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「君たち二人は天文サークルの合宿参加者かな?」
集合場所に向かうと、大きな荷物を持っている二人を見つけて男が近づいてきた。
「はい。陸羽誠護です。今日はよろしくお願いします」
「矢祭蒼空です」
誠護が頭を下げ、少し遅れてすぐに蒼空もぺこりと腰を折る。
この団体は名目上は天文サークルという名前で活動している。
大学なんかでも高校生から大学生に混じって参加をするということはよくあるが、一応そういう大勢を装っている。
近くに合宿場まで向かうために使うと思われるバスが停まっているが、借りているバスのようでサークルのメンバーが運転するようだ。
既に少し不安が駆り立てられる。
前情報なしで来ているなら一見普通なサークルだろうが、事前情報を持ち合わせていれば十分に怖い。
誠護たちに話しかけてきた男性は、白いシャツにジーンズという簡素な格好の大人の男性で、おそらく二十代後半くらい。基本的に大学生や高校生が多いが、稀に卒業生などが仕切っている場合もある。相手の男性はどうみても高校生はおろかだいがくせい合宿参加者であることの確認が取れると、こちらを安心させるような穏やかな笑みを向けてきた。
「歓迎するよ。今日はこのまま星を見る予定なんだ。さあ、他の子たちもいるからバスに乗って」
そういう男性の胸元には、涙の形をした青色の鉱石が光っていた。見れば他のメンバーらしき人たちも全員同じ鉱石のペンダントをつけている。
内心嘆息を落とすと、誠護と蒼空は大人しくバスに乗り込んだ。一通り車内に視線を滑らせるが、どうやら怪しい場所はないようだった。
バスの中には既に十人ほどの参加メンバーがいた。外の男は明らかに学生という年齢ではなかったが、バスの中にいたメンバーは全員学生、おそらくは高校生くらいの年齢だ。グループで来ている人たちもいるようだが、中には一人で来ているとおぼしき人もいる。グループの連中は二人か三人で固まり、楽しげに話し合っている。
誠護は一番後ろの席に歩いて行き、蒼空を奥の席に座らせて通路側を塞ぐように自分も腰を下ろした。事前に打ち合わせていたが、初めはお互いにほとんど口をきかないことにしていた。不安そうに見せるためなのと、緊張しているように見せるためだ。
しかし、そんな考えも杞憂に終わった。
車内に見知った顔が入ってきたのだ。
「やあ、待ってたよ」
姿を見せたのは、誠護たちの依頼人、城戸涼馬だ。
「迷わずに来られたみたいだね」
「はい、大丈夫でした」
先輩から声を掛けられてという設定も入っているため、こちらは敬語で話す。
……汐織先輩設定盛り過ぎだろ。
事前に説明されていたがさすがに面倒になってきた。
「もうちょっとしたらバスが出るからそれまで待っててね」
涼馬はそれだけいうと誠護たちから離れ、他の合宿参加者に近づいていった。
女子の二人組が座る横の席に腰を下ろす。
「やあ、君たちはどこ出身?」
持ち前の人畜無害さを生かし、いとも簡単に自分のペースに持ち込み楽しげに話し始めた。
「ん? このサークルが何かするって? もちろん天体観測だよ。天文サークルだからね。でも、もっと広い定義で考えるんだ。一つの考えに捕らわれちゃいけないよ」
型にはめられたような言葉を発する涼馬の目が一瞬曇った。
いわされている感がすごい。おそらくは決まり文句としていうようにいわれているのだろう。
「君たちもこの合宿で見ることになるよ。サークルリーダーのすごを」
自身の幼なじみのことを語っているにも関わらず、涼馬の表情はどこか沈んでいた。
涼馬は、それからも新しくやってきた生徒に声をかけ続けていた。
星を観測するには、街灯りが届かない山奥が理想的だ。
これで街中で観測するとかいい始めたら、誠護はその時点で抗議の一つでも上げてやろうと思っていた。いくらなんでもそこで文句をいわないのはおかしいレベル。
しかし、さっきの男性が運転したバスは速度を落としながらゆっくりと山道を進んでいく。
ほとんど建物がない道を進んでいくバスに、乗車している学生たちが少し動揺を示し始めた。
「ああ、大丈夫だよ皆。ここにほとんど人に知られていない穴場があるんだ。着いたらビックリするから楽しみにしてて」
そんな言葉で安心できるわけがないが、自分たちより大人である男性に反論できる勇気があるやつはいなく、静かに座っている。
山奥に入ったバスは、三十分ほどで停車した。
バスから降りた誠護たちの前に広がっていたのは、木々に囲まれた開けた場所だった。森の中からそこだけ木々を切り取ったように、綺麗な円形に草原が広がっている。
そして、草原の中に大きな洋館があった。
「おぉー」
自然と口から驚きの言葉が漏れた。
草原もそれを囲う森も洋館も立派で、これを合宿所に使えるとは大したものだ。洋館の壁に十字架らしき模様が彫られていなければもっとよかった。キリストの宗派なのかもしれない。
スマホを取り出してちらりと確認すると、圏外になっていた。
このご時世とはいえ、こんな山奥まで来れば電波がないのは仕方がない。
あかね色に染まった空の下、誠護たちは洋館に足を踏み入れた。
他にもバスが来ていたようで、今回の参加者は全員で二十人ほどのようだ。
「じゃあ荷物はこの部屋に入れてねー。盗難されないように鍵を掛けるから安心して」
裏を返せば誠護たちでさえ満足に鞄を触ることができなくなるのだが、誠護たちは大人しく従って荷物を差し出した。
誠護と蒼空は示し合わせて荷物をあまり持ってこないようにしていたし、貴重品は常に持ち歩けば問題はない。
誠護たちを前に、ここまで車を運転してきた男性がいった。
「皆のお世話をさせてもらう桐澤だ。今日から明日までよろしく」
桐澤は誠護たちに今日これからの予定を告げた。
これからすぐに夕飯で、その後少しの天文学を学ぶ。そして日がとっぷり暮れたら外で観測会とのこと。これだけ聞けば十分普通な天文サークルだろう。
夕飯は全員一緒に一つの部屋で取ることになっていた。屋敷の中には至る所に芸術品のような物が並べられている。
「すごいな……」
側にあった模型を前に、誠護は足を止めた。
流線型の近代的な形の車の模型や、神殿のような建造物のスケールモデル、壺や絵などまで様々な物が置かれている。
「高そうな芸術品ですね。サークルの持ち物……ってことはないですよね?」
「いや、全部サークルの持ち物だよ。何、そんな高いものじゃないよ。大抵は樹脂製だしね」
確かにほとんどのものが樹脂製の物のようだが、中には金属でできている物もある。しかし手作業で作ることが困難としか思えないものが数多くある。とても安価な物には見えなかった。
首に掛けているペンダントもそうだが、中々に精巧に造られたもののようだ。相当な資金力の現れか、ただの演出かはわからない。
模型が並んでいる通路を通り過ぎ、その先の扉へと桐澤は足をすすめた。誠護たちも続いて中に入る。
入った途端に、異様な空気を感じた人は少なくないだろう。
サークルのメンバーは全員が黒いスーツで身を固めており、首からは全員雫の形をしたペンダントを掛けていた。現代においてスーツは社会人として着用する正装の一種とされているが、ここにいる連中はスーツの色も柄も同一なのは見ていて異様だ。制服のような統一感を出すためといえば聞こえはいいだろうが、薄気味悪さを感じずにはいられなかった。
部屋に入ってすぐ左のテーブルに涼馬が座っている。
こちらに視線を向けることなく、穏やかな笑みを浮かべてただ前を向いていた。蒼空もそれに気づき注視していた。誠護がその背中を軽く叩くと、心配そうに見上げてくるが、小さく首を振って落ち着いてと示した。
涼馬も他の連中と同じように黒いスーツに身を固め、首からいかがわしいペンダントを掛けている。誠護は努めて気にしないようにしながら、歩き出して空いている席に腰を下ろした。
慌てて蒼空が誠護の隣にちょこんと座り、すぐに蒼空が耳打ちをする。
「ここにいる人たちの誰にも近寄らせないで。距離を取るんだ」
蒼空はどういう意味か聞いてこようとしていたが、すぐに離れる。他の面々も、戸惑いながらであるが各々が席に着いた。
既に目の前には豪華な料理が並べられている。おいしそうな香りがするのに、どこか怖いイメージがあるのは気のせいではないだろう。
全員が席に着いているのを確認すると、前に桐澤が歩み出た。いつの間にかしっかりと黒スーツに着替えている。
「さあ皆! 今日は俺たちの新しいメンバーを紹介するよ! 神の御許に集まった同志だ。我らは最後の日を生き残る救世主! 主に感謝しよう」
訳のわからない文句を垂れ流し、桐澤は両手を組んで空を仰いだ。他のメンバーも同様に習って上を向く。
十秒ほどの祈りのあと、桐澤は誠護たちが座る方を向いて微笑んだ。
「ごめんね。今は君たちもわからないと思うけど、すぐにわかるからね」
詳しい説明は一切せずに桐澤が言い放ったことに、全員首を傾げていたが大体皆連れてこられた場所のことを理解しただろう。
顔色を悪くする女の子や、口をぱくぱくとさせる眼鏡男子など反応は様々だったが、学生たちは一様に怯えていた。
「それではいただこう」
桐澤がそういうと、メンバーたちは夕食に手を付け始めた。だが誠護たちといえば並べられている料理が安全なものかどうかもわからないため、ためらわずにはいられなかった。
「いただきます!」
誠護も手を合わせてエビフライに箸を伸ばし、口に運ぶ。
「大丈夫、何も入ってないよ」
隣にいる蒼空にだけ聞こえるように呟いた。
「は、はい」
小さく頷き、蒼空も箸を手に取った。
一口食べると、予想外においしかったのか目を見開いて次々に口に運び始めた。
他の面々は未だに戸惑っていたが、誠護は夕飯を勢いよくかきこんでいく。
「すいませーん、おかわりありますかー?」
場違いなのんきな声を上げて、空っぽになったお椀を振る。
「おっ、いい食べっぷりだ。誰かおかわりを持ってきてやってくれ」
桐澤が笑いながらそういうと、一人の黒スーツが誠護のところにやってきた。涼馬だった。
「どれくらいいる?」
「目一杯頼みます」
「わかった」
微笑みながら涼馬は厨房らしきところに引っ込んでいった。
誠護はまだ料理に手をつけていない皆に目を止めて、笑いながらいう。
「どうしたどうした皆。俺たちは天体観測に来たんだよ? 天体観測は夜間活動が基本。おまけに今日は雲も月もない絶好条件。今日は長期戦になる。今のうちに腹に入れとかないときついよー」
誠護は蒼空の頭に手を乗せて笑う。
「この子の食いっぷりを見て。小柄なくせして実は大食いなんだ」
バクバクと食べていた蒼空が顔を真っ赤にして止める。
「ちょ、ちょっとり、誠護さん何いってるんですか!」
陸羽といいかけたがなんとか持ち直して誠護と言い換えた蒼空グッジョブ。
誠護たちのやりとりに、一同が和やかな雰囲気に包まれた。そして、皆がおずおずとであるが夕飯に手を付け始めた。全員がここが怪しい宗教だという認識を持ったがために食べにくかったのだ。
だから自分たちは天体観測に来たのだという認識を取り戻せばなんということはない。
そうこうしていると、ご飯のおかわりを涼馬が持ってきた。本当に山のようなご飯が盛られている。
「これくらいでいい?」
「大丈夫だ」
若干食べられるか怪しかったがそのときは蒼空に押しつけよう。
涼馬は苦笑しながら元の席に戻っていった。
「……」
少し疑問を抱きながらも、誠護は受け取ったご飯に箸を伸ばした。
夕飯を終えると、告知されていた通り天文学の授業をするということで講堂のような場所に集められた。一度荷物を取りに行き、全員が動きやすい私服に着替えている。明かりを消した部屋でプロジェクターを用い、スクリーンに映像が映し出される。
だが天文学の授業とは名ばかりで、宇宙の誕生に始まり人類の創世の歴史まで訳のわからない映像を三時間以上に渡って見せられた。
桐澤はもう隠す気もなく、この教団について嬉々として語っていた。
教団の名前は星詠教。一応天体とか宇宙を基礎にはおいているみたいなのだが、星のことなんてまったく関係のない話をひたすら聞かされた。
七つの封印を解くことができる救世主であるとか、審判の日を生き残ることができる存在なのだとかどうとか。
誠護は必死にあくびを噛み殺しながら聞いていた。面白くもなんともない。どこからそんな話を作り出したと何度ツッコミを入れそうになったかわからない。どこかで聞いた話を継ぎ接ぎに繋ぎ会わせただけの話だ。
そして思った。ここに汐織がいなくて本当によかったと。あの人なら確実に騒ぎ立てるに違いない。
その点蒼空は大したものだった。まったく集中していないのは見てわかったが、話はしっかりと聞いている。
腕時計に目を向けると、抗議が始まって四時間ほど経っており、既に日付が変わろうとしていた。
そんなときだ。
「なんなんだよこれ! もういい加減にしてくれよ!」
一人の男子生徒が椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がった。
「こんなふざけたビデオ見せて! 一体あんたたち何考えてんだよ! 何が星詠教だ! ふざけんな!」
気の荒そうな男子生徒だ。怒り狂っている男子生徒に周囲は引き気味だったが、同意見だといわんばかりに唸る。正直ここで何かいうのは得策ではない。
ここは車で三十分以上も走らせた山奥だ。騒いだところで相手が車を出させない限り帰る方法はない。おまけに電波も圏外。タクシーを呼ぶこともできない。桐澤の口元がニヤリと歪んだ。
なんだ……?
その反応に薄ら寒いものを感じたと同時に、映像類が全て消され、部屋の明かりがつけられた。誠護たちが座る椅子の間を悠然と歩き、騒ぎ立てる男子生徒の肩に手を置いた。
「今の君には、君たちにはわからないだろう」
ぞくりと鳥肌が立つような声が吐き出される。諭すような表情で、男子生徒に笑いかける。
「だから君たちに見せてあげよう。我らが教祖の御技を」
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