第29話  珠子ちゃんの悩み

 猫娘の珠子ちゃんは、級長として1組をまとめていこうという目標があった。それなのに、口を滑らして台無しにした自分が許せない。

 鈴子先生を鈴ヶ森の首斬り男が追いかけて来たら、どうなるんだろうと考えると、おちおち毛づくろい、いや髪の毛をとかすこともできない。

「大介くん、もしも首斬り男が来たら、やっつけてね」

 だいだらぼっちの大介くんに頼んではいたが、首斬り男という名前だけでも恐ろしそうだ。力持ちだけど、気の優しい大介くんに勝てるのか不安になる。

「まかせとけぇ~」ドンと胸を叩く大介くんを信じるしかない。それに、首斬り男の事を知ったクラスメイトの中には怯えている子もいてるが、大介くんがいるなら大丈夫だとホッとしているので、級長の自分が不安な顔などできないと珠子ちゃんは平気だという態度を心がける。


 ろくろ首の緑ちゃんなどは、怯えると首が伸びてしまい、授業中も皆は落ちつかないのだ。それに、もともとオドオドしている鼠男の忠吉などは、カタンと音がするだけで教室の後ろにある掃除道具が置いてある物置に飛び込む有り様だ。

「首斬り男なんか、全然怖いことなんかないわ!」

 物置に飛び込んだ忠吉くんを、天の邪鬼の孫の良くんがからかうが、いつも反対の言葉を言うのを皆しっているので、怖がっているのがバレてしまった。

「やぁ~い、良くんは首斬り男が怖いんや! 頭は良くても、こんな時は当てにならへんなぁ。ここは俺たち三羽烏が、首斬り男を成敗してやる」

 三羽烏の孫の旭くんは威勢がいいが、いつも一緒の黒羽根の隼人くんと青火の克巳くんは及び腰だ。目敏い良くんが、それを見逃すわけがない。

「アホらしい。烏なんかバッサリ殺られてしまうわ。なんたって、鈴が森の刑場で何千、何百もの首を斬った刀の妖なやで。おい、隼人くん、克巳くん、あんな烏についていたら、お前らもバッサリやで」

 隼人くんとは「天の邪鬼の言うことなんか聞くもんか!」と耳をふさいだが、青火の孫の克巳くんは、旭くんを説得しだす。

「俺のお祖父ちゃんは、同じ陰気な妖やから、関東の首斬り男にも詳しいんや。絶対に近づいたらあかんと言うてたで」

 旭くんと隼人くんも、本当は首斬り男が怖いと思っていたのだが、引っ込みがつかなくて困った顔をする。

「年よりの言うことは、聞かなきゃ駄目だよ」

 いつも、居てるかどうかわからない座敷わらしの孫の詫助くんの意見に、三羽烏の旭くんも渋々したがうことにする。

「そう言えば、そうやな! 今回は、青火のお祖父ちゃんの言う通りにしよう」


 珠子ちゃんは、三羽烏が首斬り男に向かっていって怪我などしたら困るとひやひやしていたので、詫助くんが良いアドバイスをしてくれたのに感謝した。

「ほんまに、しもうたわ! 鈴子先生を泣き止ますために、首斬り男のことを言うてしもうて……私の最大のミスやわ!」

 泣き女の鈴子先生の泣き声は、何故か首斬り男をよびよせるのだ。泣き女も首斬り男も鈴ヶ森の妖怪だから、本来は二人でセットなのかもしれない。

「でも、珠子ちゃんが止めなかったら、首斬り男に居場所がわかってしまうところやったんや。学校に来たら、ほんまに大変なことになっていたわ」

 優しい小雪ちゃんに慰められて、言うてしもうた事は仕方ないと珠子ちゃんはあきらめた。それより、これからどうするかが大事だ。

「大介くんは、力持ちやけど……」

 雪女の小雪ちゃんは、猫娘の珠子ちゃんに微笑む。気の優しい大介くんに、首斬り男がやっつけられるか心配しているのがわかった。

「珠子ちゃんは級長やから、色々と大変やねぇ。首斬り男が来たら、私が凍らせてやるわ!」

 珠子ちゃんは、パッと顔をかがやかす。

「そやなぁ! 大介くんは、だいだらぼっちやから動きが遅いんや。気ぃも優しいし、ちょこっと心配やったけど、チビ雪ちゃんが凍らせてくれたら、足も止まるし安心やわ。凍った首斬り男を、大介くんに大阪湾まで投げ飛ばしてもろうたらエエねん!」

 珠子ちゃんは、本当にホッとした。泣き虫の鈴子先生が大好きなので、これで万が一首斬り男が来ても大丈夫だと嬉しくなる。


 しかし、首斬り男の話を聞いた保護者が黙っているわけがない。子どもが危険な目に逢うのではと心配して、月見が丘小学校の電話は鳴りっぱなしになる。

「鈴子先生は、生徒にしっかり勉強を教えるのが仕事です。保護者には私が説得してまわりますから」

 ぽんぽこ狸の田畑校長は、自分の眷族の狸で探偵をしている者を呼び寄せて、月見が丘小学校の周りを警備させた。そして、師走の街をぽんぽこお腹を叩きながら、一軒一軒出向いて保護者の不安を解消してまわる。


『首斬り男が現れたとしても、子ども達には指一本触らせたりしないわ!』

 泣き女だが自分の力の限りを尽くして生徒達を守る決意を固めた鈴子先生だが、職員室の鳴り止まない電話の音を聞くだけで、泣きたくなる。

『駄目! 泣いては駄目よ! 小学校に首斬り男をよびよせたりはしては駄目なの!』

 グッと我慢して、涙を堪える。その上、珠子ちゃんが失言したのを気にやんではいけないと、家でもなるべく泣かないように心がける。


「泣き女の悲しみが伝わってくる……」

 大阪で師走を迎えた首斬り男は、青い月を見上げながら呟いた。

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