第27話 お菓子工場に住みたいなぁ!

 鈴子先生は、単純な行き違いだったので、珠子ちゃんに「勉強会をする時は、豆花ちゃんにも連絡してあげてね」と、さりげなく伝えるだけにした。賢い珠子ちゃんは、何か鈴子先生に苦情が来たのだと察したが「ええよ!」と気軽に返事をした。小豆洗いが細かいことを気にするのは、仕方ないと思ったからだ。

「今週の水曜に小雪ちゃんの家で集まって宿題をするんやけど、豆花ちゃんも来ぃへん?」

 習い事の多い豆花ちゃんの休みに勉強会を予定したのだ。珠子ちゃんなら、折角の休みに勉強会なんかに行きたくないとは思うが、豆花ちゃんはパッと顔を輝かせる。

「水曜は、何もないねん! 皆と一緒に勉強できるの嬉しいわ!」

 鈴子先生は、どうやら上手くいったみたいだと、ホッと胸を撫で下ろした。

 


「社会見学のプリントを配ります。バスに一時間以上乗りますから、乗り物酔いする人は、お薬を飲んでおきましょうね」

 春の大阪城への遠足でも、何人かは気分が悪くなったので、鈴子先生は注意したのだ。しかし、気分が悪くなった九助くんは「やったぁ! お菓子工場や!」と、酔い止めのことなど聞き流して、隣の銀次郎くんとはしゃいでる。

「先生! お菓子工場では、お菓子を食べさせてくれるんやでなぁ!」

 塗り壁の堅固くんと、だいだらぼっちの大介くんは、いっぱい食べようと笑ってる。

「少し試食はありますが、お菓子を作る工程を見学するのが目的ですよ。それを忘れないようにして下さい」 

 少しとは、どれくらいか? と、クラスはざわつく。

「先生! 俺たち三人で座りたいんや! 観光バスの後ろにして欲しい」

 三羽烏の孫の旭くんと、黒羽根の孫の隼人くんと、青火の克巳くんは、いつも三人で行動している。しかし、そんな勝手な事を一つ認めたら、収集がつかなくなるので、鈴子先生は席はこちらで決めますと言い切った。

「でも、乗り物酔いする人は、前に座った方が良いので、申し出て下さいね。席を変えますから」

 だいだらぼっちの大介くんは、一人で座らせるか、後ろの席に座らせるしかないと、鈴子先生は悩みながら座席表を作ったのだ。

「鈴子先生、今回はおやつは無しなのですか?」

 珠子ちゃんは、ざっとプリントを読んで、お弁当や水筒とは書いてあるが、おやつの三文字がないのに気づいた。

「お菓子工場で試食もしますし、お菓子のお土産が貰えます。だから、今回はおやつは無しです」

「やったぁ! お土産、貰えるんや!」

 男の子は単純に喜んだが、女の子は春の遠足の時に、おやつを友だちと買いに行ったのが、とても楽しかったので、少しがっかりした。鈴子先生は、飽食の時代に育った子ども達がお菓子工場を楽しめるかしら? と少し不安になる。


 社会見学の当日は、少し曇で風も冷たかったが、雪女の小雪ちゃんは元気いっぱいだ。

「鈴子先生、九助くんが……」

 忠吉くんが呼ぶと同時に、九助くんは座席の前に置いてあるビニール袋に吐いた。

「大丈夫? 忠吉くんは先生の席に座りなさい」

 酔った九助くんの世話をするのに、隣に座る。

「酔い止めを飲んで来なかったの?」

 真っ青な顔の九助くんに、飲んで無いのなら、薬を飲ませようと質問する。

「いや、飲んできたんやけど……昨日、なかなか寝られへんかったからかな?」

 いちびりな九助くんだが、繊細な面もあるのだと、鈴子先生は小さなクーラーボックスから、冷たく冷やしたタオルを出して、顔を拭いてあげる。

「わぁ、気持ちええわ」

 河童の九助くんが、酔い止め薬の効果が出て、うとうとしてきた頃、バスはお菓子工場に着いた。


「いいにおい!」バスから降りると、お菓子工場の案内をしてくれる女の人が出迎えてくれた。

「月見が丘小学校の皆さん、おはようございます!」

 手慣れた案内のお姉さん任せて、先生達も子ども達と共に工場の見学をする。材料などの説明は、さほど興味が無さそうに、お姉さんの後ろをついて歩いていた子ども達だが、お菓子が作られている現場を上からガラス越しに見学できる場所で立ち止まって、動かなくなった。

 ガラスにはりついて、いつも食べているお菓子がどんどん作られている様子を、子ども達は真剣に眺める。

「ええなぁ、お菓子工場に住みたいなぁ」

 ねずみ男の忠吉くんの呟きに、全員が頷く。

「さぁ、次は試食コーナですよ」

 案内のお姉さんは、子ども達がお菓子が次々と作られるのを見飽きないのに慣れている。ガラスから引き離すのは、試食の二文字だ。

「やったぁ! もう食べたくて仕方なかってん!」

 現金にお姉さんの後ろに着いていく子ども達に、三人の先生達は苦笑するしかない。

「お菓子工場の見学は、メーカーさんが慣れているから楽なのよ」

 案内のコースも整備されているし、専門の案内してくれる人もいる。その上、試食コーナには、大きな机の上に紙皿に一人分のお菓子とパックジュースがセットされている。

「皆さん、お菓子はありますか? 飲み物もありますね?」

 いつもなら、担任があれこれ世話をしなくてはいけないのだが、試食コーナには案内の人以外にも専門の人がいて、至れり尽くせりだ。

「私たちもよばれましょう」

 ベテランの先生と一緒に鈴子先生も、紙皿の上のビスケットやチョコレートを試食する。

「この後は、海辺の公園でお弁当を食べて、学校に帰ります。道が混まなかったら、二時までには着きますね」

 2組と3組のベテラン先生は、この程度の社会見学は朝飯前だ。しかし、新米の鈴子先生は、海辺の公園と聞いてドキンとする。

「離宮公園と聞いていましたが、海辺にあるのですか?」

 地元大阪の人間なら、離宮公園が何処にあるかぐらいは常識だ。しかし、ベテラン先生は、夏のプール事件を忘れていたと、ペチャンと額を叩いた。

「私達も注意しておくから! そうかぁ、今年は海や川は鬼門やったのに、御免なぁ」

 コースを決めた時に、河童の九助くんがいるのを忘れていたと謝られたが、飛び込んだりしないように指導するのが担任なのだと、首を横に振る。

「1年の間に、普通の子ども達と学習できるように指導するのが私の勤めですから」

 新米の鈴子先生も、しっかりしてきたと、ベテラン先生は微笑んだ。


 河童の九助くんが、海に飛び込むこともなく、無事に社会見学は終わった。お弁当を食べた後、男の子はお土産のお菓子を食べたりしているうちに集合時間になったからだ。女の子は、少しは食べたが、お土産に持って帰ることにして、あちこち散歩したりした。


『おかしの山がありました。その山にのぼりたいです。そして、いっぱいたべたいです』

『大人になったら、おかしこうじょうではたらきたいです。そうしたら、いつもおかしがたべられるからです』

 鈴子先生は、子ども達の作文を読みながら、ひらがなしか書けなかったのに、漢字がちょこちょこ出てきたのを微笑む。


 しかし、こう上手く行く日ばかりではない。新米の鈴子先生は、毎日が綱渡り情態なのだ。泣くのを自分に禁じた泣き女は、とても精神的に危うくなっていた。


 

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