第11話

「ん……」


 最初に視界に入ったのは宿の天井。どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。

 でも……あれ? ここはソファの上か?


「起きましたね、お兄ちゃん」

「シルファ……僕風呂に入ってたはずじゃ――!」


 そうだ! シルファが背中を流すと言って風呂に入ってきて、湯を出した直後に例の発作が起きたんだ!

 まずったな……シルファが入ってきた衝撃で、風呂に入るとあれが起きる事をすっかり忘れていた。

 あれ、記憶が残るんだよなあ。

 シルファには怖い思いをさせてしまったかもしれない。


 『お兄ちゃんを困らせるいけない子には――お仕置きだ』


「うわあああぁぁぁいやぁぁぁあ!!」

「ど、どうしたんですか!?」





「どうもすいませんでした!」

「もう、何回も言いますけど本当に気にしてませんから」

「でも怖かったろ? 嫌だったろ? 本当にごめんなさい!」

「大丈夫ですから頭を上げてください! おデコがすり減っちゃいますよっ」


 シルファ(妹)に嫌われてしまうと生きていけないので、全力で一生分の土下座をする。


「本当に大丈夫ですから。……むしろ幸せでした」

「え?」

「えへへ、何でもないですっ」


 最後の方は声が小さかったから聞こえなかったが……まあいい。

 まあ怒ってないようだし、大丈夫と言ってるから謝るのはここまでにしておこう。


「そうだ、あの後どうなったの? 気絶してたでしょ?」

「そ、そそそれは……その、私が……」

「もしかして、シルファが服着せてくれたの?」


 風呂の中で裸の状態で気絶して、今こうして服を着ている。

 まあ、普通に考えてシルファがやってくれたんだろうけど……やっぱり見られた?


「わ、わた、わわたたた」

「落ち着いて」


 深呼吸をして落ち着いたところで話を続ける。


「私がお兄ちゃんの体を洗いました。そして服を着せました」


 目をそらしながら、容疑者が自白するかのような言い方でとんでもない事を言うシルファ。


「ちょっと待って。もう一回言ってもらっていい?」

「服を着せました」


 明らかに前半部分を避けたな。

 どうやら聞き間違いではないようだ。


「その前に言った僕の体を洗ったって……どうやって?」

「大丈夫です見てませんから! 本当ですからそんな疑いの視線を向けるのはやめてください!」

「いや疑ってるわけじゃないんだけどね、どうやって洗ったのかなーって」

「ふふん。それはですね――魔法を使いました!」

「魔法?」


 シルファが言うにはこうだ。


 一、目を極限まで細めてかろうじてそこにいることが分かるくらいの状態にする。


 二、特殊魔法の重力操作で僕の体を直立の状態で宙に浮かせる。


 三、水魔法で出した水にボディソープを混ぜて、顔から下を包み込み洗濯機のように体を洗う。髪も同様に洗う。


 四、最後に風魔法で水気をすべて吹き飛ばして、服を着せる(下着を除く)。


「へえー、器用だね」

「お兄ちゃんの真似です。使いたいように使ってみたら案外できるものですね」


 見様見真似でできるものなのか。

 気絶していたとはいえ、無抵抗でされるがままになっていたと思うと少し恥ずかしい。

 でも、人一倍ピュアなシルファの方がもっと恥ずかしかったはずだ。

 ここは頭なでなでをして褒めてあげよう。ノーパンなのは我慢してほしい。


「そこまでしてくれなくてもよかったのに……ありがとうシルファ」

「えへへ……お兄ちゃんのためですから」


……あれ?


「ねえシルファ、何か違和感ない?」

「違和感、ですか?」

「なんかこう、二人の時にはない違和感というか……」

「私は特に何もないですよ、お兄ちゃん」

「――それだ」

「え?」


 さっきからナチュラルに呼ばれてるから忘れていた。

 女子に名前で呼ばれるのが夢だったから、これは徹底したい。


「……二人の時はお兄ちゃん禁止」

「あ、すいません。でもさっきユウマがお風呂で呼び捨てはダメって――」

「それは忘れてえぇぇぇぇぇぇ!!」

「ご、ごめんなさいっ、なんかごめんなさい!」



「でも、何であの時急に雰囲気変わったんですか?」


 やっぱりそこ聞くよなあ。

 でもどう答えたらいいんだろう? 正直自分でもよく分からないし、分かることは風呂に入ればああなる事くらいで――

 いや待てよ? そういえばいつも風呂に入った瞬間に発作が起きるんじゃなく、少しの時間がある気がする。


「ねえ、僕が雰囲気変わったのって何をした時だった?」

「え? 確か……お湯を出したすぐあとだったと思います」


――そうか! 僕の発作はお湯をかぶれば起こるのか。

 なんだか若干何かに似ている気もしなくはないが、こればっかりはどうしようもない。

 まあ、どうしたら発作が起こるかだけでも伝えておいて、今後は気をつけてもらおう。

 昔に色々あって……と、簡単な説明と注意を促す。


「なるほど、お湯をかければまた……」

「どうしたの?」

「いえ、何でもないです!」

「そう? とにかくうっかりお湯をかけないよう気をつけてね」

「善処します」

「善処じゃなくて、絶対にないよう心がけてくれると助かるよ」




* * * *




 例のごとく一緒に寝て、僕が先に目を覚まして抱きついているシルファの温もりと幸せを少しの時間感じてから、固形魔力を置き去りにして洗面所に行く。

 そして十分後に抱きついている魔力が消滅して、抱きついていたものがなくなったその変化でシルファが起きる。

 その後は備え付けパネルに魔力を流し、それに応えるように運ばれてきた朝食を食べ、着替えてからユイハに会いに行く。


「いらっしゃいませ! あら、本当の兄妹じゃないから結婚できちゃう義理の兄妹のユウマとシルファじゃないいらっしゃい」

「リューちゃん、ユイハから聞いて昨日から考えてたセリフでしょそれ」

「け、けけけ結婚……っ」


 店につくと同時に飛び出してきたユイハの『姉』である見た目は十歳くらいのリューちゃん。

 いきなりぴゅあぴゅあなシルファの前で結婚なんて言わないでほしい。

 おかげで「結婚……け、結婚……は、破廉恥でしゅっ!」と想像したのだろうか、恥ずかしさでボゥッと顔を真っ赤にしている。ついでに昨日の風呂のことも思い出してさらにすごいことに……。

 それを見てリューちゃんがニシシと笑っている。わざとだったのか。


「それで、今日はどこに行くの?」

「冒険者らしい恰好をしようと思ってね。ユイハに付き添ってもらうんだ」

「確かに、うちには私服しか置いてないもんね。ごめんね役立たずで……」


 およよと申し訳なさそうに涙を拭うリューちゃん。


「い、いやいや! そんなことないよ! リューちゃんのおかげでかなり助かったし、今後もお世話になると思うし役立たずなんて――」

「あらそう、ありがとう」


 ハメられた。

 ちょうどその時支度を終えたユイハが奥から出てきた。

「お待たせししょー! それじゃあ行こっか」


 姿は、長さが膝上あたりの赤黒い服に、膝より少し下のあたりの長さのマントを羽織っている。いかにも魔導師という感じだ。

 揃ったところで、未だに顔を赤くしてぶつぶつ言ってるシルファを連れ、リューちゃんに見送られて店を出る。





 リューちゃんの店――さっき初めて知ったけど『ラブ・パーツ』という店らしい。

 ラブ・パーツから徒歩二十分の所にある、武具屋『闘争の亡者』。

 ここがこの町唯一の武具屋であり、鍛冶屋だ。

 やや小さめのスーパーマーケットくらいの広さがあり、コーナーごとに分かれていて何百、何千もの武具が取り揃えている。


 様々な魔法武器に魔法盾、魔法杖、魔法弓、軽装備の鎧や重装備の鎧に、魔導師用の魔法陣が刻まれたマントやドレス、ポーションなどの薬品やいろんな用途の魔道具がある。

 もちろん、魔法陣の刻まれていないごく普通の剣や盾、家庭用の包丁なんかも売っている。

 カーンキーンと音のなる、店に隣接する扉を潜ればそこは教室数個分の広さの鍛冶屋となっていた。


 もちろんこれだけでかい店なんだから作業員も従業員もかなりの人数だ。鍛冶屋には作業員が十~十五人、武具屋は従業員が四十人くらいいる。

 普通に商品の売買をするだけならこんなに人数は必要ないのだが、様々なアドバイスや調整をしたり従業員も大忙しだ。これくらいいないと店が回らない。


 とにかくすごい!

 地球にいた頃、こういうのが好きな知人に貰った模造品などではなく、全て夢にまで見た本物だ。めちゃくちゃテンションが上がる!

 異世界、まだ来て三日目だけど楽しすぎる! やっぱり来てよかった!


 以上、空間探知報告でした。


「さて……どうする? バラバラで見たいもの見るの?」


 うーん、どうしよう。

 ユイハの言う通りバラバラで見た方が効率がいいかもしれないな。


「欲しいもの選んで一斉にオープン! でいいんじゃないか?」

「私はお兄ちゃんに選んでほしいです!」

「え、僕が選んでいいの? 完全に僕の好みにするけど」

「構いません。お兄ちゃんの好きなようにしてください」


 先ほど空間探知を使った際に気になるものを見つけた。

 本来、この世界に無いはずのあれを。僕の好きなあれを!


「シルファがそういうなら分かったよ。でも、文句は言わせないからね」

「はい。どんとこいですっ」

「じゃあまずは僕の装備から」


――二十分後。


「か、かっこいいですお兄ちゃん!」

「凄く似合ってるわよ、ししょー!」


 完全にコスプレをしている感覚だ。

 この世界ではこの格好が当たり前だから何の恥ずかしげもなく着れるが、前の世界では恥ずかしくて絶対無理だった。

 僕が自分で選んだのを試着して二人の前に出ると、かなり好評のようだ。

 全体的に白色と黄色の、例えるなら緩い軍服のような装備だ。

 長いコートが魔導師らしさを引き立てている。


「うっ。なんか恥ずかしい……」

「何言ってるのよ。すごく似合ってるわよ」

「そうですよ! すごくかっこいいでしゅっ……です!」

「そんなに褒められても恥ずかしいんだけど……」


 まあ自分でもいいと思ってるけど。これ、かなりかっこいいと思うけど。


「えっと、値段は……高! めっちゃ高!」

「うわっ、これは……」

「すごく、高いですね」


 なんと、二千六百万タロウ。マジックバック十三個分だ。

 今の手持ちで十分足りるけど、勿体ない気もしなくはない。

 そしてこれを着ることによって得られる効果は、『物理耐性』、『魔法耐性』、『魔法強化』、『魔法精度上昇』、『冷房』だそうだ。

 『冷房』は、体温や気温が高い時に自動的に涼しくしてくれる効果らしい。

 他のものを見ても全部にこれが付いている。それに高いだけあって効果の数も他と比べて多い。でも高い。


「どうしようか――」

「これにしましょう!」

「いいの? こんなに使っても」

「全然大丈夫です。お金もいっぱいありますし問題ないですよ!」

「じゃあ、これにしようかな」

「ちょっと待って、そんなにお金あるの!?」


 あー、Sランク手当のことは言えないし、Aランク手当は一人一千万円らしいし、どうしよう。

 ていうか、Sランク手当とAランク手当差がありすぎるだろ。

 適当に誤魔化すしかないか。


「実は、住んでた村が潰れてね。その時村の秘宝として祀っていた宝石を売ったら大金になったんだ」

「そうだったのね……ごめんなさい、変なこと聞いて」


 くっ、胸が痛むぞぉ……

 まあなんとか誤魔化せたしよしとしよう。ごめん、ユイハ。


「別にいいよ。よし、じゃあ次はシルファの番だな。ついてきて!」

「はい!」


――十分後。


「いいよ、いいよシルファ! すごくいいよ!」

「ふんっ、まあいいんじゃない?」


 シルファが来ているのは巫女装束だ。

 巫女といえば、日本にの神に仕える存在。つまり、日本にしか存在しないものだ。

 これは明らかにおかしい。僕よりも前にこの世界に来た日本人がいて、その人が巫女装束を広めたとか? 分からないけど、今分かることは一つ。


 巫女装束姿のシルファがめちゃくちゃかわいいということ!


 いやあ、巫女装束いいね。

 僕の好きなアニメキャラが巫女さんで、それをきっかけに巫女装束姿のキャラが出てくると、必然的に好きになっていたりした。

 その巫女装束を超かわいい妹が着たら――


「ありがとうございますっ!」

「何がですか!?」

「い、いやごめん。シルファはそれ嫌じゃない?」

「はい! お兄ちゃんが選んでくれたものなので気に入っちゃいました」


 くうっ! かわいいやつめ! 

 そしてシルファの巫女装束の値段は……こちらも高めの一千五百万タロウだが問題ない!

 効果は『物理耐性』、『魔法耐性』、『神聖(支援や浄化、治癒魔法の強化)』、『冷房』らしい。プリースト向けの装備だ。

 これとあと、巫女さんが手に持ってる弊(ぬき)と呼ばれる棒も買う。

 これにも『神聖』が付いていて、効果が重複していても問題ないらしいので僕も『魔法強化』の効果が付いた魔法杖買い、しばらく色んな物を見た後に店をあとにする。


「いやあ、いい買い物したね!」

「ですね!」

「二人とも、お互いの体をジロジロ見すぎてて怪しいわ」


 仕方ないじゃないか! めちゃくちゃかわいいんだから!

 シルファが巫女装束を着ているだけで治癒効果が発生しそうなくらい癒される。いや、発生している!


「まあとにかく、かなり冒険者らしいというか、上級職に相応しい身なりね」

「ああ。いい買い物したよ!」

「それはもういいわよ」

「もういつの間にか夕方ですね」


 かなり長い間色んな物を見てはしゃいでいたので、もう夕方になっていた。


「じゃあ、今日はもう帰ろうか」

「分かったわ。じゃあまたね」


 ついでに明日はギルドに行こうと約束し、ユイハを送ってから宿に戻る。

 ついに僕達だけで行く初めての依頼だ。

 明日のことを色々考えてうずうずしながら眠り、今日を終える。

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