18
帰りの電車の中で、誠護は汐織の隣で気持ちよさそうに寝息を立てている。
ボックスシートに三人で入り、蒼空の正面に汐織と誠護が座っている。
既に時刻は午後十時を回っており、電車の中は閑散としている。
「さ、さすがに誠護さん連れ回しすぎましたね……」
蒼空が心配そうに誠護を見ながら呟いている。
「だーいじょうぶ。誠護君は丈夫だから。それに本人も結構楽しんでたよ?」
「そうだといいんですが、さすがに電車に乗ってすぐに眠ってしまったので、疲れていたのかなと……」
確かに誠護は日頃から何かと疲れがちだ。
でもだからこそ、こういう気分転換で気を紛らわせてあげることが、自分たちにできる最大限の行いだと汐織は思っている。
「誠護君はね、元々疲れやすい体なんだ」
「それは、幻視のことが関係しているんですか?」
蒼空の言葉に、汐織は驚いたように目を見開いた。
「よくわかったね。その通りだよ」
「い、いえ、誠護さんの幻視って、かなり便利な力だと思うんですけど、あんまりデメリットを聞かないので」
この子は本当によく頭が回り気遣いができる子だと、汐織は思った。
汐織は隣で寝息を立てる誠護に目を向けながら小さく息を吐く。
「前にも話したと思うけど、誠護君の危険未来視は、誠護君だけでなく周囲に存在するあらゆる危険を視認することができるの。それこそ、死亡するレベルから擦り傷程度のものまでね。誠護君が意識してそれを見分けないと、視界にはそれらの危険情報が全て入ってくるの」
通常の人間でさえ、頭に入ってくる情報の量は膨大だ。
そして、大抵の幻視使いが能力を任意のときに使用するに対し、誠護の幻視は常時発動した状態で危険の情報を仕入れている。
「それこそとんでもないレベルの情報量らしいよ。だから誠護君は、いつも情報を整理して見分けているの。いる情報といらない情報とね。だから、普通の人よりも気疲れがすごいの」
「そうだったんですか……」
「それに放っておくと誠護君は無茶ばかりするから、誰かが着いてあげないとダメなんだよ」
そういいながら、汐織は誠護の頭をそっと撫でる。
汐織より少し高い位置にある顔は、普段の飄々とした立ち振る舞いからはわからないほど幼げだった。
「でも今日は蒼空ちゃんまで付き合わせてごめんね。賑やかな方が、誠護君も楽しめるかと思ってね。お家の人は大丈夫?」
「はい、それは大丈夫です。ちゃんといってきてますから。小言をいくつかはいわれるでしょうけど」
先日合宿のことがあったばかりだから、中々に説得するのは難しかったがどうにか了承をいただいたらしい。
なんか迷惑を掛けっぱなしだ。
「それより、先輩方は大丈夫なんですか? そういえば誠護さんは一人暮らしでしたが、ご両親はどうされているんですか?」
「訳があって別々に暮らしているんだ。一応、光里市の近くには住んでるんだけどね。でもすごく仲はいいよ。私も会ったことはあるけど、すごくいい人たちだった。あと、誠護君には妹もいるよ」
「妹さんですか。おいくつですか?」
「二つ違だったはずだから、蒼空ちゃんのさらに一つ下かな。来年はもしかしたら彩海学園に来るかもって話だけど」
「それは楽しみです」
お兄ちゃん子のすごくかわいい子だった。
事情があってあまり誠護は会ってはいないんだけれど、汐織も何度も会っている。
「そういえば汐織先輩のご家族はどうされているんですか?」
蒼空が興味津々といった様子で尋ねてくる。
「ああ、うん。私、もう両親もいないからね」
蒼空が驚いて目を揺らす。
汐織の両親は、五年ほど前に二人とも事故で亡くなっている。元々祖父母との繋がりがなかったこともあり、汐織も誠護と同じで一人暮らしをしている。
「すいません。立ち入ったことを聞きました」
「ん? 別に蒼空ちゃんが気にすることじゃないよ。仮入部とはいえ、同じ部活にいるんだからこれくらいは当然当然」
汐織は快活に笑いながら手を伸ばして蒼空の肩を叩く。
「そういえば、私まだ仮入部なんですよね。まだ一週間と少しくらいしか経っていないのに、もうずいぶん長く一緒にいるみたいです」
「連日ハードだからね。申し訳ない限りだよ。普段はここまでどたばたしないんだけどね。幻視が関わるとどうも色々あるから」
「……お邪魔じゃないですか?」
心配そうに尋ねてくる蒼空に、汐織は微笑みながらいう。
「うん、全然お邪魔じゃないよ。私も賑やかになるのは嬉しいし」
「ああ、いえそういうわけではなく」
蒼空はいいづらそうに口の中でもごもごという。
「汐織先輩と誠護さんの二人っきりの空間に、私が入ってお邪魔じゃないかと……」
…………。
静寂が流れ、電車の音だけが響く。
我に返ると同時に、顔が燃えるように熱くなり、一気に気恥ずかしさが込み上げてきた。
「ちょ、ちょっと何いっているの蒼空ちゃん! 別に、別にそんなこと思ってないよ! だ、だから安心していてくれればいいから!」
手をぶんぶんと振りながら必死に答えていると、汐織の隣で誠護が呻きながら体を動かした。
「ん、んんー、ああ、寝ちゃってたか。あれ、もう駅着いた?」
「ま、まだ着いてないからもう一度寝てて!」
「ごはあっ!」
汐織が繰り出した拳が誠護の頬に見事に突き刺さった。
そして、もう一度眠りに就いた。
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