33

 夜道を一人、蒼空は歩く。

 誠護が作ってくれたご飯は、眠らされていたとはいえ丸一日何も口にしていなかった蒼空には本当にありがたかった。

 並べられた色とりどりの料理を前に、お腹が思い出したように音を鳴らし、重い空気に包まれていた三人を和やかな雰囲気に導いた。

 それからは、これまでの短い間に培っていた関係を確かめ合うように、これまで通りの時間を過ごした。

 改めて、この時間が本当にかけがえのないものだと悟った。

 同時に、蒼空が求めた時間は終わったのだ。

 誠護は送ってくれると申し出てくれたが、疲れているのは目に見えてわかったので、丁重にお断りをした。

 それと、今自分の顔を見て欲しくないという思いもあった。

 傍目から見れば、蒼空はさぞみっともない顔になっているだろう。怖かったため、ガラスに映る自分の姿を見ることができなかった。

 スマホを操作して先ほどからうるさかった美波にラインで返信をしていた。胃に穴が空くほど心配していたツンデレ親友は、思いの丈を列挙している。蒼空は逆に短く返事を続けていた。今、美波の言葉に活発に答えることができるほどの元気は、蒼空には残ってはない。

 美波も落ち着いたのか、返事の速度が徐々に下がってきた。

 蒼空は嘆息を落としながら、視線を蒼空に向ける。

 周囲には民家が建ち並んでいるが、どこも灯りが消えて、住民は寝静まる時間帯になっている。地上から光が消え、代わりに夜空には星が瞬いている。

 誠護と汐織は、それ以上何かをいうことはなかった。

 だが、同時に蒼空から何かをいうこともできなかった。

 蒼空は、拒絶されたのだ。

 自分からいくら手を伸ばし、足を踏み出そうとしても、二人は明確な境界を引いた。それが蒼空のためを思ってのことであるため、汚すことができない。

 境界を越えないことが、蒼空自身のためであり、誠護たちのためでもある。

 それで、間違いないのだ。

 ずっと、ずっと自分にそう言い聞かせている。そうだ、言い聞かせているのだ。

 誠護に、そして汐織から拒絶されたときから、視界に映り続けている光が突きつけてくる。

 まだ納得していないと。理解などできていないと。

 空に輝く数え切れない星々。

 星詠教で、カレン、いや涼馬に見せられた景色は、もう二度と見ることができない景色だった。

 取り上げられて返ってきたカメラを、空に向けてシャッターを押す。

 シャッタースピードも露光も何も調整せず撮った写真には、何も写っていない。

 何もしない限り、何かが写ることがない夜空。

 このカメラは、蒼空自身と同じだ。

 オートで撮れるものは、誰でも撮れる。でもオートでは夜空はまともに撮ることはできない。でも、マニュアルで撮るのであれば様々なものが撮れるが、必ず何かをしないといけない。

 そうだ。

 何かをしなければ、いけないのだ。

 大きく手を広げ、あらん限りの空気を体に取り込む。

 視界に映り込む光。蒼空が持つ幻視は、正しい行動をすると、花火のように弾けて綺麗に消える。

 それが、誠護に、汐織に拒絶されてからずっと映り続けているのだ。

 諦めたつもりでも、納得したつもりでも、決断したつもりでも消えることがない光。

 いっているのだ。


 ここで何もしなかったら、後悔する、と。


「バッッッッカヤローーーッ!」

 

 近所迷惑な叫び声が夜空に響き渡り、視界に映っていた光が派手に弾けて夜空へ消えた。

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