第六話
「ア、アリスさん? なぜここに……?」
ここは人里離れた、どころか離島です。
一応私がお出かけすることを、置き手紙にしておきました。
でもどこへ行くなど詳しくは書いてありません。
それで、ここの場所が分かるわけがないのです。
「アオイさん」
「は、はい!」
やばいです。あの目は相当怒っています。
触らぬアリスに祟りなし。
彼女は腰のポーチから、私が置いてきた紙を取り出し、そしてそれを私のほうへと投げつけてきました。
ひ、ひぃぃ?!
「それ見ましたけど、『私より強い奴に会いに行く』ってなんでしょうか?」
「えっと、それはその、置き手紙の常套句でして……」
旅に出ます、探さないでください、よりはマシですよね?
「普通は行く場所と帰る日時を書きますよね。それでそのどこが置き手紙なのですか?」
「そ、それは……その……だってアリスさんを危険な……」
私がそう言い訳していると、徐々にアリスさんの目が鋭くなってくるのが分かりました。
あうぅ~。
すごく怖いです……。
意識せずだんだん声が小さくなっていきます。
「アオイさん。あとでお説教です、いいですね?」
「いえすまむっ!!」
逆らってはいけない。
そう本能が訴えています。
「さて、ではそこの真祖さん」
「…………」
もはや真祖も恐怖に耐え切れず、その場に座り込んでいます。
なんか涙目になっています。
アリスさんの眼光に慣れている私ですらこの有様ですから、初体験の真祖は推して知るべし、ですね。
「誰が座っていいと言いましたか?」
「は、はいっ!!」
慌ててその場で立ち上がる真祖。
先ほどまでの威厳はどこかへ飛んでいった模様です。
「では聞きますけど、あなたアオイさんに何をしようとしていましたか?」
「……そ、それは……その……」
「はっきり答えてください」
「ひっ、あのダンピールは……危険な存在なので、じゅ、十年ほど封印を……」
「危険ですか? どこがどのように危険なのですか?」
「もしかすると、ま、魔人王の封印を破ってしまう可能性が……」
「それだけですか?」
「そ、それと、彼女の手元には、アゾット剣と銀の戦斧が揃っていて……、そ、それで危険かなと」
「危険かなと? どちらも推測ですよね? 何故いきなり封印をしようとしたのですか? 話し合いはしなかったのですか?」
「は、はい。話し合うより、ふ、封印したほうが後顧の憂いがなくなるかなと」
「そうですか」
その瞬間、アリスさんの細い眉が上へと跳ね上がりました。
腰のポーチから、私と一緒に選んで買ったあの大剣を取り出したかと思うと、一気に真祖の黒いとんがり帽子へと振り下ろしました。
「うわぁっっっ!」
慌てて目を塞ぐ真祖。でも何事も起きていません。
不思議に思った彼女は恐る恐る目を開けました。
しかし次の瞬間、彼女の黒い帽子が真っ二つに割れ、地面へと落ちて行きます。
それを呆然と見つめる真祖。
……アリスさん、いつの間にあんな剣技を?!
というか冷静に考えると、単なる鉄の剣では真祖を切ってもすぐ回復してしまいますよね。
それが分からないはずがないのに、あそこまで慌てているなんて、相当冷静さを失っているみたいです。
「私は別に怒っていませんよ?」
再び大剣を掲げて、冷酷に告げるアリスさん。
絶対嘘だッ!!
「怒っていませんから、ちょっとそこへ正座しなさい」
「は、はいっ!」
そしてスーパーアリスさんのお説教タイムが三時間十七分続きました。
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精魂疲れ果て、その場に倒れこんでいる真祖に向かって、まだ延々とお説教を続けているアリスさんを何とか説得し、押し留めた私の手腕は凄いと思います。
「ところで、アオイさんの分のお説教は終わっていませんからね? 帰ったら覚悟してください」
「あうぅ~。いえすまむ……」
そういわれた私の絶望感がどれほどか、みなさんお分かりでしょうか。
このまま逃げたい気分です。
でも逃げたら、延々と地の果てまで追いかけてきそうですよね。
「ところでアリスさん。どうやってここまで来たのですか?」
そもそも場所も分からない上に、ここは離島。
つまり海を越える必要があります。
吸血鬼のアリスさんがどうやってここまで来たのかさっぱり分かりません。
「親切な人に乗せて貰ったのですよ」
「親切な……人??」
私は倒れこんで目が虚ろになっている真祖を担いで、古い小屋の中へと入りました。
早くこの人を正常にして、凍ったみなさんを元に戻してもらわないといけませんしね。 担いでいる時に気がついたのですけど、この真祖、小さいですね。
私より無い気がします。
いやそれどころか、ぺったん?
何となくちょっぴり優越感を感じつつ、アリスさんとの話を続けました。
「レラさんと言う羽の生えた獣人の吸血鬼でした」
「あ……」
私の父親でもある真祖ガーラドの二世、レム、レラ、レロの三姉妹吸血鬼ですね。
レムさんとレロさんは既に魔大陸へ戻っているはずですけど、レラさんはまだこちらに居たのですか。
「それでそのレラさんはどうしました?」
「私を乗せてくれたあと、すぐにどこかへ飛んでいきました」
レラさんたちは、確か先日の赤い月で生まれた魔人討伐に来てたのですよね。
まだ討伐は終わっていないのでしょうかね。
それにしてもよくアリスさんを乗せてくれましたね。
……そういえば、アリスさんは私の子ですから、レラさんから見れば同族だからでしょうか。
「アオイさん、これからどうしますか?」
「うーん、まずはこの真祖を起こして、凍っているみなさんを元に戻してもらいましょう」
彼女を小屋の中にあったベッドに寝かせると、私とアリスさんは開いている椅子に座りました。
そしてぐるっと部屋の中を見渡すも、なんとも質素です。
古い棚と古い本棚が一つずつ、あとは小さなテーブルに椅子が三脚。
他にはやけに小さな鎧と盾、そして大きなハルバードが飾ってあるくらいです。
特に魔力も感じない普通の武具ですね。所々錆びてはいるものの造りは非常に良く、かなり腕の立つ鍛冶屋が作ったのでしょう。
この大きさからすると、ドワーフ用ですかね。
確か彼女は元冒険者とダークエンペラーさんは言っていました。
となると、この武具は仲間だったドワーフの遺品ですかね。
本棚には数冊の古びた本があります。
本のタイトルを見るも、はるか昔の文字なのか全く読めません。
棚のほうは……下が衣類用、上は食器用になっているタイプですね。
しかし、とても真祖という吸血鬼の住む家ではありません。
いえ、古い小屋という時点で真祖という感じはしませんけど。
ここに二千年住んでいるんですよね。
そんな長い間、こんな何も無い部屋で一体何をしていたのでしょうか。
でもここは迷宮都市アークに近い島ですから、迷宮にでも潜っていたのですかね。
「彼女は普段何をしているのでしょうか」
アリスさんも同じ疑問を持った様子です。
「さあ……。瞑想?」
「真祖は瞑想なんてするものですか」
「どうなんでしょうか。でもこの真祖は元冒険者らしいので、もしかすると迷宮に行っててこの小屋はあまり使ってないかも知れませんね」
「迷宮都市アークですか。あそこの最奥にはリッチロードがいるのですよね」
「ええ、でも未だ誰も到達した人はいないらしいですけどね」
リッチロードは真祖と並ぶ程の強さを誇る、強力なアンデッドです。
でもこの真祖であれば、最奥に行っていても不思議じゃないですよね。
あの強大な魔力。
しかもフェンリルすら凍らせるほどの力を持っていますしね。
「う、うん……?」
おや、真祖が気がついた様子です。
「お目覚めですか?」
「あ、あれ? ボク、いつの間にベッドに……ってキミたちは?!」
ベッドから飛び上がる真祖。
でも彼女の視線がアリスさんのほうを向くと、途端にへなへなと座り込んでしまいました。
「ひっ、ごめんなさいごめんなさいもうしませんゆるしてください」
再び虚ろな眼差しになっていく真祖。
相当ショックが大きかった様子です。
心のケアが必要そうですね。
「アリスさん、申し訳ないのですがちょっと小屋の外で待っててくれませんか?」
「え? いいですけど。大丈夫ですか?」
「はい、銀の武器を出して置きますから」
「……銀?」
首を傾げるアリスさん。
アリスさんはまだ銀を知らないのですね。
「吸血鬼の弱点なんです。アリスさんにも影響がありますから」
「それだとアオイさんにも影響あるのではないですか?」
「はい。でも私はダンピールなので、銀の効果も純吸血鬼に比べれば遥かに少ないのですよ。特に真祖なら銀の効果は非常に大きいはずですし」
「本当に大丈夫ですか? 危険になったら絶対私を呼んでくださいね」
そう言うとアリスさんは小屋の外へと行ってくれました。
……さて、尋問タイムと行きますか。
色々と聞きたいこともありますしね。
私はポーチから銀の戦斧を取り出すと、真祖にちらつかせました。
途端、一気に表情が青ざめる真祖。
でも私にも結構きますね……。
「そ、それは銀の戦斧?!」
「はい、いくつかあなたに聞きたい事があるのですよ。ちゃんと答えてくれますよね?」
「……そんな脅しに屈するボクと思っているのかい?」
「別に私はアリスさん、あなたに説教をした吸血鬼に尋問をお願いしてもいいのですけど?」
「何でもお答えいたします!」
素直な子は好きです。
しかし銀よりアリスさんのほうが怖いのですか。
恐ろしい子。
そして私は真祖リリスからいくつかの情報を得たのでした。
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