第二章第一話


「ではアオイさん、いってらっしゃい」

「いってきます。今夜までには戻ってきますね」

「はい、お待ちしています」


 あの事件から一週間が過ぎました。

 町の中は既に復興が始まっていて、みなさん忙しそうに働いています。

 かくいう私も復興用の材料集めに、今から魔物討伐をしにいくのです。


 ちゃんとお仕事しているんですからねっ!


 あの事件で大量の魔物の死体が町周辺に散らばっていましたが、全て冒険者とギルド職員がおいしく素材を剥ぎ取りました。

 しかしながら、人間の欲望は果てしないのです。

 どうせここまで壊れたんだから、ついでにもっと立派な町に作り変えようぜっ♪

 となりまして、大量の素材が必要となったのです。


 さて、アリスさんは吸血鬼、私の眷属になりました。

 当然ですが私も始めての行為でしたし、どうなるか不安でしたがちゃんとアリスさんの右腕も一晩で生えてきていました。

 吸血鬼ぱねぇです。

 今のところ吸血鬼化の副作用とかは特に見当たりません。


 さあここで問題ですっ。

 ダンピールが相手を吸血鬼化させたら、相手はダンピール?



 実は吸血鬼になるんです~~~。

 ダンピールは吸血鬼と他種族の子供としてのみ生まれますからね。

 血を吸って吸血鬼化させてもダンピールにはなりません。


 ただし、ダンピールは半分しか吸血鬼の力を持っていません。

 そのためアリスさんも普通の吸血鬼に比べ、かなり力が弱いはずです。

 はずなんです。

 でもすっかり忘れていました。

 私は真祖の子でしたよね。真祖の血に近い吸血鬼ほど力は強くなります。

 私が二世とすれば、アリスさんが三世になります。泥棒さんではありませんよ?


 町にいる吸血鬼たちは、もはや真祖から何十世代も離れています。

 しかしアリスさんは三世ですから、いくらダンピールから生まれた吸血鬼とはいえ、ラルツの町にいる吸血鬼より強いんですよね。


 説得するのに骨が折れました。

 アリスさんってば「アオイさん! 一緒に依頼を受けに行きましょう」って誘ってくるんですよ?

 「だめなんですか? じーーー」と言って、吸血鬼化して更に迫力が出たあの目で訴えてくるんですよ?


 もう正気を保っていられません。


 でもアリスさんは力は強いけど、戦いに関して言えば素人さんです。

 単調な攻撃しかしてきませんし、防御も杜撰でした。

 あれでは最下級の魔物であればともかく、少し知能のあるやつだと危険ですからね。

 ですので、昼間は受付嬢として働いていただき、夜、空いた時間に私がアリスさんのお稽古をつけることになりました。


 そして一週間が経過しましたが、アリスさんの腕は変わっていません。

 この一週間、彼女はずっと仕事をしているんですよ。

 アリスさんはワーカーホリックの素質もありますね。


「アオイさん、すごいですね吸血鬼って。三十時間働いても全然疲れないんですよ」


 そう若干嬉しそうな表情で話してくれます。

 もはや二十四時間戦えるどころの話ではありません。

 アタッシュケースに勇気のしるしは必要ありませんね。



 さて今回の依頼は家を建てる素材集めになります。

 家の壁に最適なアルジロの皮を大量に、できるだけ多く取ってくるのが依頼内容です。

 しかしあの事件のとき、町の周辺にいた魔物も一緒になって襲ってきてそして倒されています。

 もう町周辺には魔物の姿は殆ど見かけませんし、仮にいたとしても素材を求めさまよっている冒険者たちに瞬殺状態となっています。


 オープン直後のネットゲーム状態ですね。


 しかしアオイさんは違います。

 このすらりとしたカモシカのような足があります。

 さあ走って遠くまでいって、狩ってきましょう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 もうすっかり日も暮れて暗くなっていますね。

 さすがに狩りすぎました。

 六畳程度の大きさがあるポーチも満杯です。

 というか、大量虐殺ですよね。


 ぶんっと静御前を一振り。刃についた血が吹き飛びました。

 だいぶ薙刀にも慣れてきました。


(さすがに僕つかれたよ)


 エロシルフが弱音を吐いています。脆弱ですね。

 といっても、調子にのって昼間から休憩を挟まずずっと狩っていましたしね。


「精霊でも疲れることはあるのですね」

(そりゃあるよ。精霊パワーの塊だから、力を使えば徐々に身体が小さくなっていくんだよ)

「となると、使いすぎると消えてしまうんですね」

(いやいや、周辺の風に漂う魔力を吸い取れば徐々に回復するよ?)

「自動回復するのですか。便利ですねー。その能力私にもくださいっ」

(アオイちゃんって魔法殆ど使わないじゃない)


 魔力節約のために、魔力のこもった静御前を使っているのですから、当然です。

 気の利かない精霊ですね、こいつは。

 そろそろ私も風だけでなく、他の精霊さんも呼んでみようかな。

 火の精霊を呼んで私の革鎧に憑いて貰えば、きっと火髪灼眼くらいには変身できそうですよね。


 そして私は三倍速で町へと戻りました。

 戻る途中、ふと気がつきました。

 そういえば、そろそろアリスさん血が欲しくなるころですよね。吸血鬼になってもう一週間ですし。

 今夜は血の吸い方のレッスンでもしますかね。

 元々人間ですし、血を吸うのに抵抗あるでしょうしね。


 少し慣れたら、あのバーへ行って血祭りをしましょう。

 血祭りといっても、血を飲むお祭りですからね?



「アリスさん、たっだいまー」

「お帰りなさいアオイさん。依頼は達成できましたか?」

「もちろんですともっ。ポーチから溢れんばかりに取って来ましたよ」

「では清算しますので、あちらで待機しててください」

「はーい、あ、清算終わったらそろそろ帰りませんか?」

「そうですね、そろそろ五十時間ですし、一度身体も洗いたいですし帰りましょうか」


 この人、身体を洗ったらまた働く気ですか!?


「ならば洗いっこしましょう!」

「お断りします」

「あうぅ~」


 そうです、私は今アリスさんの家に住んでいるのです。

 アリスさんのお父さんは二年前に亡くなっています。元々父子家庭でした。

 先日まで一人で暮らしていましたが、私と眷族かぞくになりましたので一緒に住むことになったのです。


 これで家賃四万ギル浮きましたっ。らっきーですっ! と思っていた時期が私にもありました。

 アリスさんは無情にも私の全財産を没収して家に入れたのです。


 もう眷属かぞくですし私がお金を管理しておきますね。お小遣いは月二万ギルで、装備のメンテナンス代などの必要経費は別途相談しましょう。


 そう言われました。しょぼーん。

 私の夢にアリスさんは賛同してくれるでしょうか?

 無理でしょうねー。


「アオイさん、終わりました。今回の依頼料も私が管理しておきますね」


 しかも全額自動引き落としですよ? へそくりなんて夢でした。もはやATMになっています。

 いつもなら、あげ的に考えているのですが、さすがにこれはさげ状態です。くすん。



 帰宅して水で身体を洗い終った後、また仕事へ行く気満々だったアリスさんを引き止めました。


「アリスさん、今日は一回寝ましょう。いくら吸血鬼でもやりすぎは禁物ですよっ」

「でもまだまだたくさんお仕事ありますし。それに復興を早く終わらせて冒険者として働きたいですし」

「それに今日はアリスさんに一つ尋ねたいことがあるのです。とても大切なことですよ?」

「はい? 何でしょうか?」


「アリスさん、そろそろ血が欲しくなってきていませんか?」


 そう尋ねると、アリスさんは沈黙しました。


 やっぱり。


 ダンピールは一ヶ月に一回吸えば大丈夫ですが、純粋な吸血鬼は月三回程度は吸う必要があります。

 つまり十日に一回。

 そして彼女はもう一週間、いえ八日目になっています。しかも吸血鬼なってまだ血を吸っていません。

 そろそろ血の欲望が出てもおかしくないはずです。

 というか欲望が出てきているので、仕事を無理やり詰め込んで忘れようとしているのでしょうかね。



「そこでアリスさん、今夜は血の吸い方のレッスンをしましょう」

「えぇ!? 人間を襲うんですか!?」

「ちがいますっ! 吸血鬼が人間襲ったら犯罪ですよ!」

「ではどうするのですか? あ、バーに行くのですか?」

「行ってもいいのですが。アリスさん、血飲めますか?」

「……ちょっと無理ですね。やはり抵抗あります」


 グラスに血そのものが入っていますしね。見た目からして抵抗ありまくりでしょう。


「ですので、私の血を吸って練習しましょう」

「アオイさんの?」


 吸血鬼同士で血を吸うことは基本禁止だそうです。同族ですからかね。

 しかし例外的に吸うことはあります。

 それが今回のようになりたて吸血鬼に対する練習です。

 これなら血は殆ど見えませんので、抵抗は少ないはずです。

 魔物を襲ってもいいのですが、人間以上に抵抗あるでしょうし、あいつらの血まずいですしね。

 初心者に五倍苦い青汁は、いっそう苦手意識をもたれますしね。


 これで血への抵抗が無くなれば、バーにつれて血祭りですっ!


「は、はい。ではお願いします」

「ではアリスさん、寝室へいきましょう」

「ええ!? そんなところで?」

「こういうのは気分ですよ、さあさあ」


そういって私は無理やりアリスさんをベッドへと連行しました。


「さあ、かじっとやっちゃってください」


 私は自ら首筋をアリスさんへと差し出します。

 彼女はゆっくりと私の首筋へと軽く歯を立ててきました。

 くすぐったいだけですね。


「ふぉ、ふぉうふぇすふぁ(こ、こうですか)?」

「ちがいます、それは甘噛みです。それじゃ皮膚破れませんよ」

「でも、強くすると痛くなりますよ」

「いいのです。それに牙には一種の麻薬が備わっていますから、痛いのは一瞬だけですから」

「で、では失礼します……」


 再びアリスさんの牙が私の首筋へと近づき、そして今度は頚動脈を正確に貫きました。


「っ!」

「ご、ごめんなさい。痛かったですか?」


 思わず首筋から離れてしまうアリスさん。

 あの……ぴゅーぴゅー首から血が飛んでいるんですが……。


「いいから続けてください。早くしないと回復しちゃいます」

「は、はい」


 そしてアリスさんはおそるおそる私の血を飲み始めました。


 って! なにこれ!? やばいですっ!


 ものすごく気持ちいいです。


「……ぁ」


 私は微かに声を漏らしてしまいました。

 それに気がつき、一気に顔が赤く火照ってしまいます。


 しまったぁ、吸血鬼の吸血行為には快楽が伴うんでしたっ。

 が、がまんしないと!


 必死で目をふさぎ、呼吸を整えますっ。素数を数えますっ! 羊を数えますっ!!

 って、それは違う! 寝てどうするんですか!?


 もはや頭の中がピンク色に染まりそうな気配です。


 ってだめぇぇぇぇ!?


「ア、アリスさんっ。アリスさんっ!」


 真っ赤な顔で私はアリスさんを呼びますが、無言で私の血を飲んでいます。

 やばいです、血を吸いたくなる症状にかかっているみたいですっ。


「だ、だめっ。アリスさんっ……あっ、だ、だめですっ! そんなに、吸わないでぇ……」


 徐々に力が抜けていくのが分かりました。

 そして逆に彼女の私を掴む力が次第に強くなっていくのも。


 本気でやばいですっ。本当の意味で逝かされますっ!


 火で燃やされて灰になっても、儀式さえ行えばしぶとく復活する吸血鬼ですが、死ぬときは死にます。

 吸血鬼が死に至る原因のトップ三の中に、血を吸われすぎて干からびて死ぬ事が入っているのを思い出しました。

 血そのものを吸われるということは、生命力を吸うということになります。

 全て吸い尽くされてしまうと、灰になった時と同じく儀式を行わないと復活はできません。

 ですから、正確には死んではいませんが、生きてもいない状態ですね。


 ちなみに一位は永遠の命に飽きて自殺すること、だそうです。

 人間の精神じゃ何千年も耐え切れないですよねー。


 って、そんな悠長な事考えている場合ではありませんっ。


「あっ……あっ……おねがいやめてぇ……」


 力が入っていない腕でアリスさんをなんとか押しのけようとしますが、しっかりホールドされていて、びくともしません。

 さすが吸血鬼ですね。いやこんなところで感心している場合ではないです。

 可憐な美少女冒険者のアオイさんぴんちですっ。


 こうなったら!


「っあ、アリスさん……落ち着いて……くださいぃぃ!」


 抑えていた力を解放。

 一気に彼女の右手を引き剥がし、細く柔らかい腕にかじり付き血を吸いました。


 ちゅぅぅぅぅぅぅ。


 その瞬間、アリスさんの身体がびくんと跳ね、とても色っぽい艶のある声で「はあっ」と呻いた後、私の首筋から離れてそのままベッドに倒れこみました。


 そして私はきっかり百cc吸い取って、腕から口を離してあげました。

 吸われた分、少しだけですが返してもらっただけですからね?

 でも、すごく甘い血でした。処女の血と殆ど代わりません。というかそれ以上かも……。

 自分の血がそこまで甘いかは知りませんが、これではアリスさんも血に酔ってしまうのも仕方ありませんね。


 禁断の吸い愛い(漢字あってます)になりそうです。



 それにしても本気マジで死ぬかと思いました。

 ベッドの上で身体を震わせながら悶えているアリスさんを見て、これから彼女が血になれるまでこれをやらなきゃいけない自分に同情を禁じえませんでした。


 結論。吸血鬼同士での血の吸い合いは危険です。

 死因のトップ三に入るのも頷けます。身をもって体験しました。



 寝息を立て始めたアリスさんに布団をかけてあげて、私はそっと寝室から出て行きました。


 まだ自分の唇についていた彼女の甘い血を舌で舐め取って、貧血状態のようにふらふらと家から出て行きます。


 さて、流石に吸われすぎたみたいですし、バーにいって血を飲んできますかね。

 お小遣い足りるでしょうか。



 空を見上げると、今宵も月は綺麗でした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る