第四話


「それでは、後ほどサラさんというダークエルフがいらっしゃるのですね、もぐもぐ」

「はい、もぐもぐ、ごくん。アリスさんも立ち会ってくださいね、もぐもぐ」

「私もですか? お邪魔じゃないのでしょうか? もぐもぐ」

「アリスさんは私の血族かぞくですから隠し事はしたくないですしね、もぐもぐ」


 二人とも夕ご飯抜きでしたから、食が進んでいます。

 アリスさんも珍しく食べながら話していますしね。


「朝から豪快な食べっぷりだな」


 酒場兼宿屋のマスターが、私たちの食べ方を見て話しかけてきました。

 そんなに豪快ですかね。


「あはは、これおいしいです」


 と、焼きトウモロコシみたいなのを手に持ちました。

 お上品にナイフとフォークを使ってなんて面倒なので、そのままかぶりついています。


「この森で取れる名産品だよ、それは」

「おおー、それはぜひ一tくらいお土産に欲しいですね、もぐもぐ」

「さすがにそんなには無いな」

「このスープもおいしいですよね」

「木の実を溶かして煮込んだやつだ、なかなかイケるだろ」

「とってもおいしいです、おかわり希望ですっ!」

「ちょっとまってろ、大盛りにしてやるから」


 食は人を和ませますね。



「食べ過ぎましたー」

「はい、私もあんなに食べたの始めてかも」


 アリスさんと一緒に部屋へ戻った後、私はだらしなくベッドに転がっていました。

 食っちゃ寝生活って素敵ですよね。


「それで、サラさんってどんな人なのですか?」


 ベッドの上で転がりながら運動をしていると、椅子に座ったアリスさんが神妙な顔つきで見てきました。


「んー、ぼんきゅぼん?」

「…………?」


 どうやら通じないみたいです。


「よく分からない人ですねー」

「そうではなくて、確かアオイさんって初めて同族に会ったのですよね?」

「はい、そうですが」

「そもそもアオイさんって秘密が多いです。隠し事しないって言ってくれたのですから、ぜひこの機会にお話してください」


 あー、そうきましたか。

 話をしてもいいのですが、異世界からの転生者です、なんて言っても信じてくれなさそうですよね。アリスさんって現実主義者っぽい雰囲気ですし。

 それに、生まれたばかりの頃から記憶があるということも。


 うーん、取りあえずですが一部だけお話しますか。


「えっと、じゃあ私の血の話をしますね」

「血ですか?」

「はい、実は……」


 とその時、部屋のドアがノックされました。

 あらら、タイミングが悪いですね。


「サラさんですかね」

「その話は後でお願いします」


 そう言うと、アリスさんは扉を開けに行きました。

 私もベッドの上で寝転がっている場合ではありませんよね。

 先方に失礼ですし。

 でもベッドの上、天国です、離れたくないです。


「失礼しますっ! 私はサラという冒険者ですが、アオイ殿を尋ねに来ましたがご在籍でしょうか」

「はい、アオイさんから聞いていますよ、どうぞお入りください」

「はっ、失礼します!」


 態度変わってないですね。


「アオイさん、いくらなんでもベッドの上は失礼ですよ?」

「はーい」


 そう言われた私は、渋々とベッドから降りて椅子に座りました。


「サラさんもどうぞ」

「いえ、あたしは立ったままでかまいません!」

「座れや」

「はいっ!」


 私がドスの聞いた声で言うと、サラさんは電光石火のごとく椅子に座ってくれました。


「アリスさん、すみませんがお茶もう一杯、酒場のマスターから貰ってきていただけます?」

「ええ、分かっていますよ」

「おかまいなくです!」

「私が飲むお茶を頼んだのですが何か?」

「あう……失礼しました!」


 うわ、何かSっ毛が疼きますねこの人。


「アオイさん、意地悪しないように」


 そう言ってアリスさんは部屋を出て行きました。

 さあ今のうちですね。にやり。


「冗談ですよ。私がお呼びしたのですから、サラさんはお客さんです。それに今日は色々と聞きたい事がありますし」

「あたしが知っている範囲であれば、何でもお話いたします」


 ほほー、何でも話してくれるのですね。

 それでは一番聞きたいことを尋ねてみましょう。



「ではサラさんは処女ですか?」



 私の質問にしばし絶句するサラさん。


「……は? 今何とおっしゃられましたか?」

「ですから、サラさんは処女ですか?」


 みるみる真っ赤になっていくサラさん。


 こ、これは楽しいですっ! 見た目に反してずいぶんと初心ですなぁ。


「処女であれば、ぜひ一口でいいので血を吸わせてくださいっ」

「えっと、それは……その……あの……」

「先ほど何でもお話していただけると聞きましたけど」


 ダークエルフの血は飲んだことがないのですよ。ぜひこの機会に味見だけでもしたいですよね。じゅるり。


「あう……はい、そうです……」


 どんどん声が小さくなっています。


「ん~、きこえんなぁ」

「は、はい。そうです……」

「そうですかっ! それでは腕を出して……いたっ!」


 頭を思いっきり殴られました。


 目から星が飛びましたよっ?! ちかちかしますっ!


 振り返るといつの間にか戻ってきたアリスさんが、すばらしい笑みを浮かべて立っていました。

 しかも彼女の周りから、どす黒いオーラを発しているのが見えます。

 視線で人を殺せるのなら、アリスさんは世界一の殺し屋になれますね。


「……いい加減にしましょうね、アオイさん」

「はい、ごめんなさい」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「そ、それでは改めて自己紹介をしましょう」


 まだ目から涙が止まりません。頭がずきずきします。アリスさん容赦ないですね。


「あたしは、この町ミヤキスを拠点としている迷宮都市アークの冒険者ギルド認定C+のサラ=カリスティールです」

「私はアリス=シーレイスと申します。ラルツの駆け出し冒険者で、ここにいるアオイさんの血族になります」

「おお、アリス殿は吸血鬼でしたか。しかもアオイ殿の血族とは」


 牙生えているの見えていないんですかね、このダークエルフさんは。

 M属性に加えてどじっ娘認定しますよ。


 さて、次は私の番ですね。ちょっぴり驚かせて上げましょう。


「そして私が可憐な美少女冒険者のアオイ=ハタナカです。真祖吸血鬼ガーラドとハイダークエルフのアベリアとの間にできたダンピール、だと思います」


 私がそう言うと、二人は固まってしまいました。

 そしてたっぷり数秒後、二人とも同時に声をあげました。


「しっ、真祖吸血鬼?!」

「えええ?! ど、どういうことですかアオイさんっ!」

「どうにもこうにも、そのままの意味ですよ。捨てられましたけど」

「私、初めて聞きましたよ?」

「黙っていてごめんなさい。アリスさんには隠し事はちょっぴりしかしない事にしましたので、お話しました」

「ちょっぴりではなく、全部洗いざらい吐き出してください」

「そっちの件は後でお話しますね。とにかくまずはサラさんにいくつかお尋ねしたい件があるのです」


 転生の話はいずれです。


「は、はい」

「ではまず、うちの馬鹿親のアベリアは今どこにいますか?」

「アベリア様は数百年前、魔大陸へと渡ってから消息不明になっています」

「次にサラさん、アベリアと真祖吸血鬼のガーラドが結婚、あるいはそれに類似したような仲という事は、ダークエルフの里では知られていますか?」

「知られていないと思います。あたしも今はじめて聞きました。けど、族長なら知っているかも知れません」


 族長……?

 ダークエルフの族長というからには、ハイがつくのですかね。

 となると、かーちゃんの親族でしょうか。


「族長のお名前は何でしょうか」

「エピラ=シルフィード様です、アベリア様の妹君に当たります」

「……あれ? じゃあアベリアってもしかして、魔大陸に渡る前は族長だったのですか?」

「はい、四百年ほど昔までは族長でした」


 ダークエルフを率いる族長が、一族を捨てて魔大陸へと駆け落ちですか。

 なんともはた迷惑な親ですね。

 というか、サラさんって意外と年食ってるのですかね。


「サラさんはアベリアに会った事はありますか?」

「はい、あたしが小さい頃によく面倒を見ていただいていました」


 となると、サラさんは最低でも四百歳以上ですか。

 さすが長寿のダークエルフですね、四百歳を超えるようなお年にはとても見えません。


「あとは、魔人って知っていますか?」

「はい、赤い月に当てられて魔に堕ちた人間の事です」

「じゃあ吸血鬼、というか真祖が魔人と敵対しているのも?」

「知っています。というよりも、魔人が全種族を敵にしていますから」


 何となくですが、元の世界でいう悪魔とか魔王の配下っぽいですね、魔人って。

 ……じゃあ魔人の一番お偉いさんが魔王?


「魔人のトップって誰なのか知っているのですか?」

「魔人王とだけしか知られていません」


 ……いるのですか。まったくベタな展開ですね。

 きっと魔大陸にいる真祖吸血鬼全員が魔人王とやらと戦っているのでしょう。

 ということは、うちの親は魔人王と戦っているのにも関わらず、私を生んだってことですよね。

 でも戦うのに忙しくて育てられないから、私を捨てたのでしょうか。


 うわー、ものすごく腹が立ってきました。

 一発どころか百発くらい殴りたいですね。


 でもサラさんには粗方聞きました。

 あとはそのダークエルフの族長、エビラさんって人に会いたいですよね。


「じゃあ最後にサラさん」

「は、はい」

「お時間の空いているときでかまいませんので、私たちをダークエルフの里へ案内してくれますか?」

「はいっ! では今すぐに!」


 まてまて。そこまで急いでいません。


「お時間のあるときって言いましたよね。サラさんはパーティーを組んでいるのですし、話す必要があると思いますが」

「全力で急いで早急に説得してみせますっ!」


 これはダメですね。仕方ありませんね。


「私たちも同席しますから。ね、アリスさん」


 ずっと黙って優雅にお茶を飲んでいるアリスさんに話を振ってみます。


「アオイさん。サラさんにダークエルフの里まで護衛の依頼をすればいいのではないでしょうか?」

「あっ、そうですね。その手がありましたか。さすがアリスさん、賢いっ!」


 確かにサラさんは冒険者ですから、依頼をすればパーティーとの揉め事もなくなりますよね。

 

「ご配慮ありがとうございます! ではご依頼を受けさせていただきます!」

「あとはダークエルフの里までどのくらい距離がありますか?」

「森に慣れていれば二日、普通の人であれば四日くらいです」

「依頼料についてはC+ランクですと、一日二万ギルあたりが相場かと思います」


 往復で八日、滞在期間を三日として、二十二万ギルですか。

 それにしてもさすがギルドの受付嬢です。相場をしっかり把握していますね。

 アリスさん、頼もしすぎですっ。


「いえ、タダでかまいません!」

「冒険者ギルドに在籍する以上、依頼料は必須になります。アークのギルドも同じかと思います」

「そう言われると、冒険者としてタダではまずいですね。分かりました」

「では後ほどサラさん個人宛てにギルドを通して依頼しますね。一応出発は明後日にしましょう」

「ではそのように予定しておきます!」



 こうして明後日、ダークエルフの里に行くことになりました。

 さて、私は何を得ることができるのでしょうかね。




 その日の晩、私はアリスさんに詰問されていました。


「さてアオイさん、洗いざらいお話してくださいますよね?」

「あぅ~、アリスさん怖いっ」

「いいからお話してください」

「えっと、まだ心の準備が……」

「ごまかす気ですか?」

「いいえ、とんでもないっ」

「魔大陸の事は私も少しは知っています。オーバークラスの魔物がたくさんいるところですよね。そしてアオイさんは捨てられたと。一体どうやって小さい子供がそんなところで生き延びたのでしょうか。それ以外にも全く聞いたこともないような色々な食べ物の事を知っていますし、たまに意味不明の単語も言いますよね。正直私はアオイさんが未来から時間を跳躍してきたと言っても信じられるくらいです」


 あぅ~、転生とか話してもいいのでしょうか?

 変な子扱いされそうですよね。

 時間跳躍よりも、もっともっと信じられないような事でしょうし。


 私は困ったまま、アリスさんを見上げました。

 すると彼女は私を優しく抱きしめてきました。


「アオイさん、私はあなたが心配です」

「……アリスさん?」

「アオイさんが一体どのくらいの秘密を抱え込んでいるのか、そして私の前から消えてしまわないか、とても心配です」

「き、消えませんよ! 私のたった一人の血族かぞくを残して消えません!」


 あう~、涙腺が決壊しそうです。


「私にもアオイさんの抱え込んでいる秘密を分けてくれませんか? そうすれば少しは軽くなりますよね」

「……抱え込んでいるわけじゃ」

「アオイさんがたまに別人のように感じられる時があります。まるで誰かに操られているような、そしてそのまま消えてしまうような」

「…………っ!」

「まだお話できないなら、今はいいです。いつか話してくれる時まで待っていますから」

「は、はい。アリスさんごめんなさい」

「私はずっとアオイさんとお友達ですよ? それだけは忘れないでください」

「はい……ごめんなさい、ごめんなさい」



 そしてその日は、アリスさんにずっと抱きかかえられたまま夜を過ごしました。

 心に闇(ダーク)を抱えたまま。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る