第十四話




 私は走ります。走り抜けます! 大量の魔物たちの中に一人で!!


 目の前に立ちふさがっている魔物は、全て静御前で走りながら叩き切りました。

 薙刀は長く扱いにくいけれど、乱戦には非常に強い武器なのです。


「エロシルフっ! 私の前にいる魔物全て吹き飛ばしてっ!!」


 私の言葉に反応した風の精霊エロシルフが静御前の刃から竜巻を呼び出し、数十匹の魔物をまとめて空へ高く上げました。

 その隙にラルツの町へと走り抜けます。



 徐々に回りにいた魔物の数が増え、それと共に常設隊の姿も見えてきました。

 どうやら互いが争っている真ん中にたどり着いた模様です。


 四人一組で巧みに魔物一体を誘導して仕留めていく常設隊は、魔物側からしてみれば邪魔な存在でしょう。

 しかし各自がばらばらに動く魔物と、組織立って動く常設隊では戦いの練度が違います。

 何人かは魔物に殺され倒れている人もいますが、魔物のほうがより被害が大きいように見えました。


 ここは彼らに任せても大丈夫ですね。

 それより、上空から攻めてきている大量の魔物がまずいです。

 今は魔物の大半を町からの魔法攻撃で食い止めていますが、一部は既に町に降り立っている感じがします。


 早く行かないと《手遅れ》になってしまいます。

 ……あれ?

 なぜ私は手遅れなどという事を思ったのか一瞬考えそうになりましたが、今はとにかく町に、ギルドへ《行く必要》がありますね。


 いつまで経っても町へたどり着けないのに苛立ったのでしょうか、一体の大きな身体を持つ魔物が、常設隊へと襲い掛かりました。


「あれはアースドラゴンですね」


 Sランクの魔物であるドラゴンの一種です。

 有名なのは赤い身体を持つファイヤドラゴンですが、それ以外にもウォータードラゴンやホワイトドラゴンなどがいます。

 どれもこれもSランクの中でも最強と言われる魔獣です。

 まず普通の人間では勝ち目は殆どないでしょう。

 このまま放置していると、常設隊に大きなダメージを与えると予感しました。



「うあああぁぁぁ!」


 私は雄たけびを上げ、一気にアースドラゴンへと切りかかります。

 相手は二十mにも達する巨体。翻って私は百五十cmの小柄で可憐な美少女です。

 十分の一にも満たない敵に対し、アースドラゴンは無視をすることにした様子です。

 あのドラゴンからすれば、私のような小物よりも目の前にいる常設隊のほうが優先度は高いのでしょう。



 いいかアオイ。戦いは熱くなれ。ここだと思った時は全力で叩き潰せ。

 しかし頭の中は常に水で冷やして冷静に考え判断しろ。



 私に戦いを教えてくれたギルドマスターの言葉です。


 乾坤一擲。


 その二つ名の通り、彼の操る大きな両手剣から生み出される、ここぞと言うときの破壊力はSランクの魔物ですら一太刀で両断されます。


 そして私は彼の教え子です!


 私は空へと跳びアースドラゴンの長い首へと、自分の体重を乗せた薙刀を振り下ろします。

 静御前の、風の精霊を宿している刃がアースドラゴンの首をまさに静かに、そして易々と切り落としました。

 断末魔すら上げさせず、倒れこむアースドラゴンの巨体を横目に再び町へ向けて走り出します。


「アースドラゴンを一太刀?!」「あんな小さい子が?」「誰だあの娘は」「いやまて、アレはダンピールだ」


 そんな声が背後から聞こえてきましたが、私には時間がありませんっ。



 そしてようやく到着したラルツの町の入り口。

 しかしその門は固く閉じられたままです。

 開けてもらう時間も惜しいので、町を囲む塀を飛び越えて中へと入りました。


 速く! もっと速く! 風のように走れっ!


 そう考えながらギルドへと、まさしく疾風のように走ります。

 グリフォンが、マンティコアが、ドレイクが、私の行く手に居ましたが、夜は吸血鬼の時間なのです。

 私の走る速度に魔物は反応すら出来ず、横に構えた静御前が走り抜けるのに合わせ全て切り伏せていきました。



 そしてギルドが見えてきたとき、遠くに人の集団がいるのに気がつきました。

 その先頭には、アリスさんの姿が見えます。

 更に空からキラーマンティスの鋭い鎌が、アリスさんに襲い掛かろうとしているのも。


 間に合えぇぇぇぇ!!



 更に速度を上げる私。

 アリスさんは空の魔物に気がついていない様子です。

 小さな子供を抱えながら、後ろの集団に声をかけていました。


「みなさん、あと一息です! もう少しで避難所に着きます!」


 そんな彼女の声が聞こえた瞬間、アリスさんがキラーマンティスの鎌に切られました。

 右肩から横腹にかけて切られ、彼女の細く柔らかい右腕が遠くまで飛び、その後鮮血が舞い散り、そして彼女は倒れました。


 私はとどめを刺そうとするキラーマンティスを静御前で叩き切り、倒れこんだアリスさんへと駆け寄りました。


「アリスさんっ! アリスさんっ!! 気をしっかり持ってくださいっ!!」


 私の目から涙があふれて視界を邪魔してきました。

 ダンピールは、吸血鬼は回復魔法を扱えません。そもそもその身体には回復魔法は効果がありませんから。


「アリスさんっ! お願いですから! いつものように冷たい目線で起きて私を見てくださいっ!」


 私は必死で叫びましたが、アリスさんの身体から徐々に体温が失われていくのを感じ取りました。


 このままでは、アリスさんが死んでしまう。

 私の唯一の友達を失いたくない。

 絶対にそんなことはさせない!

 溢れている涙を拭って、私は意を決しました。


 もはや私に思いつく手は一つしかありません。


 彼女に嫌われてもいい。

 恨まれてもかまわない。

 アリスさんが生きていてさえくれれば。



 私は自分の舌を出し、そして自らの牙で舌を噛み切りました。

 口内に血が溢れ出し、それと共に凄まじい痛みが襲ってきましたが、無視して彼女の顔に私の顔を近づけました。

 殆ど生命活動が停止しているのにも関わらず彼女の顔は無表情で、そして何かに謝っているような雰囲気が感じられます。


 既に紫色に変化している唇へ私の口が近づき、そして噛み切った舌を彼女の口内へと入れます。

 舌から流れ出る私の血を彼女の喉へと流し込むようにして、同時に彼女の柔らかい唇を噛み切り、そして流れてくるまだ暖かい血を飲みました。



 ……吸血鬼化。



 吸血鬼は相手の血を飲むだけでは、相手を吸血鬼にさせることはできません。

 相手の血を飲むと同時に、自らの血を相手にも飲ませる必要があります。


 そう、私の最後の手段がこの吸血鬼化です。

 吸血鬼になれば、この程度の傷はすぐに回復されるはずです。


 ただし相手が死んでいた場合、吸血鬼化も効果はありません。

 生きている事が必須なのです。



 お願い! どうか間に合って!



 しかし無情にも数分が経っても彼女に変化は見受けられませんでした。



 間に合わなかった?



 ゆっくりと彼女の口から離れました。

 噛み切った私の舌は既に回復していて、傷一つついていません。

 しかし彼女の身体は冷たいままです。


 私が立ち上がり、彼女に背を向けると再び涙が溢れてきました。


「うっ、うう、アリスさん……アリスさん……うわぁぁぁぁぁん」


 号泣する私。

 いくら手で目を押さえていても、涙が止まりません。

 こんなに悲しいのは、生まれて初めてです。


 こんな世界、なくなってしまえばいいのに!

 滅んでしまえばいいのに!


 泣き叫ぶ私に、誰も近寄ってきません。


 恨みます。

 絶対に恨みます。


 魔物たちを。

 こんな現象を作った者を。

 そして世界を!


 このままだと狂ってしまう、そう理性は訴えていますが止まりません。

 むしろ止めたくありません。


「ううっ……アリスさん……」



「あれ? アオイさん。なぜ泣いているのですか?」



 え?


 背後から、聞きなれた彼女の声が、アリスさんの声が聞こえてきました。


「ええ!? 私の右腕が消えています?! あれ、でも痛くありません。どういうことでしょうか?」


 振り返ると、そこにはいつもの無表情な顔ではなく驚いた表情の、金色の長い髪の《赤い》目のアリスさんが立っていました。

 しかもギルドの制服は右肩から破れ、彼女の大きな胸が半分露出しています。


「あ、あれあれ? 何か口に違和感あります。ええっ? 何か尖がっている歯が生えていますよ!?」

「アリスさんっ!!!」


 私は彼女へ向かって走り、抱きしめようとしました。



 ……が避けられました。



「ひどいアリスさん! なぜ避けるんですかっ!」

「混乱している私に何抱きつこうとしているんですかアオイさんは。というか酷い顔ですよ? ちゃんと女の子らしく涙を拭いてください」


 右腕は無くなっているものの、既に横腹は回復したのか綺麗な肌が見えていました。


「って、ええ? 制服が破れています!? きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 顔を真っ赤にしたアリスさんが、左手で胸を隠してしゃがみ込みました。


「う、うう~、アオイさん見た?」

「とても大きかったです。うらやま」

「ばかーー、みるなーーー」

「女同士ですからいいじゃないですか」

「今のアオイさんの目は、男に見えるんですっ!」


 いつもは冷静なアリスさんが、珍しく十六歳らしい話し方をしています。

 それにしてもそんなにエロい目になっていたかな。反省。


「なぜ私の肩に手を置いてうなだれているのですか? でも私、そういえば死んだのでは?」


 そうです。お猿さんの反省ポーズをとっている場合ではありません。

 ちゃんと伝えないと。


「あ、あの……それでアリスさんに言いたいことが……」

「どうしたのですか?」

「ごめんなさい、アリスさんを吸血鬼にしてしまいました。アリスさんを助けるにはもうこれしか他に方法が無くって……ごめんなさい、ごめんなさい。……私を恨んでいますよね、勝手に吸血鬼にして。……もう二度と、アリスさんの前には現れませんから」


 私はまたもや溢れる涙を拭いながら、アリスさんを見上げました。


「アオイさん」


 アリスさんの赤い目が、私を見つめてきました。

 思わず目を塞いでしまいました。


「は、はいっ、ごめ……」

「助けてくれてありがとうございます」

「えっ?」


 思わず塞いでいた目を開けて彼女を見ました。


「そして私は気がつきました。本当はアオイさんと一緒に冒険者になりたかったと」

「冒険者に?」

「はい、でも昔の私は冒険者になれるほど強くはありませんでした。でも……今の私ならアオイさんと一緒に冒険者になれますよね」

「……それは、私の事を許してくれるのですか?」


 そう問いかけた私を、アリスさんは優しく抱きしめてきました。


「許すも何も、私のことを助けてくれたのですよね。感謝するのは私のほうです」

「アリスさん……」

「アオイさん、私を吸血鬼にしたのですから、これからずっと一緒にいてくれますよね?」

「も、もちろんですっ! 一家の大黒柱としてアリスさんを養っていきます!!」

「大黒柱?」

「ああ、とにかくアリスさんは戦わなくてもいいのですっ! 私がちゃんとお金を稼いでアリスさんを食べさせていきますから!」

「だが断る」

「ぶっ」

「アオイさんならそう言いますよね。私はアオイさんと共に冒険者になりたいのですよ?」

「で、でもアリスさんを危険な目に合わせるなんて、私にはできませんっ!」

「だめです。私もアオイさんを危険な目に合わせるなんて、耐えられません」

「あ、あうぅ~。この件については後日お話しましょう」

「はい、わかりました」

「それにしてもアリスさんの胸柔らかいです。大きいですっ。吸い付いていいですか?」

「な、なななにを言っているんですか! 断るに決まっています!」


 慌てて私から離れたアリスさん。

 とてもかわいいですね。ごちそうさまでした。


 その時ギルドから雄たけびが上がりました。


「あれ、何か騒いでいますね。行ってみますか?」

「その前にアオイさん、何か着る服持っていますか」

「ありますよー」


 そういって私は腰のポーチから予備のワンピースを取り出しました。

 アリスさんに渡すと彼女は少し困った表情をしました。


「これではちょっと小さいですね」

「くっ、敗北感が襲い掛かってきています! えっと、その服をサラシのようにして胸に巻いてください」

「でももったいないですよ?」

「いえ、お代は頂きましたからね」

「お代……?」


 どうやらアリスさんには分からなかったようです。

 長時間その胸の中で抱きしめられましたから、そのお代ですね。


「おお、アオイか。アリスもいたか、って何だそのアリスの格好は? それに右腕どうした?」


 ギルドマスターの声が私たちに届きました。


「ギルドマスター、それは後から説明しますから。さっきの声は何だったのですか?」

「ああ、念のために要請していたSランク五名が戻ってきてな。また吸血鬼たちの協力もあって、やっと町にいた魔物たちを全滅させたところだ。町の外にいた魔物も常設隊が殆ど撃退したぞ」

「じゃあ、魔物たちは殆ど倒したのですね?」

「ああ、俺たちの勝ちだ」


 私はアリスさんと目を合わせました。

 アリスさんはにっこりと笑います。


「勝ちましたぁぁぁぁぁ!」


 私たちを見ていた人も歓声を挙げて喜んでいます。

 そんな中、ギルドマスターは私とアリスさんに告げてきました。


「明日から町の復興準備がある。今日のところは二人とも休んでおけ。明日からすげぇ忙しくなるぞ?」

「うわー、聞きたくないです」

「私もなんだか疲れましたね」

「で、アリスに何があったんだ?」

「聞いてくださいギルドマスター、アオイさんが私を助ける為にですね……」

「ええ? そんな事があったのか!? それよりアリス、吸血鬼になってしまったんだな? 後悔はないのか?」

「良いんですよ。返って私が欲しかったものが手に入りましたから」

「ん? まあ吸血鬼になっても、俺としてはアリスには引き続き受付嬢をやってもらいたいが」

「だめです、もう私は冒険者になることにしましたので」

「ギルドマスター、お父さんからもアリスさんを引き止めてください。アリスさんは受付嬢こそが天職だと言う事を!」

「アオイさんには責任をしっかり取ってもらわないといけません」

「ですから私がアリスさんを養っていくって言ってます!」

「いいえ、だめですー」

「アリスさん、冒険者になるには辛く厳しい修行が必要なのですっ!」

「構いません。むしろ望むところです」

「アリスさんが熱血になりました!? 冷静なクールビューティーに戻ってください!」

 そう言い合っている私とアリスさん。


「アオイさん」

「どうしました?」

「楽しいですね」

「はい、とっても楽しいですっ。アリスさん好きですっ! 結婚してください!」

「無理です」

「がーん、私がこの国を変えて女性同士でも結婚できる法律を作る! 清き……いえ穢れてても一票を!」

「やめてください、私にはそのような趣味はありません」

「えーん、アリスさん意地悪ですっ!」



「でもその代わり、ずっと一緒ですよ?」

「はい、ずっと一緒ですっ!」



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