第七話


「これがこの大陸最高峰の山ですか」


 私の前には高く聳え立つ山脈があり、その中で一際高い山の麓にいました。

 ここはヴァイス同盟国にあるベーマルド山脈です。

 ヴァイス同盟国は大陸の一番東にある国で元々は四つの小国でしたが、オーギル王国、セント公国、ファント聖国の三大国に対抗すべく同盟を組んだ国です。

 そしてベーマルド山脈には鉱山があちこちにあり、それらはドワーフが管理を行っているそうです。


 なぜこんな大陸の端っこまできたのか。

 それは真祖リリスから得た情報になります。


 序列三位の真祖ファムリードは魔人王を倒すべく、緊急集合を真祖リリスと真祖リティの二人にかけたそうですが、急遽取りやめたそうです。

 そして序例三位の真祖自らこの大陸に来ることになりました。

 それはなぜか?


 それは、真祖となる呪法の完全版を発見したからだそうです。


 序列三位は、一位二位に真祖化の呪法を教えてもらいに行ったが、ばっさり断られてしまいました。

 そのため自ら真祖化の呪法を編み出したのですけど、実はそれは不完全だったらしいです。

 一万五千年ほど生きている序列三位は確かに強く、序列を認められてはいるものの、序列一位や二位と比べるとかなり力の差があるようです。

 また真祖リリスや真祖リティといった子飼いの真祖も不完全な形の真祖です。

 こちらはまだ二千年ほどしか生きていなく、力もそこまで強くないためか、序列は認められていない、との事。

 あれでまだ序列を認められないのですか?! とは思いましたが……。


 そしてその完全版の呪法が、この山の頂上付近にあるという。


 なるほどです。

 確かに魔人王を倒すよりも優先すべき事でしょうね。

 完全な真祖になれば更に力も増すはずですしね。


 ……でも……あれ?


 少しだけ疑問を持ってしまいましたが、まあ気にしないでおきましょう。


「それで、この山頂で序列三位と待ち合わせですか。素敵な待ち合わせ場所ですねー」


 あの山は標高四千mと言われています。

 その山頂ってかなり寒いですよね。


「それは皮肉かい? まあボクも同意するけどね。全くなんでボクがここまで来なきゃいけないんだ」


 そう答えたのは真祖リリスです。

 序列三位と待ち合わせしているのは真祖リリスと、真祖リティの二人ですからね。

 どちらかといえば、私がお邪魔虫です。

 なぜ私がわざわざ着いてきたのかといえば、もちろん序列三位に会うためです。

 序列三位は私を殺すぞーと言っている奴です。

 直接会って、アリスさんの眼光で説得させる必要ありますしね。

 それ以外には知的好奇心で、その真祖化というものを見てみたかったのもありますけどね。


「でもリリスさんも完全版の真祖になれればお得なんじゃないですか?」

「ボクは今のままでも十分だよ。それに真祖にならなくても普通の吸血鬼だっていいくらいだ」

「力を求めないんですか?」

「吸血鬼は血を定期的に吸うだけで、生きていけるんだよ? ドラゴンを一頭まるごと冷凍しておけば、何年もニート生活できるじゃないか」


 ……この人ダメな人です。


「仕事しないんですか」

「働かなくても生きていけるんだから、わざわざする必要を見出せない。そもそも仕事って何すればいいか分からないよ。ファムリードからの依頼だって百年に一回くれば良い方だしね」

「そうですかー」


 じゃあ何でこの人、真祖なんかになったんでしょうかね。

 このニート真祖と仕事命のアリスさんを足して二で割れば、ちょうどいいくらいじゃないでしょうか。


「アオイさん、なぜ私を見ましたか?」

「いえ、何でもありません」


 私の後ろにはアリスさん、そして隣には真祖リリスがいます。

 ワンコと魔人たちは、ラルツへと帰しました。

 これから序列三位と会うのですから、吸血鬼と敵対している魔人を連れて行けば色々とややこしいことになりそうですしね。


「はぁ、行きたくないなぁ。面倒くさい。そもそもボクに肉体労働なんて合ってないし、このまま帰ろうかな」

「ほらほら、さっさと行きましょう」

「だってこの山、四千mあるんだよ? 登るのにどれくらい時間がかかるか分からないよ」

「リリスさん、一応真祖ですよね。人間より遥かに力があるんじゃないですか?」

「自慢じゃないけど、四km走っただけで息切れ起こすよ?」


 そんな馬鹿な。

 ダンピールの私ですら、その十倍は楽に走れます。

 成りたての吸血鬼であるアリスさんですら、普通の人間が歩いて半日の距離を走り続けられるんですよ。

 ましてや、この人真祖ですよ?


「吸血鬼化による肉体強化なんて幻想だね。元のスペックが低ければいくら吸血鬼になっても低いままだ。ボク自身がその証さ」


 そんな親指立てながら笑顔で言わなくても……。

 しかし四km走って息切れって、単なるちょっとしたマラソンするくらいですよね。

 ニートしすぎて体力落ちているんじゃないですか、この真祖。


 山頂までいくのに二日くらいかかるかな。



 ぶつぶつ文句を言うリリスさんを引きずって、私は山頂へと目指しました。

 というか途中で面倒になって、リリスさんを背負って走っていきましたけど。


「うわっ、何これ。寒いよ? ボク寒いの苦手なんだよ」

「氷系の魔法使ってた人が寒いの苦手と言いますかっ?!」

「氷魔法の得意な人が、寒さに強いとは限らない。その認識は改めて欲しい」

「さようですかー」


 もうやだ、この真祖。

 どこかに捨ててきていいですかね。


 そして山頂までもう少し、というところで断崖絶壁の場所にたどり着きました。


「うわ、これ登りにくいですね」

「手を岩肌に突き刺して登っていくのがいいのでしょうか?」

「下手に岩にダメージを与えると、崩れそうです」

「ぐるっと回っていきますか?」

「時間かかりそうですけど、それが一番速いですかね」


 私とアリスさんが相談していると、突然ニート真祖が背中から飛び降りました。


「これ以上時間なんてかけられないよ。寒くて凍え死ぬ自信がある」

「あんたが言うな」


 思わず突っ込みいれてしまいました。

 しかし彼女は私の突っ込みを軽くスルーして岩肌の正面へと移動すると、一歩、空へ足を上げました。

 するとそこから魔力が噴出し、岩肌にくっつくようにして四角い氷が生まれました。

 その氷の上に乗って、更に一歩、空へ足を上げて同じように四角い氷を作る彼女。


「何をするんですか?」

「こうして階段を作ればこのまま登っていける」


 おお、なるほど。

 急な階段ですし、氷ですから滑りそうですけど。

 でもそれが出来るなら近道になりますね。


 次々と足を交互に上げて氷で出来た階段を登っていきます。

 呪文詠唱すらせずにこんなものを即興で作れるとは、腐っても真祖ですね。

 五十階段くらい登ったときに、休憩しよう、といわれましたが後ろから無言の圧力をかけて続けさせました。


 そしてようやく山頂へと登りきった時、彼女は息も絶え絶えな状態でした。

 本気でこの真祖、体力無いですね。



 山頂から見る下界は……吹雪いてて何も見えません。

 本気でこんな場所を待ち合わせにするなんて、常識はずれですよね。


「うん、寒い。避難場所を作ろう」


 へばっていたリリスさんが突如立ち上がると、いきなり片足を上げ地面へと下ろしました。

 すると下ろした先の地面に氷の結晶のような魔方陣が浮かび上がり、そこから氷が生まれていきます。


 それは圧巻でした。

 氷がまるで壁のように作られ、みるみると大きな城の形を作っていきます。


 ……って氷の階段も氷の城もシチュエーションがやばいっ!


「リリスさん、すとーっぷ!すとーっぷ!」

「どうしたんだい?」

「それ以上続けると、ハハッ、と笑う最強の黒ねずみがやってきますよ!」

「……黒ねずみ?」

「その黒ねずみには誰も、例え神が居ても勝てません!」

「そんな魔物いたかな。まあ氷の城なんて大きいのいらないか」


 彼女は作りかけの城を小屋へと変化させていきました。

 ……ふぅ。危なかったです。


 そして氷の小屋へと入っていく三人。

 最後に入ったアリスさんが小屋のドアを閉めました。

 ばたんっ!



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 あれから三週間が過ぎました。

 リリスさんは、朝から晩まで寝ています。

 私はたまにアリスさんに襲われ血を吸われながらすごしています。

 概ね平和な毎日です。

 たまにお風呂に入りたくなりますけど、火の魔法なんて使ったら雪崩が起こる可能性ありますし、我慢のしどころです。

 ここへ来る前に鉱山都市ベーマルドで食料など買っておいたのですが、そろそろ底をつきそうですね。

 無くなったら一度下まで降りる必要がありますし、面倒ですね。


 そんな時、ドアのノックする音が聞こえました。

 風の音じゃないです。それにドアの外に誰かの気配も感じられます。

 やっと来ましたか、序列三位の真祖ファムリード。


「どうぞー」


 リリスさんがベッドに寝ながらやる気の無い声を上げます。

 一応仮にも上司ですよね。

 そんな態度でいいのでしょうかね。


 そしてドアががちゃりと開けられました。

 私とアリスさんは側に寄り添いながら、入ってくる人物を観察します。

 銀色に輝く長い髪、そして頭にある二つの耳。


 ……耳?


「リリスちゃん、久しぶりだね」


 入ってきた人物は獣人。

 そうか、この人がもう一人の銀狐族の真祖リティですか。


「あれ、お客さん?」


 その真祖は私たちを見ても驚きもせず、自然体のままにこりと笑ってきました。


「うん、まあ適当に座って」

「リリスちゃん、お客さんがいるのにベッドに寝てていいの?」

「かまわないよ。リティも寝る? ちょっとひんやり感漂うベッドだけど」

「遠慮しておく」


 なんだか真祖というイメージがしません。

 ゆるふわ系ですよね。


「始めまして、私はリティ=シルバーフェスト。そこにいるリリスちゃんの幼馴染だよ」

「あ、始めまして。私はアオイ=ハタナカです。ラルツの町で冒険者やっています。そしてこちらの方がアリス=シーレイスさんで、ラルツの冒険者ギルドの職員です」

「わ、冒険者! 懐かしいなぁ。私も昔冒険者やってたんだよ」


 すごくフレンドリーな方ですね。

 今まで真祖は居丈高で自己中タイプの人ばかりかと思っていましたけど、認識を改めないといけません。

 実際、そこに寝ている真祖はぐうたらですしね。


「それにしてもその冒険者が、どうしてこんなところに?」

「ええ、話せば長くなるのですけど……序列三位の人に会いに来ました」

「ファムリードちゃんに?」


 仮にも上司をちゃん付けですか。


「はい、どうやらその序列三位の人は私を狙っているみたいで、それなら直接会って話しをしたほうが良いかと」

「狙って? ああ、アオイちゃんが例の序列二位の子供なんだ」


 今頃気がつきましたか。


「なるほどね。でもアオイちゃんを狙ってるなんて嘘なんだけどな」

「ちょっ?! ほんとに!?」

「うん、ファムリードちゃんがそんな事言ったのは、こっちに来る理由を無理やり付けただけだし。わざわざごめんね」


 やっぱりブラフでしたか。

 それにしてもはた迷惑ですよね。


「でも私はリリスさんに殺されそうになりましたけど」

「ボクはそんな野蛮なことはしてないよ。単に十年くらい凍ってもらいたかっただけだ」

「リリスちゃん、そんな事勝手にやったの? 後でファムリードちゃんに怒られるよ? アオイちゃん、ほんとにごめんね」

「え、いえ。結果的にはこうして無事に居ますし」

「でも、わざわざここに来てくれたのに」

「いえ、せっかくですし序列三位の方とも会います。ついでに真祖化の呪法も拝見させていただければと」


 そう私が言った途端、目の色を変えるリティさん。

 怒鳴りながらベッドに寝ているリリスさんの側まで行きました。


「リリスちゃん、そんな事もしゃべったの?!」

「いいじゃない。隠すことじゃないだろう?」

「隠すことだよ!」

「そうか?」

「もう、本当にリリスちゃんはダメな子だね」


 あ、そうだ。一つ聞きたいことがありました。

 ここへ来る前に感じた疑問。


「ところでリティさん」

「ん? どうしたの?」

「真祖化の呪法って人間が真祖になるためのものですよね」

「うん」

「既に《真祖の序列三位》がやって、効き目あるのですか?」


「…………」

「…………」

「…………」



 私の投げた疑問が沈黙を呼びました。



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