8

 誠護たちは桐澤に連れられ、外に出た。

 洋館の正面の開けた場所に、かがり火が円を描くように並べられていた。

 おいこんなに灯りがあったら星が見えないじゃないか。

 そんなツッコミを多くの人が思っただろうが、あんな映像を四時間も見せられた誠護たちにはそんなことをいう気力はなかった。

「誠護さん、あれ……」

「ああ」

 蒼空の視線の先、かがり火の中心に人影があった。

 全身を黒いローブのようなもので身を纏い、夜空を仰いでいるように手を掲げるその人。フードを被っておりどんな人物なのかはわからなかったが、とても小さく見えた。さらに信者がかがり火の周囲に跪いており、祈りを捧げるように手を握っている。その中に涼馬の姿があった。

 それだけで十分異様な光景だった。しかし、何より異常だったのは――

 黒いローブの人影が、フードを外しながら振り返った。周囲の生徒たちは一様に驚いて目を剥く。

 振り返ったのは、誠護たちと同年代の女の子だったからだ。かがり火を受けて光る金色の髪。離れた場所からでもはっきりと見える青色の瞳。蒼空と同じくらいの身長に、幼さを残す顔。髪や瞳の色は外国人のものだが、顔の作りは邦人のように思えた。

 金髪の少女は、恭しく頭を下げる。

「ようこそ、新しい我らが同士」

 鈴のような綺麗な声が響き渡る。草原を流れる風に金色の髪が艶やかに揺れた。

「私はカレン・カーライル。皆さんと同じ、星の下に生まれた一人です」

 カレンと名乗った少女は儚げな笑みを浮かべた。あの人物こそ、今夏の依頼対象である、涼馬の幼なじみ。

「皆さん不安なのでしょう? どうしてここに来たか。なぜここに来たか」

 どうしてもなぜもない。誠護たちは元々は星を見るために集まった。それに理由などあるものかと全員が、思っただろう。

 カレンは近づいてくるように手を振った。

 後ろから行けといわんばかりに信者の連中が踏み出した。

 仕方なく誠護たちは前に進み、かがり火の円から少し外れたところまで近づいた。数メートルの距離の先に、カレンさんが立っている。

「さあ皆さん。もっと皆さんの目をよく見せてください。我らが同士たるその証しを」

 そんなことをいわれても誰も近づかない。近づくわけがない。

 だから誠護は前に踏み出した。

 カレンさんの目が俺に向けられる。近くで見ると一層綺麗な少女だった。髪や目は欧米人のものなのに、顔の作りはやはり邦人のも。

 澄んだ声も相まって思わず引き込まれそうになる。 

「綺麗な目をしていますね」

「どうも」

 誠護は小さくいって、疑いの眼差しを向けた。

「カレンさんといいましたね。俺たちをここに連れてきて、何をしようっていうんですか?」

 皆の代表で誠護が尋ねた。もう皆天文サークルなど口実であることはわかっている。連れてこられたのは宗教の集会であるということも。

 少女はにっこりと笑う。

「何をいっているんですか。星を見るんですよ」

 そういって少女は誠護たちに微笑みかけ、手を組んだ。次の瞬間、夜空が一斉に輝いた。

 先ほどまでかがり火のせいでほとんど星すら見えなかったというのに、上空にはこぼれ落ちそうな星空が輝いていた。

「なんだこれ!」

「どうなってるの!」

 周りにいた生徒たちが悲鳴に似た驚きの声を上げた。

「誠護さん!」

 蒼空が驚いて誠護の腕にしがみついた。

「大丈夫、問題はないよ」

 誠護は努めて冷静な言葉を蒼空にいった。

 空一面輝く星々。大きな天体、銀河、惑星、恒星。ありとあらゆる宇宙を広げたような神秘的な光景だった。誠護たちのいる場所にはかがり火の灯りがあるだけだが、空には宇宙を切り取ったように光に溢れていた。

「皆さん、いかがですか?」

 カレンが誠護たち向けて尋ねる。

「私の信仰する神は、願いから生まれました。だから、私は祈れば神自身である願いを呼ぶことができるのです」

 その言葉に、体が震えた。

 誰も何もいわなかった。

 目の前の光景を脳が受け入れることができずにただ呆然としていた。理解が追いつかずにただ佇む。

 蒼空が視線を上げてくる。

 誠護は横目で視線を返すと、言葉には出さずに大丈夫と返した。

 蒼空は頷き、なにやらごそごそとやり始めた。

 一瞬、視界が真っ黒になる。全ての光を遮断され、自分の存在すら認識できなくなる。だが、次の瞬間には視界が晴れた。

 空にはいくつかの星が瞬くだけになっており、かがり火の橙色だけが映っている。

「どうだ皆!」

 興奮した表情で、躍り出た桐澤が叫ぶ。

「カレン様の御技は本物なんだ。奇跡のなせる技。君たちもカレン様とともにあればいつでもその恩恵にあやかれる! カレン様は選ばれた救世主。私たちはカレン様に選ばれたんだ!」

 最初は全員が星を見るためにやってきた。

 だが今見た光景に、天体サークルのことなど頭に残っている人間はいなかっただろう。

「今のができるのは、カレンさん、教祖様だけなんですか? それとも教団に入れば誰でもできるようになるんでしょうか」

 淡々とした声で、誠護は桐澤に尋ねた。まさか聞き返されるとは思っていなかったのか、桐澤は驚いたように言葉を詰まらせていた。

「そうだよ。カレン様だけが使える力だ。でも、これだけの力を使えるカレン様も人間だ。私たちと同じようにね」

「そりゃあすごいですね」

 心にもなく誠護はそういった。

 桐澤は誠護を少し不快そうな目で見ていた。そして気を取り直すように他の人たちに目を向けた。

「どうだ皆。ここに残って、カレン様と一緒にこの世の真理を見てみないか?」

 尋ねられた生徒の反応は、様々だった。

 先ほどの光景に魅せられたように頬を上気させて興奮したように語り合う二人組の女子。呆然としたまま半笑いの表情で立ち尽くす眼鏡を掛けた男子生徒。何度も頷いて静かに涙を流すふくよかな女の子。ほとんど生徒が、今の光景を受け入れ、その上で感銘を受けているようだった。

 ここに来ている生徒の多くは普通の生徒ではない。普通の部活動には染まることができなかったはみ出し者なのだ。この合宿に参加する生徒は、そういう集め方をしていると涼馬がいっていた。

 募集している人は学園生活になじめず困っている生徒。新しい環境になじめず、それでも何かを求めている生徒。そういう普通の学園生活から弾かれた生徒が集められている。

 この教団は無差別に信者を集めるようなことを行ってはいないのだ。ある程度調べた上で人選している。

 誠護たちは涼馬がごまかしてくれているため潜入することができているが、そうでなければ参加することすらできなかっただろう。

「ふ、ふざけんな!」

 そんな中、声を荒げた生徒がいた。ビデオの途中に騒ぎ始めた生徒と同じだった。

「こ、こんなもの見せられたところで誰がこんなふざけた宗教に入るか! 人をからかうのも大概にしろ!」

 怒声を張り上げる男子生徒に、かがり火の周囲に跪いていた信者が一斉に立ち上がり、こちらを向く。

 誠護がちらりと視線を信者に向けた。その視線の先にいるのは涼馬だ。目を細め、訝しむような表情で真っ直ぐ見ていた。

 教祖であるカレンも、男子生徒に目を向けていた。その瞳は悲しそうに揺れている。

「ちょっと落ち着いて」

 駆け寄ってきた涼馬が男子生徒をなだめるように近づく。なだめ役なのか慣れたように男子生徒の肩に手を置いて、押しとどめようとする。

「うるせえ!」

 だが余程頭にきていたのか、男子生徒は涼馬を突き飛ばした。涼馬は尻餅をついて、痛みに顔をしかめる。

「何が御子だ何が教祖だ! あんたたち頭おかしいだろ! 俺はこんな気味の悪いところに一秒だって長くいたくな――」

 男子生徒の言葉が唐突に途切れる。

 動きを止めた男子生徒の目は、虚だった。何も、映していない。だが、男子生徒の目は揺れており、顔には大粒の汗がたくさん浮いていた。

 そして両手で目を覆い、苦しそうに唸り始めた。

「うっ……ぐあっ……や、やめ……っ」

 よろめき、体を震わせ、肩で息をしながら後ずさる。

「あ、ああ、ああああああああああああああああああああ!」

 男子生徒は目を押さえて絶叫する。耳を塞ぎたくなるほどの叫び声に、蒼空は思わず目を閉じた。

 男子生徒は全身から力が抜け、事切れたように地面に倒れ伏す。すぐに誠護は男子生徒の元へと駆け寄る。蒼空も習って近づき、男子生徒の側に膝を突く。

 男子生徒は気を失っていた。おぞましいものでも見たように苦悶の表情のまま、力なく地面に倒れている。

 誠護は険しい顔で男子生徒の腕に触れた。

「脈はあるし、息もしている。ただこのままにしとくのはまずいかもな……」

 急に気を失うなんて普通じゃない。それに苦しみ始めた男子生徒の姿。ここでわかる身体的状態では問題はあまり感じられない。突然気を失うにしても、それだけということもあり得る。だがそれでも、このままでは危険。それははっきりわかる。

 誠護たちの視線が、教祖の金髪少女に向いていた。カレンは暗い顔を俯いたまま地面に視線を投げているだけで、何もいおうとしなかった。

 誠護はカレンさんの前に立っている桐澤にいった。

「このまま置いておくのはまずい。すぐに山を下りて病院に運ぶ必要があります」

「ふん、我々の神をバカにしたのが悪いんだ。そんなやつがどうなろうと知ったことではないよ」

 桐澤はもう自分たちには関係ないといわんばかりに首を振った。

「つまりこれはあなた方の信仰する神がこいつをここまでの目に遭わせたということですか?」

「そんなわけは――」

 すぐさま反論しようと桐澤が口を開く。

「はい。その通りです」

 だがそれを遮るようにカレンがいった。

「私の力は不安定なんです。勝手に動いているといってもいいです。私に対して強い負の感情を抱いた人には反発するように力が行くことが多いんです。すいません」

 そういって、教祖の少女は申し訳なさそうに謝った。

「カレン様! こんなやつに謝ることなど!」

 桐澤の意見をカレンは否定する。

「罪を犯したのであれば認めなければいけません。彼も私同様選ばれた民。助けないのは道理に合いません」

 自らがやったということだと認めるようだ。

 誠護たちが見た星々も、男子生徒を気絶させたこともそうだ。科学的見地を挟むことなどできない。見せられた星を人工的に作れるはずもない。そんなものがあれば明らかなオーバーテクノロジーだ。

 倒れた男子生徒の気絶は、演技ではない。実際に触れてみてわかっている。

「別にあなたの罪が認めようがどちらでも構いませんが、早くこいつを病院に連れて行ってください」

 努めて冷静にいう誠護を、桐澤が怒りの形相で睨み付けた。

「勝手にしろ。カレン様の力が理由だとしても、帰りのバスは明日まで出すことはない」

 あまりにも身勝手な言葉に、誠護は桐澤を睨み付けた。

「へぇ……。あなたたちは、仮に俺たちの中の誰かが体調を悪くしたとしても、怪我をしてもここから出さないと? そうか、そりゃあここにいたら危ないな」

 桐澤は言葉を詰まらせた。

 今がいったことを認めるなら、それはこの場に残ろうとしている生徒たちも、ここから出ることができないということになる。信者を欲している彼らにとって、新たな入信者候補にそんな印象を与える事態は避けたいはずだ。

 そんな中、カレンの声が響く。

「桐澤さん、車を出してください。彼をすぐに病院に」

 有無をいわせぬ一言に、桐澤は苦い顔を浮かべて部下とおぼしき人に指示を出させた。車まで誠護が男子生徒を背負って運んでいった。洋館から離れた場所にある駐車場にはワンボックスカーが回されており、後部座席に寝かせるように男子生徒を横たえる。

 するとそこに、いくつかの荷物を持って黒スーツがやってきた。涼馬だった。

「すいません」

 誠護はお礼をいいながら一つの荷物を受け取って車に詰め込んだ。

「出してください」

 運転手を任されていた人も、荷物を持ってきてくれた涼馬も目を丸くする。誠護は涼馬に向き直り笑った。

「悪いですね。俺たちの荷物まで持ってきてくれて」

 涼馬は誠護や蒼空の荷物も一緒に持ってきていたのだ。

「でも俺は帰りませんよ。あのとき見せられたものには興味があるからね」

「わ、私もです!」

 帰るわけにはいかないと蒼空も何度も頷いた。それから気を失った男子生徒を乗せた車は、緩やかに走り出し山道を下っていった。

 夜を照らし出す車のヘッドライトが消えていくのを見送ると、誠護は持ってきてくれた二つの荷物を受け取り、鼻歌交じり洋館へと足を向けた。

「もしかして帰った方がよかった?」

 歩き出しながら、誠護は涼馬に問う。

 周囲には他の信者や合宿参加者はいないため、普通に話すことができる。涼馬はやや苦い顔をしながら頭に手をやった。

「いや、てっきり帰るのかと思って。さっき、桐澤さんにもあの二人も一緒に帰りますと伝えたところなんだ」

「まあ、実際はそうした方がよかったのかもしれないけど、さすがにここでは帰れないよ。あんなものを見せられた後ではね」

 笑みすら浮かべながら誠護は涼馬にいう。

「……どう思った?」

 おずおずと重い表情で尋ねてくる涼馬に、誠護は蒼空に目を向けた。

「蒼空はどうだった? あの光景を見せられて」

 突然話を振られた蒼空は眉間に皺を寄せて口を開く。

「……今でも信じられないです。自分の目で見たものを疑いたくなるくらい」

 見せられたものを思い出しているのか、蒼空は目を閉じた。

「まったくだね。でもまあ俺も驚いたけど、ただ世の中には実際に目には見えていなくても、そこにあるってことはたくさんあるもんだよ」

「目には見えないものって、なんですか?」

「さあ、なにかな」

 誠護は小さく笑いを浮かべながら、肩に掛けた鞄を背負い直した。

「城戸君、別に俺はあんなものを見ても、ああすごいもんだね、で終わりだ。確かに不思議だとは思うけど、世界には実際には様々なものがある。今回見たものもその中の一つだった。それだけだよ」

 涼馬は大きく目を見開いて、誠護の顔を見返した。まるで、その言葉が信じられないようにだ。

「星詠教だったっけ。手口はわかったよ。集めるメンバーをまず心が弱そうな人間を集める。友達関係、学校、家族、まあ問題は色々ある。本当に何があったかはわからないけど、日常生活に疲れていそうな人間」

 誠護は星空を見せられた際の反応から集められた学生たちをそう予想した。宗教にはまる人間のほとんどは、何かにすがりたいと思っている人間や、信じられるものがない人間という特徴がある。他にも、親の教育であったり真面目な人間だったりと色々な要因があるのといわれている。誠護の目から見て、やってきていた学生たちは何か抱えていそうな学生が多くいた。

 一人か二人程度の少人数でこの場にいるということが、既に変わっていることだと誠護は考えている。

 誰がどんな活動をしているかもわからないサークルだ。普通一人や二人で来るようなところではない。先生や友達、家族のように護ってくれる存在がいないからだ。逆に考えると、最初からそんなものが期待できないからこんな場所に来ても関係ないと、どうでもいいと思っているのかもしれない。

「そんなやつらに対して、一度は露骨に怪しいビデオを見せたり話を聞かせたりして、わざと不信感を煽る。天体観測のつもりがあんな話を聞かせられたらそりゃあ嫌にもなるわな。それで、そこから科学的には証明できないあり得ないものを見せる。そうすれば、感動する人間も中には出てくるだろうさ」

「それはちょっとおかしくないですか? いくら学校生活とかに不満を抱えていたとしても、星空みたいなものを見せられたくらいで、あんなに感動するものでしょうか。こういってはなんですけど」

 蒼空が少しいいにくそうに付け加えた。

 実際に泣いていたり呆然と笑ったりした人たちがいた手前、いっていいのかどうかわからなかったのだろう。

 しかし蒼空の指摘はもっともだ。

「確かにその通りだよ。でも、見せられた光景が皆同じだったとは限らない」

 視界の隅で、涼馬が僅かに目を見開いた。

「どういうことですか?」

「いいか? さっきもいったけど、ここに集められた人間は事前にある程度調べられていると考えられる。だとするなら、見せれば何が心を動かしやすいか、効き目がありそうか。そういったことまで考えているとも考えられる。あの能力が超常的なものであることを前提にした考えだけど」

 そしてその調査によって見せたもので効果がなかったのが、さっき運ばれていった男子生徒だったのではないかと思われる。何かを見せられたのは間違いない。だが、それが逆効果だったのだ。それが何だったのかは本人に聞いてみないとわからないが、星詠教の連中の考えとは違ったということだ。

「たぶんだけど、見せられた光景は人それぞれ違っていたんじゃないかと思う。どんな相手にどんなものを見せれば心を動かすことができるのか。精神カウンセリングでもできる人間がいればある程度予想はできるだろ」

 実際がどうかは正直本人に聞いてる見るまでわからないところではある。

「まあ、全部俺の想像。仮定だからそんなに深くは気にしないでくれ」

 蒼空は深く考えるように口を結び、腰に掛けたポーチに触れていた。

「それより悪いな。せっかく帰れるチャンスだったのに」

「ああいえ、大丈夫です。自分から言い出してきて着いてきたんです。一生懸命着いていきます」

 蒼空の言葉に、誠護は苦笑していた。

「君たちは帰らなかったの?」

 洋館に帰ってくると、扉のところにいた桐澤は不快感に顔を染めていた。

 誠護は涼しい顔で笑って見せた。蒼空といえば内心ひやひやとしているのか、終始おろおろとしていた。

「問題でもありましたか?」

「いや、そんなことをいうわけがないよ。ただ、帰ると思っていたから頭から外していたんだ。さっき部屋割りをしていたんだが、部屋があまってるかな」

 桐澤は演技染みたいな言い回しをしながら洋館の方へと歩いていった。相手からすれば、誠護のような人間には帰ってもらいたかったはずだ。まあそれは仕方ないとわかっている。

 だが、正直これは参る。

「あいつら……嫌がらせが過ぎるだろ」

 誠護は呆れたようなため息を吐いた。

 宛がわれた部屋は、洋館から少し離れた場所にある小さなログハウスだった。……誠護たちが宛がわれたのは、その一つだった。

「男と女を一つの部屋に押し込めるか普通」

 二十畳ほどの広い部屋にベッドが一つ。無造作に置かれた机と椅子がいくつか転がっており、清掃は行き届いているものの普段使われているものと思えなかった。結構年代物のだった。

「なんか、すいません」

 蒼空が咄嗟に謝っていた。

 誠護は苦笑しながら机の上に荷物を置く。

「なんで蒼空が謝る。おかしいのはあいつらだよ。大体合宿に来るメンバーが決まっているのに部屋も宛がわれてないばかりか足りてないなんてあり得ないよ」

 自分たちにやましい部分があると認めたようなもんだ。

「ここでごねるのは得策じゃないね。悪いけど、ここに泊まるしかなさそうだ」

「そ、そうですね」

 うわずる声を抑えることができない蒼空に、誠護は苦笑を漏らす。

「蒼空はベッドを使いなよ。俺は適当にその辺で寝るから」

「そ、そんな一緒にベッドを使えば……」

「無茶をいうな無茶を」

 咄嗟に出た蒼空の言葉を誠護は手を振りながら笑い、蒼空は自分でいってしまったことに顔を真っ赤に染めていた。

 誠護は小さくため息を吐いて視線を窓の外に投げる。その先には他の人たちは泊まる洋館がある。

「向こうもとりあえずは大丈夫そうかな。むしろこっちがやばいねこれは」

「何がですか?」

「いや、なんでもないよ」

 誠護は鞄からペットボトルに入ったオレンジジュースを二つ取り出した。

「わざわざ持ってきてなんですか?」

「うん。最悪ご飯を食べられない可能性も考えてたからね。実際ここからまともに提供してくれるかどうか怪しいし」

 そういって誠護はぬるいけどと笑いながらジュースを差し出した。

 蒼空は椅子の一つに腰を下ろし、ジュースを一口飲んだ。

「でも、実際見ましたよね。私たち」

「ああ、見たね」

 誠護は反対側の席に腰を下ろして息を吐く。

「すごい光景でした。あのカレンっていう人の力、一体何なんでしょうか。何か仕掛けがあるんでしょう」

「いや、たぶんないよ仕掛けなんて。マジックや手品でもない。俺たちは正真正銘、あの光景を見せられた」

 断言した誠護の言葉に、蒼空は眉をひそめた。

「でも、そんなことがあり得るんですか? まるで、超能力みたいでしたよ」

「だったらきっと超能力なんだよ」

 事も無げに誠護は納得する。自然と口元に笑みが浮かんでいた。

「ちょっと聞きたいんだけどさ、蒼空にはあれがどんな風に見えた?」

「どんな風にといわれましても、空一面に輝く星と惑星みたいなのとか、太陽みたいに光る恒星とかです」

「だよね。俺もそう見えた。でもおかしな点があるんだ。あのとき、俺たちの上は昼間のように明るくなった。恒星があったりしたら当然だけどね。逆に、恒星なんて巨大な光の塊がある中で、あんなに星が綺麗に見えるわけがない」

 天体観測は基本的に明かりがある条件では観測しにくい。

 それは、昼間に星が見えないのと同じで、本来小さな星の光は他の強い光にかき消されてしまうからだ。さらに、人の目は暗闇になれると小さな光でも捉えることができるようになる。だから天体観測をする際は、月明かりも街明かりもない暗い場所が理想的だ。同様に、あんな太陽みたいなものがある状態で他の星が見られるわけがない。

「それにもう一つ不自然なことがあった」

「なんですか?」

「恒星があるのに星が見えたってのは別にしても、あれだけの光があったのに周囲はまったく明るくなってなかったんだよ」

「どういうことですか?」

「いいかい? あの星の量は普通の星とはわけが違った。あれほどの光量が俺たちの上に作り出されたとしたら、本来なら周囲も昼間みたいに明るくならないとおかしいんだ。だけど俺たちの周りにはかがり火の灯りがあるだけでそれ以上は何もなかった。俺たち自身も、草原もカレンさんも、星空が広がる前と同じ程度の状態だった」

 それは普通では考えられない。

「あれは普通に発生したものじゃない。そこに科学的な見地も原理もありはしない」

 そういう誠護の口元は、僅かに緩んでいた。

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