27

 吹き荒れる銃弾の嵐。

 頬に突き刺さる銃弾の軌道に警棒を置いて逸らし、さらに足を貫く軌道のものはもう一方で弾いて地面に落とす。

 その程度では、もう桐澤たちは驚いて銃弾を止めることなく銃弾を放ち続ける。

 誠護は二本の警棒を巧みに扱いながら、拳銃の銃弾を的確に弾いていく。

 黒い特殊な材質を用いた特注品の特殊警棒は、何発もの銃弾を受けてももろともしない。当然、ライフルやマシンガンのような銃弾では、捌ききれなかったり砕かれたりするが、こと拳銃程度に限れば、誠護の未来危険視を用いて対処ができる。

 銃を撃ち始めてすぐに、桐澤の表情に焦りが浮かぶ。思惑が外れたからだ。

 未来を視る幻視であれば、誠護が今行っているような芸当はできない。

 おそらく純粋に未来を視る幻視使いは銃に撃たれる自分の姿を視るだけが関の山だ。

 しかし誠護の未来視は、危険に限ったもの。その能力は、こと危険に関しては他を寄せ付けない力を発揮する。

 飛来する銃弾にどの角度で、どのタイミングで、どっちの警棒を当てれば逸れるか。

 そういった未来を瞬時に割り出すことができる。

 無論、一度に四発も飛んでくれば当然二発は防げないことになるが、何も全て弾く必要はない。

 桐澤の銃の腕は確かだが、他の三人は素人に毛が生えた程度。三発撃って一発誠護たちの方に飛んでくればいい程度。

 涼馬の能力を受けないために十メートル以上も距離を取っている彼らにとって、その距離は当てるだけでもかなりの難易度を有する。

 誠護の目にはそこまで視えている。

 最初から普通に飛んでも跳弾しても当たらない銃弾は無視し、自分たちに被害を及ぼす銃弾だけを捌いていく。

 甲高い音がそこら中で木霊し、銃弾が散らばる。

 先に撃ち終えた人間がリロードし、他の面々がその間を埋め、絶えず銃弾が飛ぶように考えられている。

 次の人が撃ち始めるとまた誰かがリロードをする。そういったことを繰り返していく。 

 だが元々総点数が六発のリボルバーで、訓練もされていない人間がいくら考えて実行したところで、大きな隙が必ずできる。

 後ろで撃っていた二人が同時にリロードする。

 その瞬間、誠護は走り出した。

 桐澤たちは驚くのもお構いなしに十メートル以上あった距離を詰める。

 焦って放たれた銃弾のほとんどはあちこち関係ない場所に飛び、地面を滑るように走り抜けた誠護は瞬く間に桐澤の懐に飛び込んだ。

 距離を取るために後ろに下がろうとするが、それより早く腕の間に警棒を挟み込み、一気に締め上げる。

「ぐああっ!」

 桐澤は苦しげな声を上げて銃を落とす。

 それが地面に付くより先に、誠護は銃を蹴り飛ばした。

 続け様に至近距離から放たれた銃弾をもう一方の警棒で上方に逸らし、その柄を桐澤の背中に叩きつけた。

 桐澤は顔面から勢いよく地面に倒れ、顔を押さえて呻いている。

 残るは三人。

 至近距離ともなればさすがに相手も狙いを外さない。

 だが誠護の幻視に距離はほとんど関係ない。

 放たれた銃弾に警棒を当てて逸らし、次に引き金を引かれるより早く銃を持つ手首に警棒を打ち付ける。手首の骨はあっさり砕け、腕があらぬ方向に曲がる。

 警棒は民間人が持ち歩いていいものではない。持ち歩くだけでそれは軽犯罪法違反などの法律違反に抵触する可能性すらある。

 その理由は、警棒が十分凶器として認められているからに他ならない。ましてや誠護が使っている警棒は銃弾すら防ぐことができるほど頑丈かつ持ち手にほとんど衝撃を伝えない特注品だ。

 腕の骨一本は、軽く折れる。

「ひぎゃあぁあぁあああ!」

 情けない悲鳴を上げながら落とした銃を警棒で弾き飛ばし、その場で体を回転させながら回し蹴りを腹に叩き込む。

 男は勢いよく吹き飛び廃材の山に突っ込んで動かなくなる。

 さらに背中目がけて放たれた銃弾を振り返りながら弾き返す。その間に、すぐ目の前まで男が迫っていた。離れていてはどうにもならないと踏んだのか、銃を撃ちながら距離を詰めてきた。

 当てられなかったとは言え、銃の最も優れた点は遠距離から攻撃をできることにある。それも近接武器を持っている相手に近づくなど愚の骨頂。

 至近距離から銃を乱射してくるが、素早く横に飛び銃弾を避けると、男の足元に滑り込み警棒で脛をしこたま打ち付ける。男はバランスを崩して前のめりに倒れる。

 すかさず足を高々と振り上げ、倒れる男の後頭部に踵落としを打ち込む。

 男は顔面を地面に思いっきり叩きつけられ、声もなく倒れて動かなくなった。

 残りは、一人。

 そのもう一人に突進しようとしたところで、誠護は足を止めた。

「う、動くな……」

 銃を構えた男がこちらを向いて震える声でいう。

 普通なら拳銃程度で怯みはしない。

 だが、銃口はこちらを向いていなかった。

「動けば、あいつらを殺す」

 銃口は地面に座り込んでいる蒼空たちに向けられていた。

「へぇ……少しは冷静な人がいるんですね」

 誠護は感心した。

 最初から四人で一方向からではなく全体から囲むように攻撃をしていれば誠護とて蒼空たちを守りながら戦うのは厳しいものがあった。

 無論、そういった危険がないことを視た上での行動であったのだが。

 そして、誠護が蒼空たちの前からいなくなった今、蒼空たちに銃を撃てばさすがに誠護は止めることができない。

 撃てたのだとしたら、だ。

「でもダメですよ」

 誠護は笑いながらそういうと、男は眉をひそめて目を険しくする。

「だってその銃、弾入ってないですよ?」

 男は目を見開いて拳銃に注視する。

 緊迫した状況において、人は冷静な判断ができなくなる。蒼空たちに銃を向けることを思いついたのは咄嗟のことだろう。

 だがこの状況で男は銃の残弾数まで気を配ることなどできはしない。

 たとえ、半数以上が残っていたとしても。

 男の目が誠護から外れた瞬間、誠護は持っていた警棒を男の腕に向かって投げつけた。

 男がそれに気づいたときには警棒が腕を捉え、銃口が蒼空たちから外れる。

 同時に間合いを詰めた誠護は、もう一方の警棒で銃を弾き飛ばす。

「せいっ!」

 男の顎を蹴り飛ばし、仰け反ったところを背後に回り込み、襟を掴んで地面に叩きつけた。

 背中を強く打ち付けた男は、一瞬呻いて動かなくなった。

「さて、これで全員だな」

 振り返りように、両手を突いて立ち上がろうとしていた桐澤の背中を踏みつける。

「がぁっ……! き、貴様!」

 何かいおうとする桐澤の顔を、蒼空を攫ったことに対する怒りを込めて蹴り飛ばす。

 桐澤は悶絶しながら地面の上をのたうち回る。

 周囲で立ち上がれる人間がいなくなったことを確認し、一息吐く。

「汐織先輩、もういいよ」

「ホント? もう終わった?」

 壊れた扉から汐織が顔だけを覗かせる。

「おお、終わってる終わってる。あ、蒼空ちゃんにカレンちゃん、それ涼馬君も! 心配したよー」

 場違いな軽い声を上げながら、汐織先輩が蒼空たちに駆け寄っていく。

「汐織先輩」

 誠護は汐織を呼び止め、ポケットから出した万能ナイフを投げて渡す。

「ナイス誠護君! さすが軽犯罪法違反常習犯!」

「やかましい」

 誠護はため息を落としながら、先ほど男に投げつけた警棒を取り上げる。

 二本とも警棒は傷こそあれど凹みや変形はほとんど見当たらない。さすがの品質である。

 一本はたたんで腰のホルスターに押さめ、念のためもう一方は手に持っておく。

 誠護は踵を返して、蒼空たちの方に向かった。

「おまたせ。思ったより手間取った。流れ弾とか飛んできてないよね?」

 間違いないはずだが念のため確認しておく。

 蒼空が引きつった笑みを浮かべながら誠護を見上げていた。

「い、いえ、私たちはなんとも……」

「そっか、ならよかった」

 汐織はやや危なっかしい手つきで、蒼空たちを縛っていた縄を一本ずつ切る。

「あ、ありがとうございます」

「ごめんね蒼空ちゃん遅くなって、ひどいこととかされなかった?」

 汐織は蒼空の周りをくるくると慌ただしそうに回りながら全体をなめ回すように見る。

 蒼空は縛られて赤くなった手首を擦りながら、小さくため息を吐いた。

「……なんだが、さっきまであれだけ怖かったのに、誠護さんの大道芸を見せられたらなんか、もう……。本当にでたらめですね」

「自覚してるから安心して。幻視使いはそういうもんだよ。そうだよね、涼馬」

 手足が自由になった涼馬は、ふらつきながら立ち上がり、倒れそうになったところをすぐにカレンが支える。

「せ、誠護、僕は……」

 何かをいおうと涼馬が口を開くが、言葉は宙を彷徨い消えてしまう。

 誠護は笑いながら首を振る。

「いいって、全部わかってる。幻視を持つ人間がどういう運命を辿ってきたのか、苦しんできたのか、俺も、ある程度は知っているつもりだから。それより……」

 振り返り、先ほど真っ先に倒した人間に目を向ける。

「あれ、あとは涼馬に任せるよ」

 男たちの中で、唯一桐澤だけは意識がある。

 まだ苦しそうに地面の上で体をよじらせながらこちらを睨み付けている。

「涼馬が決着を付けた方がいい。俺たちが何かやるんじゃなくて、自分で決めた方がいい」

 涼馬は視線を揺らしながら、両手を強く握りしめる。

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