34
ゴールデンウィークが終わり、木曜日から始まった二日間を誠護と汐織は仲良く高校を休んだ。
さぼりなどではなく、ただ単純に体調不良が理由だ。
幻視は誠護たちが自分の因果から抗うために自ら手に入れた力ではあるが、それは人の身を外れた力。乱用すると体がその力についていけないのだ。
今回汐織は涼馬の幻視を破壊したが、幻視探知と違い、幻視破壊は著しく体力を消耗する。
誠護は常時視界に危険を映す力ではあるが、本来は無差別に危険を視認する力だ。だが日常生活にまで影響及ぼす危険未来視の能力は、識別しなければまともに動くことさえままならない。
さらに今回桐澤たちの銃弾を警棒で弾き返すというとんでも芸当は、圧倒的危険を数多ある危険から識別し、さらに警棒を使用してどういう軌道で警棒を振ればいいか、どこに飛ばせば問題がないかといったところまで分析した上で初めて実行できる。その神業的芸当は、多大なる体力を消耗させる。
抵抗力の下がった誠護と汐織はあっさり風邪を引き、木曜日と金曜日を休み、それから続く土日もベッドの上で過ごすこととなった。
あれから、蒼空が連絡をしてくることは一度もない。三人でグループを作っていたラインには、新しいメッセージが入ることがない。
土曜日になり、一日の大半をベッドの上で過ごしていると、部屋の鍵が開けられて誰かが入ってきた。
「うぃーすお兄ちゃん、生きてるー?」
ずかずかと遠慮なしで部屋に侵入してきたのは、誠護の妹である優樹菜だ。誠護と同じやや赤みがかった黒髪を左右で縛って肩に垂らした、細身の小柄な出で立ち。休日であるからかスカートにチュニックという私服姿で、両手に買ってきたばかりと思われる食材が詰め込まれた袋を抱えていた。
「お前、今日部活は?」
「せっかく心配してきてやった妹にそれー? 剣道部は休んできたの。朋香さんから寝込んでるって聞いてね」
優樹菜は光里市の隣市にある中学校に通う三年であり、強豪剣道部のエースという全国クラスの実力を持っている。
買ってきたもの冷蔵庫に入れながら、スポーツドリンクのペットボトルを一本投げてよこした。
「熱は?」
「まだちょっと微熱」
昨日の夜には一度平熱まで下がっていたが、今日になってぶり返してしまった。
「悪いんだけど、こっちに来たついでに汐織先輩のところにも行ってやってくれないか? 汐織先輩も似たような状態らしいんだ。俺が行けたらいいんだけど、この様だからな」
「それ以前に男が女の子の一人暮らし部屋にずかずか入るのもどうかと思うけどね。安心して。こっちに来る前にもう向こうにも寄ってきたから」
「え?」
「だから朋香さんに聞いていたの。汐織さんももうよくなってたみたいだから、来週からは高校に出られるって」
兄より先に汐織側を優先するとはこれいかに。
だが、誠護がそちらも気に掛けていると考えたからこそ、誠護よりも前に寄ってきたのだ。
できた妹で感心する。
ついでだからご飯を作っていくということで、キッチンを使って優樹菜が料理を始める。
「また無茶やったんだってー?」
鼻歌交じりに鍋を火に掛けていた優樹菜がのんびりとした声で聞いたきた。
買ってきてくれた少しぬるくなったスポーツドリンクを乾いた体に流し込みながら答える。
「相手が拳銃なんてもの持ち出したからね。おまけにこっちは後輩を誘拐されてな。いや、思い返しても大変だったよ」
「……相変わらずスリリングな高校生活送ってるね。お兄ちゃんの体質的に仕方ないんだろうけど」
優樹菜が呆れたようにため息を落とした。
優樹菜を初めとした誠護の家族は、誠護の危険体質のことを知っている。巻き込み人生をめちゃくちゃにしたことで、誠護は汐織から聞いた段階で全てを話している。その上で、彩海学園への進学と一人暮らしを申し出た。危険に巻き込まれる可能性が必然的に高い以上、下手に近くにいるべきではなかったのだ。
皆最初こそ止めたが、誠護は汐織がどういうことをしているかを知るために、彩海学園に行く必要があったのだ。実家から彩海学園は、車で移動しても二時間以上掛かる距離のため、現実的ではなかった。通り魔に遭った際に、相当な見舞金をもらっていたため、少しアルバイトでもすれば制圧には困らない状況だった。
そうして彩海学園の近くに越してきたわけだが、電車とバスを使えば行き来できない距離ではないので、優樹菜はよく遊びに来るし、こちらからも実家に帰ることはある。
「お母さんも心配してたよー。あんまり無茶なことをしないようにってさ」
「わかってる。俺はきわめて平和主義者だから安心しろって」
「まったく安心できない」
にべもなくばっさり。前科がありすぎて否定することもできない。
「そういえばお父さんもいってたなー」
「なんて?」
「もっと無茶して朋香の指示できびきび働くように、って」
「……」
警察官の言葉とは到底思えないような散々な言い草だった。
戸棚から食器を取り出しながら優樹菜が楽しげに笑う。
「私もそれひどいよっていったら、お父さん笑いながら、要するに青春しろってことだって」
一体どこをどう要約すればそんな言葉になるのか甚だ疑問である。
だが自然と口元が緩んでいた。
「立派に青春してるから大丈夫っていっといてくれ」
「オッケー。まあ伝えとくけど、それくらい直接いってよねー。皆私がアウトドア派の人間だからってあれこれ伝言してさー」
「まあまあそういうな。お小遣いあげるから寛容にお願いします」
「うむ、くるしゅうない」
現金なやつである。
作ってもらった雑炊を食べている間、優樹菜は溜めった食器も洗ってくれていた。普段なら誠護も溜めることはないが、寝込んでいた際はさすがに洗う気にはなれなかったのだ。
「そういえば、汐織さんの家にお邪魔しているときに、女の子と会ったよ」
「女の子?」
「うん、同い年、くらいかな。私が部屋の前に来るとばったり出くわして、扉の前でおろおろしててね。汐織さんの知り合いですっていって名乗ったら、じゃあこれをお願いしてもいいですかって、差し入れみたいなもの渡されたよ」
「ああ……」
それはきっと、間違いないだろう。名前を聞けば誠護の妹であるとわかったはずだ。だったら、こっちにきてお互い気まずい思いをすることもない。
これ以上、関わるべきではないのだから。
誠護が食べ終えた皿も洗ってしまうと、優樹菜は部屋を簡単に片付けてそろそろ帰るといった。
「これ持ってけ。買ってきた分のお金だ」
「え? さっきのは冗談だよ。お母さんから事前にもらってるから」
「いいから持ってけ。それでうまいもんでも買って帰って三人で食べてくれ」
断る優樹菜の手にお札を握らせて部屋の外へと追い出す。
「夏休みには一度帰る予定だから、二人にもそういっててくれ」
「あー、了解。じゃあこれはもらっとく。夏休みといわずいつでも帰ってきていいんだからね。あっちもお兄ちゃんの家なんだから。皆、待ってるよ」
その一言に胸に暖かいものが広がった。誠護は口元を緩めながら答える。
「ああ、ありがとう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます