第十三話


 私と魔人は一定の距離を保って相対しています。

 銀の武器を掲げ魔人の動きを束縛しているためか、魔人は慎重に行動しているようですね。

 更に私の赤い目が魔人の力を半減させていますしね。


 あの魔人の速度は異常でした。

 さっきジョニーさんと戦っていたのを、それなりに遠くから見ていましたけど、あの距離ですら目で捉え切れませんでしたし。

 ましてやこの近距離だと、何も出来ずに殺されていたでしょう。


 でも今は違います。

 銀とダークエルフの秘法で、魔人の力は思いっきり弱体化しているはずです。

 ならばまずは魔法からやってみましょうか。


「アオイが契約する、火の六階梯、永遠なる業火」


 私が生み出した火の弾がまっすぐ魔人へと向かいます。


「はっ、そんなひょろひょろした魔法が当たるかよっ!」


 言葉とは裏腹にスライディングするようにして避ける魔人。


 ……これこのまま魔法撃っていれば勝てる気しません?


「アオイが契約する、火の六階梯、永遠なる業火」

「アオイが契約する、火の六階梯、永遠なる業火」

「アオイが契約する、火の六階梯、永遠なる業火」

「ちょっ、ちょっと、タンマ!」


 次々と火の弾を魔人目掛けて投げてやります。

 はっはっは、私の前で踊るがいいっ!

 私は半分ハイダークエルフです。そうそう魔力切れなど起こしません。


「アオイが契約する、火の六階梯、永遠なる業火x10」

「だああぁぁぁぁぁ!!」


 切れちゃったのか、魔人は魔法に当たりつつもこちらへ向かってこようとしています。

 腕が頭が足が魔法に当たり炭化していきますが、瞬時に回復していきます。

 魔法のダメージよりも回復速度のほうが速いのですね。

 さすが四天王です。

 でもこっちにくればくるほど、銀の効果が強まってしまいますがね。


 しかし突然止まった魔人が、勢い良く腕を振り下げてきました。

 そこから出てきた魔力の塊がこちらへ飛んできます。


 先ほど上空から地上へ向けて撃っていたのはこの魔力の塊ですね。

 でもダークエルフの秘法で弱体化しているためか、その威力も宿から感じたほどではありません。


 戦斧でぺしっとその塊を叩き落としました。

 何だかハエたたきで叩いている気分です。


「なっ、ばかな。貴様、何者だっ!」

「ただのダンピールですよ?」

「ジョニーの兄貴を魅了して操り、更にオイラの魔力撃を叩き落すダンピールだと?! あの憎き二世どもですらそんな事は出来なかったぞ!」


 驚きを越して恐怖を訴えるような目の魔人。


 いや~、これは気持ちいいです。

 これこそワンサイドゲームというやつですね。

 圧倒的じゃないですか、我が軍は。


 私の赤い目が更に深紅、そして真紅へと染まっていきます。

 まだ月は天上に高く輝き、月明かりが私の黒い髪を撫でて、更に力を増幅させていきます。

 夜は吸血鬼の時間なんです。


 爛々と輝く私の目を恐れるように、魔人が後ずさりしていきます。


 さて、あまりいい気になると逆襲を喰らうのがパターンですよね。

 ここは手堅く攻めて行きましょう。


「はっ!」

「ぐあああぁぁぁぁ」


 足に力を入れ瞬時に魔人へと近寄り、その両足を戦斧で切り落としました。

 痛みにうごめく魔人。

 しかしその切り傷は回復するどころか、徐々に何かが浸食していっています。


「あなたも銀で切られるとと回復できなくなるんですねー」

「くっ、そ、そもそもダンピールのお前が、なぜ弱点の銀をそんなに振り回せる!」


 両手を使って必死に私から離れようとしている魔人ですが、銀の効果か思うように動いていない様子です。


「ていっ」

「ぎあああぁぁぁぁ!」


 次は魔人の羽を切り落としました。

 これで飛ぶことも走ることもできませんね。


「確かに私も痛いですよ? こんな近くに銀があるのですから。でも我慢できる範囲ですね」

「あ、ああ、あああぁぁぁぁ」


 うーん、さすがにこれ以上嬲る趣味はありません。

 一思いに両断してあげますかね。

 あ、でもこの魔人にも魅了って効くのですかね。

 やってみましょう。


魅了チャーム

「ひっ?!」


 彼はいやいやをするように首を振って、必死で私から逃げようとしています。

 魅了できたような気がしませんよね。

 失敗かな。

 じゃあさよならですねー。


 私は銀の戦斧を上へと掲げ、そしてそれを逃げる魔人の下へ落とし……。


「恐れながら我が女神よ」

「わっ!?」


 いつの間にかジョニーさんが近くまできて、私の腕を掴んでいました。

 でも何かをこらえるような表情をしています。

 ああ、そうですよね。彼も銀の効果を受けているのですから。


「どうして止めるのですか?」

「奴は元とはいえ我の仲間だった者。ここは命だけは助けて頂けないでしょうか」

「でもここで逃がしちゃうと、また世界樹を壊そうとしてきますよね」

「ふむ、我が女神はお気づきではありませんか? ラッキーのやつ魅了されておりますが」

「え?」


 でも彼は必死で私から遠ざかろうと這いずっていますよ?

 どうみても魅了に成功しているように見えませんが。


「恐れながら我が女神よ。いくら魅了したとはいえ、それを上回る恐怖を与えているから逃げようとしていると思われますが」

「……そ、そんなに怖かった?!」

「はい、正直別人のようでした」


 がーん、可憐な美少女冒険者のアオイさんが怖いなんて。

 今度から恐怖の美少女冒険者と変えましょう。


 ……やっぱいやですね。


「じゃあラッキーさんとやら?」

「は、はいっ!」

「死にたくありませんよね?」

「は、はいっ!」

「私の言うこと聞いてくれますか?」

「は、はいっ!」

「同じセリフばかりですが、あなた大丈夫ですか?」

「は、はいっ!」

「私は可憐な美少女だと思いますか?」

「…………」


 なぜ黙る。


「やっぱり殺しましょう」

「お、お待ちくだされ我が女神よ! お、お前も反省せぬか!」

「はっ、我が暗黒神よ! どうか私めにチャンスを下され!」

「…………暗黒神って」

「あそこまでの残虐性、魔人王をも上回ります。このラッキー甚く感銘を受けました。ぜひあなた様の配下に!」


 褒められているのですか?


「じゃあまず自己紹介をお願いします」

「……は?」

「私の配下になりたいとの事ですが、その理由は? それと今までの仕事にどのような不満をもっていましたか?」

「え、えっと……」

「私があなたを配下に加えた場合のメリットは何でしょうか?」

「そ、その……」

「お答えできないようですね。あなたクビです」

「ちょっ!」


 どこの企業にも受かりませんよ、それでは。


「とまあ冗談はおいときますか」


 そして私は銀の戦斧をポーチに仕舞いました。

 周りの空気が一気に代わり、身体が動きやすくなった気分です。


「さて、ジョニーさん」

「はっ! 我が女神よ」

「あれ、背負ってって、先に宿へ戻っていてください」

「ありがとうございます、我が女神よ! お前も礼を言わぬか!」

「ありがとうございます! 今後我が暗黒神にオイラの全てを捧げます!」


 ……正直いらない。


「いいからさっさと行ってください」

「はっ、いくぞラッキー」

「はい、ジョニーの兄貴」


 そしてジョニーさんはラッキーを背負って飛んでいきました。

 うーん、ちょっぴりやりすぎちゃったみたいですね、てへぺろ?

 さて、リーンさんとお話してきますか。

 一応依頼は達成したことですし、依頼料をがっぽり頂きましょう。


 それにしてもおかしいですね。

 確か私の目的は処女の美少女を集めてハーレムを作るはずだったのですけど、なぜ魔人を二人も仲間にしたのでしょうかね。

 そのうち四天王全員集めそうな予感がしますよね。


「あの……」


 リーンさんが声をかけてきました。

 未だ爛々と真紅に輝く私の目がリーンさんの姿を捉えました。


「ひっ?!」

「リーンさん、一応これで依頼は達成でよろしいですか?」

「は、はい」


 どうしてリーンさんは私が近づくたびにちょっとずつ離れていくのですか?

 何だかすごく怯えられています。


「それで、依頼料のことですけど……」

「い、言い値で」

「そうですか、えっと魔人ということで災害クラスの魔物と仮定すると、いくらなんでしょうかね」


 Sランクのリッチが二百万ギルでした。

 それを上回るのですからね。五百万くらいでしょうか?


「そ、その銀の戦斧と更に三千万ギルでいかがでしょうか」

「そんなにっ」

「ま、まだ足りませんか?! こ、これ以上はエルフの里の蓄えが」

「いえいえ、違いますっ! えっと五百万ギルでいいですよ」

「ご慈悲をありがとうございます!」


 他のエルフさんたちも私を遠巻きにしています。

 でもいざ族長の危機とあらばわが身を犠牲に、という雰囲気です。


「えっと、みなさん。そこまで私を怖がることは……」

「い、いえいえ。とんでもございません! 怖がってなど」


 めちゃ怖がってますよ。


「え、えっとじゃあお金はラルツの冒険者ギルド経由でお願いできますか?」

「わかりました」

「で、では私はこの辺で……」

「はい、ありがとうございました」


 私は地面を蹴ってアーバンの宿まで戻りました。

 わーん。私の可憐なイメージが根こそぎ消えちゃいました。

 暫くエルフの里にはいけませんね。くすん。




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