第十三話


 町の遠くから魔法の音が響き渡りました。

 常設隊二万人は、主に三十代以降の冒険者たちで成り立っています。

 十代から二十代は外で魔物たちと戦い経験を得て、そして三十代以降のベテランが町の守備兵として常設隊に入るのが通例になっています。

 彼らは基本的に防衛に特化した訓練を行っています。

 そして残りの二万人、十代から二十代の若手冒険者が遊撃隊として、攻撃或いは伏兵、奇襲などを担当しています。


 ただし、Sランク、Aランクの冒険者は別扱いです。

 彼らは最も敵の強い部分を引き受ける役割を持っています。



 念話の出来る職員は次々と送られてくる戦闘状況をサブマスターへと伝え、そしてサブマスターの支持を的確に渡す役割があります。

 そして念話の使えない職員は、私を含め町の待機所で一般市民と共に避難をしていました。

 いざとなった時、私たちギルド職員は一般市民の誘導案内をする仕事があります。

 しかし一般市民とはいえ、大半は元冒険者です。いざとなれば、私などより遥かに判断力はあるでしょう。



 空を見上げると、赤い月が煌々と辺りを照らしています。

 時間を見ると、既に一時を回っています。明け方まであと四時間くらいです。

 それまで持ちこたえれば、私たちの勝ちになるはずです。



 そう思ったとき、空に複数の影がこちらへ飛んできているのが見えました。

 いえ、複数どころではありません。空一面広がっているように感じられます。


「空に飛んでいる影が見えます! 誰か分かる方いらっしゃいますか!」


 私の叫びに元冒険者と思われるご老人が空を見上げました。


「あれは、キラーマンティスとワイバーンじゃ! これはまずいぞ!」


 え!?

 キラーマンティスとワイバーンは共にAランクの魔物です。

 キラーマンティスは両手が鎌になっている、蟷螂が大きくなったような姿で、動くもの全てに襲い掛かるとても強い魔物です。

 ワイバーンはドラゴンの亜種で、炎を吐くこちらも凶暴な魔物です。

 そんな凶暴な魔物があんなに……。


 そう思ったとき、ギルドのある場所から空へと大きな炎の玉が飛びました。

 それは火の第六階梯、最上級の魔法永遠の業火です。

 あれはサブマスターの魔法でしょう。

 それを機にして次々と様々な魔法が飛んでいき、魔物たちを落としていきました。


 しかし魔物の大群はとまりません。

 魔力が切れはじめた人もいるようで、徐々に魔法の数が減っていきます。

 それを見た先ほどのご老人が待避所にいた人たちへ向けて、発破を掛けてくれました


「この中で魔法の使える奴ら、全員であの魔物どもを打ち落とすぞ! わしらの町から魔物どもを追い返すのじゃ! 若い奴らだけにええ格好させるわけにはいかんての!」


「そうだな! 爺さん良い事言った!」「後輩たちに戦いのイロハを教えてやろうぜ」「おおっ!」「やってやるぜ!」


 次々と待避所にいた方々が立ち上がり、呪文を唱え始めます。

 きらめくような魔法が次々と飛んでいきました。

 それが伝染したのか、他の待避所からも魔法が飛んでいくのが見えます。



 これが……これこそが冒険者です

 私がなりたくてもなれなかった、勇敢な冒険者です!

 私にも戦いの才能があれば、アオイさんのように力があれば!



 そう強く念じたとき、私が持っていた自分の担当しているコール専用カードの中の一枚が赤く光りました。


 あれ? コールした記憶はないのですが。


 そのカードに記された名前を確認しようとしたとき、空から飛んできた炎の塊が私のいた待避所に着弾しました。



 とうとう魔物が町に降り立ったのです。



「みな、退避しながら魔法を撃つのじゃ! 戦えない人を守りながらギルドまで撤退じゃ!」


 ご老人はそう言うと、自らワイバーンへと突進していきました。

 他の何人かの人もご老人に合わせてワイバーンへと向かっていきます。


 私にも力があれば、ご老人と同じようにワイバーンに向かって行ったでしょう。

 しかし現実は私には何の力もありません。

 ここで私のとるべき行動は、一般市民をギルドへと案内することです。

 悔しい、そう思いますがギルド職員としての職務は一般市民の安全を守ること。

 感情に流されていてはいけません。

 せっかくご老人たちが時間を稼いでくれているのです。


「みなさん、今のうちにギルドへ向かいます! 私についてきてください!」


 そう叫んだ私は、みなを引き連れてギルドへと向かいました。

 背後にご老人の断末魔を聞きながら……。


 ここからギルドまで大人が走れば十分の距離です。

 しかし一般市民のみなさんの中には子供もいれば、ご老人もいます。

 身重な方もいらっしゃいます。

 また数百人という人数もありますので、移動は遅々として進みません。


 今はまだ背後でワイバーンを押さえてくれている人がいらっしゃいますが、もしその方たちが倒れたら、次に標的になるのは私たちでしょう。

 それまでなるべく遠くへ行かなければなりません。


 しかし私たちの目の前に、新たな魔物が降り立ちました。

 鋭い爪と嘴、鷲の顔を持つAランクの魔物グリフォンです。

 その凶暴な目が私を見据えました。たくさんのエサを見つけて歓喜しているような目つきです。

 グリフォンは歓喜に満ちた声で鳴いた後、襲い掛かってきました。


 ああ、これはもうだめです。

 でも私が最初に食べられて時間を少しでも稼ぐことができれば、何人かは生き延びるかもしれません。

 怖いけど、足がすくんでしまっているけれど、みなさんの盾になれれば。


 それが冒険者というものでしょう。


 意を決して無理やり足を動かそうとしたとき、何かの黒い人影が飛び出してきました。

 そしてその影はグリフォンを手刀で半分に切ったのです。

 影がこちらへと振り向くと、その顔の部分には赤く光る目が輝いていました。


 ……吸血鬼。


 しかもあの人は、アオイさんが酔っ払った時にうちのギルドへと連絡を入れてくれたバーのマスターですよね。

 確かこの町の吸血鬼たちを取りまとめている人とは聞いていましたが、まさかAランクの魔物を手で半分に切っちゃうなんて、とても強い人だったんですね。


「このような美しい月夜の晩に、魔物はふさわしくないな。ここから先は俺が先導をしよう」

「助けていただいてありがとうございます」

「お嬢さんは嫌われ者の半端者ダンピールと仲良くしてくれている人と聞いている。あれでも半分は俺らの仲間だ。お嬢さんは助けるに値する人間だよ」


 いつの間にか彼の周りに赤い目を持った吸血鬼が何人もいました。

 全く気がつきませんでした。

 夜は彼らの世界、よく聞く言葉ですがまさにその通りです。

 でも一言だけ彼に言いたいことがあります。


「アオイさんは私のお友達です。大切な親友です。半端者などと言わないでください」

「む、それは失礼した。よき友人を持ったダンピールだな、羨ましい。これからもあのダンピールを助けてくれ」

「助けてもらっているのは私のほうですし、ずっと一緒にいると約束しました。これからも私が死ぬまで彼女の親友であり続けます」


 彼は私の言葉を聞いて頷くと、周囲にいた吸血鬼に叫びました。


「お前たち聞いたか! このお嬢さんは我らの仲間の友人だ。我ら吸血鬼は友人を助けなければならぬ。それが美しきプライドってもんだ。さあ! 町にはびこる魔物を一匹残らず血祭りにあげ、あの赤く美しい月に捧げろ!」


 次の瞬間、複数の影が一斉に散っていきました。

 吸血鬼はキザな人が多いと聞いていましたが、本当だったんですね。

 これでみなさんを助けられます。本当に良かった。


 彼らに守られながら私たちは再びギルドへと移動を始めました。



 あちこちの建物から火が出ている中、私たちはバーのマスターを先頭にして避難していました。

 ワイバーンやドレイクといったドラゴンの亜種、そしてキラーマンティスやグリフォン、マンティコアなど様々な魔物が襲ってきましたが、全てバーのマスターが一刀両断にしていきました。


 すごい。

 これが力有る吸血鬼なんですね。

 これだけの力が私にもあれば、アオイさんの隣に立って共に戦えるでしょう。



 ……その力が《欲しい》。



「お嬢さん、少しあの月に当てられているな」


 はっと気がつくと、私の前にバーのマスターが赤い目をしたまま立っていました。


「当てられている?」

「ああそうだ。あの月は狂気。魔に近いものほど影響を受ける。俺たち吸血鬼にとってみれば力の源になるし、理性無き魔物たちには狂乱の元になる。お嬢さんのような素質ある人間は月に当てられやすい。無心に冷静に今はただ避難することだけを考えることだ」

「……はい」

「お嬢さんは魔眼の素質がある。その力が暴走しないような制御を今後は考えることだ」


 あれ、私には冒険者の素質はないと聞いたのですが。


「魔眼……ですか? 私にはそのような特殊な素質はないとギルドで聞いたのですが」

「魔眼は人には見抜けんよ。特殊な能力だからな。俺たち吸血鬼の魅了も魔眼の一種だ」

「それを制御できれば私も冒険者になれるのでしょうか」

「今後の訓練次第だ、としか今は言えんな」

「わかりました。教えて頂いてありがとうございます」


 私にも力があったんですね。何となく心が躍っています。

 そのためにも今日は生き延びなきゃ!


「っと、やっかいな奴がきたようだな」


 え? 何が?


 そう彼に問いかけようとした瞬間、私たちの目の前にとてつもない迫力を持つ巨大な魔物が立ちふさがっていました。

 Sランクの魔物の中でも最悪の力を持つ魔獣、ドラゴン。

 あらゆる火を無効化し、口から吐かれる炎の吐息は物体を燃やすのではなく溶かす程の熱を持つ、最強の魔獣です。

 普段は山奥にしか生息していないはずなのに、こんな魔物まで町にくるなんて。


「俺はこいつと戦う。お嬢さんがたは早く避難してくれ」


 バーのマスターはそう言うが早いか、ドラゴンへと飛び掛っていきました。

 私たちはまたもや窮地に陥りました。



 私は小さな子供を抱いて、ご老人の身体を支え、ギルドまで誘導をしました。

 そして暫くしたあと、ようやくギルドの建物が見えてきました。


「みなさん、あと一息です! もう少しで避難所に着きます!」


 ギルドまでいけば、ギルドマスターが、サブマスターがいます。

 元Sランク冒険者の二人であれば、きっとこの人たちを助けることができ……。


 そう思った直後、私の身体に鋭い痛みが走りました。


 あれ? なんだろうこれ。


 自然と私は倒れました。

 いつの間にか地面は何かの水で濡れていて、それがギルドの制服を濡らしていくのが感じられました。

 この制服、お気に入りでしたのに。洗濯する必要がありますね。

 でも私が抱いていた子供は無事のようです。泣き声が聞こえますから。

 良かった。この子が無事でいてくれて。


 徐々に視界が塞がっていきます。


 ああ、今分かりました。

 私は死ぬのですね。


 せっかく私にも力があることを知ったのに残念です。

 アオイさんと一緒に戦えると思ったのに心残りです。

 死にたくはないですね。


 私の耳元で、どこかで聞いた事のある声が何か叫んでいます。


 あれ、この声はアオイさんですね。

 なぜ彼女の声が聞こえるのでしょうか。

 きっと幻聴ですよね。

 だって彼女は遠く離れた場所にいるのですから。


 彼女の声がどんどん小さくなっていきます。


 ごめんなさい、もう殆ど聞こえないのです。

 いつものように、楽しい会話をしたかったですね。


 ごめんなさい、せっかくお友達になったのに。


 ごめんなさい、ずっと一緒にいようねと思っていたのに。


 ごめんなさい……。


 ごめんな……。


 ごめ……。


 ……。




 そして私の意識は闇に落ちました。


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