ヴァリアント異能探偵事務所

抜きあざらし

真実は最初から存在している

しかしそれが見えているとは限らない

#序節 いかにして探偵は破滅したのか?

 今日も人の来ない事務所で、彼女は頬杖をついてため息を吐いた。面白くない。じわじわと肌の裏を這うような焦燥感も、不愉快で仕方がない。

 こんな寂れているのには、ちゃんとした理由がある。

 思い出すだけで忌々しいあの出来事。それは確かに人類の躍進だったが、彼女からすれば営業妨害も甚だしい出来事でしかなかった。

 今でもよく覚えている。そう、それは六年前。


 脳拡張プロセッサーの登場で、人間の手が届く範囲は無限に広がった。



 事の発端は、二十一世紀の中頃のことだ。論理粒子 『ロジオン』 の発見及び実用化で、コンピューターの高性能小型化は破格のペースで進んだ。

 親指の爪ほどの大きさのコンピューターが、かつて極東の島国が巨額を投じて作成したスーパーコンピューターの二千倍以上の性能を持つに至った頃には、ソフトウェアの開発も進み、限定的な未来予知が可能となった。

 それとほぼ同時期に、コンピューターの生体組み込み技術が一般に浸透。それから程なくして登場したのが、クダンの脳拡張プロセッサーだ。

 面倒な手術はナシ。注射一本でセットできるスグレモノ。血流に乗って脳まで到達したナノマシンがコンピューターを構成し、脳機能を拡張する。人間の脳が不得意とする単純な計算を高速化したり、個人単位のタスク管理の効率化を図った装置だ。

 が、装置には思わぬ副作用が存在していた。

 既存の脳機能とスーパーコンピューターが起こしたシナジー効果で、限定的な事象制御――事象の改変が可能になったのだ。これは予想外の出来事であり、テスターの三人目が空中浮遊したことで発覚した。時の政府は事態の隠蔽を図ったが、失敗。無論、テスターによる事象制御を用いたリークが原因だった。

 事象制御――わかりやすく言えば、超能力だ。

 念動力テレキネシス空間跳躍テレポーテーション透視クレアボヤンス――それ以外にも、使用者の創意工夫によって、思いのままの能力が使えるようになる。予知プレコグニション発火パイロキネシス、それ以外にも、まだ名前もついていないような能力でさえも、使用者の意思によって行使することができる。

 だが、万能ではなかった。事象制御には脳拡張プロセッサーや脳を計算機として使う必要があるのだが、それには限界がある。また、シナジー効果によって生み出される現象なので、行える事象制御は生体の脳が計算の一部を肩代わりできるもの (≒明確にイメージできるもの) のみ。その上、記憶容量の都合上、使える超能力は一人あたり一つのみ。一度決めてしまうと、もう変更はできない。また、あまり規模が大きい制御をすると脳が焼けて死ぬ (ので後期版にはリミッターがかかっている)

 そんなクセのある代物なので、最初は一部の権力者が使用し、宇宙放射線などの厄介な物質を操作するぐらいのことに使おうと計画されていた。だが、そうは行かなかった。

 権力者が独占すれば何が起こるかわからないと、民衆からの避難は轟々。隠蔽に失敗したツケが、すぐに回ってきたのだ。

 世界は混乱した。そんな最中で、テスターの一人が秘密裏に脳拡張プロセッサーを持ち出し、事象制御を用いて量産。闇市で売りさばいてしまった。

 無論、そんなものが闇市だけで扱われるわけもなく。

 脳拡張プロセッサーは、大麻なんか比較にならないほどのスピードで世界中に広まってしまったのだった。


 世界は壊れた。


 権力は腕力に屈し、世界のバランスが崩壊。超能力でドル札が量産されたため、資本主義は壊滅。暴力が世界を支配し、混沌とした時代に突入するかと思われた。

 しかしタフな人類は、壊れた秩序の上にまた秩序を作り上げたのだ。

 要は、超能力の存在を前提とした秩序の構成だ。

 思ったよりも早く、世界は混乱から立ち直った。恐らく、秩序が端から端まで崩れて全人類が困った結果 (全然理屈が通じないので、ゴロツキだとかギャングだとか、そういった基本的には秩序の敵とされる人間ですら困った) 、大多数の人類が (困ったので、サイコ以外は大体何かしら貢献しようとた) 団結して秩序を構成したからだと思われる。

 新たな秩序は、意外なことに、壊れる前の秩序とあまり変わっていなかった。

 能力のせいで一時は壊滅した資本主義だが、全ての通貨を一新するという革命的かつ挑戦的な方法で、見事に復活。超能力が扱えても生きる糧を摂取しなければいけないことは変わらず、労働は効率化されて続行。行き過ぎた悪行も善意の一般人の正義感によって袋叩きにされるので、そこまで治安も悪化しなかった。

 多少変わりはしたものの、世界は元通り。

 めでたしめでたし。



 いいや、全然めでたくないね。

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