第五話


 鬱蒼と茂る木々、天からの光は殆ど入ってこない真昼でも薄暗い森の中を、私たち三人は歩いていました。

 あちこちから奇妙な鳴き声が聞こえてきていますが、そちらに視線を移しても何も見えません。


 さしずめホラー映画でよくあるシーンのようです。

 女性三人ですし、私たちは前菜でやられてしまう役ですかね。


 ……吸血鬼一名、ダンピール一名いますから、どちらかと言えば適役ですか。


 私は足元に注意しつつ、アリスさんと手を繋ぎながら慎重に歩いています。

 そして二人の前を歩くのはもちろんダークエルフのサラさん。

 さすがダークとはいえ純なエルフさんです。

 これだけ歩きにくいところでも、迷いもなくすいすいと平地のように歩いてます。

 また、たまに立ち止まって周囲を警戒しています。

 C+冒険者ですから、それなり以上に腕は立つのでしょう。



 ミヤキスの町を出てから三日目。森に慣れないアリスさんがいるとはいえ、そろそろ里の近くにつくはずです。


 でも……さっきから妙な感覚が私を襲ってきています。

 まるで同じところをぐるぐると回っているような。


 ダークエルフの里というからには、里の近辺には何らかの結界があって、関係者以外立ち入り禁止になっているのでしょうか。

 よくあるパターンとしては、永久ループですよね。

 あとは方向感覚を狂わせるとかもそうですし。


 でもサラさんは里の出身者ですしね。私の感覚なんて、純な人の半分ですしね。

 きっと気のせいでしょう。



 そして暫くしたあと、またサラさんが立ち止まりました。

 しかも今度は私たちのほうを見て、なにやら手招きをしています。


 ふむ、魔物でも近づいているのでしょうか。

 でも私の感知魔法には全く反応はありません。

 となると、私が感知できない高レベルの魔物でもいるのでしょうか。


 彼女はこの森で生まれた、いわばプロです。私よりも遥かに感知能力が高いはず。

 ここは慎重に行動しなければいけませんね。

 ダークシーカーやインビジブルストーカーなどの姿が見えない魔物だとやっかいですしね。


 私は全身を使って集中し、また聴力も上げます。

 人よりも長い耳が、まるでアンテナのように周りの音を拾い始めました。

 でも特段怪しい音もありません。


 ゆっくりと、そしていつ魔物が襲ってきてもいいように集中してサラさんの元へと移動し始めます。

 時間をかけて彼女の側へと近づいたとき「アオイ殿」とささやくような小声で話しかけてきました。


「どうしましたか? 魔物でもいました?」


 私も小声でサラさんに返すと、さらに周囲の音を聞き逃さないよう集中力を高めます。

 しかし彼女は口を開けてとても残念なセリフを吐きやがりました。



「お恥ずかしい限りですが、道に迷いました」

「エルフのくせに森で迷うなっ!」



 何でしょうか、この残念感。

 まるでジャムの蓋をあけたら、カビが生えていた時のようです。

 通りで、さっきからぐるぐると同じ場所を回っているような感覚があったはずですね。

「あたしダークエルフですから」

「似たようなものですっ!」

「大丈夫です。五十年ほど昔に里帰りしたときは三ヶ月くらいで着きましたから」

「三ヶ月もあればこの大陸を横断できますっ!」


 街道を選べば往復だっていけます。


 さてこのねーちゃんは役に立たないことが判明しました。

 これからどうしましょうか。


「まずは方角と現在位置の把握からですね……」


 事前にサラさんから里のあるところを地図で教えてもらいました。

 おおむねミヤキスから南西の位置にあるそうですが、現在位置と方角さえ分かればいけるはずです。


 この世界、北極星なんて便利なものはありません。

 木の年輪を使うにしても、こうも日差しが届かないんじゃあまり当てになりません。

 方位磁石なんていうものがあれば便利なのですが、そもそも磁場というものがこの星にはありません。


 ではどうするのか?


 私は力を解放して、一気に木の上まで跳びあがりました。


 えっと、太陽は……ってお昼でした。

 だいたい真上ですね。

 ということは、太陽のある方角が南ということになります。

 でも正確じゃないですからね。多少の誤差はでます。


 あとは、さっと周囲を見渡しますが一面森ですね。

 落下が始まりました。うーん、もう少し高く飛ばないと現在位置が分かりません。


 適当な木の頂上に降りました。


 おお、こわい。ゆらゆら揺れています。

 さて手ごろな幹まで移動して、と。


 そこを足場にして再び跳びあがりました。

 今度は最初よりもかなり高い位置まで跳べました。

 改めて周囲を見渡すと、ミヤキスらしき町が見えます。


 太陽の方角から考えると、現在位置はダークエルフの里へいく方向から九十度くらいずれたところにいますね。

 大体わかりましたし、地面に降りますか。

 木の頂上に降りてから、今度はそのまま飛び降りました。


 よっと。

 がさがさと木の枝に当たりつつ、無事地面へと着陸いたしました。

 少々枝に引っ掛けて傷つこうが、すぐに回復しますのでとても便利ですね。


「いきなりあんな高くまで跳ばないでください。びっくりしましたよ」


 アリスさんが駆け寄ってきたと思ったら開口一番文句言われました。しょんぼり。


「手っ取り早く確認するには、あれが一番いい方法なんですよ」

「今度から事前に言ってください」

「はい、ごめんなさい」


 サラさんも驚きの表情を浮かべています。


「アオイ殿は身体能力がものすごく高いのですね」

「こう見えてもA-ランクの可憐な美少女冒険者ですからね」

「ラルツのAランクはあそこまで身体能力が高いのですか」

「サラさん、彼女は特別です。普通はあんなに高くは跳べません。Sランクだって魔法でも使わない限り無理ですからね」

「アリスさんもそのうち、あれくらい跳べるようになりますよ」

「あんな高いところまで跳びたくないです」


 高所恐怖症なんでしょうか。


「さて里の位置ですが、あっちの方角へまっすぐ行けばそのうち着くと思います」


 私が指を指した方角へと、二人の視線が動きます。


「あとどのくらいかかりますか?」

「うーん、ここまで来るのにどんなルートを通ってきたのか分からないので……。でもあと二日はかからない感じですかねー」


 カンですけどね。


「じゃあ行きましょうか。あ、サラさんは後ろから着いてきて下さい」

「申し訳ありません。案内なら多少の自身はあったのですけど」


 あれで自信があるのですか。

 方向音痴すぎますよね。



 さてそろそろ夜になります。

 今回はサラさんがいるので、夜通し歩くなんて強行軍はできません。


 ……正直、この方向音痴さんいないほうが早くついたんじゃないでしょうか。


「ちょうどいい時間でしょうし、そろそろここで一泊しましょうか」

「はいです!」

「そうですね、おなかも空いてきましたし」


 ささっと野営準備をして夕飯を食べた後、一眠りしました。

 見張りは便利アイテムの静御前に憑いているシルフさんにお任せしています。



 まだ夜も明け切らない時間、シルフの念話が届きました。


(アオイちゃん、魔物きたよー。サイクロプス)


 その声?に覚醒しました。


 む、サイクロプスですかー。

 Bランクの魔物で、身長が五mはある一つ目の巨人族です。

 その巨体に見合う怪力は凄まじいですが、単にそれだけ。

 魔法を使うわけでもなく、頭が良い訳でもありません。


「アリスさん、サラさん起きてください。魔物がきたみたいです」


 二人を起こしてから、私はテントの外へと出ました。

 サラさんはC+ランクです。正直Bランクのサイクロプスでは分が悪いでしょう。

 アリスさんは……あまり石仮面をかぶって欲しくないですしね。


 さて、どちらにいらっしゃいますかね。

 と周囲を見渡しましたが、さすが五mの大型魔物です。すぐに見つかりました。

 静御前を構えてサイクロプスのいる方向へ仁王立ちですっ!


「アオイさん、大丈夫ですかっ」

「さ、さ、さいくろぷす?! どうしましょう! あ、あたしが護衛依頼受けたのだからやならきゃ! で、でも勝てるかな」


 アリスさんはすぐテントの外に出てきましたが、サラさんはテントの中で震え上がっている様子です。

 この子つかえねぇ……。

 まあ、居ても邪魔になりそうなだけですしね。

 テントの中にいてくれてたほうが良いかも知れません。


 おっと、サイクロプスが私たちを発見した様子です。

 大きな一つ目がこちらへ向くと、どしーんどしーん、という足音と共にやってきました。


「うわ、すごい迫力ですね。あれがサイクロプスですか」

「一応Bランクの魔物ですから、十分気をつけてくださいね」

「私も戦いますか?」

「アリスさんはここ数日お疲れちゃんですし、テントの中にいるサラさんを守っててくれますか? 他にもサイクロプスがいるかも知れませんし」

「はい、わかりました。アオイさん、無理はだめですからね」


 アリスさんがテントの側まで退避しました。

 さて、一丁やりますか。


 私の赤く光る目が、サイクロプスの一つ目を捉えます。


魅了チャーム


 サイクロプスの動きがぴたっと止まりました。

 はい、終了。

 やっぱり魅了便利です、何もしなくてもいいところが素敵です。


「あなたはこのままあっちへ行ってください」


 私がそうサイクロプスへ指示を出すと、彼?はその通り大きな足音を立てて去っていきました。


 無駄な殺生はいたしませぬ。


 魅了は半日くらいは効果ありますから、かなり遠くまで行ってくれるでしょう。

 道中、誰かと遭遇しないように祈っておきます。


「アリスさん、サラさん、終わりましたよ」


 私はテントのほうへと振り返ってにこやかに手を振ってみました。

 アリスさんは半分呆れ顔、サラさんは何となく憧憬のようなきらきらした瞳です。


「何というか、アオイさんって強いですよね」

「今は夜ですし、魅了の効きも良かったのですよ」

「さ、さすがはアオイ殿! 王家に連なる方に相応しいお強さです!」

「あー、うざい」

「はぅっ」


 サラさんは私の一言で、継続ダメージを受けている様子です。

 王家なんて別にどうでもいいです。

 それよりうちの親を殴れるくらいの強さが欲しいです。


 さて、では睡眠の続きといきましょうか。


「じゃあお二人とも、寝ましょうか」

「はい」

「がーんがーんがーん」


 まだショックを受けていますね。


「サラさんっていぢりがいがありますよね」

「あ、あたしそんなにですか?」

「見た目はものすごく素敵なお姉さまという雰囲気ですのに、なぜそこまでぞくぞくするような性格をお持ちなんですか? ついいじめたくなります」

「アオイ殿ならあたしも満更でも……ひっ?!」


 アリスさんの凄まじい殺気をモロに浴びたサラさん。


「アオイさんは私のお友達ですから、サラさんはご遠慮くださいね」

「は、はいっ!」


 ヤンデレの素質ありそうですよね、アリスさん。




 でも、やっぱり多人数の旅は楽しいですっ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る