3

「あーあ、中々いい部活ないもんだねー」

 小学校からの親友である藤崎美波がのんきな声を発しながらトレードマークであるポニーテールを揺らす。

「どこもなんか普通だもんね」

 そう答えながらため息を零す。

 グラウンドに隣接した学生棟を歩きながら、新入生である女子生徒二人組は口々に漏らす。

「いや、別に私は普通の部活でいいんだけどさ。蒼空の理由はどうなのよ……」

「ありきたりな部活に入っても楽しくないもん。変わってても個性的な部活がいいよ」

 矢祭蒼空は親友にそういいながら笑って見せる。

 美波はわからないという風に頭を抱えるばかりだ。

 新入部員の活動も今日までだ。これから少しの仮入部期間のあと、入部届を提出して正式入部となる。

 蒼空と美波は今日までにいくつかの部を体験入部しているのが、どれもピンと来る部活はない。

「あんたはなんで写真部に入らないのよ。いつもカメラ持ち歩いているくせに」

 いわれて、無意識に腰に巻かれたポーチに入れられたカメラに手が行く。

 入学祝いに母親がプレゼントしてくれた新しいミラーレスカメラ。

 子どもの頃から蒼空は常にカメラを持ち歩いており、様々な写真を撮ってきた。時間は止めることができない。だからせめてそのときの景色を何かに留めることが人間にできる精一杯だ。入学祝いに母親が小型で持ち運びも比較的簡単なミラーレスのカメラを買ってくれたのだ。

「確かに写真部が一番入りたかったけど、この学校の写真部まともな活動してないんだもん」

 この写真部の活動内容は、ほとんどがグラビアや水着アイドルなどの鑑賞だった。月に何度かは撮影会を行っているようだが、それすら外部のグラビアモデルに依頼した撮影会だった。

 体験入部に行くと蒼空まで水着姿でモデルをやらないかといわれる始末。

 くだらない活動過ぎて体験入部を始めて数分で帰った。

「蒼空のいう普通じゃない部活でよかったじゃん」

「よくないよっ。あれはただ写真部の名前を語った変態集団なの」

「わがままだねー」

「じゃあ入部してきて」

「絶対に嫌」

 美波は楽しそうに笑いながらそういった。

「まったく、人事だと思って」

「あ、トイレ行ってくるから待ってて」

「はいはい」

 どこまでもマイペースな美波はそそくさとトイレへと駆け込んでいった。

 蒼空はトイレから少し離れた教室の前で、壁に背中を預けてグラウンドを眺めた。

 グラウンドでは春の日差しの下、運動部が部活動にいそしんでいる。

 まだ高校自体の歴史が浅いながらも、全国大会に何度も行っている運動部員たちは一心不乱に体を動かしている。

 掛け声や硬い砂の上を踏みしめる音が離れた蒼空のところまで聞こえてくる。

 蒼空はポーチからカメラを取り出した。電源を入れ、液晶モニターをのぞき込む。

 真剣みを帯びた表情で、どこか苦しげに、しんどそうに体に鞭を打って動く運動部員。

 それぞれが各々の目的を持って活動しているからか、苦しそうに見えるが同時に楽しそうにも見える。

 あんな風にきらきらと輝くことを、青春というのだろう。

 蒼空の希望する部活の形とは異なるが、それでも彼らにとってはその部活こそが自分が望む部活なのだと思う。

 心のどこかでその光景に嫉妬しながら、蒼空は野球部員にオートフォーカスでピントを合わせ、シャッターボタンに指を掛ける。

 だが、ボタンを押す前に、液晶モニターに人影が映った。

 カメラから顔を上げると、目の前を一人の男の人がゆったりとした足取りで歩いていた。

 やけに大人びて見えたため、一瞬教師かとも思ったが、蒼空たちと同じ彩海学園の生徒だった。

 すらりとした高い長身に、目にかかるほどの焦げ茶の髪が印象的だった。顔も美形というほどではないが、それなりに整っている。

 だが同時にどこか憂いを落とした表情をしており、大人びて見えたのはそのためだろう。

 歩きながら鞄を背負っていない方の手には小説らしき本を持っており、文字に視線を向けたままのんびりとした様子で歩いて行く。ネクタイの色は緑色だったので、一つ上の二年生であることがわかった。

 前髪が揺れ、はっきりとその先輩の目が一瞬見えた。

 光り輝く茶色の瞳。

 まるで、この世界のありとあらゆるものを見通していそうなほど、澄んだ目をしていた。

 どきんと、胸が高鳴った。

 男子生徒は本に目を向けたまま、蒼空の前を通り過ぎていく。

 無意識のうちに、カメラで男子生徒を追っていた。

 小学生でも通用するとまでいわれたチビの私からすれば、ずっと大きな背中をファインダーに納め、すぐにシャッターボタンを押す。静音モードにしているため、ほとんど音は出ていない。ボタンを押した蒼空がかろうじて聞こえた程度だ。

 だがそれでも、男子生徒は蒼空から数メートル離れたところで足を止めた。

 読んでいた本をぱたりと閉じたかと思うと、背負っていた鞄にしまう。

 そして、ゆっくりとこちらを振り返った。

 あっ、気づかれた……?

 それ以前に、勝手に写真を撮ったということを今更ながら思い出した。

 先ほどまで光り輝いていた双眸が、鋭い光となって蒼空に向けられる。

 刃のように研ぎ澄まされた視線に、蒼空の体はすくみ上がる。

 その先輩は足早にこちらに近づいてくると、カメラを持っていた蒼空の手を掴んだ。

「えっ、ちょっと……ッ」

 指が食い込むほどの力で腕を握りしめられ、抵抗もできぬまま体を引っ張られる。

「ま、待ってください! 消します消します! 撮った写真は消しますから……っ」

 必死に謝罪しながら抵抗したのだが、二年生で男の人の上に、蒼空よりもずっと大きいその先輩の力で敵うはずもなく、ずるずると引きずられていく。

 あまりに唐突なことに、蒼空はパニックを起こした。

「ほ、本当にすいませ――」

 目に涙が浮かびそうになった、そのときだった。

 先輩はいきなりぱっと手を離した。

 掴まれた場所がじんじんと僅かにうずき、くっきりと赤くなっている。

 蒼空は急いでカメラを操作して写真を消そうとする。

 しかし、先輩の目が視界に入り、動きを止めた。

 先輩の目には先ほどまでの強い光は宿っていなかった。

 この世界ではないまったく別の場所を見ているような視線で、先輩は目の前の蒼空にすら焦点を向けていなかった。

 その場で先輩はため息を一つ落とすと、蒼空に背を向けて歩き出した。

 そのまま蒼空には目もくれず、鞄から再度取り出した本に目を落としながら廊下の角を曲がって見えなくなった。

 周囲にいた何人かが何事かと視線を向けているが、そんなことは気にもならなかった。 心臓が張り裂けんばかりに打っており、掴まれた手首に触れると体が震えていることに気づく。

 こ、怖かった……。

 泣き出しそうになりながら、しかし盗み撮りなんかをした自分が悪いんだと、再びカメラを操作して画像を消そうとした――

 そのときだった。

 視界の端を何かが駆け抜けたかと思うと、激しい音と共に蒼空のすぐ側の窓ガラスが爆ぜた。

「きゃあっ!」

 悲鳴を上げて頭を抱える。

 割れた窓ガラスが床に落ちて散乱する。砕けたガラスが足元まで転がってきたが、幸いというか奇跡的というか、蒼空にはガラスの破片が当たることはなかった。

「……」

 恐る恐る視線を上げると、教室の窓ガラスが何枚もまとめて砕け割れていた。

 窓を固定していた枠が一本、まるで何かで殴られたかのように曲がっており、その周辺の窓ガラスが全て割れて下に落ちていた。

 足の力が抜けて、ぺたりと床にしゃがみ込む。同時に、膝に何かが当たった。

 足に当たったそれは、緩やかに転がっていき、ガラスの破片にぶつかって止まる。

 硬式の野球ボールだった。

 空から飛来した野球ボールが、窓に当たってガラスを砕いたのだ。

 そのことに気づいた蒼空は、続いて知ったことに驚きを隠せず動揺した。

 なぜなら――


 野球ボールがぶつかった場所は、つい十秒ほどまで自分自身が立っていた場所だったからだ。


 しかも枠が曲がっている当たりから考えるに、頭に当たる軌道だった。

 もし、あの場所にずっと私が立っていたら、きっと潰れ割れていたのは私の頭だったに違いない。

 そのことに気づくと同時に、心臓が停止したように体が冷たくなった。

「だ、大丈夫ですか!」

「何があったの!」

「あぶねぇ……」

 騒ぎを聞きつけて周囲に先生や生徒たちが集まってくる。

 野球ボールを打ったと思われる生徒や、一部始終を見ていたと思われる生徒がささやき合っている。

「ちょっとあんた大丈夫!?」

 トイレから出てきた美波が周囲の人たちを押しのけ慌てて駆け寄ってくる。

「どっか怪我はしてない!? 保健室行く!?」

 心配性の親友は、血相を変えて慌てふためいている。

 その様子に、体の震えはいつの間にか止めっていた。

「大丈夫。……たまたま、近くに当たっただけだから」

 たまたま。本当にそうだろうか。

 自分でいっておきながら、そんな考えが頭に過ぎった。

 それから私は実際に野球ボールを打った野球部員からの謝罪を受け、顧問が部員を叱りつけている側で肩身の狭い思いをした。

 窓ガラスが割れた教室は美術室の一つで、授業も終わり部室としても使われていなかったため無人だったことが幸いし、怪我人などもいなかった。

 片付けも含めてきっかり一時間ほど問答をしたあと、ようやく蒼空は解放された。

 わらわらと集まってきていた生徒たちは散り散りになっていき、蒼空と美波もその場を離れた。

「美波、今日は一人で帰って」

 二人になると、美波にそういった。

「……あんたやっぱりどっか怪我してるんじゃないでしょうね?」

「いや、別にそんなことないよ。ちょっと用事ができただけだから」

「本当でしょうね。嘘を吐いたらはっ倒すわよ」

「……それされたら怪我じゃすまないよ」

 美波は蒼空より少し背が高いくらいの女子高生一年だが、これでも女子中学の空手チャンプだ。幼稚園から空手をやっており、中学生でついに頂点を極めた。高校からは何か他のことを始めようと新たに部活を探しているが、それでも少し前まで鍛えていた体。蒼空みたいなチビが攻撃されれば一溜まりもない。

「私は本当に大丈夫だから。じゃあまた明日。心配してくれてありがと」

 美波に手を振りながら、足早に先ほどの人が歩いていった方に足を向けた。

 人通りが少ない校舎の方に向かって歩いて行きながら、先ほど撮った写真を見やる。

 消すつもりではあるが、見つけ出すのに再度確認。後ろから撮った写真ではあるが、角度がよかったのでなんとか横顔程度は見ることができる。

 おそらく、この人物は蒼空を助けてくれたのだ。

 あのままあそこに立っていれば、野球ボールが蒼空に当たっていた可能性が高く、そうなっていれば怪我ではすまなかっただろう。

 そんな人を隠し撮りしたにも飽き足らず、助けようとしてくれていたのにあんな叫び散らしたことを謝罪がしたかった。

 それに……。

 視界の中に何か光のようなもの一瞬映り込んだ気がしたが、蒼空はかぶりを振って構わず歩みを進める。すると光もすぐに消えた。

 先ほどの男子生徒が消えていった方向は彩海学園の端にある校舎の一角だった。

 学生棟や教員棟、専門学科が実習を行う実習棟からも離れた場所。

 そこにあるのはこの学園で唯一の旧校舎。

 この彩海学園には前身があり、ほとんどの校舎は建て直しがされたのだが、その中でも一番新しかった校舎の一つが残っているのだ。

 男子生徒が向かっていった方向はその旧校舎がある方だった。

 現在はほとんど使われておらず、物置状態だから使うことはないだろうと新入生オリエンテーションで教師から説明を受けていた。

「……」

 新校舎ばかり見ているせいか、旧校舎は一際廃れているように見え、非常に入りづらかった。

 振り払うように首を振り、蒼空は旧校舎に足を踏み入れた。

 外観のわりに中はそれなり綺麗にされており、古く感じるが蒼空の中学校もこれくらいの古さだった。

 旧校舎は三階建てで、適当に歩いてみたがほとんどの部屋は使われている様子すらなく、窓から覗く教室には机や椅子、ホワイトボードの予備などが詰め込まれており、説明されたとおり完全に物置状態になっていた。

 しかし彷徨っていると、一つだけ明かりのついた部屋があった。

 古くなった標識には、掠れた文字で「図書……」と書いてある。最後の文字は掠れて読めなかった。

 もしかしたら以前は図書館だったのかもしれない。新校舎にも図書館はあるが、第二の図書館といったところだろうか。

 先ほどの男子生徒はここに来たのかもしれない。

 そう思って、蒼空は特に気にもせず扉を開けた。

 しかし、目の前にあった光景は図書館とは違っていた。

 本は、ある。ただ、その本は壁一面に綺麗に並べられた棚に詰め込まれていた。

 部屋は広く、他の教室は古いながらも汚れていた雰囲気であったが、この教室は綺麗に片付けられている。隅にはソファーなどもあり、毛布などが積み上げられ、中央にはいくつもの机が並べられている。

 そして、その机に一人の女子生徒が座っていた。

「あれ、新入生、かな? こんにちは」

 机に向かって本を広げていた女子生徒は柔らかな笑顔でそういった。

 赤いリボンをしている。つまり三年生の先輩だ。

 そしてとても綺麗な先輩だった。

 清楚で艶々としている黒髪に、整った優しげな表情。スタイルもよくてチビでちんちくりんな私とはとは大違いだ、と蒼空は心の中で嘆いた。

 その先輩は立ち上がると、嬉しそうな笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。

「もしかして入部希望者かな?」

「……入部?」

「うん、ここは図書部の部室だよ?」

 図書……部?

 蒼空は上半身を廊下へ出して、標識を見た。最後の掠れた文字は、いわれて見れば、部と読めた。ここは図書館ではない。図書部だ。

 そのことに気づいた蒼空は、やってしまったと思った。

「ええっと、は、はい! まずは仮入部からお願いできればと思います!」

 パニックになった結果、口から出たのは最近くせになりつつあるそんな言葉だ。

 さらに、墓穴を掘ってしまった。

 うわあああああ私のバカバカバカバカ! 今はそんなことしている暇ないのにいいいいい!

 取り繕うにも、今の一言で三年生の先輩は目の色を変えて蒼空の手を取った。

「うんうん! それでも十分だよ! さ、入って入って!」

 蒼空の手を引き、先輩は蒼空を部屋の中へと引き入れた。

「どうぞどうぞ」

 蒼空を椅子の一つに座らせると、どこからか持ち出してきたティーセットで紅茶を淹れてくれた。

 自分の分も入れると、先輩は私の前の席に腰を下ろした。

「まずは名前から聞かせてくれるかな? 私はこの図書部の部長をやっています、鳴海汐織です。汐織って呼んでくれて構わないよ」

 汐織はそういって眩しいばかりの笑みを浮かべた。

 予想外の連続にしどろもどろになりながら蒼空も名乗る。

「は、はい! わ、私は矢祭蒼空っていいます。弓矢の矢に、お祭りの祭りに矢祭で、ソラは蒼い空って書きます」

 あまりに慌てていたためすごくどうでもいい情報まで説明してしまった。

「そっかそっか、蒼空ちゃんか。よろしくね」

 女の蒼空でもころっときそうな笑みで汐織はそういった。

「それで、今はどんな部を探しているの?」

 すごくフレンドリーでぐいぐい来る汐織。

 汐織は無意識にポーチに入れてあるカメラに触れながら、目を合わせていられなくなって俯いた。

「えっと、これといってやりたいことがあるわけではないんですけど、ちょっと他の人とは違うことを初めて見たいかなって思ってます」

 咄嗟に出てしまったことだが、これは事実だ。何か新しいことを始めてみたかった。

 カメラを常に持ち歩いていることもその一つ。様々なものを見て感じて、その風景を記録する。だからカメラに限った内容の部活動である必要はない。

 蒼空のやりたいことを聞いた汐織は、腕を組んでうんうんと頷いた。

「なるほどね。だったら私たちの部も変わっているといえば変わってるんだけど……。どうかなー」

 悩むように首を傾げながら考え込む。

「この部はどんな活動をしているんですか?」

 仮入部に来たという手前、部活の内容に興味を示さないのは不自然だ。

 汐織は少しいよどんだあと、口を開いた。

「そうだね。主な活動は文芸系の部活によくある内容だよ。図書新聞で文芸情報や書評を上げたり、学園祭では文芸誌を作ったりもするね。それから読書会に参加したり、図書館の応援で貸し出しを手伝ったり、まあ本関係で色々やってるね」

 その説明が蒼空に疑問を抱かせた。

「えっと、それって変わっている活動なんですか?」

 活動内容は汐織がいったようによくある内容だ。

 この学園には文芸系の部活が他にもいくつかあり、蒼空が仮入部や説明を聞きに足を運んだ際にもそういう活動内容だと説明を受けている。

 他の部はもっと人数も多く仮入部をしている新入生もいたが、どうやらここはそういう部活ではないようだ。

 蒼空が質問したことに対して汐織は綺麗な顔の眉間に皺を寄せて唸る。

「むむむ……蒼空ちゃんのいう通り、こういう活動はあくまで普通なものなんだけど……」

 どこか苦々しく言いよどみ、汐織は口を結んだ。

 蒼空がよくわからずに首を傾げた。

 そのときだ。

「ふぎゃ!」

 部屋の隅でドスンと何かが落ちる音と共にカエルが潰れるような音がした。

 見れば、奥にあったソファーの下に毛布が崩れており、なにやらもぞもぞと動いていた。先ほどまでソファーには毛布などが積み上げられていたが、その下に人が眠っていたらしい。

「いってて……。なぜこんなに寝苦しく……」

 それは間違いなく積み上げられた毛布のせいだろうと蒼空は思う。そして積み上げたのは間違いなく目の前の先輩だ。

 頭を押さえて呻きながらのそのそと体を起こすと、ゆらゆらとこちらの机の方に歩いてきて椅子に腰を乗せた。

 そして、そのまま机に突っ伏してまた眠り始めた。

「ちょ、ちょっと誠護君。お客さん来てるんだからいつまでも寝てないで起きてよ」

「……お客さん?」

 夢心地といった様子で、その人物は顔を上げてこちらに視線を向けた。

 蒼空は息を飲んだ。

 その人物は、先ほど蒼空が写真を撮ってしまった人その人だった。

「仮入部希望者だよ。寝てばっかじゃなくてちゃんと対応して」

 注意されて寝起きの頭を掻きながら、その先輩は深々とため息を吐いた。

「……昨日あんまり寝てないんだ」

「もう、夜更かしばかりして」

「……汐織先輩が原稿の締め切りを忘れてたからだけどね」

 言い返された汐織はうっと言葉を詰まらせた。

 汐織は三年生、男の先輩は二年生のようだが、敬語を使わずに話す二人はお互いを信頼し合っているように見えた。

 口を膨らませて顔を赤くする汐織。

 その姿を見た男の先輩は小さく苦笑すると、蒼空に向き直った。

「それで、君が入部希望者なのかな?」

 先輩が蒼空に話を振ってきた。

 このタイミングで会えるとは思っていなかっただけに呆けていた蒼空ははっと我に返る。

「は、はい! 矢祭蒼空っていいます! よろしくお願いします!」

「俺は陸羽誠護。こちらこそ、よろしく」

 そういって誠護は、優しげな笑みを浮かべた。

 そして、同時に気づく。

 誠護は、蒼空のことに気づいてはいない。

「入部希望者は歓迎……と、いいたいところなんだけど」

 誠護は眉根にしわを寄せて汐織へと視線を向けた。

「入部希望者の矢祭さんを突っぱねるつもりはないけど、汐織先輩、ちゃんとその辺りのこと説明しとかないといけないよ? 新入生にとって最初の部活は重要なんだから」

「わ、わかってるよ。というわけで、副部長の誠護君に、その説明を一任します」

「……丸投げ、ありがとうございます」

 慣れっこなのか誠護は小さく笑いを漏らしただけだった。

 誠護は隅の席から立ち上がると汐織の横の席に腰を下ろし、穏やかな笑みをこちらに向けてきた。

「矢祭さん、ここは図書部ってのは間違いないんだけど、活動がちょっと特殊なんだ」

「先ほど、新聞や文集を作成するっていうのは聞きましたけど……」

「うん。まあそれが一般的な図書部とか文系部とかの活動だね。でも、この彩海学園図書部は、非公認ではあるんだけどちょっと変わった活動をしているんだ」

 非公認という辺りに一瞬自嘲気味な笑みが混じったが、それでも誠護は説明を始めてくれた。

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