26
蒼空たちのところまでようやく辿り着くことができた誠護は、銃声を頼りに発見した扉を蹴破り、部屋の中へと足を踏み入れた。
左手に桐澤たちがおり、その手に握られた銃は右手にいる蒼空たちに向けられていた。撃たれそうになっていたのは推測だがカレン。そして蒼空がそれを庇うように立っていたのが妥当な線だろう。
誠護の姿を見た蒼空は、力が抜けたように地面に座り込んでしまった。
「本当に、誠護さんなんですよね……?」
「本当だ。もう大丈夫だから」
再度言い聞かせるように、誠護は蒼空に顔を寄せて呟いた。
「持ちこたえてくれて助かった。もう少しの辛抱だから」
蒼空は目に大粒の涙を溜めて、何度も何度も頷いていた。
もう一度蒼空の頭を撫でてやり、誠護は桐澤たちの方へ向き直る。
「お前、一体どこから……ッ」
状況を理解できずに、桐澤は手にした銃を誠護に向ける。
「どこからも何も、今そこの扉をぶっ壊して入ってきた通りだよ」
「外の連中は、どうした?」
「見張りに五人ほどいた連中? 全員今頃夢心地だよ」
誠護は笑みを浮かべて答えながら、桐澤の手に握られている銃を見る。
「なるほどね。涼馬の幻視を自分たちが使われないために、銃で遠距離からカレンさんを殺すという方法を採ったわけか。最低なやつらだな」
その言葉に桐澤が再び目を丸くし、同時に後ろにいた蒼空も驚いて声を上げる。
「せ、誠護さんは城戸先輩が幻視を所持していると知っていたんですか!?」
「ああ、知ってたよ。それに、その幻視を使うにはある程度近い距離から、涼馬自身が相手の目を直接視認しなければ能力が使えないっていうことも知っている」
「なっ――」
驚きに声を上げたのは、地面に蹲っている涼馬自身だ。
自分は図書部にカレンが異能力を持っていると依頼を持ちかけてきた張本人だ。それがまさか、本当は自分がその異能力者であるということを知られていたばかりか、幻視の限定条件まで知られていたことが驚きなのだろう。
「は、ははは……」
桐澤が銃を誠護に向けたまま、途端に笑い始めた。
「まさかそっちから来てくれるとは、呼び出す手間が省けたよ」
「そりゃどうも」
誠護は小さく笑って返しながら肩をすくめる。
「ずいぶん余裕だな。外の連中には何も持たせてなかったが、こっちは――」
桐澤の言葉を受けて、残っていた男たち三人も拳銃を取り出した。
「全員銃を持っている。大人しくいうことを聞かないと、蜂の巣だ」
持ち出されたいくつもの銃が、同時に誠護に向けられる。
「よ、四つも……!」
後ろで蒼空がその光景に声を上げている。
一丁持っているだけでも驚きだが、この連中は四丁もの銃で武装している。この日本において、警察でも軍人でもないこの連中が銃で武装しているのはそれだけ異常なことだ。
「この銃なら絶対に足が着くことはない。お前たちをこれで殺しても、警察は捜査は難航するばかりだろうよ」
「足が着くことはない? それは、その銃を警察が実際に見ることができなければ、という条件での話でしょう?」
「な、に……?」
桐澤は予想されなかった答えに、しどろもどろで聞き返す。
「警察がその銃を実際に見れば、すぐにどういうものかわかるはずだ。正規の製造方法ではなく、お前たち自身が作った銃だということは調べればすぐにわかることだ」
桐澤は声を失っていた。
「ど、どういうことですか?」
その問いを投げたのは後ろにいる蒼空だ。
「この日本で、そう簡単に銃は手に入るものではない。でもある方法で、知識さえあれば拳銃を作ることは可能だ。ただ単純にプリンターを使えばいいんだ」
「プ、プリンター? あの紙とか印刷するやつですか?」
「いいや違うよ。こいつらが使用したのは、3Dプリンターだ」
桐澤の表情がみるみるうちに苦々しくなっていく。
「初めに思い当たったのは、合宿に参加したあの洋館に置かれていた様々な美術品。どこで手に入れたものか。とても精巧に作られていて、ただの新興宗教が簡単に手に入るものとは思えなかった。そこで思い当たったのが、桐澤さんが昔大学教授をやっていたという話」
桐澤がぎりぎりと歯を食いしばる。
「そこについても警察で調べてもらった。3Dプリンターを使う大学を中心に、教授を辞めていた大学がないかってね」
事前に工学部の教授ということと、数年前に辞めている、そしてどちらかといえば辞めさされている可能性が高いという情報があったため、調べることは比較的容易だった。
「既にある程度のことは調べが付いているよ。かつて、3Dプリンターで製作したものを個人で販売し、利益を得ていた教授がいたことを。そして、大学から3Dプリンターを譲り渡すことを条件に、全てを公にしないことを約束させて辞めさせられた人物がいる。その人物の名前が――桐澤秀樹。あなたで、間違いありませんよね?」
桐澤はもう反論することもなかった。
「3Dプリンターが世に出回り始めた頃、同様に銃を大量に製造して捕まった人がいる。立派な犯罪だからね。あなたたちはどうあっても痕跡を残さないように努めてきた。銃は撃てるがそれはただの脅し。あとは涼馬の幻視で意識不明に陥らせれば、誰も銃を持っていることを覚えてないからな」
「で、でもそれなら、どうして桐澤さんたちはわざわざ銃を? リスクが高いだけで、メリットが少ないように感じますけど」
「これだけならな。だけど、実際桐澤さんたちの目的は、ちんけな新興宗教で稼ぐことでもなければ、施設を存続させることでもない。とある暴力団組織に銃を売り込むこと。それが最終的な目的だ」
その一言で、桐澤だけでなく、他の面々までこれ以上がないほど驚愕していた。
「き、貴様……どうしてそれを……!」
震える声で尋ねてくる桐澤に、誠護は不敵な笑みを返す。
「とある情報筋から。お前たちが遊園地で殺そうとした親子から、なぜそんなことをしようとしたかを考えた。あの母親と子どもは、ここら一帯を取り仕切る五十嵐組、その組長の妻と子どもだ。お前たちは組長を殺せないがためにその妻と子どもに目をつけ、そちらを狙った」
極道や暴力団の中でも、本来家族を狙うなんてあり得ないことだ。
だが対立組織からすれば話は別だ。幅をきかせている極道組織を衰退、もしくは排除するために家族を狙い、爆発物まで扱えることをアピールしようとした。
さらに、隠し球として用意していたのが涼馬。その力を用い、暗躍してのし上がるつもりだったのだ。
「でももう無駄だよ。桐澤さん」
誠護は薄く口元を緩める。
「……何の話だ」
「あんたたちが五十嵐組長の妻子を狙ったことは、俺が五十嵐組長に直接伝えてあるから」
「……は?」
呆けた声がぽかんと開いた口から漏れる。
「な、何をバカな……。お前みたいなガキが、暴力団のボスと知り合い、だって?」
「以前から知り合いなんですよ。あんたたちが狙った妻子のことも知ってました。だから二人の殺害予告が送りつけられたと聞いたときはすっとんで警護に行きましたよ」
桐澤は信じられないように驚愕している。
確かに高校生から外れているとしか言いようがないが、事実なので仕方がない。
極道組織というのは大昔から警察や政治家の裏に存在していたものだ。この光里市にも縄張りとしている極道組織はある。
その中でも五十嵐組は曲がったことが大嫌いな組長を持っているため、そこらの暴力団とは一線を画している。無意味な暴力を振るうこともなく、民間人に暴力を上げることもない。そのくせ力が強いから、他の組織からは疎まれているのだ。
「あんたたちがどの組織と繋がっているのかまではさすがにわからないけど、五十嵐組長が他の組を牽制してくれている。私の家族がどこぞのいかれた連中に命を狙われたとな。この状況下で、あんたたちが暴力団を頼っても、誰も守ってはくれない。自ら進んで爆弾を抱えようとするやつらはいないからね」
愕然とした桐澤の表情から、あらゆる感情が抜け落ちた。
誠護は一歩踏み出しながら重ねていう。
「多くの者を傷つけ、犠牲にし、自分たちのためだけにありとあらゆるものを利用した。私利私欲のためだけに他者を陥れたあなたたちを、俺は絶対に許さない」
炸裂音とともに金属の塊が誠護のすぐ横を駆け抜けていった。
「きゃあっ!」
蒼空の悲鳴をかき消すように背後の壁に銃弾が直撃し、火花を散らす。跳弾して高々と上がった銃弾は天井にぶつかり、誠護の目の前に落ちてきた。
桐澤が放った銃弾は十分すぎるほどの殺傷力を持つもの。これまで3Dプリンターで作っているとは驚きだが、かつてはそれなりに優秀な大学教授だったと聞いている。銃や爆弾を作るほどだ。銃弾を作ることなどわけないだろう。
「黙れ……っ。それ以上、口を開くな。今のはわざと外した。次は、当てる」
「知ってるよ。当たるとわかれば躱すから。好きに撃ってみればいいよ。当てられるものなら、ね」
そういって、誠護はシャツに隠れた腰に手を回す。
桐澤の目に明確とした殺意が宿る。
「だったらお望み通り……殺してやるよ!」
怨嗟の言葉とともに拳銃の引き金が引かれる。
それより一手早く、誠護は腰から取り出したものを素早く振り抜く。
何かが滑り出るような音が響く同時に、炸裂音が鳴り渡る。
銃弾は、確かに誠護を撃ち抜く軌道で撃ち出された。
だが放たれた銃弾は、誠護からずっと逸れた左方向の扉付近に着弾する。
桐澤は、何が起こったのかわからないように口をぽかんと開けている。他の面々も、鳩が豆鉄砲を喰らったように硬直した。
「どうした? 銃弾があらぬ方向に飛んでいって驚いているのか?」
誠護は笑みを浮かべ、手の中のものを持ち直しながら桐澤たちに問いかける。
「お、お前、今、何をした……。それは、なんだ……?」
誠護の右手に握られるものを見ながら、桐澤は震える声で呟く。
「これ? 特殊警棒だけど? これまたちょっと特殊な」
腰から引き抜いたものは、誠護が護身用で持ち歩いている特殊警棒。長さ四十センチほどの伸縮式の警棒だ。何かと物騒なことになることも多くいつも鞄の中に忍ばせている。
「ま、まさか、警棒で、銃弾を弾いたのか?」
誠護はただ笑みを湛えて桐澤を見やる。
一瞬桐澤の目に明確な恐怖が浮かんだが、すぐに振り払うようにかぶりを振り、引き金に力を込める。
「ふ、ふざけるな!」
「誠護さん!」
蒼空の悲鳴にも似た声が後ろから掛かると同時に、銃弾が放たれる。
誠護は銃弾が通りる軌道とタイミングを正確に見極め、続け様に放たれた二発の銃弾を警棒で弾く。
一発は誠護の左方向に逸れ、もう一発は頭上を通り過ぎる。
どちらも壁に直撃して火花を散らす。
「……また外れたな。いい腕だ」
言葉とは裏腹に誠護は笑う。
どちらの銃弾も何もしなければどちらも誠護の胴体を直撃する軌道だった。当たっていればほぼ間違いなく命の危険を及ぼすレベルのものだ。
だが、誠護に当たることはない。
「ば、化け物が……ッ!」
弾切れになった手中の銃を震わせながら桐澤が吐き捨てる。
「おいおい人聞きが悪いね。あなたもいっていたでしょう」
警棒を握っていない方の手で目元に指を滑らしながら誠護はいう。
「これだけの力を持っていても、同じ人間だって」
桐澤ははっとしたように目を見開く。
「お前まさか、幻視使いなのか!?」
「ご明察。俺も涼馬と同じ幻視使いだ。といっても、涼馬のように幻覚を見せるような能力ではないけどな」
その事実を知った桐澤は素早く空になった拳銃に銃弾を込め始めた。他に銃を構えている三人には、今は撃たないようにと指示していた。
さすが頭はいい。誠護の幻視を未来視の類いだとすぐに判断したのだ。一人や三人で撃つよりも、全員で撃って突破する気である。
最も確実性の高い方法ではある。
だが――
「せ、誠護さんまさか、いつぞやの雑誌にあった銃弾をも弾くっていう特殊警棒ですかそれ!? 買ったんですか!?」
後ろから蒼空が押し殺した声で尋ねてくる。
「よく覚えているね。まあそうだよ。でも、これは買ったんじゃなくてもらったものなんだ。この特殊警棒はそもそも俺が製作に携わって作ったものだからね」
思い出したくもない一年ほど前。高校に入った当時に朋香の面白半分な研究を手伝わされた。キャッチコピー、銃弾をも弾く特殊警棒で売り出そうとしているメーカーがいるから実際に銃弾を弾けるか試してくれと無茶な話を受けたのだ。そのメーカーの社長は誠護の父親とも繋がりがあり、断りにくくアルバイト料も出すということで話に乗った。
その頃はまだ朋香も幻視の存在には懐疑的であったため、事実を確かめたいという思いもあったのだろう。
今思い出しても頭の痛くなる話だが、完成された特殊警棒は誠護が携わって製作しただけに手になじみ使いやすいので重宝している。
「ま、その話はともかく、三人とも」
誠護は左手を腰に回し、専用のホルスターからもう一本の特殊警棒を引き抜く。
「そこから何があっても絶対に微動だにしないで。動かなければ、危険はないから」
特殊警棒を両手で構えると同時に、桐澤のリロードが終わる。
「四丁同時に捌ききれるか試してやる! 死んでも文句はいうなよ!」
「どうぞご勝手に」
狂気に満ちた顔の桐澤とは対称に、誠護はすました顔で息を吐く。
瞬間的に、誠護の視界が思考が切り替わる。
全ての視覚情報を危険未来視のみに可能な限り振り分ける。
先ほどからずっと視界に映る直線的な光。桐澤たちの拳銃から放たれる銃弾の軌道だ。
今までは他の三人は完全に脅しで構えていたため一つも軌道は延びていなかったが、桐澤の指示で全ての拳銃から光が走る。
長々と息を吸い込み、そして吐き出す。
「やれるものならやってみてよ桐澤さん。人生、あんたの思惑通りにいかないってことを、子どもの俺が教えてあげるよ」
あからさまな挑発だったにも関わらず、桐澤は顔を真っ赤にして目に殺意を宿した。
「ぶち殺せ!」
桐澤の指示とともに、四丁の拳銃が火を噴いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます