第四話
かなり小さい古びた小屋。その前に大きな黒色のとんがり帽子に、黒色のローブを着て、そして箒の杖を持った見た目十五~十六歳くらいの少女が立っています。
なかなか可愛らしい少女です。しかも魔女っ娘ですよね、あれ。
彼女は私の姿を見ると、まるで旧知の間柄のように気安く話しかけてきました。
「やあ、次期魔人王。まさかこっちに来るとは思ってもいなかったね」
「え? 次期魔人王??」
そう言われた私は、思わずジョニーさんを見てしまいました。
でも彼女は違う違うというように手を振って、改めて私を指してきました。
「そこのダンピール、君のことですよ」
「私が? 魔人じゃなくダンピールなんですけど」
「まだ気がついていないの? それとも隠しているのかな? まあ《どちらでも》問題ないよね」
そう彼女が呟いた瞬間、一気に周囲の温度が下がっていきました。
彼女からとてつもない冷気の魔力の量が放出されています。
見る見ると周囲が凍りつき、私の足元へ侵食してきます。
単に魔力を出しただけでこれですか?
さすが真祖。
でも……。
「ジョニーさん!」
「吸引っ!」
ジョニーさんの深緑色の目が光り、真祖の放った魔力をかき消します。
が、真祖はかまわずそのまま魔力を出し続けています。
だんだんと真祖の魔力に押されて、徐々に私たちの身体が凍り付いていきます。
消す速度よりも魔力放出の量が多いですよっ?!
なんていう馬鹿力ならぬ馬鹿魔力ですかね。
「改めて名乗ろう。ボクの名はリリス=ラスティーナ。序列から外れた野良真祖吸血鬼の一人だよ。始めまして、次期魔人王アオイ=ハタナカさん」
ボクっ娘ですか! それは萌え……。
いや突っ込むところはそっちじゃないです。
何で私が次期魔人王?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
話は私たちが真祖の住む島へ移動する数時間前の事になります。
「チ、チャッピーじゃないか!」
「その名を口に出すなぁ!」
私たちがベールから戻ってくるとラッキーさんが出迎えてくれました。
この人、私より早く戻ってきたんですね。
まあ空を飛べるのですから、速いとは思いますけど。
そしてダークエンペラーさんを見たラッキーさんが思わず叫んだのですが……。
そのセリフに切れたダークエンペラーさんがラッキーさんへと殴りかかっていきました。
しばし呆然と見てましたが、どちらも力は抑えているのか普通の人間が喧嘩しているような感じです。
暫く放置しておきましょう。
どたんばたんやっている二人をよそに、ワンコが家から出てきました。
「主よ、お帰りなさいなのじゃ」
「ワンコ、ただいま」
「留守中、何か変わったことはありませんでした?」
「主の子がやってきたのじゃが、今朝方またどこかへお出かけになられたのじゃ」
アリスさん、また仕事へ行ったのですか。
いい加減、無理やり連れて帰って休みを取らせたほうがいいですよね。
「ところで主よ、後ろにいる筋肉魔人はもしや?」
「あ、そうでした。こちらジョニーさんです。で、ジョニーさん、この子が私の下僕一号のワンコです」
「フェンリルと見たが。我が女神はフェンリルも下僕にされていたのですな」
「私が生まれた時に色々とありまして、この子がいなければ私は生きていなかったと思います」
「ふむ、そうでしたか。ワンコとやら、よくぞ我が女神をお守りいたした。我は感服いたしましたぞ」
「お、おう」
ワンコの人間形態は、女性にしてはそこそこ身長が高いのですが、ジョニーさんとはやはり大人と子供の差があります。
ジョニーさんは頭を下げましたが、その巨体に若干押され気味なワンコです。
ちなみに私とジョニーさんでは五十cmくらい差があります。
大人と子供どころの騒ぎではないですよね。くすん。
「ところで我が主よ。ラッキーと喧嘩をしているやつも、魔人なのかえ?」
「はい、チ……ではなくてダークエンペラーさんです」
「ダークエンペラー? なんじゃその痛い名は」
「ワンコ。黙っていてあげるのも大人ですよ?」
「……人間は難しいのじゃ」
「さて、それでは打ち合わせをやりたいと思います!」
ここは家の居間です。
ジョニーさん、ラッキーさん、ダークエンペラーさん、ワンコ、そして私の五人が並んで座っています。
こうしてみると大所帯になりましたね。
喧嘩していた二人はジョニーさんが無理やり引き剥がして、家の中へと持ってきてくれたのですが、未だにいがみ合っています。
この二人、仲悪いんですね。
「ところで何の打ち合わせですかな?」
そう問いかけてくるジョニーさんに私は「真祖の序列三位が私を殺しに来る対策を練る件について」と答えてあげました。
「対策など、我がその真祖とやらを殴ればいいだけではないでしょうか」
「そんなに簡単に殴らせてくれるのでしょうかね」
私は期待を込めてワンコを見ました。
「まだ彼女が来るには時間がかかると思うのじゃ。それより、先にこの大陸にいる真祖を何とかしたほうがいいと思うのじゃ」
「こっちにいる二人の真祖が序列三位のグループだからですか?」
「さようじゃ。さすがに真祖が三人も来たら勝ち目はないのじゃ」
確かにそれは納得です。
でも少し待ってください。何となく違和感があります。
ワンコは序列三位の人が私を殺しに来るのを、どうやってか知りませんけど聞いたから私に会いにきたのですね。
でもその前に序列三位の人は魔人王を倒す為の戦力として、こっちに居る真祖二人に緊急集合って声をかけたんですよね。
こっち来いよ! って声をかけておいて、自分が集合場所から移動するなんて不思議ですよね。
「ワンコ、あなたが序列三位がこっちに来るという情報はどうやって手に入れたのですか?」
「やつの三世が妾の部下を使い魔にしておってな。そこから伝え聞いたのじゃ」
「ワンコの部下が序列三位の三世の使い魔ですか?」
ワンコに部下っていたのですね。
それは置いといて、そもそも別れるとき私はラルツに行くという事をワンコには伝えていませんが、どうやって彼女は私の居場所を知ったのでしょうか。
「ワンコはどうやって私の居場所を知ったのですか?」
「もちろん主の匂いを追ってきたのじゃ」
「私がこっちに来たのって七年前ですよ? そんな昔の匂いを辿ってこれるのですか?」
「もちろんじゃ。我が主の匂いを忘れるわけが無いのじゃ」
本気で犬ですね。狼のプライドどこ行った。
いや犬でも七年も前の匂いなんて嗅ぎ付けられないでしょうけど。
さて、じゃあそんな鼻を持っていない序列三位はどうやって私のところへ来る予定なんですかね。
……もしかしてワンコは踊らされたのですかね。
いえ、それは考えすぎですね。
そもそも魔大陸にフェンリルは多くはないけど、それなりに数は居ます。
そんな中の一匹であるワンコと私が旧知の仲なんて事は、まず知らないでしょう。
更に彼女は序列三位が出発した後に出ていますしね。
一旦整理です。
まず序列三位はどうやって、こっちにいる真祖二人に集合の合図をかけたのでしょうか。
普通に考えれば自分の二世や三世、あるいは使い魔的なものにお使いを頼んだのでしょう。
じゃあなぜ序列三位の人は、わざわざ自分からこっちの大陸に来て私を殺そうとするのですかね。
こっちに来ている人が居るのですから、ついでに命令しておけば済むはずです。
だって彼女から見れば、私なんて《たかが》ダンピールです。
自分の二世や三世を一人派遣すれば十分だと思うはずですよね。
それに、いくら私が目障りだとは言え、魔人王を倒すほうが優先度は高いはず……ですよね?
となってくると、いくつか仮説が浮かび上がります。
一つは、こっちの大陸にくる事自体がフェイクという事。
魔人側の勢力を安心させておいて、奇襲をかける作戦ですね。
もう一つは、魔人王を倒す以上に重要なことが、こっちの大陸に出来てしまった。
序列三位自ら動く必要があるほどの重要な事、あるいはモノかも知れませんけど、そんなものが見つかったということですよね。
そして最後が本当に私が目障りで、後先考えずに殺しに来ているという事。
この場合は……こいつお馬鹿さんです。
みんなで指を指して笑ってあげましょう。
さて、この仲で一番可能性の高いのはどれでしょうかね。
序列三位は自分で吸血鬼化の呪法を編み出した方です。頭は良いはずですよね。
となると、やはり一番最初のフェイクですかね。
二番目の可能性もありますけど、魔人王以上に重要な用件なんてちょっと想像つきません。
では私のやるべきことは?
まずは情報収集でしょうね。
取りあえず、一番近くに住んでいる真祖に会いにいきましょうか。
確か以前ジョニーさんがアークの近くに真祖が住んでいると言ってましたね。
そこへ行ってみましょう。
多分もう魔大陸へ移動しているから留守でしょうけど、何らかの情報が得られればラッキー程度に考えればいいですよね。
「確か以前ジョニーさんはアークの近くに真祖が一人住んでいると言っていましたよね? そこへ行く途中でダークエルフの里に封印されたと」
「ええ、二千年ほど昔の事ですな」
二千年前ですかー。引越ししていなければいいのですけど。
「ワンコはアーク近くに住んでいる真祖の情報を知っていますか?」
「妾は魔大陸にいたから詳しくは知らないのじゃ」
いかにも残念そうに項垂れるワンコです。
でも頭にある耳までしょんぼりとなっているのは、何だかかわいいですね。
「ハニー、オレその真祖の事、少しだけど知っているよ」
その時、ダークエンペラーさんが手を挙げて発言してきました。
「ほんとにですか?! それとハニーはやめてください」
「うん、オレはそれなりに長い時間こっちの大陸にいたからね。この大陸で魔人にとって危険な相手は事前に調べたのさ」
ハニーの件に関してはスルーされました。
「今でもアーク近くに住んでいるのですか?」
「ああ、アークから東へ行った先にある小さい島に住んでいるらしいぜ」
「良かったです。まだ引越しされていなかったのですね。ちなみにどんな方なのかは?」
「確か氷の魔法を使う真祖らしいぜ。吸血鬼になる前はもう一人の真祖とペアを組んで冒険者をやっていたと聞いたな」
元冒険者ですか。それはちょっとやっかいですね。
普通の人間がいきなり吸血鬼になったら、自分の力を過信して力押ししかしてこない場合が多いのです。
でも冒険者は元々自分と同格、あるいは格上の魔物も相手をしてきた経験があるはずです。
それは、時には逃げたり、時には罠を使ったり、様々な手段を用いたことでしょう。
冒険者に油断という文字が入ると、それは死に繋がる確率が高くなるから、ギルドでは決して油断はしないように言っていますしね。
留守とは思いますけど、万が一遭遇して戦う事になったら、かなりやっかいでしょう。
「ちなみにもう一人は元銀狐の獣人で、弓が得意だってさ。ヴァイス同盟国の中央にある森に住んでいるとの噂だぜ」
「獣人の真祖はヴァイス同盟国にいるのですか。ちょっと遠いですね」
ヴァイス同盟国は大陸の一番東側に位置する国で、元々は複数の国だったのを一つにまとめたそうです。
まとめた理由は、この大陸の三大強国に対抗するためだそうで。
「我が暗黒神よ。全員で行くのですかい?」
考え込んでいた私に、ラッキーさんが尋ねてきました。
もし私が留守の間に万が一序列三位の人が来たら、ということですか。
でも彼女の目的は私です。
私が居なければ多分何もせず、そのまま待つか、私を探しに来るかですよね。
「戦力の分散は愚と偉い人が言っていました。ここはまずアークにいる真祖を全員訪ねにいきましょう」
「じゃあ今から出撃ですかい」
「ええ、そうしましょう。多分留守とは思いますけど」
「留守ですと? ではなぜ行くのですかな」
ジョニーさんが疑問を挟んできたので、私は自分の仮説を説明しました。
「難しいものですな」
「我が主よ、妾は二番目のような気がするのじゃ」
「何か重要な事が起こったということですか? 序列三位って本当に向こうからこっちに来ているのですかね」
「それは間違いないと思うのじゃ。強大な気配が魔大陸から出て行くのを感じたのじゃ」
ああ、そっか。真祖というくらいですから、強大な気配を放っていても不思議じゃありませんよね。
となると、やっぱりワンコの言うとおり二番目の仮説が一番可能性が高いのですかね。
でも逆に言えば序列三位が私の近くに来たとしても、ワンコにはまるっとお見通しですよね。
ワンコレーダーと名づけてあげましょう。
「序列三位が本当にこっちへ来ているのなら、急いで行ったほうがいいですね。何より私の手元には情報が少なすぎます」
「そうじゃの。ならば我が主よ、早速今から行くかの?」
「もちろんです!」
こうして私たち全員で、一路アークの近くにある真祖が住むという島へとやってきました。
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