第十二話


 ドオォォォォン!


 真夜中、アーバンの宿で寝ていると、どこか遠くで爆音が鳴り響きました。

 そして地響きが伝わり、宿がゆらゆらと揺れました。


「なっ、何が起こったのですかっ?!」


 私はベッドから飛び起きて窓を開け外を見渡しました。

 すると、エルフが住んでいる森の一部から真っ黒な煙が立ち上っているのが見えます。


「我が女神よ、起きていらっしゃいますか?」


 その時、部屋のドアがノックされジョニーさんの声が聞こえてきました。


「あ、はい。起きていますが、何が起こったのでしょうか」

「失礼」


 彼はドアノブをいとも容易く壊して、部屋の中へと入ってきました。

 あの、わざわざ壊さなくても開けるのに……。


「我が女神よ、少々緊急事態が起こった模様です。どうやら森の中央辺りで何者かが戦闘を行っているように感じられます」

「え? そ、それは?」


 森の中って、ひょっとしてエルフ?

 エルフの里に誰かが戦闘を仕掛けたのでしょうか。

 でもエルフ族は、ダークエルフも含めほぼ全員魔法の使い手です。

 身体が華奢な分、魔力は人間の何倍もある種族です。

 そんな彼らが住む里を襲うような、敵って居るのでしょうか。

 更にドワーフも何人か住んでいるはずです。

 彼らの頑強な身体と、エルフの魔法があればSランクの魔物だって狩れると思います。


「行ってみますか?」

「もちろんです」


 ジョニーさんの問いかけに、私は大きく頷きました。

 どうせエルフの里を訪れるのですから、彼らの住んでいる場所が明確に分かる今ならある意味チャンスとも言えますしね。

 そして再び爆音と地響きが届きました。


「少々急ぎましょうぞ」

「はい、お願いします」


 私はジョニーさんの肩にのって、窓から外へと文字通り跳んで行きました。

 出るときに少し頭を打ちましたが……。いたい。


 煙の出ている方角へ向かって、飛ぶようにして跳んで行くジョニーさん。

 木の太い幹を蹴って跳んでを繰り返しています。

 今まで地上を走っていたときとは比べ物にならない速度です。

 でも蹴った瞬間、ミシミシと木の軋む音が背後から聞こえてきていますけどね。やりすぎると環境破壊ですね。


 肩に乗りながら煙の方角を目を凝らして見ると、光が飛び交っているのが分かりました。

 エルフ族は風と光の魔法を好んで使うと聞いたことがあります。

 あれは戦闘でしょう。魔法の光ですよね、あれ。


 一歩蹴るごとに何百メートルもの距離を駆け、適当な大きさの木がなければ背中の翼が風を切って滑空していきます。

 だんだんと戦闘の様子が見えるようになってきました。


 どうやら何者かが空に浮いて、そこから何かの魔法を撃っているのが見えました。

 それと共に地上からいくつもの光が空へと撃ち出されています。

 と、突然ジョニーさんが大きな木の枝に止まりました。


「どうしたのですか?」

「我が女神よ、あなたはここに居てください」

「え? なぜ?」

「あの空にいるものは、魔人……ラッキーです」


 ……ああ、クイックのラッキーさんでしたっけ。

 名前がアレなんで思わず噴出しそうになりました。

 ……あれ?

 ラッキーって魔人の四天王ですよね?

 彼らは魔大陸で真祖の血族かぞくたちと戦っているのではないのですか?


「ど、どうしてこんなところに……」

「それは直接聞けばわかります。今は我が女神の安全が優先ですので、ここでお待ちくだされ」


 ジョニーさんのいつにない真剣な目が私を捉えました。

 確かにジョニーさんに劣るとはいえ、真祖の二世数人と一万年以上戦っている魔人です。私がいっても足手まといですよね。


「……わかりました。では私はエルフたちに会ってきます」

「それは……。ラッキーの奴に気取られないようにお気をつけ下され」


 私の行動を否定しようとしたのでしょうけど、私だって一応A-の冒険者です。

 ジョニーさんの戦いの邪魔にならないようにすることくらいは出来ます。

 それを感じとったのか、ジョニーさんは納得してくれました。


「はい、分かっています」

「くれぐれも慎重に行動してくだされ。では行ってまいります」


 ジョニーさんは肩から私を下ろし、念を押して再び跳んでいきました。

 さあ私は地上を走ってエルフさんたちと合流しましょう。



 私が激しい戦闘が行われていた場所にたどり着く頃、上空ではジョニーさんがラッキーという魔人と戦っているのが見えました。

 なにやらラッキーのほうがジョニーさんに叫んでいるように聞こえます。

 まあそりゃあ元四天王同士ですし、ラッキーから見れば何故戦わなければいけないのかわけがわからない、という感じなのでしょう。


 ジョニーさん頑張ってください。

 そう心の中で応援をして、私はエルフたちが集まっている場所へと駆け寄りました。


「なんだ貴様はっ!」


 さすがにさっきまで戦闘をしていたせいか、空気がぴりぴりしています。

 また困惑気味の人も多くいます。

 私へ向かって叫んできたエルフが詰め寄ってきました。


「私はラルツ所属のA-冒険者アオイです。みなさんの手助けに来ました」

「む、冒険者か。しかしお前はダンピール。しかもダークエルフだと?」

「はい、ダークエルフの族長エピラさんに紹介されて来たのですが」

「エピラ様から? ふむ、貴様は何者だ?」

「何者と言われましても、私はアベリア=シルフィードの娘でダンピールです」

「…………っ?!」


 驚きに満ちた目です。

 でも今はそれどころじゃない気がしますよ?


「そんな事より、今は上にいる魔人をどうにかしなければなりませんよね」

「あ、ああ。そうだな」

「幸い今は私の仲間の魔人が、あの魔人を抑えています。今のうちに避難しましょう」

「いや我らはここを離れることはできない」

「なぜですか?」


 私が問いかけると、彼は後ろを振り向きました。彼の視線の先にはとても大きな木が一本立っています。

 どこかで見たことのあるような木ですね。

 私の疑問に答えるようにして、彼は呟きました。


「世界樹だ」


 あっ。

 そうか、世界樹ですか。

 魔人の狙いはそれですか!

 世界樹の根はこの大陸中を覆っています。

 その世界樹がもしなくなれば、土台がなくなるのと同じで大陸が海に沈んでしまうと、以前アリスさんが言っていました。


「では私の仲間の魔人が勝つことを祈っていましょう」

「それよりなぜダンピールの貴様……いやアベリア様の子だったな、アオイと言ったか、それが魔人などと一緒にいるのだ?」

「彼を魅了しましたから」

「魔人を魅了?!」


 ふふふ、驚いていますね。

 私もなぜ効いたのか不思議ですけど。


「どうしました? 何かありましたか?」


 そこへ一人の女性が近寄ってきました。

 二十歳前後の落ち着いた、まるで人生を達観しているような雰囲気の人ですね。

 どことなく親近感が沸きますが。


「こ、これは族長! ここは危険ですので安全な場所に居てください」


 さっきとは打って変わったようなエルフさんの態度です。

 そうか、この人がエルフ族の族長で、私のかーちゃんとエピラさんの姉リーンさんですか。


「私より世界樹のほうが大切ですよ? 私も世界樹を守る必要があります。それと、その子は?」

「あ、はい。私はアオイと申します」

「アベリアの匂いがしますね。もしかしてアベリアの子ですか?」

「は、はい。そうです。多分」

「そうですか。あの子もとうとう子供を……。ダークエルフに堕ちたのに頑張りましたね」


 なんでしょうかね。このご近所の年配の方と話しているような感覚は。

 見た目二十歳前後ですが数千年は生きている感じです。


「でも捨てられちゃいましたけど」

「捨てられた、ですか?」

「はい、どうやら望まれない子だったらしくて」

「あの子が自分の子供を? しかもダークエルフという子供を産めない種族だというのにですか」

「まあその話は置いておきましょうよ。それより魔人をどうにかしないといけないですよね」


 また私達の上空ではジョニーさんとラッキーの戦いが続いています。

 ジョニーさんはラッキーの素早い動きに翻弄されて、一方的に攻撃を受けています。

 でもさすが筋肉ですね。

 全くダメージを受けている様子はありません。


「あの魔人はあなたが魅了したと先ほど言っておられましたね」

「はい、なぜか知りませんけど」


 首を真横に振るリーンさん。


「魔人は魅了など効くはずがないのです。彼らはそもそも魔に堕ちた存在ですし、誰かの虜になるような感情を持つ者たちではありません」


 と言われましても。私も何故効いたのかさっぱりわからんとです。


「うーん、なぜか効いてしまったんですよね。元々あのジョニーさん、あの戦っている魔人の名前ですけど、ダークエルフの里に封印されていたんです」

「確か二千年ほど昔に魔人を封印したとエピラから連絡がありましたね」

「はい、そこでエピラさんに封印された魔人、ジョニーさんの退治をお願いされたのですが、結果は見ての通り私が魅了してしまって、今は二人で行動しています」

「不思議ですね。それはそうと、あなたもしかしてダークエルフの秘法を身に受けましたか?」


 この人見ただけでわかるのですかっ?!


「あ、はい。元々エピラさんに会いに行ったのは、この秘法とやらを得るためでしたので」


 正確には二世のレムさんに唆されただけですけどね。


「ならば使い方はエピラから教えてもらいましたか?」

「いいえ」


 使い方ってそんなものあったのですか。

 単にダメージが半分になるのではなかったのですかね。

 まさかモードチェンジなど、何らかのキーワードを唱えないと発揮しないとかありえそうですけど。

 マニュアル欲しいです。


「あの子ったら肝心なことを説明しなかったのですね」

「えっとそれでどう使えばいいのですか?」

「元々ダークエルフの秘法は、魔眼を得るためのものです」

「魔眼?」

「その眼を使うことにより、魔人の能力が激減されます」


 な、なんと。ダメージ半分じゃなく、相手の能力を半分にするのですか。

 確かにそれならば寿命半分になるデメリットも大きくありませんね。


「あなたの瞳にはその秘法が宿っています。難しいことはありません。魅了を使うように魔眼で相手の目を見れば良いだけです」

「あ、それならば簡単ですね」


 と私が頷いた直後、戦いの余波なのか、凄まじい爆音がすぐそばで起こりました。


「ここは危険です。さすがにあれをまともに喰らえば私はともかく、エルフさんたちではどうしようもないと思いますし、逃げたほうが良いのではないでしょうか」

「そうですね。ではアオイさん、あなた冒険者ですよね?」

「はい、そうですけど」

「ならば私たちエルフ族からの依頼です。あの魔人を討伐して欲しいのですがよろしいですか?」


 ちょっ。


「さすがに私でもアレには勝てませんよ」


 私がジョニーさんと戦ったとき、彼は全然本気を出していませんでした。

 それでも私は全く歯が立たなかったのです。

 そのジョニーさんの本気を相手にして、これほど長時間戦えるラッキーという魔人も強いと思います。


「いえ、あなたの瞳と、そしてこの武器があれば」


 と、自分の長いスカートの中から大きな戦斧を取り出したリーンさん。


「あの、どこからそれを?」

「エルフ族の秘密です」


 エルフ族は様々な魔法があると聞いていますけど、そんな手品のようなものってありましたっけ。

 というか、その戦斧の刃が眼に痛いです。沁みてきます。

 もしかしてそれって……。


「この斧の刃は銀が混ぜられています」

「うっきゃぁぁぁ~?!」


 吸血鬼にとって銀は大敵ですっ。

 超回復能力を持ちそうそう死ぬことのない吸血鬼にとって、唯一の弱点と言えるのが銀です。

 これで切り付けられたら、回復能力も効果なく徐々に滅ぼされてしまいます。


「あなたダンピールですよね。銀の効果も半分のはずですから、我慢すれば使えますよ?」

「そ、それは純吸血鬼に比べればそうですけど……」


 吸血鬼ならこんなすぐ側に銀があれば、脱兎のごとく逃げ出すでしょう。


「銀は吸血鬼だけの弱点ではありません。魔に堕ちたものすべてに等しく弱点となります」

「ということは、それって魔人にも効く?」

「はい、その通りです。これを授けますのでどうかあの魔人を滅ぼしてください」


 そういって手渡ししてくるリーンさん。

 ぞわぞわと鳥肌が立ち、力が若干抜けていく感じがします。

 呪いの武器ってこんな感じなのでしょうかね。

 でも我慢すれば使えなくはないですね。


「そ、それは良いのですが、なぜあなたがこの武器を使って戦わないのですか?」

「それは元々ドワーフが作ったものです。私たちには重くて使うことができません」


 ああ、ドワーフ族のものですか。確かにドワーフの武器といえば戦斧ですよね。

 あれ? そういえば肝心のドワーフはどこにいったのですかね。


「ドワーフは今全員外出しています」


 私の疑問をリーンさんはあっさりと解消してくれました。


「こ、この肝心なときに外出中ですか」

「何でも持っていた鉱石が無くなったらしく、彼ら全員で山篭りをしにラルツ北部の山脈へと向かいました」


 ラルツ北部の山脈って、あのSランクがうようよいる山ですよね。

 確かにあの山なら掘れば鉱石が出てきますけど。


「今、この里にはその武器を使えるほどの戦士はおりません。ですからあなたに依頼をしました」

「……はい、わかりました」


 リーンさんから戦斧を受け取りました。

 そして軽く振ってみます。

 あまり武器を直視は出来ませんが、静御前のほうが重く扱いやすいですね。

 でも贅沢は言ってられません。

 こう見えても斧を使ったことはあります。

 森の中できこりが忘れていったのか、斧があったのを拝借したのです。

 錆びて切れ味はよくありませんでしたが、タダでしたからね。


 よし、何とかいけるかもです。

 上を見上げると未だジョニーさんとラッキーは戦いの真っ最中。


「目から冷凍ビーム!」


 ラッキー目掛けてビームを一閃!


「ぬおっ?!」


 惜しくも避けられましたが隙ができました。

 その隙を見逃すジョニーさんではありません。

 轟音と共に放ったパンチが見事ラッキーのおなかを直撃し、直視してはいけない姿に変わりました。

 二つに破裂した魔人はそのまま落下していきます。

 地上へ激突した魔人の元へダッシュで向かうと、既に修復した魔人がよろめきながらも立っていました。


「今の地上からの攻撃は貴様か。ってダンピール?」

「我が女神よ! 危険ですからここから離れてください!」


 そこへ上から降りてきたジョニーさんが私の前を塞ぐようにして、魔人と対峙しました。

 睨み付けるように私を見てくる魔人ラッキー。


「女神? なるほど、兄貴がおかしくなったのは貴様のせいか!」

「兄貴って……」

「まさかダンピールごときに魅了されるなんて。兄貴、あんたは魔人の誇りがなくなったのか?」

「ふっ、貴様には分からぬか? 我が女神の神々しいまでのお美しさを?」


 そこまで言われるのは恥ずかしいですよ。

 憎々しげに私を睨む魔人。


「そうか、魅了を使ったのがお前なら先にお前を殺せば兄貴は元に戻るよな」

「そうですね、それがあなたに出来るのなら!」


 私の赤い目がラッキーの新緑の瞳を見据えました。

 すると、途端に脱力したかのようにひざを屈しました。


「こ、これは? 何だ、力が抜けて……いく?」


 効いてる効いてる。

 ふふふ。

 そして先ほどリーンさんから貰った銀の戦斧を手に掲げました。


「くっ、それは銀?!」

「ぬおっ!」


 効いてる効いてる。

 ジョニーさんにまで。


「ジョニーさん、一旦離れていてください。あの魔人は私が倒します」

「し、しかしっ」

「これは主命令です。ジョニーさんはここを離れていてください」


 不死同士の戦いほど不毛なものはありません。

 互いに死なないのですから。

 このままだと、二人の魔人の戦いの余波だけで森が壊滅してしまいますし、万が一世界樹が壊されてしまったら元も子もありません。


「わ、わかりました。我が女神よ。お気をつけください」

「大丈夫です。私にはこの武器と秘法がありますから」


 そしてジョニーさんが離れたあと、歯を食いしばって立ち上がってきたラッキーと立ち向かいました。


「やっかいな武器と変な能力を持っているようだが、ダンピールごときに倒されるオイラじゃねえ」

「苦しそうですねー。今楽にして差し上げますから」

「なめんじゃねぇ!!」


 怒りの形相をする魔人を鼻で笑った私は一言、告げました




「ここから先はずっと私のターンです!」


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