21

「え? じゃあ何? 誠護君、桐澤さんに喧嘩売ったの?」

 汐織がうつらうつらとしている誠護に首を傾げながら尋ねた。

 ゴールデンウィーク三日目の月曜日。

 二人が図書部の部室に出てきているとラインで聞いた蒼空は、閑散とした彩海学園を訪れた。グラウンド方では運動部が大声を張り上げているが、校舎にはほとんど人の姿はない。ましてや旧校舎にいる人間は図書部だけのようだ。

 机に突っ伏すようにして眠っていた誠護は汐織の言葉にゆっくりと体を起こした。

「別にそういうつもりはなかったんだけど、ちょっと探りを入れてみると触ってはいけないところを貫いちゃったような」

「それを喧嘩売ったっていうんでしょ」

「まったくその通りです。すいません」

 そういって誠護は大きくあくびをした。

「ちょっと探りを入れただけのつもりだったんだけどね」

 思いの外桐澤が過剰に反応し、考えていたことが当たっていたというだけのこと。それだけだったのだが……。

「ああ、これで今まで以上に星詠教が活動しなくなるかもな。合宿の後から動きあまり動きが見られなくなってたけど」

 星詠教は元々活発というほどの活動を見せない。

 祭り上げられているカレンの幻視は目立てばそれだけで問題が起きる。そのこともあってか、星詠教は時折活動を行うだけ。現に合宿から今日までほとんど動きを見せてない。

 涼馬からの情報では、あの合宿で火事になったことは警察の耳にこそ入っていないものの、ちょっと噂になってしまっているようだ。星詠教の連中が押さえつけているからか騒ぎにはなっていないが、それでも身動きが取れなくなっているのだ。

「でも、星詠教が動かなくなるのは私たち、図書部としては都合がいいんじゃないですか?」

 蒼空が疑問を口にする。

 誠護は呻きながら机に突っ伏して頭を抑える。

「うーん、そういうことにはならないかな。涼馬の相談は確かに星詠教の教祖からカレンさんを止めさせることだけど、このまま星詠教が動かなくなったとしても、カレンさんの幻視は他のことに使われるだけ。涼馬の相談事の根本的な解決にはならない」

 他人に自分の過去を見せるというカレンの幻視に限らず、幻視は様々なことに使うことができる。ましてや他人の視界に干渉できる能力なんて、あくどいことをやっている星詠教の連中には打って付けだ。

「それに、星詠教、正確には桐澤さんか他の誰かなんだろうが、彼らの目的は星詠教を続けていくことではないはずだ」

「……どういうことですか?」

「詳しいことはまだわからないけど、最近いろんなところで妙な話を聞いているんだ。それにもしかしたら星詠教が関わっているかもって話」

「あくまで噂なんだけどねー」

 汐織は楽しげに笑いながら机の上に広げたノートをペンで叩く。

「汐織先輩はさっきから何をしているんですか?」

「うん? 宿題だよ。ゴールデンウィークの。蒼空ちゃんはないの?」

「え? 宿題なんて出てないですよ?」

「ええ!? なんで!?」

 驚愕した様子の汐織に、誠護は緩慢な動作で体を起こす。

「一年のときは俺もなかったよ。たぶん先輩もなかったと思うよ。何かとバタバタする時期だし。あ、ちなみの汐織先輩、そこの問題間違ってる」

「え!? うそ!?」

 汐織は横に広げていた教科書とノートを見比べながら頭を抱える。

「どこが違うのわかんない! 誠護君教えて!」

「……汐織先輩今年受験生なんだから頑張ってよ。というか後輩に聞くってどうなのよ」

 といいながらも誠護は汐織のノートを指さして間違っている部分を指摘する。

 汐織がやっていたのは古典の宿題で、汐織が間違っていたのは基本的な部分だったのですぐに解決することができた。

 誠護は席を立って部屋の隅に歩いて行く。

「まあ汐織先輩の宿題は置いとくとして」

「置いとかないでよこっちは必死だよ!」

「ならもう少し努力するように」

 適当に誠護は隅にある冷蔵庫から缶ジュースを三本取り出した。

「しばらくは活動は様子見だな」

「様子見……というのは?」

「そのままの意味だよ。特に行動はせずに静観する」

 そういいながら誠護は蒼空の前と汐織の頭の上に缶ジュースを乗せ、元の席に戻った。

「やつらの組織は小さい。これまでの動きから推測するに、十人もいない」

 希望的観測も含まれているが、合宿に参加していた人数や大きな動きをしないことから考えても少人数であると考えることができる。

 カレンの幻視のことを隠すには、大人数であっては都合が悪いのだ。少人数であるからこそ、幻視なんて超常的な力を隠し通すことができるのだ。

「ここ最近あいつら結構過剰な行動をするようになってきている。ここで動けば、俺はともかく汐織先輩や蒼空まで狙いをつけられる可能性がある」

「過剰な行動というのはなんなんですか?」

「昨日、俺がアパートに帰れなくなったという話をしただろ? 桐澤さんに喧嘩を売ってしまったからなんだけど、帰りに後をつけられてね。一連の騒動を邪魔しているのを完全に知られてしまった。で、すぐに帰るわけにいかなくなって、ファミレスで時間を潰したり逃げ回ったりしてどうにか撒いたってわけ」

 彩海学園の生徒であることを知られているため時間を掛けて調べればわかることであろうが、そこまでの執念が相手にあるとは思えない。

 翌朝にはアパートに帰ることができたが、その段階で既に追いかけてきていなかった。ただ単純にこちらを探ることのみが目的だったんだろう。

 だがそんなことをしてくる相手に汐織や蒼空が標的にされるのはまずい。

「まあ仕方ないよねー」

 汐織も軽い感じで笑い、頭に置かれた缶ジュースを手にとってプルトップを押し上げる。

「星詠教は少人数で幻視の力に頼りきりのくせに身の程を知らないよね」

 さらっと毒を吐く汐織。

 だが事実なので誠護は苦笑いをしながら頷いた。

「星詠教は幻視の力を中心に他の人間が使えない方法を用いて様々な活動を進めている。極端な話、星詠教すらその活動の一つでしかない」

 このまま誠護たちが活動を続けて星詠教の動きを、たとえば警察などを使って封じたとしても、別の活動を始めるだけだ。新興宗教なので消えるのも簡単である。

「んー、じゃあもしかして、仮入部の期間で終わらないかもしれないです、か?」

 あっと誠護と汐織が同時に声を上げる。

 確かにその通りだ。

 よくよく考えれば仮入部期間はゴールデンウィーク開けだったはずだ。今日は月曜日でゴールデンウィークは明後日の水曜日まで。締め切りは金曜日だ。

 今日を含めて残り五日。

「……うん、厳しいね」

 汐織が苦笑しながら頭を掻く。

 というよりもういつ終わるかすらわからない。星詠教が活動してくれなければ動きようがない。星詠教が活動しなければカレンが幻視を使うことも関わることもないかもしれないが、その可能性はずっと低い。

「とりあえず金曜までその話はおいておこう」

「ははー、ですよねー」

 蒼空も現状を理解しているようで笑いながらすんなりと引き下がった。

 誠護も缶ジュースを開けると一気に飲み干した。

「でも俺の予想なら、相手にそれほど時間がないはずだ。ほっといても何か行動を起こす。次に大きな行動を起こすときは、また涼馬から連絡が来るようにしているから、当面は俺たちにも何もないはずだ」


「って、誠護君が何時間か前にいっていたはずだけど、この状況は何?」

「さあ……。まあそういうこともあるよ。うん、ある」

 汐織と誠護はお互いに苦笑を浮かべる。

 図書部の面々は夕刻になったこともあり、帰宅をすることにした。

 ほとんど人通りのない校舎を抜けて外に出た。

 その数分後、八人ほどの男たちに囲まれたのだ。

「……」

 蒼空は驚きか恐怖のあまりか、声を失っている。

「ええっと、何か用ですかね」

 汐織が緩い笑みを浮かべながら相手の人たちに尋ねる。

 相手の男たちといっても全員が二十前後の男たちだ。

 全体的に統一感のない私服を着ているので星詠教のスーツ連中とは違うのだが、誠護は間違いなく星詠教の連中だと判断できる。

「う、上の人間がお前たちを連れてこいって、いってるからさ。一緒に来い」

 やや呂律が回らないしゃべり方でそういった。

 さらに目はどこか虚で視線が揺れており、まともな精神状態でないことは一目でわかった。

 幻視の影響によって精神が疲弊している人間だ。

「上ってのは誰だ? 教祖のカレンさんか? それとも猿山のボスを気取ってる桐澤さんか?」

 誠護の言葉に男たちは反応しなかった。

 答える代わりに、こちらに足を踏み出した。

「そっちの通路に飛び込め」

 小さな声で鋭く指示を出す。

 汐織の判断は速かった。

 蒼空の手を引くと脇道に入る狭い通路へと滑り込んだ。

 男たちは意識ももうろうとしているのか、緩慢な反応しかできなかった。遅れて汐織たちを追いかけ始めようとする男たち。

 誠護は男たちの間を縫うように通り抜け、通路に逃げ込んだ汐織たちとの間に立った。

「ここは行き止まりだよ」

 男たちが走り出した足を止めることなく突っ込んでくる。

 汐織や蒼空がいる状態で囲まれてしまえばさすがに二人に被害なくすることはできなさそうだった。

 だから、通路におびき寄せ、必然的に誠護をどうにかしなければ先に行けない状態を作り出した。

 こうなればこっちのものだ。

「つ、捕まえろおおおお!」

 奇声を上げながら襲いかかってくる男たちを前に、誠護の視界を覆い尽くすように光が差す。

 その光を前に、誠護は前に踏み出した。


 到着した警察は襲いかかってきた男たちをそれぞれ連行していった。

 全車覆面パトカーに来てもらい、襲いかかってきた連中は全員連れて行ってもらう。

「誠護さん本当に、なんかあれですね」

 蒼空が驚きを通り越し呆れを含んだ苦笑いを浮かべている。

「いや-、図書部自慢の戦闘要因だよ」

 自慢げに汐織がいう。

 図書部に戦闘要員が必要なことがそもそもおかしい状況なのだが、もはやそこにツッコミを入れることはない。

「大したことじゃないよ。昔からよく喧嘩に巻き込まれたり襲われたりしててね。ちょっと慣れてるってだけだよ」

 誠護は服についた土を払いながら答えた。

「昔からそれでよく私たちに迷惑を掛けてた」

 覆面パトカーが全ての男たちを連行し終えると同時に、通路に幼い声が響く。

 通りから白衣姿の小さな人が近づいてくる。

「……不本意なんだから勘弁してくださいよ。俺だって好きで絡まれているわけじゃないんですよ」

 誠護は現れた人物に目を向けながら嘆息を漏らす。

 警察の人間と入れ替わりでやってきた人物は、淡泊な表情の女性だ。

 黒髪のショートボブに、ピンクのシャツと白いミニスカートの上から地面に着くほどの白衣を身に纏っている。

「だったらもっと穏便に済ませて欲しい」

「十分穏便でしょう。ちゃんと全員気絶させただけで近所の人にもほとんど気づかれてない。むしろ褒めてください」

「考えとく」

 にんまりと笑い、女性は誠護の腕を小突いた。

 誠護と女性のやりとりを見ていた蒼空は、目を丸くして二人の顔を交互に見る。

 上へと、下へと。

「……あ、あの、このお子さんはどこの子ですか?」

 先ほどの状況も相まって混乱した蒼空が首を傾げながら尋ねる。

「だ、誰が拡大しないと視覚することもできないミジンコみたいなクソガキだゴラァアアアア!」

「きゃ、きゃああああ!」

 怒鳴り声を上げながら蒼空に突進していこうとする子ども、もといミニマム女性を誠護は羽交い締めにして持ち上げる。

「はいはい止めってください大人の女性。そんなベタな反応を毎回しなくてもいいですから。どうどう」

 誠護は慣れた様子で女性をいさめる。

「うるさいうるさい! 私はこれでも二十九! お前らよりも一回りも年上! 舐めるなガキンチョ!」

「二十九!?」

 苦笑する汐織の側で蒼空が再び驚きを露わにする。

「誰が小学生にもなってない生まれたてだあああああオンドリャアアアア!」

 だだっ子のように手足をばたつかせながら抵抗するが、地面から完全に足が浮いてしまってるのでどうすることもできない。

 しかし、蒼空が子どもと表現するのも無理はない。

 この女性は、誠護が羽交い締めにすると地面から数十センチも足が浮いてしまうほど身長が低い。ついでにいってしまえば、高一にしては身長が低めである蒼空よりもさらに低い。

 本人の尊厳にも関わるのであまり正確なことは絶対に口にできないが、百四十センチもないほどだ。

 男たちに襲われたときよりも混乱している蒼空に、汐織が乾いた笑いを浮かべながら背中を叩く。

「蒼空ちゃんも落ち着いて。この人は私たちが普段からお世話になっており警察の人で、一応私たちよりも年上だから」

「そ、そうなんですか? 私のこと子どもだからってからかってません?」

 普段から子ども扱いをされやすいからこその反動なのか、蒼空は疑心暗鬼になっていた。

「結構失礼な子」

 誠護に持ち上げられたままの女性は落ち着きを取り戻してそういった。

「まあまあ、おばさんと子どもって呼ばれるのだったら、子どもって呼ばれる方がまだいいでしょ?」

「子どもって呼ばれるのは心外」

「もしかして更年期障害ですか? おばさんになるとその辺困りますね。同情します」

 誠護の頭に向かって拳が振り抜かれるが、その危険は見えていたので誠護は体を反らして拳を躱した。

 女性は誠護の腕から脱して軽やかに舞って地面に着地する。

 再び白衣が地面を擦る。

 ただ単純に白衣が大きくて地面を擦っているのではなく、女性がミニマムサイズであるために裾が地面に届いてしまうのだ。

「一番失礼なのはやっぱり誠護。さすがは真守さんの息子」

「褒め言葉として受け取っておきますよ」

 小さく笑って首をすくめる。

 女性は咳払いを一つ落として、蒼空に向き直る。

「はじめまして、矢祭蒼空さん。私はこれでも光里警察所の科学捜査研究に努める警察。氷雨朋香。よろしく」

 朋香はぺったんこな胸に手を当てながら自己紹介をする。

 少しでも高く見られようとつま先立ちをしているのが、微笑ましくもあり痛ましくもある。

「あ、ああ、誠護さんの雇い主の」

「そう、だから私は誠護より偉い」

 偉いからなんなのかはわからないが、突っ込むのも面倒だったので口にはしない。

「私のことを知ってるんですか?」

「うん、大抵のことは」

 呆気に取られる蒼空に汐織が説明する。

「この人は本当にいろんなことを知っているからそういうことは気にしても仕方ないよ」

「あ、ああそうですか」

 曖昧に返事をしながらではあったがどうやら納得はしたらしい。

 事実として、朋香は様々な事を知っている。なぜそんなことまで知っているのかと疑問になることまでなんでもないように知っており、それを情報として持っている。

 以前誠護は父親から聞いたことだが、子ども姿でありながら優秀な朋香を警察上層部はもてはやし、色々と情報を漏洩しているとかなんとか。

 蒼空のことを知っているのは遊園地に一緒にいたから調べるか何かしたに違いない。

「ちなみにいっとくと、誠護の父親の昔の部下。だから誠護のことは子どもの頃から知っている」

「え? 誠護さんのお父さんって警察の人なんですか?」

「ん、まあね」

 誠護は曖昧な表情を浮かべながら頷く。

 なんとなく父親の話には触れて欲しくないと感じたのか、蒼空はそれ以上追求してくることはなかった。

 朋香は淡泊な表情を浮かべながら誠護たちを見やる。

「ちょっと話があるから、三人とも着いてきて」

 朋香に連れられて入ったのは、昔ながらの古い喫茶店だった。

 よく利用している喫茶店のようで、朋香は店員に一言掛けると閑散とした店内を進み一番奥の席に四人で腰を下ろした。

「好きなものを頼んで」

 といっても初めて来た場所で何がおいしいかまではわかるはずもなく、誠護たちはブレンド三つ注文した。

「ふうん、まだ子ども」

「そういう朋香さんは何を頼むんですか?」

「ミルクセーキ」

「……あんたの方が子どもっぽいよ」

 注文した飲み物はすぐに運ばれてきた。

 嬉しそうにミルクセーキを飲み始める朋香をよそに、誠護も遠慮なくブレンドに口をつける。熱いコーヒーが喉を滑り降りていき、ホッと息を吐いた。

「誠護、汐織、今回は手を引いて。いくなんでも高校生の手にはあまる」

 ミルクセーキを半分ほど飲み干したところで、朋香は誠護にいった。

 蒼空は首を傾げているが、汐織は真剣な表情で話を聞いていた。

「わかっています。誠護君とも話して、しばらくは動きをしないようにしています。朋香さんにも迷惑が掛かるでしょうし」

「迷惑とかそういう問題じゃない。あなたたちの身が危険だっていってるの」

「俺たちもそれくらいはわかっています。今日のこともありますから、当面は目立つ行動は控えます」

「控えるんじゃなくて止めてっていってるの」

 子どものように口を膨らませて朋香がいう。

「それは、星詠教のことですか?」

 話についていけなくなった蒼空が朋香に尋ねる。

 朋香は細めた視線を蒼空に向ける。

「そう、相手の組織が活動として動いて一環の宗教団体、星詠教。それも確かにそうだけど、幻視の力を悪用して様々な犯罪に行っている。私たちでも手を焼く」

「朋香さんも、幻視のことを知っているんですね」

「もちろん。完全にオカルトだけど誠護のような存在がいる以上、認めないわけにもいかないのは事実。真守さんからもお墨付きをもらっているし、そういった力があると考慮しなければ辻褄が合わないこともある」

「やはり、遊園地のやつも、星詠教の関係者でしたか」

「うん。教団に命じられてあの歯のスイッチを近くで押すようにといわれていたらしい。ちなみに自分が持っていたのは爆弾だとは知らなかったらしい」

「そうですか」

 たちの悪い話だ。

「遊園地というと、土曜日の話ですか?」

「そうだよ。土曜日の仕事はね、実はある親子の警護が目的だったんだ。犯人は俺が幻視の力で見つけたんだけどな。そいつは星詠教の信仰者で、完全に洗脳されていたんだ。今日襲ってきた奴らと同じくらいにな」

 精神にまで干渉する力を持った幻視に、何度も力を行使されれば精神が摩耗するのは仕方のないことだ。その力を応用し、特定の人間を洗脳している。

 指示した行動を取らせるくらいは簡単にやってのけるほどにだ。

 遊園地のやつも、自殺するような人間には見えなかった。持たされていた金属ケースも爆弾とは知らず、歯に仕込んだスイッチも別の場所にしかけた爆弾だと知らされていたようだ。朋香の話では、金属ケースはその爆弾の送信機だと教えられていたらしい。

 少し考えれば十分に疑うこともできるだろうが、そんなことさえできないほど精神が疲弊していたのだ。

「それを土曜の夜に星詠教の桐澤さんに鎌を掛けてみると、案の定知っていたみたいな反応だったから間違いないよ」

「……ちょっと待って。今の話どういうこと?」

 朋香が眉をひそめて誠護に視線を向ける。

 誠護は遊園地のあとに桐澤と会ったことを話した。

「何喧嘩売ってるの……?」

 朋香が怒っているような声を発する。汐織とまったく同じ反応だった。

「俺だってまさか当たるとは思ってなかったんですよ。ただ、一連の出来事と星詠教が関わりがないとは思えなかったので、適当に手を振り回してみたらたまたま当たっちゃったんです」

「……よくいう。絶対わかっててやった」

 誠護はコーヒーを飲んでその言葉には反応しなかった。

 事実確証があったわけではない。あったとすれば、それはその人物が纏う雰囲気だ。遊園地に現れた男が醸し出す危険が、合宿で見た信者に似ていたのだ。

 そういう幻視の根拠は、人に説明したところで理解されない。理解できるはずもない。だから口にはしない。

 誠護がそんなことを考えていると、頬をピシッと指で弾かれた。

 視線を向けると、汐織がにんまりと笑ってこちらを見ていた。

「まあまあ朋香さん、誠護君も反省してますので、そんなに怒らないでやってください」

「汐織はいつも誠護に甘すぎ」

「私は甘々主義なのです」

 そういって汐織は、コーヒーにたっぷりの砂糖とミルクを加える。

 そして一気に飲み干すと、幸せそうに頬に手を当てた。

「とにもかくにも、私たちの相談事も星詠教の人たちを警察がどうにかしてくれれば解決します。だから当面はじっとしています」

「そうしてくれるとこっちも助かる。近日中にはこちらもケリをつける。星詠教以外の本命で相手が動き出す前に、必ずどうにかする」

「頼りにしてます。よろしくお願いします」

 汐織は満足そうに笑って朋香に頭を下げる。

「それで、もし相手組織を捕まえたなら、そのときは連絡をください。幻視使いは俺たちでどうにかします」

「わかってる。あとでまたその幻視の情報をメールで送って」

「もう送ってますよ。確認しといてください」

「さすが、仕事早い」

 朋香は小さな腕にはめた子ども用腕時計を確認すると、伝票を手に席を立った。

「じゃあ私はもう行くから。三人はゆっくりして帰って」

 そのまま小さな嵐、朋香は去って行った。

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