15

 広場が使えるようになった子どもは、夕暮れの中を楽しそうに遊んでいる。

 どうやらあの男たちはかなりの時間居座っていたらしく、好き放題やっていたようだ。

 客室のような部屋に案内された誠護たちは、テーブルの前の椅子に腰を下ろした。右から誠護、汐織、蒼空の順番で座っている。

 少しの間待つと、カレンが人数分のコーヒーを持って戻ってきた。

 誠護たちの前に並べると、自分は汐織の正面に座る。

「申し訳ありません。今は施設長が留守にしておりまして、学園に入学はしているんですが、少しの間休んで、私が施設を管理しているんです」

 まだ高校一年生というの大したものだと感心した。

 そして合点がいった。金髪の青い目というとても注目を集めやすい見た目をしていながら蒼空がカレンのことを知らない理由。元々学園に出てきていなかったから単純に目にすることがなかったのだ。

「先日も、そして今日も、失礼をしてしまい申し訳ございませんでした」

 合宿のことをいっているようだ。

「周囲の人間が色々なことをしてしまいまして」

「別に気にはしていませんよ。俺もここにいる蒼空も、実害は被っていませんから」

「はい。気にしないでください」

 蒼空も同意するように首を振る。

「しかし、あんなことになって……」

「火事のことですか?」

「……」

 問い返したことに対して、カレンは口を閉ざす。

 誠護はコーヒーを一口飲むと、小さく笑った。

「それに関しても大丈夫ですよ。最初から助かることはわかっていましたから」

「え……?」

 カレンが首を傾げると、誠護は自分の目を指さしていった。

「俺もあなたと同じ、目の特殊な力、幻視を持つ人間です。初めから、俺や蒼空があの場所で死なないということはわかっていたんですよ」

「そう、でしたか……。全て知っていたんですね」

「私の力が、そういうものなんだよ」

 カレンにそういったのは、初対面である汐織だ。

「はじめまして、カレンちゃん。私は鳴海汐織といいます。彩海学園の高校三年生だよ。私たちは目に関わる特殊な力、幻視のことに関する問題を解決する活動をしているの」

「……もしかして、あなたもその力を持っているんですか?」

「はい。私も幻視能力者です」

 カレンは一瞬驚いたあと、小さく肩を下ろした。

「これだけの期間に、幻視を持つ人間に二人も会えるなんて、珍しいこともあるものですね」

 汐織は、真っ直ぐじぃーとカレンを見ていた。

「カレンちゃん、一つ聞いていい?」

「なんですか?」

「誠護君や蒼空ちゃんが、ログハウスに閉じ込められて火をつけられたとき、誰かが扉に南京錠を掛けて閉じ込めたって聞いてる。それで、火に撒かれる直前に誰かが鍵を開けてくれていたって。それって、カレンちゃんだったんじゃない?」

 カレンは目を大きく見開いた。

「そうだったんですか? というか汐織先輩、あの場にいなかったのにそんなことわかるんですか?」

「誠護君から聞いた情報で考えたまでだよ」

 なんともなさそうにいいながら、汐織は説明する。

 ログハウスに閉じ込められた際に、誠護と蒼空は南京錠によって扉に鍵を掛けられた。南京錠はその性質上、閉じる際には鍵は必要ない。つまり鍵を閉めるなら誰でもできる。

 だが、開けるとなった場合そういうわけにはいかない。

 誠護たちを閉じ込めるように指示を出したのは、間違いなく桐澤だ。あの場でそういった決定権を持っている人間は、誠護の目から見ても桐澤だけだった。そうすると誰が鍵を開けてくれたとなるのだが、鍵を開けられるのは桐澤以上の力を持っている人間になる。

 さらにあのとき、ほとんどの人間が講堂に集められてアリバイ作りに変な講義を受けさされていたと聞いている。誠護たちもそうだが、カレンは合宿時講義のようなものには一切顔を出さなかった。

 以上のことから、ログハウスの鍵を開けることができ、それを他人に見られる可能性が低い人間。カレンが最も可能性が高いとのこと。

「あの場で、仲間に嫌疑を掛けられる危険を冒してまで二人を助けようとする人間は、私の知る限り二人だけ。聞き情報だけだけど、カレンちゃんが一番そうっぽい。何より――」

 汐織はニッと笑ってカレンにいった。

「カレンちゃんは、そういう状況でじっとしてなさそうな、いい子に見えるから」

 カレンと蒼空が、目を点にして呆けている。

 対する汐織はいってやったとばかりに胸を反らしながら鼻を鳴らしていた。

 誠護は一人落ち着き払ってコーヒーに口をつける。

「ふふっ、面白い人ですね」

 これまでどこか強ばったような表情をしていたカレンが、小さく笑みを漏らした。

 そして、また暗い表情へと戻り、誠護と蒼空にそれぞれ視線を向け、俯いた。

「あのときは申し訳ありませんでした。信者があんなことをしでかすとは、思ってなかったもので……」

「いえ、カレンさんがそんなことをしたとは考えていませんので安心してください」

 誠護はそういいながらカレンに笑みを向ける。

 さらに告げる。

「城戸君が心配してましたよ。変な宗教の教祖の祭り上げられてるって」

 カレンは弾かれたように顔を上げた。

 だが、何か合点がいったように小さく息を吐いた。

「そうですか。あなた方は涼馬が呼んできたんですね」

 涼馬は今アルバイトで不在とのこと。

 涼馬もこの施設の出身らしい。カレンのことを幼なじみといっていることから考えても、ある程度予想は付いていた。

 二人とも、この児童施設の出身。そして、その問題が発展したことが今の状態にあるのだ。

「あの連中を追っ払った代わり、というのは卑怯かもしれませんが、教えていただけないでしょうか」

 誠護は問う。

「どうして、カレンさんが星詠教なんて新興宗教の教祖にされているのかを」

 カレンは静かに目を伏せ、一瞬の逡巡のあと、小さく頷いた。

「……わかりました。ご迷惑をおかけしていることもあります。お話しします」

  

「アザレアは、様々な事情を持つ子どもが集められた施設です。親がいない子、捨てられた子、戦争に巻き込まれた子、他にも様々な理由で子どもが集められています」

 涼馬やカレンもそんな子どもの一人らしい。

「元々施設の運営は楽ではありません。アザレアを設立した当初はそれほど苦ではなかったようなのですが、現在では施設を閉鎖することまで考えるほど、経営が圧迫しているようです」

 施設長が不在なのも、その金策で方々をかけずり回っているからだという。

 児童養護施設は補助金が出ることが多く、全体で見れば困窮している施設は別に多いわけではないらしいのだが、それでも設立した団体のイメージが悪いためか、期待することが難しい状況になっているそうだ。

「イメージアップや勉強することも含めて、外部の活動やボランティアなどにも積極的に活動しています。全員で行くこともあれば、年長者である私や涼馬だけで行くこともあります」

 初めは普通にボランティアなどの活動をしていたと涼馬がいっていたのは、施設での活動のことだったのだ。

 続いてカレンは自身の目を押さえながらいった。

「そんな中で、たまたまこの力のことが、暴力団の人間に知られてしまったのです」

 幻視という類いの力であるということは、自分で調べてわかったことらしい。

「あの方々は考えたんです。元々、暴力団の方たちは上位組織の上納金で困っていたらしく、どうにかお金を稼ぐことができないかと考えていたんです。そんな矢先に、私が持つ目の力のことを知った」

 幻視の力は使いようによっては簡単にお金を稼ぐこともできる。流里のように直接的に関わる力はそう多くはないとはいえ、誠護の力も十分可能だし、現在進行形で行っている。やりようは多岐にわたる。なにせ、本来認知されていない力なのだ。様々なことができる。

 そして、現在の出来事に関わっている暴力団が、幻視を使ってお金稼ぎを始めた内容。それが――

「幻視という特殊な力を使える。彼らは私が持つ力を元に、新興宗教の教祖に祭り上げようと考えたのです。幸いこの力、他人に幻覚のようなものを見せることができる。教祖には打って付けの力だったんです」

 他人に干渉できる幻視は数が少ない。それも、視覚情報に直接干渉できる幻視はただでさえ少ない幻視の中でさらに少ない。

 だが、危険を察知する幻視や物を動かす幻視は大道芸が関の山だが、不特定多数の人間に同時に働きかけることができる幻視は教祖には打って付けだ。

 また、宗教法人は元々税金などが免除されたり減税されたり、資金運用なども誤魔化すことまで可能だ。暴力団の人間たちにとって、人に幻覚のようなものを見せる幻視と宗教団体はそれは相性のよい商売道具に見えただろう。

「それ以来、私は私たちの教団、星詠教の教祖として活動を続けています」

 話を聞き終わったとき、半分ほど残っていたコーヒーはすっかり冷たくなっていた。手の中でカップを揺らしながら、誠護はカレンに目を向ける。

「あなたは教祖でありながら、星詠教の実際の主導者ではない。あの桐澤っていう人物が星詠教を中心とした組織を取り持っているんではないですか?」

「……その通りです。桐澤さんは元々この施設出身の人です。少し前まではとある大学の工学部教授を行っていた人です。彼の案で、星詠教を作ることになりました」

 元々は頭のいい人ということだ。やっていることが常軌を逸しているため、現在教授ではないのはその辺りのことが関係して止めさせられていたのではないかと思う。

「星詠教は、一体何が目的で動いているんですか? やっていることに一貫性がないというか、大きな目的を持っているようには思えないんですか」

「私も深くは知りません。私はこの施設を存続させるだけの金を出すから協力しろといわれているに過ぎません」

 よどみがないカレンの言葉に、それが事実であることがわかる。

 カレンにとって、星詠教に協力していることはただ施設を守りたいという思いがあるだけであり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

「教祖を止める気はないんですか?」

 尋ねた誠護に対して、カレンは真っ直ぐこちらを見返してきた。

 ハーフであるというカレンの青い瞳は、吸い込まれそうなほどに綺麗で、それでいてどこか悲しみに憂いていた。

「ありません。いえ、止めることはできないんです」

 そういいながら、カレンは窓の外で遊ぶ子どもたちに目を向けた。

「もし、私が星詠教のピエロを止めれば、この児童養護施設は取りつぶされます」

「で、でも、子どもたちが街中に放り出されるわけではないんですよね?」

 おずおずと手を上げながら質問する蒼空に、カレンが静かに告げる。

「確かにそうです。他の施設の引き取り手もある程度は決まっています。しかし、もしそうなってしまえば、私たちはバラバラになってしまいます。私たちは、この施設の皆が家族なんです。バラバラになるなんて耐えきれません」

 苦しそうに唇を噛むカレンに、蒼空は申し訳なさそうに視線を落とした。

「ご、ごめんなさい」

「別に気にしなくても大丈夫ですよ。私たちが特殊な環境下で育っていることはわかっていますから」

 自嘲気味な笑みを浮かべながら肩をすくめるカレン。

 確かに、ごくごく普通の生活を送ってきた人物にとって、施設で生活してきたカレンたちのことを全て理解しようとするなどおこがましい。

 それは幻視能力者と似ている。誠護たち幻視能力者も、特殊な力を持っているが、それを他者に認知させることはできても、自分が見ている世界を見せることなどできない。誠護が目を通して見ているものを、誰かに知ってもらうことなどできない。

「それで、俺たちは城戸君からあなたを教祖から、星詠教を止めさせるようにと相談を受けています。相談を受けている以上、放置することはできません」

 はっきりと言ってのける誠護に、カレンは睨み付けるように視線を投げながら、

「たとえ涼馬の願いであっても、私は教祖を続けます。私が教祖であることで、この施設を守ることができるのなら、涼馬に軽蔑されたとしても私はこの役目を続けます」

 頑なに譲ろうとしないカレンは、机の上できつく手を握りしめていた。爪が皮膚に食い込むほど握りしめられた少女の手は痛々しさを物語っている。

「自分自身の力さえ、満足に扱えないのにですか?」

 誠護が放った言葉に、カレンは肩を震わせた。

「あなたは自分の力をうまくコントロールすることができない。合宿のときそういっていましたよね?」

「……はい。思うように使えるときもあれば、まったく使えないときもあります。今は……使えないようです」

 カレンは自身の目を押さえ、誠護たちの反応から力が使えてないことを確認したようだ。

 誠護は横目に二人の様子を確認したが、何もないようだったし、誠護自身視覚情報に変化はなかった。

「俺たちは現在の情報からあなたの幻視は、他人の視覚情報に干渉するものではないかと考えています。それもおそらく――」

 誠護は一度言葉を切り、目を細めてカレンにいった。

「過去自分が経験してきたことを相手に与えることができる能力ではないかと、俺は考えています」

 一瞬の間に、カレンの目が揺らいだ。

 カレンはほとんど反応しないように努めたようだが、反応を注意深く確認していた誠護はその動きを見逃さなかった。

 明らかな動揺の表れだ。

 カレンが何かいってはぐらかそうとすると感じた誠護は、すぐさま次の言葉を重ねる。

「あの合宿で意識を失った人がいたでしょう? 富川って名前のやつだったんですけど、そいつから話を聞きました」

「……彼が目を覚ましたんですか?」

 それがあり得ないことだというように、カレンは驚きを露わにしている。

 誠護はさも当然だというように頷いてみせる。

「ええ、合宿の翌日に彼に会ってきました。そこから聞いた情報では、気を失う直前に、様々な情報が頭に流れ込んできたといっていました。その中に、火事だとか人が死ぬ光景とかが混じってたって聞きました。戦争のようだったと」

 戦争という言葉を聞いた瞬間、カレンの目が曇った。

「違っていると申し訳ないんですが、あなたは戦争孤児、ではないですか?」

「……いえ、私は戦争孤児ではありませんよ」

 わかりきっていた答えだったため、誠護は特に驚きはしなかった。

 第二次世界大戦直後ならまだしも、戦争が終結してから数十年経っている今、日本に戦争孤児は基本的にいない。

 しかし、例外は何にでもある。

 カレンは部屋の一角にかけられているコルクボードに目を向けた。

 そこには、子どもたちの写真がたくさん貼り付けられており、その中に一つ、金髪の少女が両親とともに撮ったと思われる写真があった。

「涼馬から聞いているのではないかと思いますが、私はハーフです。母親が日本人で、父親は外国人です。父は母とともにずっと日本で暮らしていたんですが、私が六歳のときに父の国に行き、内戦に巻き込まれたんです」

 元々戦争のひどい国だったようだ。一時期落ち着いていたからと安心して帰国した際に、内戦に巻き込まれたそうだ。

 そして、その内戦で両親は死に、カレンは戦火の下に残された。

 やはり、富川が見たという情報に映っていた少女はカレンで間違いないようだ。

 実に数年の間、カレンは戦争に巻き込まれた。そして戦争が終結すると同時に、日本へと帰ってくることができ、このアザレアへ入ったそうだ。

「なるほど。その辛い経験を他人の視覚情報に干渉することで映し出すことができるというわけですか」

 誠護たちが考えていることでおおむね間違いないようだ。問題は、その幻視の力が相手を意識不明の重体にまでさせることができるということだ。カレンは自分のことを知られてしまったからか、諦めたような表情で誠護たちを見た。

「このことを警察に伝えて、星詠教を告発しますか?」

 誠護はちらりと汐織に視線を向ける。

 汐織は口元を緩めながらカレンにいう。

「いーや、そういうつもりはないかな。幻視のことは警察にいったとことでどうにかなるわけじゃないし、私たちも顔を知られている以上、むやみに恨みを買う形にはしたくないからね」

 ここまで好き勝手やっていて今更そんなことをいう汐織に、誠護は苦笑いしか出なかった。

 意外だったように眉を上げるカレンに、汐織はにんまりと笑って告げる。

「でも、あなたを星詠教の教祖から引きずり下ろすことを止めるつもりはないよ。涼馬君の依頼は一度受け取ってるから、可能な限り遂行する。それが彩海学園図書部なのです」

 場違いな笑みと言葉をカレンに投げると、汐織は立ち上がってカレンのすぐ横まで行った。

 そしてカレンの両手を握ると、カレンの青い瞳をのぞき込んだ。

「カレンちゃん、無理してない? 本当に嫌だったら、私たちに相談してね?」

 心配そうに告げる汐織に、カレンは虚を突かれたように動揺した。

 自分は汐織たちの話を一方的に退けているにも関わらず、自らを心配してくれている汐織に、なんと反応していいかわからないようだった。

 それが鳴海汐織という人物なので仕方がない。

 カレンがなんと反応していいか困っている間にも、汐織はカレンの目をのぞき込んでいた。

「え……?」

 だが、急に汐織が驚いたような声を上げた。気づかないほど小さな声だったので、おろおろとしているカレンは逆に気づいていなかったが、誠護と蒼空はそれに気づいていた。

「ご、ごめんなさい。私は大丈夫です。私はこの力で、アザレアと涼馬を守ってみせます」

「ああっと……そうなんですか……?」

 何か戸惑っているように、どこか釈然としない様子で、汐織は首を傾げながら頷いた。

 カレンもさすがに汐織の様子がおかしなことに気づき、声をかけようと口を開きかけたところに誠護が言葉を挟んだ。

「カレンさん、代わりといってはなんですけど、これまでにあなたが意識不明にした人間、わかる範囲で教えていただけますか?」

「……どうしてですか?」

「大した意味はありません。他の人たちがどういう状態であるかを知りたいんですよ。あなたにとって現段階で俺たちが邪魔でしかないことはわかっています。それでも、俺たちは城戸君の依頼であなたの力になりたい。勝手な理由で申し訳ないですが、そのためにご協力をお願いします。交換条件として、俺たちはこの星詠教の情報を持って警察に駆け込むということはないので安心してください」

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