第七話


~~~三日目~~~


 昨日は泣きながら外に出て、草むらに逃げ込みました。

 幸い外はお日様がこれでもかといわんばかりに照っていて、可憐な美少女のアオイさんの熱狂的な追っかけアンデッドたちは全員光になれぇぇぇ、という感じで消え去りました。


 ま、結果オーライですね。


 さて、我が故郷である日本にはすばらしいことわざがあります。


 二度あることは三……。

 コホン、間違えました。

 三度目の正直です。


 今日こそはロリコンリッチの息の根を止めるのです!

 いざ行かんイスカンダ……申し訳ありません、さすがにこれは古すぎますね。


 さあぐずぐずしている暇はありませんっ!

 ダンジョンの中へ入りましょう。


(そうだね、僕もちゃんとアオイを支援するからね)


 え?


 嫌な声が頭に響いてきたので振り向くと、あの小生意気なエロシルフがパタパタと羽を動かして飛んでいるではありませんか。


(どうしたの? 立ち止まって?)

「なぜあなたが生きているのですか!?」

(やだなぁ。僕精霊だよ? 実体はなく概念の存在なんだから、首がなくなったくらいじゃ死なないよ~)


 そうですね、確かに私も首が切れたくらいじゃ死にませんし。

 ってそうじゃなく! このエロシルフ、何で私のあとを付いてくるんですか!

 というか、下から覗こうとするなっ!


「また首を捻じ切られたいんですね、あなたは」

(冗談だってばー。それよりほら、僕便利だから連れて行ってよー。きっと役に立つよ!)

「どうして私についてくるんですかっ!?」

(そのほうが楽しいじゃん。だって僕を触れる人なんて滅多にいないんだよ、僕アオイが気に入ったのさ)


 そう言いながらエロシルフは親しげに肩を叩いてきやがりました。

 どうやらまだ立場というものがわかってないようですね。


「可憐な美少女のアオイ様とお呼びっ!」

(えええぇ!? いきなりどうしたの!?)

「コホン、間違えました。私の故郷には、親しき仲にも礼儀あり、ということわざがあります。あなたと私は全然全くこれっぽっちも親しくないので、思いっきり礼儀が必要なんです。つまり、名前呼び捨てにするなっ!」

(あははっ、僕のほうが年上なんだから呼び捨てだっていいじゃん)

「何を言ってるんですか。あなたは昨日お亡くなりになりました。つまり今日のあなたは生まれたての生後一日目というところです。私のほうが年上ですっ」

(そ、そうだったのか。僕昨日死んじゃったんだ……。じゃあアオイちゃんって呼ぶね)


 ちゃん付けするな。

 それにしてもどうしましょう。

 一昨日、昨日を省みると確かに私一人では厳しいかもしれません。

 でも本当に役に立つのでしょうかこのエロシルフは?


 取り敢えずですが、一度連れていって見ましょう。これも上に立つ度量ですっ!


「わかりました。渋々ではありますが、連れて行ってあげましょう」

(さすがアオイちゃんだね、支援は任せてよ!)

「ではあなたの準備がありますから、少し待っててくださいね」

(え? 僕はこのままでいいけど?)


 エロシルフを無視して、雑貨屋さんで買っておいた紐をポーチから取り出します。

 この紐は特殊な魔法をかけた素材でできていて、ゴーストなど実体のないものでも、結びつけることができるんです。

 アンデッドのダンジョンだったので、念のために買っておいたのが役立ちましたね。

 ちなみに半額までまけてもらいました。おじさんに感謝ですねっ!


 その紐でエロシルフをぐるぐる巻きの状態にします。

 そして私の手首に巻きつけました。


(あの、これは?)

「さあこれで準備はバッチリですね。では行きますよ?」

(これじゃ僕動けないんだけど)

「いえいえ、あなたは放し飼いすると何をするか分かりませんからね。私の故郷でもペットにはちゃんとロープをつけるのがマナーなんですよ?」

(僕はペットじゃないよ! アオイちゃんのパートナーだよ!)

「何を言っているんですか、私のパートナーという席はすでにアリスさんという素敵すぎる女性で埋まっているんですよ」


 まだ許可はとっていませんけど。


(じゃあもう一つ席をつくってよ!)

「おめーの席、ねーです」


 あまり調子に乗せすぎると、もう一匹増えるかもしれませんしね。

 じたばた暴れる妖精、もとい精霊を無視して私は三度目のダンジョンへと潜って行きました。




 ダンジョンの中は相変わらず空気が悪いですね。

 でも今回はエロシルフを連れてきているので、匂い対策は完璧です。

 さ、あとは道案内頼みますよ。


 私はエロシルフを結んでいる手を目の位置まで上げて、精霊をぶら下げた状態にしました。

 するとどうでしょう、まるでコンパスのようにエロシルフの身体が回って一定の方向へと向きます。


 これで迷うことなく、リッチの元へ行くことができますね。


「しっかり役に立っていますね。見直しちゃいましたよ」

(なんだか雑な扱いだよね。おかしいなぁ。普通精霊は尊敬される立場のはずなんだけど)

「今のあなたのどこに尊敬できる要素があると言うのですかっ」

(ないね~)

「自覚することはいい事ですが、行動を改めましょうよ……」

(だからほら、ちゃんと役に立ってるじゃない)


 確かにそうですね。迷うことなく一直線ですしね。

 問題は方向がちゃんと合っているかどうかだけですけど。


 それにしても、アンデッドは根こそぎ倒したのか今日は一体も見ていません。

 しかしこう改めて見ると広いダンジョンですね。

 入ってすぐ広場になってて、奥の壁が全く見えません。

 部屋という概念が全くないですね。

 これ一階は単なる広場で、二階とかあるんでしょうかね。


「エロシルフさん、ここって階段とかあるんですか?」

(風で調べたところないね、このまままっすぐ行った先に部屋っぽいところがあるよ)

「ほほー、ではその部屋にリッチがいるんですね」


 そして会話してから十分後。まだ部屋にたどり着きません。

 うーん、どう考えてもこのダンジョン、外の広さと合ってませんよね。

 何かしらの空間魔法がかけられていて、たどり着けないようになっているのでしょうか?

 それとも回転床でも仕掛けられているのでしょうかね。


「本当にこの方向であっています?」

(うーん、どうやら途中で空間が歪曲してるねー)

「やっぱりですか。歪曲している場所って分かりますか?」

(うん、じゃあその場所に近づいたら教えるよ)

「お願いします」


 そうして三分ほど歩いた時でしょうか。


(あ、あと五m先にあるよ)

「ありがとうございます」

(で、どうするの? 僕は空間魔法は専門外だから、解除はできないよー)

「それはこうするんですよ」


 そう言って私は呪文を唱えました。


「アオイが契約する、重力の五階梯、重力球」


 呪文を唱え終わると、私の右手から黒い塊が浮かび上がりました。

 それを前に向けて放り投げます。

 すると前のほうから何かが割れるような音が聞こえてきました。


「では行きましょうか」

(あれ、今ので解除できたの?)

「はい、空間魔法は強力な分、非常に造りが繊細なんですよ。重力を少し加えるだけで壊れる柔いものなんです」

(へぇ~、僕生まれてかなり長い間生きているけどそんな事知らなかったよ。アオイちゃんって意外と賢い?)

「当然ですっ。可憐で美少女冒険者なアオイさんですからね。ではさくさくいきましょう!」


 そして数分後、私たちは岩壁にドアがつけられている場所にたどり着きました。

 周りを見ても何も見えません。

 音も聞こえません。

 でもドアの奥には何かしらの気配を感じます。


(どうみてもここが最奥だね~。で、どうする?)

「もちろん、せっかくだから私はこの赤の扉を選ぶぜっ!」

(え? 何がせっかくなのかわからないし、そもそも赤くないんだけど?)

「気にしないでください。言いたかっただけです」


 そして私は思いっきりドアを開けました。




 部屋の中は、壁に文字の書かれたいくつもの紙が張ってあり、また机の上には様々な魔法書が無造作に重ねられています。

 床には破られた紙が散乱していて、なにやら弁当のゴミまで散らかっています。

 リッチって食べ物食べられましたっけ……?

 あ、寝袋っぽいのまであります。

 どこのデスマーチ中の社内の様子でしょうかね。


 部屋の奥にはなにやら不気味なオーラを発している、古いローブを着ている人影が見えます。

 その人影がこちらを向き直りました。

 顔の部分はドクロ、本来ある眼球の窪みには青白い炎が浮かんでいて、それがぎょろりと私たちのほうをねめつける様に蠢いています。


「ほぅ、ここまでやってくる者がいるとはな」


 声帯もないくせにどうやって声を出しているのかは不明ですが、低い声が部屋の中に響き渡りました。


 うん、どう見てもリッチですよね。

 しかし攫った少女たちの姿は見えません。

 ただ、リッチの奥には扉が見えています。

 あの先に攫われた少女が閉じ込められているのでしょうか。


「あなたですね、ラルツの町から少女を攫っていたリッチはっ!」

「ふふふ、その通りだ。ところでお前いくつだ?」

「へっ? 私の年が何か関係あるんですか?」

「いいからさっさと答えろ」

「十五歳ですけど……」


 私が年齢を言うと、なぜかリッチはかなりショックを受けた様子です。

 そのまま後ろへよろめいて、尻餅をつきました。


「十一歳くらいと思っていたが、十五歳だったとは!? 我が心眼も衰えたものよ」

「なっ!」


 どうせ私は身長が小さいですよっ!

 この失礼すぎるリッチをどうしてくれましょうか?

 最上級の火の魔法でも使って、灰にしてやりますかっ!


 そう思っていると、ようやくリッチは起き上がって私のほうへ指を向けてきました。

 いえ、指先はさっき私が開けたドアのほうを指しているように見えます。


 どう見ても呪文詠唱するような素振りではありません。

 しかし腐ってもSランクの魔物です。私の意表をつくような攻撃をしてくるかもしれません。

 私は警戒しつつ、リッチの動きを注視しました。


 そして彼の骨だけの顎がカタカタと動き始めます。

 私は更に警戒レベルを上げ、いつでも飛び出せるように身構えました。

 しかし彼が発した言葉は呪文ではなく、驚くような内容でした。




「すまないが、十二歳未満の少女以外は帰ってくれないか」




 ………………本当にロリコンでしたよ、このリッチ。


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