20
「あんた、最近楽しそうね」
前に座る美波は積み上げられたパフェをスプーンでつつきながらなぜか不満そうにいった。
「えー、そっかなー」
対してにこにこと笑いながらスマホを操作する蒼空は、そう返しながらも確かに楽しげにしていることを自覚していた。
遊園地に行った翌日の日曜日、蒼空とその親友である美波は、喫茶店に来てお茶をしていた。
蒼空の家の近くにある老舗の喫茶店で、大手チェーンに比べると建物も小さく古いが、豊富なメニューや店長の確かな腕が人を呼び、店内はいつも賑わっている。
蒼空はいつも頼む抹茶パフェを食べながら、スマホの画面を叩いている。
「前はなんか人生つまんねーって感じしてたのに」
「……私中学時代そんなに荒んでた?」
美波は何も答えずにクリームをスプーンですくって口に運ぶ。
逆に何もいわれないことが返って蒼空の不安を煽った。
「今も何そんなにスマホ楽しそうに触ってんのよ。面白いアプリでもあったんなら私に教えないさい」
「そんなじゃないよ。ただラインしているだけ」
「……図書部の先輩?」
「あれ? よくわかったね」
蒼空が意外そうに眉を上げると、蒼空が呆れたようにため息を吐いた。
「そりゃわかるわよ。あんた最近ことあるごとに図書部の先輩たちのこと話してるじゃん。どれだけ入れ込んでるのよ」
「だって二人ともとってもいい人なんだもん。面白いし」
今も誠護が遊園地の帰り道に、アパートに帰れなくなったとかで、今朝までファミレスで寝ていたという話を見て笑ったところだ。
汐織は呆れたコメントを打っており、蒼空は大丈夫ですかとコメントをしているが、誠護の返信は遅く、眠り眠りコメントを打っているところが容易に想像できる。
「あんた本当に図書部続けるつもりなの?」
半分訝しみ、もう半分を呆れたように親友がいう。
「うーん、今やっている仕事が終わってから答えは出すつもりだけど、やっぱり楽しいからね。迷惑じゃなければ続けるつもりだよ」
現段階において、迷惑とまでいわれていないがやんわりと拒絶されている感は否めないが。
眉を曲げた美波は、ややクリームの乗ったスプーンを蒼空の鼻っ面に突きつけた。
「あんたが入れ込んでいる図書部だけど、あの部の二人、あんまいい噂聞かないわよ?」
「……もしかして調べたの?」
「何いってるの? そこそこ有名なのよ。あんたの部」
ぶっきらぼうに美波はいうが、図書部は変わった部だとしても部員が二人しかいない小さな部だ。有名であるはずがない。
つんつんキャラのくせに世話焼きなのが美波という少女なのだ。
それがすぐにわかった蒼空はにんまりと笑う。
「何よその顔は」
「べーつに。それより聞かせてよ。そのよくない噂」
「……なんか含みのある言い方ね」
釈然としない様子で八つ当たりをするようにパフェをかき混ぜる。
「まず、男の方」
「誠護さんね」
「そう、その誠護さん。彩海学園の二年生、普通科の先輩ね。成績はきわめて良好。授業態度は大半を居眠りしているにも関わらずテストはいつも上位にいるそうよ。そのせいで先生たちからはあまり快く思われていないようね」
居眠りをしているのは、幻視の力で日常的に疲れているからだろう。
蒼空たちには見えない第二の世界。それを常時知覚し続けている負担は相当なものだ。だがそのおかげで頭脳的な面でも人よりちょっとばかしよくなっていると聞いている。
図書部の部室で宿題を見てもらっているときにそういう話を聞いている。
「本人はつゆほども気にしていないらしいけど」
そこは誠護らしいと、蒼空は笑ってしまった。
「あとそれから、何かと面倒事に首を突っ込んでいるらしいわよ。迷子の犬とか置き引きの犯人を探したり、無記名のラブレターの差出人を探したり。もう図書なんて関係ないほどの自由っぷりよ」
現在進行形で宗教団体の教祖を止めさせるという図書部とは関係ないことをやっているとはおくびにも出せなかった。
内心乾いた笑いを浮かべる蒼空には気づくことなく、美波はさらに続ける。
「あげく変な組織とかと繋がっているとか、実は暴力団の幹部とか、警察の弱みを握ってるとか、もう叩けば叩くほどどんどん出てくるわよ」
「どれだけ叩いてるのホント……」
よくそれだけ関係なさそうなことが出てくるものだ。
蒼空はおかしくなってお腹を抱えて笑った。
「はははっ、誠護さんが暴力団? 警察の弱い? まっさかー、絶対あり得ないよ」
どちらかというとそういう組織じみた体系を嫌っている節がある。面倒事に関わっていくと同時に面倒事を厄介そうに思っているところもありそうだが、それは誠護のお節介さが招いていることだ。
汐織も大概だが、誠護も相当なお節介な人物だと、蒼空は考えている。
現に、そのせいで誠護に命を救われている。そういえば、と蒼空は思い出す。
以前、そのことを誠護と話していた際に、誠護はあの野球ボールが飛んできた出来事が自分のせいだといっていた。
あれは、一体どういう意味だったのだろうか。
「あり得ないって、あんたはどれだけ誠護先輩のことを知っているの?」
「少なくとも美波よりは知ってるつもり」
にんまりと笑って答えると、美波はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「私、あの人何考えてるかわからないから苦手なんだけど」
「ああ、それはわかるよ。最初は私もそうだったから。でも話してみれば普通にいい人だよ。優しいし、すごい気遣いできるし……」
すごい力を持ってるし、と蒼空は内心で付け加えて笑う。
「何笑っての? 気持ち悪いわね」
「ほっといて」
咳払いを落としてスプーンでパフェを口に運ぶ。
抹茶のほどよい甘みが広がっていく。
コーンフレークを口に入れ、しゃりしゃりと噛み砕く。
「あんたやけにその誠護さんに入れ込むわね。もしかして惚れた?」
いきなりの不意打ちに口の中のコーンフレークがあらぬところに入ってしまった。
「ごっほっ! ばはぁ! ぢょ、ぢょっと何いってるの!?」
咄嗟に近くにあった水でコーンフレークを無理矢理流し込み、深々と息を吸う。
「何バカなこといってるの? 違うから! そんなんじゃないから!」
再び咳き込んで美波の分の水も飲み干した。
「はぁ……はぁ……、死ぬかと思った……」
「えらく動揺するわね。本当に惚れているんじゃないの?」
「ち、違うから。どちらかというと美波の方が、誰か好きな人でもできたんじゃないの? だってこの間占い部で……」
「ばっ、あんたその話止めなさい! 別にそんなんじゃないから!」
必死に反対しているがそれが返って信憑性を高くしている。
これ以上突っ込むと本気で怒りを買いそうなので止めておく。
ぷんすかしながらやけ食いとばかりにパフェを食べきり、追加で野菜スムージーを注文する。
「まあ、男の方は置いとくとして、私が心底不思議なのは女の方よ」
「え? 汐織先輩?」
「そ、鳴海汐織。彩海学園三年の先輩ね」
「別に不思議って、そりゃあ不思議なほど綺麗な先輩だけど」
「そういうこといってんじゃ、いやまあそういうこともあるんだけど」
美波は難しそうに眉根を押さえる。
「なんていうか、あの人不自然なのよ。あれだけ綺麗で一見人当たりも良さそうなのに、これいって親しい友達とかがいないみたいなのよね」
「……どういうこと?」
美波が何をいっているのかわからずに首を傾げる。
「なんというか、普通あれだけの人がいたらさ、普通聞けば、あの人かってすぐ思い立つでしょう? 意味合いはどうあれ目立つんだからさ。それなのに三年の先輩に鳴海汐織さんってご存じですかって聞くと、誰かわからない反応をされるんだよ。そんな人いたっけってね」
「それは、汐織先輩が知られていないってこと?」
「いや違う。容姿とかどんな人とか図書部に入っていることかを伝えると、ああ、鳴海さんねって感じで思い出す感じ? とかそんな感じ」
「意味わかんないんだけど」
そういうと美波はぶすっと口を尖らせる。
「私だってわからないわよ。最初はいじめでも受けてるのか思ったのよ。嫌われてていないもの扱いされているのかって。でもそうじゃないみたいなんだよね」
美波がいうに、汐織のことを思い出すと普通に友達と認識するのだが、思い出すまでは誰かさえわからないと答えるそうだ。それが現在のクラスメイトであったとしても。
「もうクラス替えがあって一ヶ月経っているんだよ? クラスメイトの名前いわれて、しかもあんな存在感ある人がすぐに出てこないっておかしいでしょ?」
「……」
尋ねられた蒼空は沈黙してしまう。
正直美波のいっていることは荒唐無稽だ。意味がわからない。だが、蒼空自身も美波のいったことに疑問を感じずにはいられなかった。
クラスメイトにすら覚えられていないというのはどういうことだろうか。確かに汐織は学園にいるほとんど時間を図書部の部室にいる。それは誠護も同様であるが、汐織はもっと長いだろう。
でもだからといって、ひいき目なしに見てもアイドルかと疑いたくなるほど綺麗な先輩であり、気立てもよく目立つ行動を平気で行う汐織のことを知らないというは十分に不思議な話だった。
言葉を発することができずに黙りこくる蒼空の額を、美波は腕を伸ばして指で弾いた。
「なーに深刻そうな顔してんのよ。たまたまよたまたま。ただあんたをからかってみただけ。そんなに考え込むんじゃないわよ」
「……そうだね。ごめん、ありがとう」
「なんであんたが礼をいうのよ」
ふんと鼻を鳴らして美波はそっぽを向く。
蒼空は小さく口元を緩める。
なんだかんだで、蒼空のことを心配してくれているからこそ、今の話を出したのだ。
スプーンですっかり溶けてしまった抹茶のアイスをすくい口に運ぶ。
「じゃあ、美波が誰と恋占いをしたかって話に戻そうか」
「あんたはっ倒すわよ!」
喫茶店に美波の怒声が響き渡った。
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