第28話 暖房の入った日に……しまった!

 十一月の半ばを過ぎると、温暖な大阪にも冬がやってくる。夏は保健室通いが多かった小雪ちゃんだが、冬は元気いっぱいだ。

「明日は国語のテストをします。教科書をよく読んで、新しく出てきた漢字を練習してきて下さい」

 教室から悲鳴があがる。

「またテストかぁ~」

 1年生なので、テスト勉強を宿題にしてもやり方がわからないので、具体的に「本読みと、漢字ノートに1ページ書いてくること」と連絡帳に書かせる。

「このところテストばっかりや!」

 子ども達が愚痴るのも仕方ないと、鈴子先生もテストが目白押しだと反省している。二学期の初めは運動会の練習で、かなり授業の進度が遅れてしまったから、十一月は駆け足で進んだのだ。

「わからないところがある人は、質問しにきて下さいね」

 若い新米の鈴子先生は、生徒にも人気があるから、休み時間にもいつも生徒に囲まれているが、勉強を聞きに来る子はいない。

「鈴子先生、彼氏いてるん?」などと、おませな質問をする子に困惑させらる。

「その服、おニューやなぁ」と女の子からの服装のチェックもなかなか細かい。鈴子先生の服装の趣味は地味なので、白かベージュのブラウスに、紺や黒色のスーツが多い。同じような服ばかりなのに、新しいブラウスだとすぐに気づくのに驚かされる。

「あっ、そのハンカチもおニューや」

 ハンカチまで見ているのかと、鈴子先生は少し笑ってしまった。


「ああ、鈴子先生が笑うてはる。良かったわ」

 級長の珠子ちゃんは、鈴子先生が家に下宿しているので、なるべく学校では馴れ馴れしいと思われないように、休憩時間とかは側に行かないように心がけている。女の子は、細かい事もあれこれ言うので、珠子ちゃんもなかなか気を使っているのだ。

「そりゃ、泣き女だって笑いはるやろ? 変なこと、言うてるなぁ?」

 一番の仲良しの小雪ちゃんは、しっかり者の珠子ちゃんらしくないと首を傾げた。珠子ちゃんは、首斬り男の件は親友の小雪ちゃんにも内緒なのが苦しい。

『東京から大阪まで追いかけてくるやなんて、ひつこい男や! 鈴子先生は、よう我慢してはるわ』


 ずっと泣くのを自分に禁じていた鈴子先生は、限界を越えて倒れてしまったのだ。

「泣き女なのに、泣くの我慢したら身体に毒でっせ!」

 猫おばさんは身体の不調ではなく、心の不調だと見抜いて、妖怪の心理カウンセラーをしている白蛇先生を家に呼んだ。白蛇先生は、三百年生きた白蛇が大蛇になったのだが、あと七百年生きないと龍にはなれないので、その間の暇潰しに大学へ通い資格をとった変わり者だ。見た目は妖艶な若い女の姿を取っているが、酸いも甘いも噛み分けた大年増だけあって、アドバイスは的確だし、神通力も少し手に入れて、占いもできる。

「あんたは、泣き女や! 自分を偽ってもええ結果はでまへん。泣きたい時は泣いたらよろしいんや」

 そう言われても、首斬り男を学校に呼び寄せるるから泣いては駄目だと、鈴子先生は固い表情のままだ。

「シロヘビサマノイウトオリニセンカ! カー!」

 猫おばさんや珠子ちゃんは、カウンセリングだから、別の部屋に居たが、大絶叫に驚いて駆けつけた。

「何の騒ぎですか!」白蛇先生だろうが猫おばさんは負けてない。龍になる前なら、化け猫と良い勝負だと、鼻息も荒い。

「違うんです。白蛇先生は、泣き女が泣くのを我慢するのは身体に毒だと仰って下さったのですが、学校に首斬り男が来たらと思うと……シクシク……全て私が悪いのです」

 そう言えば、鈴子先生の泣き声を聞くのは久しぶりだと、猫おばさんと珠子ちゃんは顔を見合う。

「堪忍なぁ、気ぃつけへんかったわ。家では泣いてもええのになぁ」

 白蛇先生は、やっと自分のアドバイスに従って泣きだした鈴子先生を見て、やれやれと肩を竦める。

「鈴子はん、冬来たりなば、春遠からじ!」と言い捨てて、夜の街へと消えていった。

 それから、鈴子先生は家では我慢しないで泣くことにした。猫おばさんと珠子ちゃんは、耳に栓をして堪えているが、少しずつ泣く時間が短くなってホッとしている。

「鈴子先生もようやく一人前になってきはったんやなぁ」

 猫おばさんが、やれやれと長火鉢の前でお昼寝をしていた頃、しっかり者の珠子ちゃが大失態をしてしまう。


 この日も、1年1組からは、元気の良い声が廊下にまで響いていた。

「鈴子先生! 小雪ちゃんがしんどそうや」

 ちょっと目尻が上がった珠子ちゃんが、隣の席の小雪ちゃんが気分が悪そうだと、悲しげな美人の鈴子先生に大きな声で告げる。

「あっ! 小雪ちゃんは暖房は駄目だったのよね」

 大阪では珍しい東京弁の鈴子先生は、寒くなって教室に暖房がついていたのを慌てて消す。小雪ちゃんは雪女なので、暑いとクラクラしてしまうのだ。

「ごめんねぇ」

 小雪ちゃんは、自分のせいで他の皆まで寒い目にあわせてと、小さくなって謝る。真っ直ぐな髪がサラサラで可愛い小雪ちゃんは、チビ雪ちゃんと呼ばれたたりしているが、クラスの人気ナンバー1だ!

「ええねん! チビ雪ちゃんは気にせんでもええんや。俺なんか夏のプールの時に、皆の足を引っ張ってしもうたんやから」

 お調子者の河童の九助くんの発言に、クラスの全員から「死ぬかと思うたで!」とか「ほんまに溺れるところやった」とブーイングがおこった。保護者会も開かれるほどの大問題になったのだ。

「かんにんしてや! つい本能がおさえられへんかってん。二度とせぇへんから」

 河童の九助くんは、ポリポリと頭をかく。もちろん、昼間の学校に来るときは、頭の上のお皿は大事に家に置いてきている。九助くんは雪子ちゃんが大好きなので、暖房を消したぐらい何でもない気にするなと、自分の失敗を口にしたのだ。

「九助くんに足を引っ張られるのに比べたら、暖房を消すぐらい平気だぁ~」

 だいだらぼっちの大介くんが、教室の一番後の席から大きな声を出した。1年生なのに、大人より大きな大介くんは、気は優しくて力持ちなので、とても人気がある。他の皆も、それぞれ事情を抱えているので、小雪ちゃんが暖房が駄目なのも、仕方ないと受けとめる。


 泣き女の鈴子先生は、受け持ちの生徒達がみんな良い子なのに感動して泣き出した。

「皆……すごく良い子ばかりね……先生は嬉しいわ……シクシク……シクシク……」

 珠子ちゃんが、慌てて先生が泣くのを止める。

「鈴子先生! 泣いたらあかん! 鈴ヶ森の首斬り男に見つかってしまうでぇ」

 東京の鈴ヶ森から、大阪のど真ん中の小学校まで鈴子先生は、首斬り男から逃げて来たのだ。鈴ヶ森は江戸時代に大勢の首が斬られた刑場があった場所だ。泣き女は、首を斬られた遺族の涙から生まれた妖怪で、首斬り男は大勢の首を斬った刀の妖怪だ。泣き虫の鈴子先生は、首斬り男が小学校に来ては大変だと泣くのを止めた。東京から逃げてきた鈴子先生は、PTAの会長の猫おばさんの家に下宿させて貰っているので、珠子ちゃんは事情に詳しいのだ。


 鈴子先生が泣き止んだのは良かったが「首斬り男!?」1年1組から悲鳴があがる。

「しもうた! これは秘密やったんや! 鈴子先生、堪忍やでぇ」

 口をすべらした珠子ちゃんが、しょんぼりとする。鈴子先生は、泣きそうな顔で「大丈夫! 大丈夫!」と言うが、とても大丈夫には思えなかった。

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