第4話

「あっ、これ可愛いかも。」

「こっちのもオシャレでいいですよ。」


食器売り場の前でカップを片手に盛り上がる二人。

明るい色で飾られたフロアにはどこを見ても男の姿は見えない。

 つまり俺には居心地の悪い事この上ない環境だ。


 「長瀬さん、あの……あっちの方も見ていいですか?」

 「いいわよ、行きましょう。」


本人にしてはえらくハキハキ同性と話す長瀬と、ここにきて普通の女子のようにはしゃぐ凪沙。

 買い物をしている間に会話が弾んだためか、二人は仲好さげに話していた。

少なくともどっちも無理してそう振る舞っているようには見えない。


 年相応に盛り上がる二人を見ながら俺は自分の存在意義を考えつつ、良く分からない形の照明を眺めていると凪沙に声をかけられた。


 「案野君もどう思いますか?」

 と言って差し出したのは、二つの鏡。

一つは丸鏡でもう一つは四角いものだが、正直どっちがどうとかは判断に困る。

 だが、なんとなく丸い方が凪沙に合っていると思いそっちを指さすと


 「やっぱりそう思いますか!」

 とパアと顔を光らせる。正解を引いたのは良いが、それを見る長瀬の目が冷たい。

 なぜだ。

長瀬の理不尽な視線を感じながら、凪沙は鏡を持っていた買い物かごへ入れるのを見て一抹の不安も感じる。

 俺のセンスに任せてもいいのか……

俺の心配を他所に女子二人は買い物を再開する。


 まだまだ買うものは多いようだ。

店の店員に声を掛けられないように俺はただひたすら文具コーナーで色ペンを見ていた。


 三十分程して、粗方買い物を終えたのか二人が俺の元にやって来た。

ちなみに俺はペンを見飽きていて面白文具コーナーで意味の分からない形状のペンを見て感心していた。

 結局ペンしかみてねえ……


 凪沙はその間にも何度か俺の元へやってきて、意見を聞いてきた。

それが単純に彼女の意思なのか、俺への気遣いなのかは分からないがなんにせよ助かった。

 何故か時間を増すごとに俺の周りに店員がうろつくようになっていただけに、凪沙が俺に話しかけてくれなくてはいずれは店を追い出されていたかもしれない。


 密かに凪沙に感謝の意を示しつつ三人で店を出る。

 エスカレーターを下り階下へ、そして駅ビルを出て街の外へと繰り出した。

するとそこは、人通りの多いアーケードだ。


 駅から伸びる通りには左右に飲食店やボーリング場、パチンコなどのレジャー施設が軒を連ねそれなりの賑わいを見せる。

 その通りを歩いていると、長瀬が横に着く。


 「一通り買い物は終わったわ、これからどうする?」

 「いや、どうするって聞かれても」


 買い物終わったらもう帰ってもいいんじゃ……うーん、しかしまだ天神に来て一時間程しか経っていない。

確かにこれで帰ってしまうのも忍びない気がする。


 それに俺自身未だに凪沙の生態、もとい性格や人となりを把握していない。

ならばまだ探りを言える必要があるかもしれない。


 「とりあえずあそこ行くか」

そう言って女子二人を連れて俺はある場所へと向かった。



ここ天神には二カ所のゲーセンがある。 


 一つはラウンドワンが保有する大型のものともう一つはそのすぐ隣にあるタイトーステーション。

 どちらも同規模で置いてある機器などもあまり変わりはないが、俺はラウンドワンの方に向かった。


 理由はクレーンゲームが多いからだ。

凪沙の今の所の俺の評価は世間知らずの天然お嬢様だが、それが合っていればゲーセンで初々しい反応の一つでも見せるかもしれない。

安直な予想だが、当てがないなら当てずっぽうだ。


 入口の自動ドアをくぐって中に入ると、肌寒いほどのクーラーと耳をつんざく電子音、それと僅かに漂うタバコのにおいをかぎながら横目で凪沙の様子を窺うと案の定キョロキョロと興味深げに周囲を見回していた。


 「凪沙さんはこういうの初めて?」

 「いえ、来たことはあるのですがゲームをしたことはなくて」

 「誰と行ったんだ?」

 「えっと妹と何回かとあっちの友達……と一回ですね。」


 変なところで言葉を切った凪沙を一瞥して意外に思う。

 本人はお嬢様だが、周りの友達は割と普通だったのかもしれない

てっきりお嬢様しかいないカタカナ文字の女子校通いと思っていたが……いや、愛読書にそんなのがあったから。


 「へー、私は初めてね。存在は知っていたけど行く相手がいなかったから……」

 おいやめろ。


 暗い目をする長瀬の心の闇を垣間見て俺達は中を見て回る。

 一応、一行いっこうの中では俺が一番の有識者のようなので適当な台の前で立ち止まり、カチャリと硬貨を入れた。


 ウインドウの奥には大きな箱入りのお菓子が規則的に並び、そのうちの一つが下の穴に半分程身を投げ出していた。


 (いける)

 そう確信し、ゲーセン初心者二人に少し良い顔を見せようとボタンをタッチした。

まずは前後、次に左右。

 ウインドウに息がかかるくらいにまで顔を近づいて緻密な調整を行う。

 そして最後にクレーンが下りて長方形の箱の真ん中にアームが下った。

 落とすポイントは完ぺきだったとここで確信し後は景品が来るのを待つだけだったのだが、アームは力なく景品から外れ何も取らずにクレーンだけが帰ってきた。


 「……」

 「フッ」

 「惜しかったですね。」


 鼻で笑う長瀬と残念そうな凪沙。

同じものを見ていてこんなにも反応が違うとはこれ如何に。


 「あ、アームが弱いんだよ。」

 「弱者はすぐに言い訳するのよ、耳障りなものね。」

 「ぐっ」

 「ほら、どきなさい。お手本を見せてあげるわ。」


 お前ここに来たの初めてなんだろ。

俺のそんな疑念を他所に長瀬はウキウキと今までに見たことないような楽し気な顔で台に向かう。


 そしてコインを入れ、ボタンの操作。

 下ろされたアームは今度はパッケージの穴側の方にかかった。

 このままアームの下降を活かして景品を落とそうと考えたのだろう。

だがしかし


 「むっ」


 アームはやはり力が弱いのか、しばらく景品を押して多少パッケージをへこませるもののそのまま何の成果も得ずに帰ってきた。


 「なにこれ、アームが弱すぎじゃないの!?」

 「弱者は…」

 「なんか言った?」

 「……いいえ。」


 鋭い眼光が突き刺さり俺は小さく開いた口を閉ざした。

あのまま最後まで言っていたら、本格的に罵倒されていたかもしれない。


 「わ、私もやってもいいですか?」

 微妙な空気になる俺と長瀬の間に今度は興奮気味の凪沙が割ってきた。

俺達の様子を見ていてやりたくなったのだろう。


 これまでと同様にコインを入れ、ボタンを操作。

その時にウインドウに顔を寄せるのを忘れない。

 そして片目を閉じて左右の視線を集中させ絶妙な按配でボタンを押し、狙いを定めた。

 アームが真っ直ぐに降りて、パッケージに差し向かう。

一瞬、完全に狙いを外してしまったのかという位アームが逸れたように見えたが、しかしアームの爪の一つがパッケージの隙間に挟まりそのまま景品を引きずっていった。


 ガチャン

 穴に景品が落ちてきて、それを凪沙が拾う。


 「やりました!」

 嬉しそうに景品を顔の横にもってきて無邪気に喜ぶ凪沙。

 「……」

 「……」

 それを素直に喜べない俺達二人はきっと心が汚れているのだろう。




 景品片手の凪沙と次に向かったのはシューティングゲームの並ぶエリア。

 ゲームには色々種類があるのだが、これくらいの方が初心者でも馴染み易いと思っての選択だ。

しかし、ここで一つ問題が。

 「なんでこうなった?」

 狭い空間の中で俺は女子二人に近距離で挟まれていた。

 「せまいわね。」

 「暗いですね。」

 二人掛けの席に三人で座っているのだ、無理もない。

さりとてここは箱型シューティングゲームの中だ。

 目の前には大型のフルスクリーンと座席後ろには大音量の流れるスピーカー。

そして座席の間にはプラスチックで出来た銃が備え付けられている。


 箱の外側には演出のための暗幕が布かれているため薄暗い一つの個室を造っていた。

 勿論他にもシューティングゲームの種類はあったのだが、何分凪沙と長瀬がこれに一番興味を示したのだから入ることにしたのだ。

 そこで今の状況に至る。


 「あんたこれ詳しいの?」 

 「やったことはない。でも別に難しくもないだろうよ。」

 「私、自信ないです。」

 「あんたも入りなさいよ。」

 「でもこれ二人用で……」

 「お願いします。」

 「次は言わないわよ。」


 一人に泣く泣く、もう一人に脅迫され俺も席を共にすることになった。

しかし本当に狭い。

 どれくらい狭いかと言うと、左右から別々の女子の良いにおいが漂うくらい狭い。

 それだけで頭がぐらついてきそうだ。


  一応、礼儀として俺が硬貨を二枚投入して大きな銃声と共にゲームが始まる。

二人は銃を握ってコースを選択し、低くて不気味な英語のアナウンスでゲームの説明が流れる。


 なんでも、廃墟になった病院からゾンビを切り抜けて脱走するのがこのゲームの趣旨らしい。

 それでなんで銃持ってんだよと無粋な事は言わず、俺は二人を真ん中で見守る。またカップル用のゲームのためか主人公の片方は男でそれは長瀬が担当していた。

 良い偶然である。


 ようやく長いアナウンスが終わり、ゲームパートが始まった。

長瀬は神妙な顔で凪沙はおどおど顔で銃を構える。

そして画面の端から飛び出してくるゾンビを撃っていく…はずなのだが、二人の腕は散々だった。


 「ちょっとこれ全然当たらないのだけど」 

 「あ、案野君!弾が出なくなりました、こ、これどうしたらいいんですか!?」


 長瀬は割と冷静だが目標に全く弾が当たらず狼狽し、凪沙に至っては根本的にゲームのルールを理解していないのかあたふたして涙目だ。 


 俺はとりあえず凪沙に画面外を撃つように指示して、長瀬には画面から離れるように促す。

二人の筋が良かったのか、ゲーム自体が簡単だったのか、これでようやく落ち着きを取り戻したのか二人共やっとゲームらしいゲームをするようになった。


 長瀬はコツをつかんだのかポンポン当てていき、凪沙には俺がたまにフォローをいれながらも順調に敵を倒していった。


 そしてある程度ステージを進めるとゴゴと地鳴りがなり、大型の巨人のような奴が出てきた。

所謂ボス戦だ。

 今までとはゲームの趣きも変わり、ボス戦特有の緊張した空気に苦戦する二人。

だからなのか、太ももが忙しくなく動いて俺の脚に幾度となく触れる。

 それが今度は俺の緊張を誘い、どちらかに逃げようにもどちらにも挟まれているため為すがままにされるのだった。

 そんな時に何で今日は半ズボンで来なかったのかった後悔を密かに抱いていると、画面が大きく揺れ「GAME OVER」のテロップが流れた。

どうも初見殺しの大技を喰らって共に死んでしまったらしい。


 俺は二人の顔を窺って、続けるかどうかを探るが凪沙が満足そうにしていたため俺達はここでゲームを終える事にした。

長瀬は少し悔しそうだったが、今は見なかったことにしよう。


 再び、ゲーセンの中を俺が適当に物色するのだが、正直ネタ切れに近い。

音ゲーはやらないし、レースゲームも数が合わない、地下のアーケードゲームはやるにはやるのだが何分民度が低いため凪沙にはあまり見せたくない。

 そんな中でどうしたものかと頭をひねっていると凪沙が指を指した。


 「あの、プリクラなんてどうですか?」

 壁際にピンクや白黒で彩られた直方体の機器が並び、その周りに中高生らしき女子が群がっている。

 凪沙も流石にプリクラくらいは知っていたのか普通に女子らしい提案をしてくる。

 その傍らで俺は咄嗟には長瀬に視線を合わせ自分の意思を示した。


 長瀬もそれに気づいてか、コクンと無言で頷き凪沙の手を取ってプリクラの機器に向かう。

 そんな振る舞いを見てか、凪沙も俺の考えをようやく理解してようだ。

凪沙は俺の方を少し寂しそうに見ているが、別に俺も凪沙と写りたくないわけではない。かといって写りたいわけでもないが…要するにプリクラに異性と写るとなるとそれなりに問題があるのだ。


 女子は割とプリクラなどを公にするし、なんでも世の中にはプリクラ帳なる代物もあるらしい。

凪沙がそんなのを持っているとは思えないが、何かの間違いで表沙汰になったら変な誤解を招きかねない。


 長瀬ならともかく、俺はクラスでもそれほど上位にいる人間ではないため凪沙そのものの評価を落とし得ない。

 だから、女子二人で行かせたのだ。

我ながら言い訳じみているが、注意はするに越したことはない。

今はまだ、何物にも染まっていたい大事な時期だ。

そんなことをグダグダ考えながら俺は自販機でお茶を買って一口含む。

 広がる苦味が今はすこしだけ救いになっていた。





二人は十分程で帰ってきた。

もっと時間がかかるものだと思っていたが、きっと凪沙が俺に気を遣ったのだろう。

 なにも急ぐ必要はないと思うが今は何も言わずに三人を連れてゲーセンを出た。


 「なんか腹減ったな。」

 「そうね、そろそろ良い時間かもしれないわね。凪沙さんはどう?」

 「はい、私も少しお腹が空きました。」


 昼時を回り始め、大通りはスーツ姿のサラリーマンが街を闊歩しだし今日一番の人の数だ。

半ばかき分けるように人の流れを割き、俺達は人の流れの少ない映画館の前で立ち止まる。


 「んで、どうする?」

 「この辺りには何があるの?」

 「そうだな、吉野家、すきや、松屋……」

 「同じものばかりね。」

 味が違うだろ。(真顔)

 「後は、リンガーハット、サブウェイ、マック」

 他にも色々名前を出してはみるが、どれも大手チェーンばかりで面白味がない。

 「どうせならもっと穴場みたいなのがいいと思うのだけど。」

 穴場か。

  天神には何度も来ているからそれなりに知ってはいるがどれも男臭い店ばかりだ。

 とそこで一つの店が頭をよぎった。

 「あっ、あったか」

 そう呟き、俺は歩みを再開させた。


その間に凪沙と長瀬が会話を進め、親睦を深めてた。

 「福岡はどうかしら?東京と比べて。」

 「人がそれほど多くなくて歩き易いですね。それとビルも低いので空が広く見えます。」

 「福岡は他の都市に比べて150万人位と人口もそれほど多くないし、空港も都会に近いから高層ビルも建たないのよね。」

 「「へえー」」


 凪沙と一緒に俺も驚く。

 「常識よ、こんなの。」


 といいつつ長瀬は赤面してそっぽを向いた。

こいつの羞恥スイッチがいまいちわからない。

 そんなやり取りをしながら歩くうちに、表通りから裏通りに入ったため人の数も一気に少なくなった。


 両脇に並ぶ店も大手のアパレルショップから個人経営の小さな店に変わっていく。

俺がそんな小洒落た道を歩いていると、間も無く行列のできた一件のカフェのような店に着いた。

なんでも最近できたパンケーキ屋のようで、並んでいるのは若い女ばかりだ。


 なんならこの店に入っても良いが当然のように俺はその店の脇を抜け、奥の小さなビルのテナントに入った。

 なぜパンケーキで並ばなくてはいけない。

そもそも俺ははちみつやメイプルが嫌いなのだ。


 だから目的はそのすぐ隣にあるこぢんまりした店だ。

飾り気のない外見に店の前にかかる暖簾、そこには黒い書体で「おいしいラーメン」の一言、紛れもないラーメン屋だ。


 凪沙はちょっと意外だったのか周りを見回し、長瀬は凛としている。

ここのラーメン屋は特に汚れが目立つわけではないが、都会の女子にラーメン屋を勧めるのはまずいとも思い躊躇はした。

だが、ここが一番福岡らしいくて味も良いし、何より安い。


 一杯二百八十円で腹いっぱい食べられる博多ラーメンは食べ盛りの高校生にとっては完全食ともいえる。

 だからこそ、やはり店内には野郎の姿ばかりが見える。

毅然とした長瀬の態度に俺はつい口を出してしまった。


 「意外だな、お前こういう店よりあっちの流行の店の方が好みかと思ったが。」

 俺の中で長瀬は潔癖なイメージあっただけにラーメン屋は嫌がるかと不安になった。

それにあっちの洒落た店のテラスなんかで流行のパンケーキでも突っついているのがすごい様になるなと想像したりもしたのだが…


 「流行物は廃り物よ、乗っかるしか能がない連中はいずれは消えるわよ、社会から。」

 辛辣にそう言い放つ長瀬、パンケーキに何か恨みでもあるのかよ…

 まあ、なんにせよ本人が言うならいいか。


 問題は隣の凪沙なのだが

 「博多ラーメンって初めてです、やっぱり福岡の人はよく食べるんですね。」


 目を光らせ店を眺めているの見るとこれも杞憂に終わったようだ。

 ならばと、俺は店のドアを勢いよく開け中に入った。

濃厚な豚骨スープの香りが出迎え、店員の活気のある声が店内に響く。

 まずここの礼儀として扉のすぐ横の券売機で券を買って、それを店員に渡す。

 その時に、麺の硬さを伝える。


 「針金。」

 ボソッとそう言う俺の姿を見て、他二人もそれを真似た。

 「針金で。」

 「は、針金でお願いします。」

 慣れない様子でそれを伝えて、隣の席に着く二人は早速俺に質問してきた。


 「それで、何、針金って?」

 「知らないで言ったのかよ。」

 流れで分かりそうなものだが、ラーメン初心者にはまだまだ未知の世界のようだ。ちなみに「針金」とは上から二番目の麺の硬さだ。一番上は「粉落とし」。


 俺が二人にラーメンの何たるかを丁寧懇切、熱意を込めて語っているとすぐにラーメンが来た。やはりラーメンは早い。

 三人分のどんぶりが各自の前に並び湯気を立てる。

濁った茶色のスープに、表面からは薄い肌色の麺が覗く。


 他には薄くて大きなチャーシューと細切りの青ネギだけがトッピングされ、定番の味卵やメンマは存在しない。

このシンプルさこそが博多ラーメンの醍醐味だ。


 そんなラーメンをまずは調味料を加えずに素の味を楽しむ。これは福岡人としての当然の嗜みだ。

蓮華で一口スープを啜って、舌をラーメン仕様にセットする。


 博多ラーメンは濃い口のため、いきなりズズっと胃に入れると、後々もたれてしまうからこうしてゆっくりと慣らしていく。

見た目にたがわぬパンチの効いた、それでいてしつこくないこってりスープを胃に流した次はいよいよ麺だ。


 ズルズルと小気味良く極細麺を口に含むと、濃厚なスープの絡まった麺がその弾力を歯に伝える。

やはり麺は硬い方が良い。歯ごたえがあって食べ心地がより増すから俺は好きなのだが、横の凪沙と長瀬はその動きを止めていた。

 おっと、初めての奴にはやはりハードルが高かったか、しかし硬い分には問題ない。


 「硬いなら少し待ったらいいぞ」

そう助言をして、俺は麺を啜る。

 ラーメンに限らずだが、麺類は浸せば伸びるため調整が効く。

少し時間を待てば彼女たちにもちょうどいい硬さになることだろう。


 そうやって三人で麺を啜ること数分、俺は替え玉までしたがそれでも食べるのが早いためか女子二人とほぼ同じタイミングでどんぶりを置いた。

後に残るのは満腹感と得も言えぬ充実感。

これだけで今日、天神に来た意味があったというものだ。

やはりラーメンは素晴らしい。

 俺の血液の半分はこの豚骨スープで出来ているといっても過言ではない。


 しかし、あまり余韻に長く浸っているわけにもいかない。

ラーメン屋は回転が命なのだ、長居は無用だ。

膨らんだ腹を抱えて店を出ると、外には既に小さな行列ができ始めていた。

もう少し来るのが遅かったら、やや面倒だったかもしれない。


 「美味しかったです、ラーメン。」

 「そりゃ、良かったな。」

 「他にも美味しいラーメン屋さん、教えて下さいね。」


 凪沙の舌には見どころがあるようだ。これならもつ鍋、餃子、水炊きにむっちゃん饅頭、ブラックサンダーといった数ある福岡グルメも順調に制覇できることだろう。


 「ああ」

 はにかむ笑顔を向けられ、まんざらでもない気になりつい安請け合いしたがホントに案内しなくてはいけないのだろうか。

凪沙が言うとやや社交辞令には思えないから、後日本当に連れていく羽目になりそうだ。

 それは勘弁してもらいたい。


 ありもしないそんな未来を想像し、一人悩み抜いているといつの間にか二人は三歩程前の方で盛り上がっていた。

お腹いっぱいで元気になったのかな。

 しかし、和気あいあいとするのは良いことだ。


 この午前中からの一連の出来事で凪沙も長瀬もある程度は心を許したように見える。

そのため、まだ余裕のなかった午前中と比べてその後のルートは淀みなく決まって行った。

長瀬が良くいくというアパレルショップや本屋、それと凪沙が目をつけ気になった雑貨店やアクセサリーショップ、それとまんだらけ。


 最後の以外は至って女子らしいセレクトのスポットを緩く浅く回って行った。

それにしてもまんだらけってなんだよ、凪沙が興味を持ったから入ったのはいいが、思わず懐かしのビックリマンシールとか見つけてつい買ってしまったじゃねえか。

 久しぶりにいい買い物をしてしまった。


 そうやってひとしきり天神内を散策し、俺も二人も手荷物が一杯になったため一度どこかで落ち着くことにした。

しかし俺は喫茶店はおろかスタバやドトールにすら入ったことがないため、そのあたりの判断は長瀬に丸投げする。


 そして選ばれたのが、古びた一軒の喫茶店だった。

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