「凪沙さんじゃないわ、案野の説明があまりにその…あれだったから…」

 結局何なんだよ…、まあ今の自分の質問を不自然に思っているだけ自分を異質と分かっているからまだマシか。

 「それに心配はいらないわ、変って言うなら案野のアンケートも見たでしょ?

 あんな、偏屈で性根の腐ったようなことを書く案野の方がよっぽど異質で忌み嫌われるべきものだから。」


 異質なのは認めるけどちょっと言い過ぎではないですかね、これでも改心したつもりなんだが……

その辛辣なコメントに対し俺が苦い顔を向けているのを凪沙はずっと思案顔でじっと眺めていた。


 

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