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 いっそ教団への侵入ルートーが見つからなければいいと思っていたが、元々メンバーである涼馬がいるのであっさりと手筈は整った。涼馬はほとんど気にしていないが、メンバーには教団に勧誘するノルマのようなものがあるらしく、誘う分には簡単らしい。

 涼馬が図書部を訪れてからものの数時間で、交換したばかりのラインに合宿に参加できる旨が送られてきた。

 そして合宿が行われる週末の土曜日、誠護と蒼空は汐織とともに一度カラオケボックスに集まっていた。

「ちょっと、誠護君、もうちょっと髪型変えられなかったの? ワックス貸して」

 誠護の手からワックスをひったくり、誠護の髪をいじくり始め、なすがままに髪型改造が始まる。

 誠護は髪を汐織にいじられている間に、この辺り一帯のゴシップ記事や面白記事がたくさん載っている雑誌を机に広げて読んでいた。

「なにか気になることでもあるんですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど。こういう記事は読んでいるとたまに役立つことがあるんだよ」

「数十人が目撃した空飛ぶ竜、全裸で街を駆け抜ける大男、三百発拳銃を撃ち合った暴力団の抗争……。これ、本当に役に立つ情報なんですか? 面白半分で読んでません?」

 意外にストレートな物言いに、誠護は苦笑する。

「半分その通りで半分は本当だよ。ほら、銃弾も弾ける警棒とか、卑弥呼の鏡『四獣鏡』出土とか、面白くない?」

「陸羽先輩、そういうの好きなんですね」

 まるで子どもを見るような目で蒼空がいった。

 不意に蒼空が吹き出して口を塞いだ。必死に笑いを堪えるように口を震わせながら顔を逸らす。

「面白ければ笑えばいいよ。この部活でやっていこうと思ったらこれくらいで動じちゃいけない」

「い、いえ、ぷっ、我慢できます」

 我慢しなければやっていけないというのもいかがなものだろうか。

 土曜日の夕方から集まり、日曜の昼までというちょっと変わったスケジュールで行われる。活動時間のほとんどが夜間に集中しているが、別にそれはいかがわしいことをするわけではない。と思う。

 インカレサークルとはいえ、彩海学園の生徒であるこということを明かしていくので、ある程度変装はしていこうという話になったのだ。

 ほとんどつけたこともない寝癖直し用に買っていたワックスで簡単髪を固めてきたのだが、汐織にはお気に召さなかったようで現在髪をいじられている。抵抗は無駄だと悟っているので、誠護はなすがままに頭を差し出していた。

「これでどうだ!」

 五分ほどもみくちゃにされたところで、汐織がコンパクトミラーを差し出した。

 長めの茶髪がありとあらゆる方向に突き出ている。

 視界の隅で蒼空が堪えきれずに吹き出した。

「どうだじゃない。却下。いくらなんでも不自然すぎる」

 何より羞恥心が許さない。

 誠護はトイレに行き、人がいないタイミングを見計らって頭を簡単に洗ってしまう。水で流せるワックスだったので助かった。

 タオルである程度髪を拭いて部屋に戻ると、今度は蒼空がいじられていた。

 化粧をあれこれされて、上級生からの攻撃でがちがちになって固まっている。

「ちょっとちょっと汐織先輩。パワハラだ。かわいそうでしょ」

「え? そんなことないよね蒼空ちゃん」

「は、はい」

 そこでこれはパラハラですなんている子がいるかい。

 誠護は汐織の手から化粧道具を取り上げた。

「もう時間がないんで出るよ。汐織先輩はお留守番を頼む」

「むぅー、私だけ仲間はずれー」

 むくれながらぽかぽかと汐織が誠護の肩を叩く。

 誠護はさして気にすることもなく髪を拭きながら嘆息を漏らす。

「汐織先輩が行ったらめちゃくちゃになりそうだからダメ。見た目と中身は違うけど、ちょっと三年生っていう自覚を持ってくれ」

「どういう意味だっ」

「そういう意味だ」

 掴みかかってくる汐織を片手であしらいながら、誠護は蒼空に視線を向ける。

「矢祭さん。本当にいいの? ここから先は冗談じゃすまなくなるよ?」

 あえて意地の悪い言い方をする。

 半端な覚悟で来たら後で痛い目を見るのは蒼空自身だ。

 だが、蒼空は誠護の忠告に対して、笑みを浮かべながら頷いた。

「大丈夫ですよ。迷惑になるようなことはしません」

 誠護がいいたかったのはそういうことではなかったのだが……。

 頭を掻きながら苦笑する。

「了解。じゃあ、もう止めないよ。俺の側にいてくれればどうにかするから気負わないでね」

 そして、財布の中身は示し合わせて大金は持ち歩かず、キャッシュカードなど使わないものは置いてきている。

 ある程度準備ができたところで、誠護は着替えなんかを入れた鞄を手に立ち上がった。

「じゃあま、行くか。汐織先輩。連絡が取れれば連絡するから」

 それまでむすっとしていた汐織だったが、やがてため息を吐いて微笑んだ。

「うん、頑張ってね」

 そして、蒼空に視線を向けた。

「蒼空ちゃんも無理しないでね。誠護君はこう見えて意外に頼りになるから、まあ気負わないようにね」

「意外ってどういう意味?」

 汐織はにんまりと笑っていった。

「そのままの意味」

 言い返されてしまった。

 汐織は蒼空に向き直り、そっと頭に手を乗せた。

「何かあれば、誠護君を頼ればいいから」

「はい! 全力で頼ります!」

 そうして、誠護と蒼空はカラオケボックスを出てから汐織と別れた。

 カラオケボックスから集合までは歩いて十分ほどだ。そこからバスで合宿場へ移動する手筈となっている。

 歩き初めてすぐに、誠護はポケットから眼鏡を取り出した。

「あれ、陸羽先輩は目が悪いんですか?」

「視力は両目とも2.0あるよ。これはパソコン用の眼鏡。ブルーライトとかをカットしてくれるやつね。これくらいは変装をしとかないとね」

 ブリッジを押し上げながら小さく笑う。

 蒼空は誠護の顔をのぞき込みながらにんまりと笑う。

「なんか真面目になったように見えます」

「……おかしい。普段は不真面目に見えるといわれている気がする」

「あははっ、そういうわけじゃないですよ」

 蒼空は楽しそうに笑いながらポケットに手を入れ、水色のシュシュを取り出した。

「私も髪型くらい変えた方がいいですかね」

 そういって、後ろ髪を束ねてシュシュでくくった。

 ふんわりショートの髪型から、即興のショートポニーへと変わった。

 活発そうな雰囲気が強い蒼空にはとてもよく似合っている。

「なんかかわいくなったね」

 誠護は笑いながらそういった。

「あれ? なんか普段はかわいくないっていってません?」

「いってません」

 少しの沈黙のあと、誠護たちはお互いに吹き出して笑い合った。

 辺りは既に暗くなってきており、あり下手をすれば歩道をされかねない時間だ。

 横断歩道の信号が赤に変わり、誠護たちは足を止めた。

「それで、真面目な話だけど、いくつか決めておかないといけないことがあるんだ」

「なんですか?」

「まず、呼び方だね。先輩ってのは止めた方がいい。設定では俺、一年生だからね」

 別に誠護は学年まで偽る必要性はなかったのだが、慣れない高校生活に外に仲間を求めてサークルを探していたという設定を、誰とはいわないがここにはいないもう一人が作ったため、それに従わされている形になっている。

 蒼空は少し困惑したように眉をひそめた。

「じゃあ、陸羽さんって呼べばいいですか?」

「んー、陸羽ってのも珍しい苗字だからね。できれば名前の方で頼む。もういっそ呼び捨てでも構わんよ。その辺りは体育会系と対極にあるってくらいルーズだからね。俺と汐織先輩見てればわかると思うけど」

 最初汐織が上級生にはとても見えなかったためため口で話していたのだが、それが今も引きずった形となっている。

「じゃあ、誠護さん、でいいですか?」

「大丈夫だ。それと、別に敬語じゃなくてもいいぞ?」

「そ、それはちょっと勘弁してください」

 顔を赤くして蒼空が俯いた。

 なんかついついいじめたくなってしまう子だ。汐織が楽しげにいじっていたのもなんとなくわかってしまった。

「私のことも名前で呼んでもらっていいですよ? 私だけっていうのもあれですし」

「じゃあ、蒼空さん? いや蒼空ちゃんかな」

「よ、呼び捨てでいいですよ」

「ん、なら蒼空って呼ばせてもらうよ」

 自然な落としどころだろう。

 仲間はずれにされたくないがために色々考えた設定厨が作った設定として、入学して知り合い意気投合。二人で何かできないかと画策していたが、彩海学園内には面白そうな部活がなかったので外部の合宿に参加という流れだ。

 下手に気を遣うような関係であるのはむしろ怪しまれる。

「ま、蒼空はそんなに緊張しなくてもいいよ。俺の方で大抵のことは終わらせるから。自分の身の安全を考えといてくれ」

「えっと、主にどうすればいいですか?」

「前にもいったけど、俺の目の届く範囲にいてくれればいいよ。そうしてくれれば蒼空は守るから」

「……」

 ……なぜ顔を赤くする。

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