第5話

 天神の端にある小さな雑居ビルの三階。

その店の内装はシックでレトロで実に良い。

ただ他にいる客が老人ばかりなのが気がかりだが知り合いがいるよりははるかにマシなため、相対的の良い店と言える。


俺達三人は窓際の端のテーブルに一対二で向かいあって腰を落ち着かせる。

 とりあえず、メニューを取ってから軽食と飲み物を頼んでいよいよ正面から凪沙と向かい合った。


 目の前で二人は今日買った戦利品を見せ合いながら、楽し気に話をする。

こう見ると凪沙もだが、長瀬も藤山先生に目をつけられるほどの問題を抱えているようにはとても見えない。


 普通の年相応の今時の女子高生だ。

 俺はその二人のうち凪沙の方に目を向けた。

思えばこうして真ん前から顔を見るのは初めてかもしれない。


 出されたコーヒーを片手にその顔がチラチラと見る。やはり非の打ちようがないくらいの美人さんだ。

化粧の事は分からないが、あまりケバい印象は受けないしナチュラルメイクと言うやつなのか不気味な肌の白さや異常に黒くて長いまつげなんかがないのを見るとやはりそれに近いものなのだろう。

 などと適当な感想を抱きつつ凪沙をしばらく見ていると、不意に目が合ってしまった。


 「!?」

 「……」


 おののく俺を他所に凪沙は首を横に傾げあざといポーズで応える。


 「その、案野くんも今日はありがとうございます。」

 少し考えて突然そう言い放つ凪沙は俺に感謝の意を述べ出した。


 「私あまり男の子とは上手く話せなくて、でも案野君とはなんだか自然と会話出来た気がします。」

まあそれなりに、気は使ったからな。

 凪沙は何分、顔が良いから変に意識するとそれだけ女子の部分が目に着いてしまう。


 だからちょっと素っ気ないくらいの態度を取っていたが、それは間違ってはいなかったらしい。


 「前の学校ではそれが原因で色々あったので…」

 一瞬だけ目を伏せてそう言う凪沙。

 その瞳にはわずかにだが、後悔の色が見えた様だ。

 しかし憂いを帯びた表情はすぐに明るい顔にへと変わる。


 「それに私、その、あまり、積極的な態度を取れなくていつも受け身だったので、本当のことを言うと長瀬さんに誘われた時はすごく嬉しかったです。」


 それは周囲と合わせるタイプだと言いたいのだろうか。

確かに今日の言動をみれば、凪沙がイケイケという印象は受けないがかといってそれが別に変とも思えない。

俺にとっては大抵の女子なんてみんな周囲の様子を見ながら、それに合わせて発言をしているようなものだ。

 別におかしな話ではない。


 だとすると本人がそんなことで気に病んでいることと先の男子への苦手意識、そこに彼女の抱える問題があり彼女という人間の本質があるのかもしれない。

 憶測だが、そう認識して俺は座りを直し


 「長瀬」

 「そうね。」

 同じように凪沙の話の深刻具合を察した長瀬に呼びかける。

長瀬はそのまま席を一旦外しそしてそのまま俺の横に腰を下ろす。


 これで、話を聞く体制が出来た。

色々な流れから、これから凪沙が話すことが今後の俺の行動を左右するはずだ。

 無理に笑顔を作っていた凪沙も俺達の態度に自分の心情を話すきっかけを得たと確信したのか、意を決したように顔を上げた。


 「少しだけ、私の話を聞いてもらってもいいですか?」

 そして自分の心中を吐露するかのようにゆっくりと言葉を紡ぐのだった。






 喫茶店の中ではコーヒー豆を煎る微細な音だけが鳴り響く。

時を刻むようなその音色はこの場に確かな安らぎと落ち着きを与えていた。


 人間関係について教えて欲しい…


 と言って凪沙は話を締めくくった。

その言葉が一体何を意味しているのか…俺には分かるようで分からなかった。

 隣の長瀬も俺と同様で困惑ぎみに首を捻る。


 「人間関係って、もしかしてうちのクラスのこと?

確かに気にはなるかもしれないけど、普通そういうのって聞くもの?」

 長瀬の疑問は最もだと思う。

俺が彼女の立場であってもそんなことを他人に、ましてや同じクラスの生徒に聞いたりはしない。


 クラスの雰囲気なんて自分で感じ取るものだ。

だとしたら凪沙が聞きたいのはそんな事ではないだろう。

 では何なのか…

それを考える前にとりあえずこれだけはハッキリさせておきたい。


 「ところで確認しておきたいんだがお前は凪沙のあれ、本気だと思うか?」

 「あれって何よ。」

 「だから、その…人間関係云々をほぼ初対面の俺達に質問するあの性格だよ。」

 「性格の事?確かに、私も気になって色々探りは入れてみたけど、どうもあれは演じているものには見えなかったわ。」


  ほう。確かに今日の長瀬はいつになく穏やかに見えた。


 「天然ぶりっ子を気取るにしては隙がないし、媚びを売るような言動もしない。ただすごく品が良いわよ、凪沙さん。

 言葉遣いはきれいだし、所作や礼儀もちゃんとしてるわ、同性の私でも見とれてしまうほどに。」


 そのあたりは俺の凪沙に対する評価とほとんど相違ない。

お嬢様気質の振舞や仕草や話し方、それに性格、あれをキャラの一言で済ますには流石に無理がある。

 これでも俺の目はそれくらいの人の性格は見抜ける。

その上で彼女は本物のお嬢様だった。


 時折、あざとい仕草を見せ言動は淑やか、そして微妙な天然属性。その濃ゆ過ぎない個性には非常に好感を持てる。

もしあれが作りものだと言われたら、もはや人間不信になること請け合いだ。

 それくらいの印象を俺は受けた。


 「少なくとも、私の見立てでは凪沙さんは単に育ちが良い子ってところかしら。じゃないと人間関係の在り方なんて堅い話、初対面の私たちにして彼女が得することなんてないし……」


 確かにな。


 「それ以上の事はまだ分からないわ。凪沙さんは前の学校であった問題…にはほとんど触れなかったし。」

凪沙の話にあったのは自分が人間関係を上手く掴めないという悩みと最後の相談。


 それだけだ。

 過去についてはあまり触れられたくないのだろう、ほとんど話には出ず人間関係が分からないの一点張り。


それらの事実から俺が今分かることと言えばただ一つ。

凪沙小春という女子生徒は他の女子達と違って明らかに擦れていないという事だけだ。

 俺も長瀬もそれなりに人生を歩んできたつもりだし、それなりに様々な人間を見てきた。

だからこそ言えるが凪沙は何よりも純粋で無垢…なように見えた。


 とここで俺は藤山先生が言っていたことをふと思い出すた。


 「なあ、金曜に先生が言っていた俺とは正反対って、そういうことか?」

 長瀬もそれに心当たりがあったのか、手を叩いて頷く。

 「そうね、案野と正反対とは言い得て妙ね。確かに凪沙さんはあんたみたいに性根が腐っていないし、少なくてもアンケートで気取った回答なんてしないだろうし」


 「アンケートは余計だろ。」

 とにかく、ここにきてようやく先生の言葉の意味が理解できた。

俺と反対なら消去法でその人格は推し量れる。だけどその前に俺の性格ってどういうのだっけか。

えっとたしか、真っ直ぐで向上心が旺盛、そして誰からも好かれるような朗らかな性格だっけ?

 「偏屈で自堕落、そして誰からも好かれない鬱陶しい性格よねあんたは。」

 まるで反対じゃねえか、もっといいとこあるだろ。


 とりあえずはこれで凪沙の性格はある程度は分かった。

 そこに問題があるとはとても思えないが、一先ずそれは置いておこう。

ならば今度は凪沙の質問について、もう少し本気で考えてみる必要がある。

だとしても


 「結局、凪沙の言いたいことがいまだに良く分からん」

 「それは私もよ。」

 これはもうちょっと話を聞く必要があるな


 そう思っているとちょうど凪沙が手洗いから帰ってきた。

喫茶店奥の男女兼用のトイレの扉を開けて、小走りでテーブルまで趣き、顔にお似合いの丁寧な所作で席につくと長いまつげを揺らす。

その顔に少しドキッとしながらも話を続けようとすると、隣の長瀬が割り込んできた。

今度は自分で話をするつもりらしい。


 「えっと、その、凪沙さんが聞きたい人間関係のことって…」

及び腰で長瀬が告げると凪沙も若干の迷いを見せながら答えた。

 「すいません、少し言葉が足りませんでした。私がききたいのは…その…なんというか…」

 どうも煮え切れない態度に長瀬も困り顔だ。


 この様子では凪沙自身まだその質問を掴めていない可能性がある、ならばこちらから探ってみるまでだ。

俺は自分の中にあるそれらしきものを引っ張り出して凪沙にぶつけてみる。


 「……もしかして、知りたいのはクラスの人間関係とかじゃなくてもっと根本的なことだったりするか?」

俺の言葉に凪沙は面を上げる。

 「例えば、なんだ……ほらクラスの中での立場だったり、その……暗黙の了解と言うかさ……」


 自分でも何を言っているのかハッキリと理解はできないが、この曖昧な事こそが凪沙の尋ねたいことではないのだろうか。

とするとなおのこと、人に聞きそうなことではないが…


 「そういうこと……だと思います。すいません、私もよく分からなくて」

 「いや、大体わかった。」


 そういうこととは、つまりそういうことなんだろう。

凪沙の性格を考えると、その裏付けも出来るのだが、その横で長瀬は釈然としいていないようだ。


 「要はスクールカーストとか、ヒエラルキーとかの説明をしたらいいんだろ、だったら話は早い。」

 「スクールカースト?ヒエラルキー?」

 「まあ、それを今から説明する。」


 長瀬は不審げな、凪沙は食い入るような目を向け二人の美形少女に見つめられながら俺は 少し得良い気に話を始めた。



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