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 とある図書館職員が、学校が辛いと感じたら図書館に来ればいいといった。

 いじめなどの問題により自殺や不登校になる生徒が多く出ることに対して、そんなことをするなら図書館に来なさいということだ。

 実際は市立図書館の職員がインターネット上でいったことなのだけれど、それに感銘を受けた汐織がここの部室には新設の校舎から離れていることもあり、彩海学園設立当初から何かと問題を抱えた人物がやってくる。

 ここの正式な名前は第二図書館。ほとんどの生徒には知られていないが、立派な図書館なのだ。

 といっても、読まれない本や古い資料が運び込まれてきて、それを整理するということを交換条件に部室として使わせてもらっている。

 とにもかくにも、ここには様々な悩みを抱えた相談者がやってくる。

 個人的な相談であったり昔から抱えている悩みであったり友人関係であったりと、その悩みは様々だが、設立当初から図書部は生徒の悩みを聞いている。

 全校生徒が数千人を超えている巨大な学園だ。

 悩みは溢れに溢れている。

「とまあそういうわけで、俺たちは普通の図書部の活動以外にお悩み相談をしているんだ」

 誠護の説明を聞いた蒼空はぽかんと口を開けていた。

「ず、ずいぶん変わったことをしているんですね」

「まあね」

 ストレートにいってくる子だなと、誠護は内心苦笑した。

 蒼空は、活発そうな一年生の女の子だった。

 項辺りで切りそろえた栗色の髪に、ぱっちりとした目。まだ一年生ということもあり小柄な背格好だが、幼げな顔をしていながらしっかり者な印象を受けた。

「相談者って多いんですか?」

 突っ込んだ質問に、誠護は背中に嫌なものを感じた。

「いやー、実はこれから一人相談者が来る予定なんだよね。だから、正直今仮入部するとちょっと面倒なことになると思うんだけど……」

 遠回しに、仮入部を止めた方がいいよといったつもりだった。

 相談事がいつでも話を聞くだけで終わるとは限らない。

 実際一月以上かかったことさえある。

 危険も伴うし、止めた方がいいと思った。

 活発そうに見えるといっても、女の子は女の子。

 誠護たちみたいな人間はまだしも、普通の女の子を引っ張り込むのは気が引ける。

「どうする? 正直あまりおすすめはしないけど」

 だが、蒼空の反応は誠護の希望に反したものだった。

「……えっと、ご迷惑でなければ、仮入部をさせていただけたらと」

 やっぱり。

 必死に頬が引きつるのを押さえた。嬉しそうな笑みを浮かべる汐織を手で制して、誠護はため息を一つ落とす。

「……ごめん、矢祭さん。活動内容が活動内容なだけに、はいどうぞっていう気にはどうしてもなれなくてね」

「は、はい、そうですよね……」

 蒼空は残念そうに肩を落とした。

 しょんぼりとした様子に罪悪感を覚えながら誠護は続けていった。

「でも、新入生が仮入部を希望するのに部員といっても俺たちが一方的に突っぱねるのもおかしな話だ。だからこうしないかな。これからくる相談者。その相談事が片付くまでを仮入部期間とする。そして、その相談事を終えたあとでも矢祭さんが入部したいというなら入部届を出す。ただし、仮入部の期間に俺たち二人が矢祭さんが活動することが厳しいと判断した場合は、申し訳ないけど拒否をさせてもらう」

 蒼空は首を傾げながら唇に指を当てた。

「えっと、それはもし私が最終的に入部を希望しても入部できない可能性があるってことですか?」

「平たくいうとそういうこと。くどいようだけど、いつも何もなく終わるわけじゃないんだ。実際暴行事件寸前まで行ったこともある。俺も意地悪でいっているわけではないよ。ただ単純に、俺たちの事情に巻き込むわけにはいかないからね」

「先輩たちの事情、っていうのは?」

 聞き返されて、思わず言葉に詰まった。いわなくてもいいことまでいってしまった。

 すかさず汐織がフォローしてくれる。

「さっきもいったけど、これは図書部と直接的には関係ないことだからね。いってしまえば私たちの自己満足でやっていることだから」

「ああ、そういうことですか……」

 いって、蒼空は黙り込んだ。

 俯き、口を結んだまま十秒ほど考え込んだ。

 そして顔を上げた。

「わかりました。もし先輩たちが入部を拒絶されるなら、それで構いません。だからそれまで私に仮入部をさせてください」

 蒼空は続けていう。

「精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」

 そこに込められたはっきりとした決意に、誠護と汐織は顔を見合わせて苦笑した。


    Θ    Θ    Θ


 初め、面白そうだと思った。

 誠護たちがいった通り、それは普通の部活動から外れたことだろう。

 もちろん本にも興味はある。漫画やライトノベルがほとんどだが、蒼空だって本ぐらい読む。その点図書部として活動していく上でも問題ないだろう。

 でもそれよりやっぱり、相談事を聞いているという部分にとても興味をそそられた。先輩たちにいったら怒られるかもしれないからいわなかったけど、普通とは違うということが、すごく面白そうだと感じたのだ。

 そして何より、まだ助けてくれた先輩に、お礼をいえていない。

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