第五話
「なぜ私が次期魔人王なんですかっ?!」
「キミ……それ真面目に聞いてる? 魔人三体も引き連れて?」
既に私の太ももまで凍り始めています。
まさかジョニーさんの魔法打ち消しを上回るほどの魔力を放出するなんて。
私も半分ハイダークエルフなのでかなりの魔力量を持っているのですが、それでもジョニーさんの魔法打ち消しには歯が立ちませんでした。
となると、この真祖はどれほどの魔力量を持っているのか……。
しかもこの人、単に魔力を放出しているだけで、まだ一つも呪文を唱えていないのですよ?
もし魔法を使ったらどうなるか想像つきません。
これは早めに会話へ持ち込みたいところです。
「いやそうですけどっ! でもこれは偶然で」
「偶然で魔人三体もお仲間に? またまたご冗談を」
「私だって知りませんよっ! なぜか魅了が効いちゃったんですから」
「それは《キミも》現魔人王に魂を召喚されたからだよ」
「……え?」
この人、今なんて言いました?
魂を……召喚?
もしかしてこの人、私が転生してきた事を知っているのですか?
「なぜそれを……?」
「ボクも呼ばれたうちの一人だったからね。現魔人王が封じられてから一万年以上、その間、彼が何も手を打たなかったとでも?」
「それが召喚?」
「真祖四人が張っている結界は非常に強力だ。魔人王自身とその力を物理的に外へ出さない、という効果のみに徹底した封印だからだろうね。でも魔人王は出られないだけで、中から色々な事ができるんだよ」
「でも何故召喚なんてものを?」
「真祖はごく一部の魔物を除けば最強の存在だ。もしこの世界に真祖と渡り合えるほどの力を持たせた魂を召喚し続ければ、きっとそのうち誰かが真祖に挑むんじゃないかな? 倒せなくても少しでも力を弱めてくれれば、自力で結界を破れるかもしれないしね。そしてキミの場合はおそらくその魅了の力だろうね」
「…………」
私は魔人王に召喚されたのですか。
しかも強力な魅了という力をボーナスでつけられた……と。
それってチートって奴ですよね?!
「キミ自身の強さは大したことはないけど、キミの魅了はやっかいだ。何せ魔人王の部下だった魔人たちですらキミの支配下になった。これは魔人王も想定してなかっただろうね」
真祖が手に持っている箒の杖をゆっくりと掲げました。
「ちょっと待ってください! だから何故私が次期魔人王なんですかっ!」
「キミはドワーフから銀の戦斧とアゾット剣を受け継いだよね?」
「アゾット剣っ?!」
マジですか?!
悪魔を召喚することができる伝説の短剣。
悪魔は魔人と同じく魔に堕ちたものたちですけど、元人間の魔人とは違い、堕ちた状態で誕生する悪魔は根本的に異なる種族です。
もちろん魔に堕ちた種族ですから銀が弱点です。
ただし、今この世界に悪魔は居ません。昔は居たそうですけど……。
<その短剣、銀の戦斧とセットだから>
あの時のドワーフが言っていた言葉。
悪魔を呼び出す短剣、そして悪魔を打ち滅ぼす銀の戦斧、そういうセットでしたか。
銀の戦斧も元々はドワーフの持ち物でしたね。
彼らはこの短剣と戦斧を管理していたのでしょう。
そして、柄に埋め込まれている緑色の宝石。これがいわゆる賢者の石という奴なんでしょう。
あのドワーフ、なんちゅーものを渡してきやがりましたか。
今すぐお返ししたいです。
それにこれで野菜とか切ってたんですけど……。
「キミの魅了とその短剣があれば、悪魔ですら支配下におけるかもしれない。そうなれば現魔人王でも太刀打ちできないだろうね」
「じゃあその短剣はお返ししますっ!」
「いやいや、既にアゾット剣はキミを持ち主認定しているよ。キミが死ぬまでその短剣はキミの元から離れないだろう。全く勝手なことをしてくれるドワーフたちだね」
ええっ? いつの間にそんな認定を受けたんですか?
そういえば、ドワーフに若さとか愛とか聞かれた気がします。
まさか、それが認定の条件だったりしないでしょうね。
いやそれより、現状をどうにか打破しないといけません。
こうなったら、銀の戦斧出してやりましょうか。
私が腰につけているポーチに手を伸ばそうとした瞬間、真祖の目が光り一瞬で私の手が凍りつきました。
「そうやすやすと銀の戦斧を出させると思った?」
「……くっ!」
「我が女神っ! よくもっ!」
「妾に任せるのじゃ!」
「唸れ我が神眼、てぇいっ!」
ジョニーさんが力づくで凍りついた下半身を動かし、一直線に真祖へと向かいます。
ワンコはいつもと変わりありません。そういえばフェンリルですし、氷の耐性に強いのでしょう。
一瞬で狼の姿になったワンコが真祖へと躍り掛かります。
ジョニーさんは、口を大きく開けて舌を出しました。そういえばこの人、舌が伸びるんでしたっけ。
真祖はいかにも嫌そうな顔で「気色悪い」と呟いたのが、私の耳に届きました。
それには同意します。
ワンコの巨体が上から、そしてジョニーさんの舌が下から真祖へと襲い掛かります。
が、真祖が一言「風よ」と言っただけで、二人とも弾かれたように吹き飛ばされました。
短縮詠唱(ショートスペル)?!
そして真祖が吹き飛ばされたジョニーさんへ向けて杖を翳すと、彼の巨体が一瞬で凍り付いてしまいました。
「ジョニーさんっ!」
「フェンリルか。ボクには相性が悪いけど……」
続けて真祖はワンコへと杖を翳します。
少しずつ凍り付いていくワンコ。
でもジョニーさんのように一瞬で凍ることはありません。
「何と言う強力な魔力なのじゃ。妾が凍らされるとは」
「ワンコっ!」
「やはりフェンリルには効き目が薄いね」
「唸れ我が神眼、はあっ!」
ダークエンペラーさんが、さっきから気合の入った言葉を発していますが、真祖は全くなんらお変わりありません。
確かラッキーさんが言っていましたけど、ダークエンペラーさんは麻痺の魔眼持ちでしたね。
でも不死である吸血鬼に麻痺という状態異常系は効かないですよね……。
ラッキーさんは素早いだけで、足を封じ込められたら何もできないでしょうし。
あっ、そういえば口は動かせるのでした。
それならっ!
「我アオイが契約する、火の六階梯、永遠なる業火」
火の最上級魔法、永遠なる業火。
私の手のひらから漆黒の火の弾が生まれ、それを真祖目掛けて投げつけました。
それにタイミングを合わせたワンコが、再び真祖へと飛びかかります。
魔法は風では防げません。
先ほどのように短縮詠唱で弾き返されませんよ!
「へぇ、今の魔法ってこんな感じなんだね」
いかにも余裕綽々といった感じの真祖。
ワンコと私の魔法が彼女に襲い掛かる寸前、彼女の目が大きく開いて。
……やばいっ!
何か直感的に感じた私は、咄嗟に上半身をお辞儀するような格好で伏せて。
そして世界は凍りつきました。
私がおそるおそる伏せた上半身を戻すと、そこは一面氷の世界が広がっていました。
木々はもちろん、空気の中に含まれている水蒸気ですら凍りつき、太陽の光に照らされてきらきらと輝いています。
ダイヤモンドダストと呼ばれる現象です。
私の放った永遠なる業火の弾も、《火が凍ったまま》氷の中に閉じ込められています。
ワンコが真祖の上から飛びかかうとしたままの姿で凍っていて、それが重力に負けて地上へと落下しました。
幸い完全に凍っていて強度があったのか割れることはありませんでしたが、氷に非常に耐性のあるフェンリルすら凍らせるなんて……。
そして真祖は、いまだ凍り付いていない私を見て、少しだけ眉をしかめました。
「おや、ちょっと狙いがずれたかな?」
もはや私には言う言葉が見つかりませんでした。
ワンコが上から跳んでいなければ、そして私が上半身を伏せていなければ、真祖の視界に入ってしまい凍りついてたでしょう。
これが真祖の力。
しかも序列すらない真祖ですら、これほどの強さ。
序列一位や二位の力は、そしてその真祖四人を持ってしても勝てなく、封印するだけになった魔人王の力は、一体どれほどでしょうか。
こんな人たちを相手に、悪魔を召喚して味方につけたとしても勝てますか?
「うーん、もしかして実力差に驚いてたりするのかな?」
私が何も言わないまま呆然としていたのを、真祖は困ったような表情をしてきました。
「ボクも一応魔人王に召喚されたうちの一人だしね。更に真祖になって二千年以上経っている。吸血鬼は長く生きれば生きるほど力が増していくからね。きっとキミも数千年くらい経てばボクくらいの力を持てるようになるよ」
「それは、今の私ではあなた達の敵にはならない、という事ですか?」
「そうだね。キミの魅了の力は、アゾット剣とセットで使われるとやっかいなのは事実だ。でも今のキミの実力ではそれを使いこなせないとも思う」
つまり将来の芽を潰すために、私を倒しておくという事ですか。
「私は別にそんな気がないのに……」
「その気になればできる、というのが怖いんだよ。それにキミの目標って序列二位を殴ること……だっけ? そんな事をされて、万が一結界が破られたらどうなる?」
「いやまあその通りですけど。でもなぜそれを知っているのですか」
「何の為にボクとリティ……ああ、もう一人の真祖がこの大陸にいると思っているんだい?」
彼女は情報収集の為にこの大陸にいるということですか。
「ボクの二世や三世たちは、この大陸中にいるんだよ。そして定期的に情報を受け取っているのさ。その中にキミがダークエルフの里に封印されていた魔人を魅了した、という事を聞いてね。暫く様子を見ていたんだけど、エルフの里でも魔人を仲間にしたと聞いてね。これは要注意人物となったわけだ」
ジョニーさんと会った後から、マークされていたのですか。
全く気がつきませんでした。
「安心していいよ。今のキミはまだ危険度が低いからは殺しはしない。ただ十年ほど凍っててくれればいいだけだから。それだけ時間があれば現魔人王を倒せると思う。キミの処遇はその後に決定されるだろう」
「もし倒せなかったらどうなるんですか?」
「……ごめんね」
「ちょっ。そこ謝らないでくださいよっ!」
「大丈夫。凍っている間は仮死状態になるから、次にキミが気づくのは全てが終わったあと。何も気にしなくていいよ」
「気にするわっ!」
突っ込みを無視した真祖は、杖を私のほうへと向けてきて、呪文を唱え始めました。
<凍える魂、永遠の凍土、凍てつく風>
今まで聞いたことの無い呪文。しかも彼女の周りに文字が浮かび上がり、それがぐるぐると回っています。
まさかこれってはるか昔に使われていた魔法の一つ、文字魔法ですか?
<永久なる氷となりて全てを封じよ、永遠に時を留めよ>
彼女の周りを回っていた文字が徐々に杖へと集まり、それが魔方陣を形成していっています。
このままだと氷漬けになります。
でも、もう私にはどうする事もできません。
そのまま彼女の呪文が完成する時を待ちました。
<我が名我が魔を代償に行使せよ、永……なっ?!>
……ぞくぞくっ。
真祖の呪文が完成しようとしたとき、
「こ、これはっ?! 恐怖? まさかこのボクが?!」
背筋が凍りついたかのように、ぞわぞわ這い上がってくる、懐かしい感触。
真祖も何が起こったのかわからず、混乱しているようです。
でも私は知っています。
こんな背筋が震えるような目をする一人の、そして私のたった一人の
私がその視線の元を辿っていくと、そこに金色の長い髪で赤い目を持つ少女が静かに立っていました。
「……吸血鬼……だと?」
真祖もその視線に気がついたのか、少女を見て驚いたように声が漏れました。
その少女の赤い目が、更に深紅から真紅へと変化していきます。
それと共に、凄まじい恐怖が私と真祖を襲い掛かり、全く身動きが出来なくなりました。
そんな彼女は立ったまま、真祖に向かって、いつもの優しいとも言えるような声で問いかけました。
「そこの真祖さん。私のアオイさんに何をしようとしているのですか?」
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